第56話



   
「あぁぁぁっ!!!!」
   
先に激昂したのは意外にもダーツだった。
体を奮い起こして立ち上がり、デザイヤに向かって剣を振りかざす。
デザイヤはそれを迎え討ち、ゾークが横から覇気を凝縮した闇色の波動を放つがそれを片手で遮られた。
ぎりぎりと歯を食い縛るダーツにデザイヤはニヤリと笑う。
   
「本当の事だろう?それとも守れなかった自分への怒りか?」
「黙れ!貴様が…!!貴様が彼女を死に追いやったのか!!何の罪もない彼女を…!!」
「女の心に闇を落としたのは貴様だ!!ダーツ!!貴様こそ、女を死に追いやったのだ!!」
   
ダーツはその言葉に違うと言い切れず言葉を無くした。
そうかもしれない、と頭に過った時にデザイヤの拳がダーツを吹き飛ばした。
ハッとして、琥珀と瑠璃がデザイヤに向かう。
ダーツは瓦礫に埋もれ、震える体でそこから這い上がる。
だが、それでも体は震えていた。
過去に起きた出来事がまるで昨日のように思い出される。
ずっと心に仕舞いこんだ箱が一気に開いたように、戦いに集中できない。
   
(私が……殺したんだ…)
   
呆けたように戦いから置き去りにされたダーツにゾークは舌打ちして駆け寄る。
立て!!とダーツの胸ぐらを掴んだ。
その間、琥珀らがデザイヤと戦うが圧倒的な力に押し負けそうになっていた。
こんなにも闇界と天界の力が集結しているというのに、デザイヤは余裕の笑みを浮かべ沢山の亡者たちを従え反撃に出ている。
   
「ここで諦めたら全てが奴の思い通りになるぞ!!どうした!戦え!」
「ゾーク…」
「過去を振り返るのは後回しだ!今は奴を止めねばならん!そうしなければ……ユナも紅も無駄死にではないかっ!!!」
   
そう言ったゾークの手も震えている。
ゾークの胸ポケットには、紅の石があるのだ。
あのあと紅は石に戻り、ゾークはそれを抱き締めて涙を流した。
ユナの時と同じだ…また守れなかった。
だからこそ、今、デザイヤを倒さなければならないとゾークは心に誓ったのだ。
そんなゾークを見て、ダーツもやっと瞳に力が宿りデザイヤと戦う琥珀達を見る。
   
「…そうだな…奴を倒す。話はそれからだ…作戦を実行する」
「あぁ、最後の大勝負だ!」
   
ダーツはゾークに支えられて立ち上がり、共に剣を握りしめてデザイヤに向かっていく。
二人の王の合図により、琥珀達も最後の作戦に出た。
デザイヤが玉座から離れた今がチャンスだと、琥珀と瑠璃はそれぞれ最大の技で敵を一斉に薙ぎ払った。
   
「四神天翔!!」
   
「岩砕拳!蟷螂!!!」
   
一瞬、玉座への道が開かれる。
デザイヤは何をする気だと目を見開くと、影のなかから翡翠と翡翠に担がれた杏花が飛び出してきた。
そう、二人はずっと影のなかを移動してこのチャンスを待っていたのだ。
ゾークとダーツでデザイヤを足止めし、他の者がデザイヤの操る亡者達を遠ざける。
そして玉座へと登り詰めるのはゾークではなく杏花なのだ。
   
「まさか貴様ぁ…!!人間に玉座を明け渡したと言うのか…!!」
「貴様に奪われるくらいなら小娘にくれてやったほうが100倍ましだ!!行けぇ!小娘!!玉座に座れ!!!」
「ゾーク!!血迷ったかぁぁ!!」
   
デザイヤは杏花を標的に変え、亡者どもを差し向ける。
杏花ははっとして振り返り、恐ろしい顔をして自分を闇に引きずりこもうとする亡者に小さな悲鳴をあげた。
   
   
   
