第57話
その後の闇界と天界は



天界へと帰ると、まず琥珀が悲鳴をあげた。
   
「なんっっっでお前がここに居んねん!!!」
   
わなわなと震えて指を指した先には優雅にお茶を飲む龍涎がいる。
にこやかに「お疲れ様です」と挨拶をする龍涎に琥珀は刀を抜こうとした。
その隣ではネクロが柘榴に抱きついて「おかえりなさい!」と喜びを表した。
柘榴も照れながら「はい、ネクロフィーネ様」と抱き締め返す。
それを咳払いひとつで邪魔するのはゾークである。
   
「お父様!お兄様もご無事なの!?」
「あぁ、ファリスもよく戦ってくれた。お前を守っていたのだろう?」
「えぇ、お兄様にもお礼を言いたいわ。何処にいるの?」
「後にしなさい。今は疲れているからな」
   
ただいま、とゾークはネクロの頭を撫でるとネクロもゾークにおかえりなさいと抱きついた。
柘榴は大牙に「おつかれさん」と言うと、柘榴はみたらし団子を作る約束をした。
龍涎はゾークに頭を下げて、話を続ける。
龍涎の聞いた、魔界に闇界の者が保護されたという噂の件だ。
ゾークはすぐにそれが朧ではないかと予測する。
   
「それが真ならば朧の身が心配だ。すぐに魔界へ使いを出せ!こちらも準備が整い次第、すぐに迎えに行く!」
「ですが、あの暴君の魔王がすんなり帰すと思いますか?」
「奴の理不尽な要求をのんででも朧は取り返すぞ。紅が石になった今、朧の寿命は動き出してしまうのだからな」
「番長が石に!!?」
   
ネクロや大牙達もびっくりして声をあげると、ゾークは胸ポケットから紅の石を取り出した。
柘榴は嫌味ったらしく「おやおや随分と小さくなっちゃって…」と言い放つ。
ゾークは紅の石を見つめて、何か考えることがあるらしくそれをまた胸ポケットに仕舞いこんだ。
   
「朧がユナの石を持っている。朧もユナも必ず見つけるのだ。王宮の復旧と闇界の復興は三日後に行う。ダーツ、三日くらい居座らせろ!いいな!」
   
くるりと振り向いたゾークにダーツは目をキョトンとさせる。
こんなにも上から目線の居候が居るだろうか…ダーツを含め天使達もぽかんとしてしまった。
碧海がポツリと「居候費用、請求しますか」と言った言葉にダーツは首を横に振る。
とにかく、王宮と闇界が復興するまでゾークを含め全員を天界の王宮に迎え入れる事にした。
   
   
   
   
まるで決戦前のように、闇界と天界の者らが普通に生活を共にする奇妙な日常が始まった。
ファリスは梅花と瑪瑙の診療所にしばらく入院することになり硫化がお世話をしている。
紅瑪と一緒に診療所のお手伝いもして、今日は洗濯物を干していた。
その様子をファリスは窓辺から見ている。
   
「診察に来ましたよ、王子様」
「瑪瑙さん。ありがとうございます。あの、皆は仲良くしていますか?」
「えぇ、今日は誰が一番大きな魚を獲れるか競ってますよ。天界には大きな滝があって大きな魚が沢山居ますから」
「ははっ!皆楽しそうだ」
   
クスクス笑うファリスにはその光景が手に取るように解る。
きっと柘榴と琥珀が競っているだろうし、紫水は翡翠を過保護にしているだろう。
大牙も魚を素手で掴んで瑠璃と競争しそうだ。
   
「ゾーク様も天王様と共に復興に力を入れております。そうそう、魔界から使者が帰ってきて手紙を持ってきたそうですよ」
「じゃぁ、朧は…」
「後で魔界の使者がゾーク様に会いに来るとか」
   
