第7話
〜帰還〜
遥か昔、数千年前から続く天界と闇界の戦争。
闇界からの一方的な攻撃と殺戮を止める為の手段として、天王ダーツは闇界を封印した。

闇界の王・ゾークを、闇界ごと封印の眠りにつかせたのだ。

しかし、ダーツが思ったよりも早くゾークは封印から目覚めた。
今もなお、闇界にはダーツの封印の眠りから覚めていない者達も存在する。
しかし、それでも闇界の強力な軍事力は、常に天界を脅かしている。

その、闇界の軍事力の頂点に立つ者がいた。

全ての軍の指揮をとり、自らも炎の能力を使い、圧倒的な強さを誇る男。

その男が、数千年ぶりに闇界の王宮に帰還した。

 

 

   

   

   

   

闇界の王宮、中庭。

大牙は、人間の姿で1本の木の根元に寄り掛かり、昼寝をしていた。

昼寝とは言っても、闇界は常に夜である。

そんな大牙の前に、スっと気配もなく一人の男が立った。

感覚の鋭い精霊獣である大牙だが、その気配に気付かず、眠り続けている。

男は、スゥっと大きく息を吸った。

そして、大牙に向かって大声で

「敵襲―――――!!!!」

と叫んだ。

大牙は、驚いて飛び起きた。

「へっ!?なんだ!?なんだ!?」

キョロキョロしていると、目の前に立つ一人の男の存在に気付いた。

真紅の長い髪に、真紅の瞳の長身の男。おそらく、柘榴やネクロよりも年上であろう。

「誰だ……お前?」

大牙は、その男に見覚えがない。

男は慌てる大牙を面白そうに見ていた。

「お前、精霊獣だろ?情けねえなあ。そんなんじゃ、すぐに討ち取られるぜ?」

男は明るい口調で言うと、呆然とする大牙の前から姿を消した。

「しっかりしとけよ。」

そう、言い残して。

   

   

   

ここは、闇界の王宮の離れにある建物の一室。

その広い部屋の中心に一人で立ち、闇界の歌姫である砂良(さら)は歌っていた。

誰かが聴いてくれている訳でもない歌を、ただ一生懸命歌い続けた。

それでも、砂良は歌う事が楽しかった。

この場所で歌う事が、自分に与えられた使命でもあるから。

1つの歌を歌い終えて、砂良はフゥ、と息をついた。

その時。

パチパチパチ………

背後から、誰かが手を叩く音がした。

「え……?」

砂良は、驚いて素早く振り向いた。

「誰ですかっ!?」

この部屋に誰かが入って来た気配など感じなかったのに。

そこには、一人の男がいた。

まるで、ずっと前からここで歌を聴いていたかのように。

その男は拍手をしながら、にこやかに笑っていた。

「あんた、新入り?その歌、いいね。」

だが逆に、砂良の顔は青ざめた。驚きのあまり、声が出ない。

砂良は極端に臆病だし、人見知りをする。

感覚が鋭い砂良は、その男の発する威圧感に無意識に恐怖を感じていた。

その男はそんな砂良に構わず、相変わらずの笑顔で両手を横に振った。

「あ、どうぞどうぞ。気にしないで、歌い続けて。」
しかし、砂良は次の瞬間。
「きゃあああああっっっ!!!!」
叫び声を上げ、それと同時に
パリーン!!
と、部屋の窓ガラスが音を立てて砕け散った。
砂良の声は、感情が高ぶると周囲の物を破壊する破壊音となるのだ。
その衝撃音を聞いた大理が、駆け足で部屋に入って来た。

