第6話
〜闇に生きる者達〜
遥か昔、数千年前。
天王ダーツには、側近の天使がいた。

赤い髪に、赤い瞳。ガーネットという石から生み出された天使。

だが、封印から目覚めた闇界の王・ゾークの襲撃により、その側近は殺された。
命を断たれた側近は石へと戻り、その石はゾークに奪われた。
ゾークはその石を再生させ、ダーツの側近であったその男を自分の忠実な配下として生まれ変わらせた。

その男の名は、柘榴(ざくろ)。

かつて、天界で『最強の側近』と言われていた男。

最期までダーツに忠義を尽くし、勇敢に闘い、命を落とした天使。

その存在は天界の歴史に残される事はなく、現在に至る。

そんな彼、柘榴は今―――――。

   

   

   

   

   

   

ここは、常に夜の暗闇に包まれた世界、『闇界』の王宮。

柘榴は、ゾークの座る玉座の前に立っていた。

上品なスーツを身に纏った柘榴は『執事』という役職に相応しく、立ち振るまい全てが紳士である。

ゾークは光を宿さない闇色の瞳で、玉座から柘榴を見ていた。

「近頃の天界は何か、変化があったように見える。動向が気になるな。」

ゾークが言うと、柘榴は同意を示すように小さく頭を下げた。

「そういえば先日、天界との境界近くで、迷子の少女を見かけました。」

「少女だと……?」

「はい。天使であれば捕獲しようと思ったのですが、人間でしたので僕が天界まで案内しました。」

ゾークは玉座に肘をつき、考えた。

「天界に人間の少女が…。どういう事だ?」

ゾークの目的は天界の天使を殺して『奪う』事であるが、その少女の存在がどうも気になる。

「その少女が天王にとって大切な存在であるなら、奪う必要があるな。」

「それが、次のご命令ですか?」

柘榴が聞いたが、ゾークは否定した。

「いや、今はまだいい。それよりも、天使狩りを進める。」
ゾークは天使を殺し、奪う行為を『天使狩り』と呼んでいる。
「それならば、次の標的とはすでに接触しました。」
柘榴の脳裏には、琥珀と瑠璃の番兵兄弟の姿が思い浮かんだ。
そして、自分の言葉と明かした真実に心を乱す二人の姿を思い出し、ふっと笑った。
「いずれあの二人も、ゾーク様の元へと来る事でしょう。」
柘榴は、自信に満ちた顔で断言した。
その時、この『玉座の間』に誰かが入ってきた気配を感じ、柘榴は振り向いた。

そこにいたのは、金色の毛並みの虎。

虎は柘榴のすぐ横まで歩み寄ると、その瞳で見上げた。
「柘榴、腹減った〜!おやつ作れよ!」
なんと、人の言葉をしゃべる虎であった。
柘榴は呆れるような顔をして虎を見て、ちょっと冷たく返した。
「僕は君の執事ではありませんよ、大牙。」
この虎の名前は『大牙(たいが)』である。
だが、ただの虎ではない。
虎は、一瞬にしてその姿を人間の少年の姿に変えた。
金色の髪に、額にはバンダナ。15歳ほどの少年の姿だ。

   

   

これが、大牙のもう1つの姿である。
大牙は石から生み出されたのではなく、精霊界で生まれた精霊獣だ。
本来の姿は金色の虎であるが、人の姿にもなる事が出来る。
「いいじゃんか、腹減ったんだよ!団子食いたい!みたらし団子!!」
大牙の好物は、みたらし団子であった。
玉座のゾークがそんな大牙を見て、肘をついたまま一言。
「大牙、最近団子を食べ過ぎじゃないか?」
すると、大牙はムっとして言い返した。腹が減ってて、気が立ってるらしい。
「おっさんだって、いつもエクレア食ってんじゃんか!」
大牙はゾークに向かって敬語も使わず、ゾークの事を『おっさん』呼ばわりする。
そのくらい俺様主義であるが、大牙を我が子のように育てて来たゾークは、それを咎めない。
ちなみに、ゾークの好物はエクレアなのである。
言葉に詰まったゾークに代わって、柘榴が仕方なく答えた。
「無礼ですよ、大牙。おやつは後で持っていきますから。」

   

   

   