ゾークの作戦…それはデザイヤが考えもしないような事をやってのける事だった。
   
『え?私を闇界の王様に?』
   
『そうだ。奴はこちらの手の内や戦略などお見通しだろう。だが奴は頭が堅すぎる。だからこそ有り得ない作戦が意表をつくのだ』
『でもどうして私に玉座をあげるの?だったら柘榴さんとか…』
『石の能力者は玉座には座れない。それにまさかデザイヤが人間の…しかも小娘に玉座を明け渡すなど思いもしないだろう。ダーツは囮だ。その隙にお前が闇界の玉座に座りデザイヤを追い出すのだ』
『…出来るかな?私に』
『玉座に座ったら強く願え。王宮から立ち去れと。そうすれば王宮はデザイヤを外へと追い出すはず…そしてデザイヤを一気に叩き潰すのだ』
   
一番危険な役目でもあるが、杏花はそれを了承した。
自分にしか出来ないこと、自分に任された事だから…最後までやり抜くと決めたのだ。
この戦争を終わらせたい…非力な自分がどうしたらこの悲しい戦いを終わらせる事が出来るのかずっと考えていた。
だからこそ、杏花も覚悟を決めたのだ。
   
   
   
目を閉じていた杏花はゆっくりと瞳を開く。
亡者に取り込まれたと思ったが、目の前には翡翠と紫水が力を合わせて自分を守ってくれている姿があった。
翡翠が亡者の鋭い爪を剣で弾き返して顎に蹴りを入れる。
怯んだ亡者は紫水の糸に絡まり粉々に引き裂かれた。
   
「翡翠…紫水さん…」
「行ってください!杏花様!」
「早く玉座へ!」
   
二人の掛け声に、杏花は止めていた足をまた動かす。
闇界の玉座は長い階段の先にあり、戦いのせいで脆く崩れそうになっていた。
杏花は必死に走り、階段を駆け上る。
その間、デザイヤがゾークとダーツを押し退けて渾身の剣圧を杏花に向けた。
大きな刃の衝撃が杏花の背中を追いかけていく。
杏花はそれに振り返ることなく懸命に玉座に向かって走り続けた。
すると、その衝撃破を柘榴が月夜刀で受け止めたのだ。
押し返されそうになる柘榴だが、ここで引けば確実に杏花は死んでしまう。
   
「うぉぉぉぉぉぉ!!!」
   
柘榴が渾身の力を刃に乗せて、衝撃破を弾き返した。
デザイヤは目を見開き弾き返された自分の衝撃破で壁に激突する。
   
「ぐぁぁっ!!」
   

パラパラと粉塵が舞い、煙が立ち上がる。

柘榴の負担も大きく、もう刀を握っているだけで精一杯だった。
そんな柘榴は走り続ける杏花の背中を見つめる。
あの小さな背中に闇界と天界…全世界の運命が託されているのだ。
だからこそ、ここで倒れている場合じゃない。
なにより自分には、帰りを待っていてくれる人がいるのだから…。
   
「ここで僕らが負けるなんて、出来ない…!!」
   
柘榴は襲いかかる亡者に気力だけで刀を振り下ろしていった。
そんな援護を受けながら、杏花は玉座へと辿り着こうとしていた。
ハァ、ハァと息を荒くしながらも足は決して止めはしない。
止まったら皆のこれまでの頑張りが無駄になってしまうと思ったからだ。
   
(最初は訳も分からず天界で目覚めて…戦争が始まっていた…だから私もよく解らなかった。何が起きてるのか解らないから、実感もなく時間ばかり過ぎていった…でも、今は違う!)
   
一歩一歩がやけに遅く感じてしまう。
耳が聞こえなくなったかのように雑音も人の声も遠くに感じる。
不思議な感覚だ…今そこに死ぬかもしれない恐怖があるのに…玉座しか見えなくなっていた。
そこにいく、私はそこに行くんだと杏花は懸命に足を動かしていた。
   
(私は、私の意思でここに居るんだ!!)
   