「どうしたっ!?」

彼は、双子の兵士『白黒兄弟』の白の方、兄である大理(だいり)。
大理は、砂良の世話役を任命されている。
砂良は涙目で大理に駆け寄り、その勢いで抱きついた。
「大理さんっ……!!」
思いっきり抱きつかれて、大理は目を丸くした。
クールな大理が、こんな反応をするのは珍しい。
砂良は大理を見上げながら、我を忘れて言う。
「今、そこに知らない人がっ…!!知らない男の人がいて、私の歌を聴いてて…!!」
大理が部屋を見回すと、周囲に人影はない。
しかし、砂良がここまで言うのだから本当の事であろうし、侵入者の可能性もある。
砂良は闇界に来たばかりだから、砂良にとって『見知らぬ人』が王宮にいてもおかしくはない。
だが普段、この部屋には砂良の他には大理しか出入りしない。
「落ち着け、砂良。」
大理が言うと、砂良はようやくハッと我にかえって今、自分がしている事に気付いた。
大理に抱きついたまま、二人の顔が至近距離である。
(顔っ……近い!!!)
砂良の顔面は一瞬にして真っ赤に染まり、パっと離れた。
そして、今度はペコペコと頭を下げて大理に謝った。
「ご、ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!!」
「あ、いや……。」
何を謝られているのか分からない天然な大理は、困ったような返事を返した。
しかし、次にフっと大理は笑った。
「臆病だな、砂良は。」
「う…………。」
砂良は恥ずかしそうに顔を伏せながら、チラっと上目で大理の顔を見た。
(大理さんが………笑った…………)
顔を上げて、ポーっと大理の顔を見つめた。
大理は気を取り直すと、いつものクールな瞳で、砂良に言い聞かせた。
「侵入者の可能性もあるな。俺がゾーク様に報告し、見回りをしよう。」
「はい………気を付けて。」
そう言って、砂良は大理の背中を見送った。

今だ、鼓動が早く、顔が赤い。

   

   

   

また場所は変わって、闇界のお嬢様・ネクロの部屋。

彼女の執事である柘榴が、お茶を持って部屋に入ってきた。

しかし、ネクロは不安そうな顔をして窓の外を見ていた。

「お嬢様、どう致しました?」

柘榴が問いかけると、ネクロは窓の外を見つめながら答えた。

「誰かが……私の結界を破って王宮に入ってきたわ。」

ネクロには結界能力があり、王宮に結界を張って守っている。

誰かまでは特定出来ないが、何者かが侵入してくれば、それに気付く事が出来る。

ネクロは、柘榴の方を見た。

「侵入者かもしれない。」

柘榴は、承知したとばかりに頷いた。

「分かりました。僕が行きましょう。」
柘榴はネクロの部屋を出ると、廊下の窓に向かって歩いた。
そして羽根を大きく広げると、窓から外へと飛び立った。
その頃、王宮の中庭では。
双子の兵士・大理と黒曜の兄弟が、王宮内の見回りをしていた。
「侵入者なんていないよ。兄上、あの女の言う事を信じるの?」
ちょっと子供っぽい弟の黒曜は、砂良の事を良く思っていないようだ。
というか、大好きな兄を砂良に取られてしまったようで、嫉妬しているに近い。
「黒曜、念には念を入れろ。昔、そう教わっただろう。」
大理は、真面目に答えた。しかし、黒曜は子供みたいに不満な顔をしている。
その時であった。
「侵入者ってのは、俺の事か?」
二人は、ハっとした。いつの間にか、正面に一人の男が立っていた。
男は、手に長い錫杖を持っている。これが、彼の武器なのである。
大理と黒曜は、男の姿を目にするなり、同時に叫んだ。
「あ、あなた様は……!!」
男はニッコリ微笑むと、錫杖を構えた。
「久しぶりだな、大理、黒曜。……本気で来いよ!!」
と言いながら男は突然、二人に向かって襲いかかって来たのだ。
……………それから数分後。
大理と黒曜は、ボロ負けした。
男は、フウっと溜め息をついた。
「『もう少し頑張りましょう』、だ。ちゃんと修行してるのか?」
まるで生徒を採点する先生のように、男は言った。
大理と黒曜が弱いのではない。この男が強すぎるのだ。
その時であった。
男の背後から、剣を振り下ろした者がいた。
「おっと。」
男は素早く反応し、自分に振り落とされた剣の刃を錫杖で受け止めた。
剣を振り下ろしたのは、柘榴であった。
男が侵入者であると判断した上での攻撃である。
男は剣の刃を受け止めたまま、余裕の表情で柘榴を見た。
「あんたも新入りだな?君が例の柘榴くん?」
だが、柘榴も余裕の表情で返した。
「………これは、どうも。よくご存じで。」
しかし、柘榴はこの男に見覚えはない。
柘榴は再び、この男に向かって斬りかかろうとした。
男は、フっと笑った。迎え撃つ気なのだ。
その瞬間、男の周囲の空気が熱を発し、広がり始めた。

柘榴はハっとした。

(なんだ?空気が熱く………)

その男が扱う能力は『炎』である事を柘榴はまだ知らなかった。

その時。

「待て、柘榴。」

二人の闘いを、制止した者がいた。

柘榴はその声に反応し、振り返った。

「ゾーク様……!」

そこに立っていたのは、ゾークだった。

「闘わずともよい、その男は我々の仲間だ。」

そうゾークに言われて、柘榴はようやく剣を下ろした。

しかし、柘榴にはどうもよく分からない。この男は何者なのか?