『玉座の間』から出た大牙は、その足でネクロの部屋に向かった。

大牙は、ゾークの娘であるネクロと仲が良かった。

ネクロはよく、虎の姿の大牙に寄りかかって一緒に昼寝をしたりしている。

言ってしまえば、大牙はネクロの枕のような役割である。

大牙がネクロの部屋のドアを開けると、そこにはベッドに腰掛けたネクロの姿があった。

大きなうさぎのぬいぐるみを抱き締め、顔を伏せ、どこか一点をぼーっと見つめている。

大牙は、ネクロの側に歩み寄った。

「なんだよ、つまらなそうな顔してんな?」

ネクロは大牙の方を見向きもせずに口を開いた。

「なんか最近、柘榴が忙しいみたいで………つまらないのよね。」

柘榴はネクロの専属執事であるが、最近は別の任務でも忙しいようだ。

大牙はネクロの心を察し、ニヤっと笑った。
「つまり、構ってもらえなくて寂しいんだろ?」
すると、その言葉にネクロは瞬時に反応して顔を上げた。
「違うわよ、バカ虎ッ!!」
そう言って、ネクロは抱えていたぬいぐるみを大牙に向かって投げつけた。
しかし、ネクロの顔が赤くなっていたのを大牙は見逃さなかった。
まったく、素直じゃないお嬢だな……と大牙は心で呟いた。
ネクロは立ち上がると突然、大牙に迫った。
「行くわよ、大牙。」
「へ?どこへだよ!?」
「天界に決まってるじゃない。」
ネクロは、天界の琥珀と瑠璃の番兵兄弟が大のお気に入りなのであった。
今までも、勝手に闇界の王宮を抜け出して、二人に会いに天界に行ってしまった事がある。
ネクロにとっては戦争とか、種族の違いとかは個人的に気にしていなかった。
面食いなネクロは、『かっこいい男』であれば誰でも気に入ってしまうのだ。
しかし、あくまで闇界と天界は戦争中であったし、敵地に行く事は望ましくない。
大牙は、無駄であるとは分かっていながら、一応止めようとする。
「やめとけって!見つかったらまた怒られるんだぜ?」
「すぐに帰ってくれば見つかりゃしないわよ。」
「いや、怒られるのは俺なんだって!!」
しかし、ネクロは引き下がる様子はない。
「みたらし団子5本……いえ、10本でどうかしら?」
食べ物で釣る、という手段に出た。
大牙はいつも、これで手を打ってしまうから単純だ。
大牙は、人から虎へと姿を変えた。
そして、金色の毛並みの背中をネクロに向けた。
「仕方ねえなあ、乗りな。」
ネクロはニコニコしながら、虎の姿の大牙の背中に乗った。
「頼むわよ、大牙♪」
「ったく………しっかり掴まっておけよ!!」
ネクロを背に乗せた大牙は、部屋の窓から外へと飛び出した。
虎の姿の大牙は、空を駆ける事が出来る。
こうやって、大牙はいつもネクロの『乗り物』の役割もしている。
そうして、さほど時間もかからず、天界の王宮に辿り着いてしまうのだ。
ネクロと大牙が部屋を抜け出した、その直後。
誰もいなくなったネクロの部屋に、ドアをノックする音が響いた。
「お嬢様、お茶とお菓子をお持ちしました。」
そう言って、柘榴はネクロの部屋のドアを開けた。
しかし、部屋の中には誰もいない。

柘榴は不思議に思って、部屋を見回した。

窓が開いていて、そこから外の風が吹き込んでいる。

(まさか………!?)

柘榴は、嫌な予感がした。

   

   

   

   

   

   