【待ってろ】と手紙には大きく適当に書かれていてゾークが眉間にシワを寄せたらしい。
なんとも大雑把な魔王だとファリスは苦笑した。
だが、こんな穏やかにベッドの中で療養出来ることにファリスは感謝の気持ちを胸に抱いた。
瑪瑙はファリスの体調をカルテに書いていると、ファリスがずっと遠くの景色を見つめていることに気がついた。
   
「王子様?…どうしましたか?」
「いえ…皆がデザイヤを倒したのに僕は何も出来なかった…圧倒的な力の前に倒れてしまって…駄目ですね、武力を嫌い勉強ばかりしていた僕でしたから」
「そんなことはありませんよ。僕も武力は嫌いです」
「軍神様なのに?何故です?」
「んー…力なんて脆いものですよ。デザイヤは確かに強かったのに倒されちゃったでしょ?力ばかり求めても守るべきものがなければ弱いんです。王子様も充分に戦っておられた。僕はそう思いますよ」
「瑪瑙さん…」
「そうそう!天王様から許可を頂きました。王子様が回復なされたら図書館を案内せよって。こっちにも沢山の貴重な書物がありますから暇潰しにどうぞ」
   
瑪瑙の言葉にファリスは笑顔を向ける。
すると、大きな魚を持ってきた翡翠と瑠璃がやって来た。
診療所にお裾分けらしく瑪瑙に託す。
ファリスは楽しそうに瑠璃と話す硫化を見て、天界にいつでも帰れることに微笑んだ。
硫化と天界を自分のせいで引き離した事に罪悪感があったファリスは心が軽くなったような気がする。
翡翠も紅瑪にちょっと照れながら紫水と何があったか話したりしていた。
どうやら紫水は今、王宮ではなく翡翠の家に居候しているらしい。
   
「良かったね!翡翠!」
「うん、まぁ…でもうるせーんだよな兄貴…勝手に部屋の掃除とかしちゃうしさ」
「でも翡翠の家、散らかってたから丁度いいんじゃない?」
   
翡翠は片付けが苦手だ。
たまに紅瑪が掃除に行くが、すぐに散らかってしまう。
男の部屋なんだから仕方ないかもしれないが少しは片付けなさい!といつも紅瑪に怒られていた。
だが、紫水が翡翠の家を訪れてすぐにしたことは掃除である。
ツツー…と指で窓の埃を確認するといつにも増して鋭い眼差しで「雑巾とバケツとホウキはどこだ」と翡翠に問いかけた。
戦いのあとで疲れているのにそれからまたいきなりの大掃除で翡翠はヘトヘトになった。
だが、紅瑪はそう言いながらも翡翠が嬉しそうな顔をして話すのでニコニコと聞いていた。
   
すると、白銀がやって来て「紫水がお昼ご飯だってさー」と言った。
翡翠の家には紫水だけでなく何故か白銀まで居候して三人で食卓を囲む。
そして決まって白銀と翡翠が喧嘩をするから紫水が二人の頭に拳骨をお見舞いするのだ。
   
「あ、紅瑪もついでに食べていきなよ。今日は焼き魚だよ」
「ありがとうございます。えっと、お義姉さんと呼んだ方がいいかな?」
「白銀でいいよっ!!ばかっ!」
   
白銀は顔を真っ赤にして、隣の翡翠はすごく嫌そうな顔をしたのが印象的であった。
   
   
   
   
砂金のいる花園には龍涎がお邪魔をしていて爽やかな風を感じながら昼寝をしていた。
目を開けると花畑の花に水をやり歌を歌う砂金が見えた。
それをうっとりと見つめて幸せそうなため息をついた。
   