最後の階段を登りきり、あるのは戦いで薄汚れた玉座だった。
ハァ、ハァと息を乱していたが一回だけ深呼吸をした。
デザイヤが何か叫んでいるが、今の杏花には聞こえない。
玉座の側に倒れていたファリスを介抱していた天麗は、杏花の横顔に目を見開いた。
何故かいつもと違うように思えたのだ。
同じ年頃の女の子とは思えないくらいに落ち着いた大人びた横顔が見えた気がした。
   
「杏花様…?」
   
天麗の呼び掛けにも答えずに、杏花はゆっくりと玉座に腰を落ち着かせた。
そして、杏花はあの【再生の光】に包まれる。
光の翼が広がりそこから聖なる光が溢れ出た。
眩しいほどの光はどこか温かく、その光に包まれた亡者達は一斉に霧となり消えていった。
外で戦っていた瑪瑙、大理、黒曜も兵士らが次々と王宮から放たれる光に浄化され倒れていく光景に何が起きたのか動揺が隠せない。
   
「杏花様…!」
   
天麗の呼び掛けに杏花は答えずに、再生の光を最大限にしていく。
その聖なる光がデザイヤを苦しめ、そして光の柱はやがて王宮の天井を貫いた。
光から押し出されるように、デザイヤは王宮の外へと吹き飛ばされる。
   
「がぁぁぁっぁぁ、あぁぁっ!!」
   
光で視力を奪われたデザイヤは痛みに顔を歪ませた。
ダーツとゾークはデザイヤを追いかけて外へと飛び出す。
光の柱が徐々に消えていき、天麗も目を開けた。
玉座には眠る杏花がいて、すぐに柘榴達も杏花の元へと駆け寄る。
   
「先程の光…あれはあの時見た光ですね」
「杏花様!杏花様!琥珀、瑠璃!杏花様大丈夫なの!?ねぇ!」
「大丈夫や、天麗。杏花様は眠っとるだけや。きっと今ので力を使い果たしたんやろ」
「良かった…」
   
ほっとした天麗に瑠璃は「お前はここに残れ」と肩を撫でた。
そして、柘榴達もデザイヤを追いかけて王宮の外へと向かった。
   
   
   
「こんな…こんな馬鹿なぁ…!あんな人間の小娘に…聖なる光だと…!玉座を明け渡すだとぉぉ…!!」
   
とてつもない憎悪を体に巻き付かせ、見えなくなった瞳を見開いてそこにいるダーツとゾークを睨み返した。
   
「これで終わりだ、デザイヤ。貴様との因縁もここで終わらせる」
「ダーツ…貴様何をしたぁぁぁ!!あの小娘は何なのだぁぁあ!!!」
「貴様がそれを知る必要はない!!」
「覚悟しろ!デザイヤ!!」
   
二人が剣を構えると、デザイヤは闇の力を身に纏わせ姿を変えた。
うようよと影が蠢きやがてデザイヤの姿はなく三つの首がある龍へと姿を変える。
だがその龍の頭は骸骨で目玉がいくつもある不気味なアンデットドラゴンであった。
なり損ないの化け物が!!とゾークはデザイヤに立ち向かった。
   
【スベテ、ホロボス…!!ヤミヘト…オチロォォォ!!!】
   
アンデットドラゴンが闇の火球を飛ばすが、ゾークとダーツはそれを切り捨てた。
ゾークはアンデットドラゴンの一つの首に剣を向ける。
父親であったが、それももう微塵も感じはしない。
母を切り捨てた非情なる父にはもう同情の余地はないのだ。
   
「これが貴様への罰…ユナと紅の痛みの重さだ!!!!」
   
ゾークの剣が紫色の覇気を纏って王殺しの力を発揮する。
縦に一直線に一つの頭が真っ二つにされ地に落ちた。
そしてすぐ横の首がゾークを狙うが、ダーツの光の結界によりそれは防がれる。
ダーツの剣もまた光の覇気を纏って首を切り落とす。
   
「いずれ裁かれる身でも、貴様だけは私を罰する事は許さない…!!」
   
【オノレェ…オノレェェェェ!!!】
   
最後の一つの首がゾークとダーツに襲いかかるが、瑪瑙と大理と黒曜がそれを力で押し返して防いだ。
大理と黒曜の無事に喜んだゾークに二人は少し照れながらも頭を下げる。
ダーツも瑪瑙に「ありがとう」と言うと、瑪瑙はいつものようにへらりと笑った。
   