「なんだ、止めちゃうのか?」

男は柘榴と闘いたかったのか、残念そうにしている。

ゾークは、男の方に視線を向けた。

「いつ、こちらに帰ってきた?」

ゾークが問うと、男はまるで友達に話しかけるように返した。

「つい、さっきだ。少し遊んでいただけだ、大目に見ろよ、ゾーク。」

なんと男は、闇界の王・ゾークに向かってタメ口、呼び捨てであった。
柘榴は無礼な態度のその男に不快感を覚えた。
「貴様、ゾーク様に向かって無礼な……!!」
そう言いかけたが、ゾークが再び柘榴を制止した。
「よい。こやつは、よいのだ。」
ゾーク自身も、彼の事は認めているらしい。
ようやく立ち直った大理と黒曜が、柘榴に向かって言う。
「柘榴、お前こそ口を謹め。このお方は、我々の上司だ。」
「上司……?」
大理と黒曜は、口を揃えて言う。
「闇界軍の総司令指揮官長、紅(くれない)指揮官様だ。」
その男の名は、『紅』。
真紅の長い髪に、真紅の瞳。『炎』の能力を扱う、彼らしい色だ。

   

   

紅は、その名の通り『紅玉』(ルビー)から生み出された配下である。
闇界では、ゾークの次に位置する高い身分である。
正確には、彼の役職は『闇界軍部直属・総司令指揮官長』という長いものである。
だが、その長い肩書きは浸透せずに、人々からは何故か『番長』の愛称(?)で呼ばれている。
国や軍を統括する姿が、まるで番長のようだから……かどうかは不明である。
柘榴が闇界に来たのは、数千年前である。
紅が任務の為に王宮を出たのは、それより百年も前であるから、柘榴とは面識がない。
紅は任務を終え、数千年ぶりに王宮に帰ってきたのだ。
「任務の方はどうなったのだ?」
ゾークが聞くと、紅は普段話でもするかのように答えた。
「ああ、大体落ち着いたぜ。言っても聞かない反乱国を2、3潰したが、順調だ。」
サラっと笑顔で答える所が、彼の恐ろしくも最強な所である。
紅は、闇界にある小国の反乱や悪政を正す、という任務の為に王宮を出た。
その任務をこなすには時間がかかるし、いちいち帰るのが面倒だという彼の性格。
その為に、紅は数千年もの間出かけっぱなしで、王宮に帰っていなかった。
こうして、闇界に強力な勢力がまた1つ増えた。

   

   

   

   

   

   

その夜、ゾークは紅と共に酒を飲んだ。

二人は『王と配下』と言うよりも、古くからの友人のような関係なのだ。

紅は、ゾークと同じくらいの長い年月を生きている。

そして、ゾークの悲しい過去も惨劇も、この戦争の発端も、全て知っていた。

「では、ようやくお前もこちらの任務に加われるのだな。」
ゾークは、グラスを片手にしながら、紅を見た。

「ああ。天界の天使を皆殺しにするってヤツだろ?なかなか楽しそうな任務じゃねえ?」

皮肉ではなく、紅は純粋に楽しそうに笑いながら言う。

ゾークの真の目的は天使の『虐殺』ではない。

天使を殺して石に戻し、それを奪い、再生させる事。全ての天使を我が物にする事。

しかし、紅はゾークの過去も、目的も、全てを知っているからこそ、気兼ねなく笑って言えるのだ。

「で?ゾーク、次の標的は決まってんのか?」

「……ああ。決まっている。」

ゾークは、ふと思い出した。

ネクロが勝手に城を抜け出し、天界に行ってしまった理由を。

柘榴が、憎しみを向ける相手を。

そして、天王ダーツの一番近くにいる天使。

全てに共通する、あの二人こそが次の標的。

「双子の番兵兄弟だ。」

   

   

   

   

   

   

闇は常に勢力を増して、天界に向かいつつある。

   

   

続く