「私の妻はなんと美しいことか…まるで美の女神…」
「誰が誰の妻やねん。しばくぞコラ」
   
妄想に耽る龍涎にいつの間にかやってきた琥珀が鬼のような形相で睨み付ける。
チッとお互い舌打ちした所で、琥珀は大きな魚を横にどん!と置いた。
   
「なんです?それ」
「これが牛に見えるんか?」
「せめて調理したものを持ってきて下さらないと女性は嫌がりますよ、生臭い」
   
そう言うとスーツの内ポケットからスカーフを取り出しその魚にかけた。
ワン、ツー、スリー!と声をかけたら魚はあっという間に切り身になる。
   
「へー、便利なんやな」
「砂金さぁん!私がお魚の差し入れを持って参りましたよ!今夜の夕飯はこれにしましょうねー!」
「っておい!俺が捕ってきたんや!!お前はよどっか行けやぁぁぁ!!」
   
琥珀の手柄をさらりと盗むのも龍涎らしい。
そのまま三人で美味しく魚のムニエルを食べることになり琥珀は終始不機嫌そうだった。
今はゆっくりと砂金が入れたお茶を飲んでいる。
   
「砂金さん、大変名残惜しい事ですが明日にはここを出ていきます」
「まぁ、次はどちらへ?」
「解ります、そうですよね。僕も貴女と離れ難い。砂金さんが寂しくないように僕そっくりの抱き枕を用意しました。これを毎晩、僕と思って可愛がってくだ」
「お前、明日と言わずに今すぐ出てけや」
   
やっぱり人の話を聞かない龍涎だが、ちょっと真面目な顔をして話を始めた。
   
「ダーツ様にもゾーク様にもお話ししましたが、精霊界の王がご逝去なされました」
「なんやて!?まぁ…だいぶ年やったからなぁ、あそこの王様」
「そして不穏な噂を耳にしたのです。石の商人以外の商人が石の売買をしていると。しかも、私のような欠陥品を」
「それは…他の王が大変お怒りになりますわ。新しい精霊王はもう即位なされたのですか?」
「えぇ、兄ではなくまだ若い弟が。ですがその弟が偽の石商人と手を組んでいるとも…精霊界はこれから内乱になるやも知れません」
「じゃぁ、なんでそんな所にお前が行こうとするんや?関係ないやろ?」
「関係ありませんが、私のような欠陥品が世に出るのは少し可哀想なので。私なりにこの事件を調べるつもりですよ」
   
欠陥品と自分を卑下する龍涎は自分をとても嫌っている。
砂金は「ご無事でお戻りくださいね」と声をかけると龍涎は目をぱちくりとした。
   
「勿論ですよ!砂金さん!帰ります!絶対死んでも帰ります!愛しい貴女の元へすぐに」
「調子に乗るなや!!!」
   
またまた最後まで台詞を言わせずに琥珀が龍涎の頭を掴んでテーブルに押し付ける。
それから砂金の家に泊まる泊まらせないの押し問答が続き琥珀も龍涎も追い出され仕方なく瑠璃の家に突撃した。
瑠璃は風呂上がりらしく、タンクトップとズボンで肩にタオルをかけていた。
ニコニコして玄関前にいる琥珀と龍涎に深いため息をついた後に、二人を思い切り睨み付けた。
   
「なんで俺の家に泊まりに来るねん!兄者の家は隣やろ!?帰れ!」
「嫌や!こいつを俺の家に泊めたないもん!でも瑠璃と一緒に泊まらせるのも嫌やもん!だから三人で楽しくお泊まり会しようや!」
「そうですよ。二人のお兄ちゃんが困っているんだから助けても罰は当たらないと思いますが?」
「こんな大迷惑な兄貴なんか二人も要らんわ!!てかどっちも要らん!!帰れ!」
   
なんやかんやと文句を言いながらも、無理矢理に押し掛けてきた琥珀と龍涎を仕方なく泊めてやる瑠璃であった。
早朝、気がつけば龍涎は姿を消していた。
ちゃっかり琥珀の額に【馬鹿】と書き記して。
   
   
   