【コザカシイ…マネヲォォォ!!キサマラ、ココデ、シネェェェ!!!!】
   
大きな手足で踏みつけようとするが、王宮から追いかけてきた紫水と白銀と翡翠がそれを制した。
軌道を反らしたのでゾークとダーツには当たらずに、辺りに巨体がのし掛かった粉塵と砕かれた岩が舞い上がった。
そしてすぐに最後の一つの首に琥珀、瑠璃の大技が放たれると大きな爆発が巻き起こった。
その威力によろめいた所を、柘榴が最後の力を振り絞り月夜刀を振り下ろした。
月夜刀は、王を殺すための刀。
最初はダーツのために作られた刀だったが、もう柘榴はそれをダーツに向けようとは思わなかった。
   
「僕のこの刀は…お前と言う悪しき王を討つ為にあるんだ!!!!」
   
柘榴の刀がアンデットドラゴンの腐った皮膚を貫通して首を切り落とす。
全ての首が切り落とされたドラゴンはそのまま闇と共に消えてしまった。
それを見届けたダーツとゾークはやっと膝を地につける。
他の者達ももう立ち上がる気力もないほど力を使い果たしていた。
   
「…終わったのか…?」
   
ゾークがそう呟くと、ダーツは無理矢理に微笑みを見せる。
   
「……あぁ、我々の勝利だ」
   
その言葉に、やっと実感したのかゾークは「ははっ!」と天に向かって笑った。
ごそごそと胸ポケットから紅の石を取り出して、じっと眺めた。
そして思い出すのはユナの姿である。
   
「…会いたいぞ…お前らに」
   
ぎゅっと、ゾークは紅の石を握りしめてそう呟いた。
ダーツはほぼ半壊した闇界の王宮を見上げて、瑪瑙に頼んで王宮の玉座の間に連れていってもらった。
もう歩く気力もないし怪我もしているので瑪瑙はゆっくりと翼を広げて舞い上がる。
   
「天王様、まさか…アズ姫様の死について、奴が関わっていると思いませんでした。奴はどこまで知っていたのでしょうか?」
「さぁな…死人に口なしだ。私もそろそろ己の罪と向き合わなければならない」
「…墓参りもしばらくしていませんね」
「あぁ…あの花もきっと綺麗に咲いているはずだ」
   
瑪瑙とダーツが王宮の玉座の間に降り立つと、天麗がファリスと杏花に怪我はないかオロオロと半泣きで慌てていた。
お医者様!お医者様を探さなきゃ!と慌てている天麗の肩を叩いて瑪瑙がニッコリと微笑む。
   
「はい、お医者様到着したよ♪」
「瑪瑙さん!!」
   
ぶわっと涙を溢れさせる天麗をあやして、瑪瑙は杏花とファリスの顔色を見る。
ファリスのほうが戦った跡があるので、彼も彼なりにデザイヤを止めようとしたのだろう。
心優しい不殺の王子と聞いていたが、きっとこの戦いでファリスも成長を遂げたはずだ。
なかなかいい後継者じゃないか、と瑪瑙はクスリと笑った。
ダーツは眠る杏花を抱き締めて、雛のような小さな鼓動に耳を寄せた。
   
(良かった…ちゃんと生きている…)
   
ダーツはホッとしたように緊張した顔を緩ませる。
すると、杏花の意識が目覚めていく。
ぼんやりした視界に、はっきりと見えてきたのはこちらを心配そうに見るダーツだった。
   
「ダーツさん…?」
   
「杏花、全部終わったよ。天界に帰ろう」
「そっか…良かったぁ…」
「杏花…」
   
ダーツがぎゅっと杏花を抱き締める。
力を入れると自分の傷口が開いて痛いはずが、今はそんなことどうでも良かった。
彼女が無事であればそれでいい。
自分などどうでもいい。
だけれど、そんな自分を彼女はきっと悲しむだろう。
彼女も…自分の為に泣いてくれたのだから。
   
「ダーツさん…?どうしたの?」
「杏花、落ち着いたら君に話したい事がある。そして君を連れていきたい場所があるんだ」
「何処なの?」
「…今はゆっくり休みなさい。よく頑張ったね」
   
ダーツは微笑み杏花の頭を優しく撫でた。
また眠気が杏花を夢の中へと誘う。
そうだ、ダーツさんに王妃がいたこと…これからどうするのか…色んなことを話したいのに…今は眠くて考えられない…。
いつの間にか杏花は安らかな眠りと浅い呼吸をし始めた。
   
   
続く