場所は変わって、ここは天界の王宮・正門前。

その日も、双子の番兵・琥珀と瑠璃は二人で門の見張り番をしていた。

「ふぁ〜〜あ……」

琥珀が、大きなあくびをした。

すかさず、瑠璃が真面目顔でツッコミ………いや、注意をする。
「気ぃ緩みすぎやで、兄者。」
しかし、琥珀は相変わらずの明るい調子だ。
「るーちゃんは気ぃ張り詰めすぎやで?」
「俺らは番兵なんや、しっかりと見張りせなあかん。」
真面目な弟・瑠璃は、表情1つ変えずにそう言った。
やはり、あの時の砂良の件が、瑠璃の心にも大きな影響を与えたのだろう。
「うわぁ〜、るーちゃん、真面目〜〜。」
琥珀は、なんとか瑠璃の張り詰めた心を解そうと、いつもの明るい振る舞いで返す。
本当は、琥珀も瑠璃と同じくらいの苦しみを心に残しているが、それは見せない。
その時、琥珀は前方の上空から、何かが近付いてきている事に気付いた。
目をこらすと、それは…………
「前方上空に虎、発見やで!」
琥珀が言うと、瑠璃は上空ではなく、琥珀の方を見た。
「兄者、真面目に仕事せい!」
「いやいや、ホンマやで!アレ見い!」
琥珀の指す方を見ると、前方上空から金色の虎がこちらに向かって降り立ってきた。
瑠璃は思わず構えたが、その虎の背に乗っていた人物に気付くと、力が抜けた。
その虎の背に乗っていたのは、闇界のお姫様・ネクロだ。
「お元気だったかしら、番兵くん達!」
ネクロは大牙の背から下りると、笑顔で琥珀と瑠璃に歩み寄った。
大牙は溜め息をつくと、虎の姿のまま、その場で丸まった。
万が一ネクロが天使に襲われた場合、いち早く助ける事が出来るように神経を張り巡らせているのだ。
素っ気無いように見えて、実は大牙はそれなりにネクロの事を考えている。
「正門で会えるなんて、わざわざ私を出迎えてくれたのかしら?」
嬉しそうに笑いかけてくるネクロに、瑠璃は無表情で返す。
「いや、正門の見張り番しとっただけやし。」
琥珀はネクロの性格をすでに知っているし、ネクロを前にしてもいつもの明るい調子を崩さない。