   
朝、王宮へと出勤する琥珀は額の落書きを擦りながら「あーもう取れへん!」と嘆いた。
瑠璃は「似合っとるやんけ」と笑うし翡翠も爆笑するし散々だ。
すると、何やら王宮が騒がしい。
琥珀達が玉座の間へ行くと闇界の仲間たちに囲まれた紅が立っていた。
   
「おー!なんや、そっちの軍神さんも復活したんやなぁ!」
「紅番長、おかえりやす」
   
琥珀達がそう言うが、紅は浮かない顔をしていた。
目の前にいるゾークに驚いた顔をしていて、ゾークは「よく戻った」と話す。
   
「ゾーク…なんで…お前が俺を再生させなかった…」
   
その言葉に琥珀達は「え!?」と驚きの声をあげる。
側にいた柘榴に琥珀は「どういうことや!?」と小声で聞いた。
柘榴は先程の事を話していく…。
   
   
   
ゾークの召集に応じた闇界の者達はついに紅と再会できると喜んだ。
色々話したいこと聞きたいこと…とにかく沢山の想いが紅の再生を待ち望んだ。
しかし、ゾークは紅の石を杏花に渡したのだ。
ダーツの隣にいた杏花は目をぱちくりとして、手にある紅の石とゾークを交互に見る。
   
「小娘…お前が紅を再生させろ」
「えぇ!?私が!?どうして!?」
「お前は王ではないが、石を再生させる聖なる光がある。お前が再生させれば紅は誰の王にも仕えない。あいつは自由だ」
「だが、ゾーク…それでは紅がお前を主と思わないぞ」
「それでいい。あいつには王を自分で選んでほしい。我が至らない王ならば、何処でも好きに行けばいい」
   
ゾークの気持ちはもう誰にも揺るがせる事は出来ないだろう。
ダーツは杏花に「ゾークの好きにさせなさい」と言った。
杏花もゾークを見つめて、その真意が紅を想っての事だと知る。
ゾークは石の能力者を自由にさせたいと戦いを繰り返していた。
これはもしかしたら、ゾークの夢の第一歩なのかもしれない。
   
「私に出来るかな…自分でもまだこの力をどう使うか解らないの」
「小娘、お前はもう自身の力を制御出来るはずだ。お前が願えば力は必ず応えてくれる。己を信じろ」
   
ゾークの言葉に杏花は深く頷いた。
紅の石を両手に抱き締めて、紅が生き返りますようにと祈りを捧げると両手から光が灯り始めた。
杏花が目を見開き、掌に熱い鼓動を感じたので手を広げると光に包まれた紅の石が宙に浮き光の中から紅の姿が現れた。
そして、紅は杏花から再生された事でダーツでもゾークでもない…誰の王にも仕えない石の能力者として生まれ変わったのだ。
   
   
   
「なんで俺を再生させなかった。答えろよゾーク」
   
紅は怒ってる口調ではないにしろ、不可解だと言わんばかりの顔をする。
ゾークも真剣な顔をして紅を見つめた。
そして、ふっとゾークは笑みを浮かべてまるでワガママ王子様のようにふんぞり返る。
   
「お前と我は常に対等の心友(とも)でありたいのだ。悪いか?」
   
その姿は昔、ゾークと自分が若い頃に見たような気がする。
ゾークはまだ王子という立場で共に戦場にいて護衛役の紅にそう話したのだ。
お守りなんか御免だと紅は守ろうともしなかったのにゾークは構わずに紅と共に戦場を駆け抜けた。
一通り反乱軍を蹴散らした後に、祝杯の酒を飲んでいた時にゾークは紅にそう話したのだ。
   
お前は主従ではない、心友(とも)だと。
   
その時は、王子様がそんなこと言うもんじゃねぇと拳骨を食らわせたが今はそんなこと出来るはずがない。
いつからだろう、いつから…こいつを主と思うようになっていたんだろう。
いつの間にか、ゾークから離れることを嫌がったのは自分からなんだろうか。
   
「敵わねぇなぁ、この馬鹿にはよ…」
   
ふふっ、と渇いた笑いをした紅はゆっくりとゾークの前で膝をおる。
跪き、ゾークに忠誠を誓うように頭を下げた。
全員が固唾を飲んで見守る中、ゾークはただ頭を下げる紅を見つめる。
紅はゆっくりと目を閉じた。
頭の中にはこれまでの自分の人生が走馬灯のように甦る。
だが、辛いときも楽しいときも全ての記憶にゾークがいた。
デザイヤの強さに憧れた記憶も勿論あるが、それはゾークとはまた別物だ。
忘れることは出来ない、忘れてはいけない【一度は裏切った反逆者】の罪を背負って今…紅はゾークに頭を下げている。
そこにあるのは、絶対的なゾークへの忠誠心だ。
再生された石ではない石の能力者…しかもかなりの力をもった能力者が自ら王を選んだのは歴史の中で紅が最初となるだろう。
この歴史的瞬間に、杏花は胸に熱いなにかを感じていた。
   
「ここに、魂に誓う主君としてお前を選ぶ。これは俺の意思だ。てめぇがどう言おうがどうなろうが俺はてめぇの側を離れねぇ。せいぜい、ダメな王様にならねぇように玉座にしがみついとけよ馬鹿野郎」
   
紅の言葉に全員がびっくりするように目を見開いた。
そんな忠誠心を見せる言葉があるか!!と思っているのだがゾークだけは笑っている。
顔をあげた紅も、べっと舌を出して「なんてな」と冗談そうな顔をした。
すっと立ち上がった紅はゾークに手のひらを見せた。
ゾークも手のひらを見せて、パン!と空中で手を叩き合う。
そしてしっかりと手を握りしめて「よろしくな」と話した。
まるで、友として信頼を確かめ合うようなハイタッチである。
だが、それが二人らしいと柘榴達も安堵した。
   
「番長〜〜〜!!このやろ!!おかえり〜〜!!」
   
走り出したのは大牙だった。
大牙がぎゅーっ!と抱きついたのを皮切りにネクロも「遅いわよ!」と駆け寄る。
紅は「悪い悪い」と軽く謝り、いつもの顔を見せた。
   
「執事くんも悪かったなぁ。あ、俺の炎で怪我したやつ手ぇ挙げろ」
   
思い出したように紅がそう言うと、最初にあげたのは大理と翡翠と紫水と黒曜だ。
大理も紫水も黒曜も紅に一度石に変えられたし、翡翠も火の玉に呑まれた事がある。
紅から攻撃されてないにしろ【精神的な苦痛】を負わされたとほぼ全員が手を挙げた。
あっはっはー!と紅は笑って、舌を出す。
   
「め〜んご☆」
   
全員が紅を追いかけ回したのは言うまでもない。
   
   
   
   
   
   
全員の復帰祝いだと宴をしたり、闇界の王宮の復興にダーツ達も手を貸したりと数ヶ月の月日が流れた。
紅は朧を迎えに行くと行って魔界へ向かったし龍涎は精霊界へ向かっただろう。
色んな問題も沢山残っているが、杏花はネクロ達も交えて天・闇界のお茶会が出来たことに笑顔を見せた。
今日も中庭で柘榴お手製のお菓子とお茶を皆で楽しんでいる。
   
「お父様がそろそろ王宮に帰還するっておっしゃってるわ。寂しくなるわね、案外天界も楽しかったし」
「うん、でもいつでも来れるよ。私達も新しい王宮に来ていいって!ゾークさんが言ってたよ!」
「なら皆でお泊まり会しましょ!私ね、パジャマパーティーってしてみたかったの!」
   