「闇界のお姫様がこないな所まで来るとは、無茶すんなあ。言わば、ここは敵地やで?」

とは言うものの、ネクロが攻撃や侵略が目的で来ている訳ではない事は琥珀も瑠璃も知っていた。

「あなた達の事、もっと知りたいのよ。だって、面白いんだもの。」

ネクロが言うと、琥珀が嬉しそうに答えた。

「美人さんからそないな事言われたら、メッチャ調子に乗ってまうで?」

いや、すでに調子に乗っている。と、瑠璃は横目で見ながら、心でツッコミを入れた。

「お兄さんの方は明るくて面白い人よね。弟くんの方はどんな人なのかしら?」
期待の眼差しを向けるネクロ。

スっと、瑠璃は一歩前に出た。相変わらずの無表情である。

「いくら敵意がないとは言うても、闇界の者は天界の敵や。事が広まる前に、帰った方がええ。」

冷たいとも言える瑠璃の一本調子の口調。

だが、その中には、ネクロの身を気遣う優しさが含まれている。

それに気付かないネクロは、瑠璃の反応にちょっと驚いた。

「弟くんはちょっと冷たいのね。まあ、いいわ。そんな所も素敵よね♪」

変な所で前向きなネクロであった。

瑠璃は、さすがに困った顔をしていた。琥珀は瑠璃を察して、ポンと肩を叩いた。

その時、虎の姿の大牙が何かの気配を感じとり、素早く起き上がった。

「お嬢!!やべえ、柘榴が来る!!」

ネクロはハっとして、大牙の方を振り返った。

「えっ!?もう気付かれちゃったの!?……まずいわね。」

ネクロは琥珀と瑠璃に背を向け、大牙のいる方へと走っていった。

そして、素早く大牙の背中に乗った。

「それじゃあ、また来るわね、番兵くん達♪」

空に舞い上がった虎の背の上で、ネクロが笑顔で手を振る。

琥珀は笑顔で手を振って返した。

瑠璃は、ネクロを見上げながら困り顔で小さくツッコミを入れた。

「………また来るんかい。」

空を駆ける虎の姿が視界から消えた直後。

琥珀と瑠璃は、今度はまた別の気配を感じ取り、表情を一変させた。

緊張と警戒が、二人の体中をかけめぐる。

二人の目の前に、白い天使の翼を持つ男が静かに降り立った。

柘榴であった。

琥珀と瑠璃は、無言で柘榴を見据えていた。

柘榴は周囲を確認した後、ようやく琥珀と瑠璃に視線を向けた。

「どうやら、行き違いになったようですね。」

柘榴は、独り言のように言った。

今回の柘榴の目的は、勝手に闇界から抜け出したネクロを連れ帰る事である。

今は、琥珀と瑠璃に用はない。

柘榴は二人に背を向け、飛び去ろうと羽根を大きく広げた。

だが、その時。

「ちょっと待て!!」

そう言って柘榴を呼び止めたのは、瑠璃だった。

琥珀は、そんな瑠璃を驚きの目で見た。

「瑠璃………?」

柘榴は羽根を広げたまま、顔だけを少し振り向かせた。

「……なんですか?僕は急いでいるのですよ。話なら次の機会にして下さい。」

しかし、瑠璃は数歩、柘榴に向かって近付いた。

「あの話は、ホンマに……本当なのか!?」

瑠璃がずっと疑問に思っていた事。それは、柘榴が明かした真実と、過去。

琥珀と瑠璃は、柘榴の『代わり』としてダーツに生み出された、という隠された真実。

柘榴は、ふっと笑いを浮かべた。

「真実ですよ。」

それだけを返すと、柘榴は空に舞い上がった。
空の彼方へと消え去る柘榴を見上げた後、瑠璃は顔を伏せた。
何かを思い、悩み、苦しむような顔を一瞬、見せた。
琥珀はそんな瑠璃を見て、何か胸騒ぎを感じた。

   

   

柘榴は、確信した。
自分が今、ここで殺さずとも、いずれ彼らは自らの意志で闇界に来る。
そう、特に弟の瑠璃は――――。
少しずつ、琥珀と瑠璃を闇へと落としていく事に、柘榴は楽しさを覚えた。
そして、少なからずネクロの気を引いている二人の存在に対し、同等の嫉妬と憎しみも。

   

   

   

   

   

   

闇界の王宮に帰ったネクロは、ゾークに呼ばれ、『玉座の間』へと入った。
ゾークは怒ったような、困ったような顔をしながら玉座に座っている。
「……ネクロ、また城を抜け出たそうだな?」
「ごめんなさい、お父様。だって、退屈だったんだもの。」
とは言うが、まったく反省する様子を見せないネクロ。
ゾークは娘に甘く、あまり強く言えないのが悲しい。
「そんなに、天界の番兵兄弟が気に入ってるのか?」
ゾークが聞くと、ネクロは笑顔で即答した。
「ええ、だって面白いんだもの♪」
その頃、柘榴は城の廊下で大牙を捕まえた。
「大牙。また、お嬢様と一緒に城を抜け出ましたね。一週間、おやつ抜きです。」
「ええ〜〜〜!?そんなぁ、鬼〜〜〜〜!!!!」
何故かいつも、おしおきを受けるのは大牙だけなのであった。
柘榴は、そのままネクロの部屋へと向かった。
ネクロの部屋のドアを数回ノックした後、中に入る。
ネクロはベッドに座り、ぬいぐるみを抱き締めたまま、ゆっくりと柘榴を見た。
「………怒ってる?」
上目遣いで、ネクロは柘榴を見上げた。
ただでさえ美しいネクロのその可愛らしい仕草に、柘榴は怒る気も失せていく。
はぁ、と柘榴は溜め息をついて笑った。
「怒っていません。」
そう言って、柘榴はネクロを抱き締めた。
ただ、憎らしい。柘榴は、そう思った。
僕を捕らえて放さない、あなたのその美しさが。
嫉妬して、相手を憎んでばかりの自分の心の弱さが。
「……うそ。怒ってるでしょ?何に怒ってるの?」
ネクロは、ピンク色の瞳を近付け、柘榴に問いかける。
「あまり、心配かけさせないで下さい。」
「……………ん。」

やっぱり柘榴は勝手に城を抜け出た事に怒っているんだと、ネクロは少し残念に思った。

   

   

   

   

   

   

天使として天界に生まれ、今は闇界に生きる柘榴。
しかし今、彼にとっての光は、闇界にある。
闇に生きる者達は、光の射さない闇の世界で、それぞれの光を守っている。

次に、闇へと誘われる天使は――――。

   

   

続く