ワクワクするネクロに虎の姿で昼寝をしている大牙が「お嬢、友達居ねぇボッチだもんな」と言ったら尻尾を踏まれていた。
   
「でも杏花はこれから大変じゃない?王妃になるには何かと教養とか必要でしょ?その聖なる光もうまく使えないと」
「うん、落ち着いたら碧海さんから色々と教えてもらおうと思って…。私もちゃんと考えなきゃ」
「ふーん、王妃って大変ね。なんでなろうとしたの?」
「え…?」
   
ネクロの問いかけに杏花は答えを濁した。
なりたくてなったわけではなく、目が覚めたらダーツが自分の妻になるんだよと話していたからあれよあれよとそうなったわけである。
いきさつを話すと、聞いていた柘榴が首を傾げた。
   
「杏花様はまだ王妃様でないのに何故天使らは命令を聞いたのでしょうか…」
「ダーツさんが私を守るように命令したからじゃないの?」
「それはそうですが…貴女を守る事とあなたの命令に従うことは別のはずです。僕ならそう考えますね」
「お前は腹黒執事だからだろ?」
   
大牙が余計な一言を言うと、柘榴もまた大牙の尻尾を思い切り踏みつけた。
ぎゃぁぁ!と大牙はごろんと芝生に転げ回る。
   
「どうしてだろう…」
   
ネクロと柘榴の疑問に同じく首を傾げる杏花だが、お茶を飲んでいた砂金が「気にすることはありませんわ」と微笑んだ。
天麗もうんうんと頷き、友達だもん!とフォローする。
まぁ、天使達は基本的に仲間意識の高い優しい者達ばかりですから…と誰かが言った後に全員が琥珀を思い浮かべ、かつ柘榴を見た。
柘榴はお茶のおかわりをカップに注ぎながら「え?」と目をキョトンとさせる。
   
   
そんなとき、ダーツが現れて杏花の名前を呼んだ。
杏花を連れていってしまい、ネクロは「まさかプロポーズ!!?」と顔を赤くして照れる。
やだぁ!と女性が色めきたつ姿を見て、柘榴はネクロに話しかけた。
   
「お嬢様もそういうものに憧れがあるのですか?」
「そうよ、女の子だもん。プロポーズはロマンチックじゃなきゃOKしないわ!」
「かしこまりました。素敵なプロポーズを致しますね」
   
「え?」
   
ネクロが柘榴に振り向くと、柘榴は優しい笑顔を向けて焼きたてのクッキーを差し出した。
それ以上は周りの目があるので柘榴も言わなかったが急に大人しくなったネクロは恥ずかしそうに目を泳がせるのであった。
   
   
   
   
ダーツが杏花を連れてやってきたのは王宮が見える丘の上だ。
そこは王宮の裏側にあり、杏花も訪れた事がない場所だ。
   
「ここは私の命令で足を踏み入れてはならない場所なんだ。だから琥珀達も来たことはないし案内もしなかった」
「何の場所なの?」
「私の王妃が眠る墓がある」
   
丘の上を進むと、いくつもの杏(あんず)の木があり花が咲いていた。
白も赤もあり紅白の園は晴天によく似合う。
その中に可愛らしいシンプルなお墓があってダーツはそこに花を添えた。
   
「私に話したいことって、王妃様の事だったんだね…どんな人だったの?」
「まだ幼かった私と結婚した彼女もまた幼い可愛らしい姫だったよ。彼女を知るのはもう瑪瑙くらいかも知れない…彼女は聖なる光という奇跡の力を持つが故にただの天使が王妃になれたんだ。だが、私の王妃になってしまったことで彼女にも苦労をかけ…私が死に追いやった」
   
ダーツの言葉に息をのんだ杏花は何も言えずにダーツの言葉を聞いていた。
爽やかな風が吹いて、辺りに咲く杏の花を揺らす。
ダーツは墓を見つめて、語りだした。
   
   
   
僅か18歳という若さで次期王妃となり、次の誕生日を迎える前に死んでしまった彼女を誰も覚えてはいない。
忘れ去られた愛しい人を…ダーツは懐かしむように語り始めた。
   
   
続く