第9話
〜奪われた天使〜
ダーツは、語り始めた。
数千年前、天界の王宮で起きた出来事を。

現在まで続く、闇界との哀しい戦争の幕開けを。

 

 

 

 

 

 

数千年前、闇界は今と変わらず、一方的に天界を攻撃していた。

殺戮と破壊主義のもと、闇界の攻撃は終わりを見せなかった。

天王ダーツは天界を守る為、ついに闇界を封印する事を決めた。

闇界の王・ゾークを、闇界ごと封印の眠りにつかせたのだ。

しかし長い年月を経て闇界の封印は解け、ゾークは復活を遂げた。

ここから、ゾークの新たな『復讐』が始まった。

   

   

   

ゾークが天界の王宮を襲撃したのは、ある日の夜、突然の事。

何の前触れもなくの奇襲、まさに『ふいうち』だった。

ゾークはたった二人の手下を従え、迎え撃つ天使を物ともせずに倒し、進んだ。

そして、ダーツの玉座のある『玉座の間』にまで侵攻しようとしていた。

この広い部屋には、ダーツとその側近、二人のみしかいない。

側近の男は、玉座の前に立ち、跪いた。

彼こそが当時、ダーツの側近であった天使、柘榴(ざくろ)である。

この頃はまだ、琥珀と瑠璃、翡翠などの天使は生まれていない。

「天王様。僕は最後まで闘い、あなた様をお守りします。」

そう言って柘榴は剣を取り出し、手に持った。

『最強の側近』と言われていた柘榴には、剣術の心得もある。

ダーツは玉座に座ったまま、その静かな瞳の奥に悲痛な色を浮かべた。

「………すまない。私に力があれば……。」

ダーツは闇界を封印した際に、強大な力を使った。

予想に反してゾークの復活が早かった為に、ダーツは未だに力を取り戻していなかった。

ゾークを迎え撃つだけの力はダーツにはなく、天界の体勢も整っていない。

柘榴はダーツの心を察して、自らも悲痛な思いを秘めつつ、やがて決意した。

「天王様。僕が石に戻ります。その石の力を、あなた様のお力に変えて下さい。」

ダーツは目を見開いた。

『石に戻る』という事は、天使にとって『死ぬ』という意味である。

天使は、死ぬと命の原石である小さな石に戻ってしまう。

『ガーネット』という石からダーツによって生み出された柘榴も、例外ではない。

柘榴が死んで石になれば、その石の力をダーツが取り込む事が出来る。

その為に、柘榴は今、ここで自らの命を断つというのだ。

今、ゾークを迎え撃つ為の力をダーツが手に入れるには、それしか方法がない。

しかし、ダーツは合意しなかった。

「ならぬ。………断じてならぬ。」

「しかし………!

決意はしたが、誰よりもダーツに忠実であった柘榴は、それ以上は何も言えなかった。

このままゾークと闘った所で、勝てる望みは薄い。それは、二人とも分かっていた事だった。

その時だった。

『玉座の間』の扉が、破壊音と共に崩された。

ゾークの配下の二人が扉を両側から突き破り、その真ん中からゾークが足を踏み入れた。

ゾークはそのまま、玉座に向かってゆっくりと歩いて行く。

そして、玉座の前で足を止めた。

「久しぶりだな……憎き天界の王。我は、ここで貴様への復讐を遂げよう。」

その表情は、まさに光を宿さない闇色の瞳で、憎悪のみを露にしていた。

玉座のダーツは、表情を変えずに返す。

「愚かなる闇界の王よ。数千年の時を経ても、その愚かさは変わらぬな。」

皮肉を込めての言葉だが、心は冷静ではいられなかった。

ゾークがこんなにも早く復活してしまうとは、最大の誤算であった。

ゾークは動じず、変わらぬ憎悪を玉座のダーツに向ける。

「我が闇界は貴様に封印され、今も多くの配下が封印の眠りから目覚めておらん。」

ゾークの配下の二人が、背後からゾークの立つ位置まで歩いて進んできた。
「我は、貴様を決して許さん。……大理、黒曜。」

ゾークは合図とばかりに、その二人の配下の名を呼んだ。

するとの二人の兵士はゾークの背後から歩み出て、玉座の前に立った。

同じ制服を纏った二人の男。髪の色は違うものの、同じ容姿。

双子の兵士、大理(だいり)と黒曜(こくよう)である。

「我が名は大理!」

双子の兄である白の兵士・大理が名乗った。その手に『地割剣』という名の剣を持ち、構えた。

「我が名は黒曜!」

次に、双子の弟である黒の兵士・黒曜が名乗り、体術の構えをとった。
「「ゾーク様の命により、その命もらいうける!!」」
二人同時に声を合わせると、玉座に向かって攻撃をしかけようとした。
その時、柘榴が剣を構えて玉座の前に立ちはだかった。
たった一人で、ダーツを守る為に闘う気なのだ。
「僕の名は柘榴!天王様の忠実なる側近。」
同じように名を名乗り、大理と黒曜の攻撃を正面から同時に受けて跳ね返した。

 

 

二人の王が挟んだ舞台で、配下同士の闘い。だが、2対1だ。分が悪すぎる。

だが、ダーツを狙っていたと思われた大理と黒曜は、同時に攻撃の目標を柘榴に定めた。

まるで、最初からダーツの事は眼中になく、柘榴の命を狙っているかのようだ。
だが、それに気付かない柘榴は、ダーツの玉座を守る体勢で闘い続けた。
充分に動きがとれない為に、余計に不利だ。
正面からくる黒曜の拳を剣で受け止めた瞬間、柘榴は背後に気配を感じた。
柘榴の背中側に、大理が回っていたのだ。
柘榴はハっとした。ダーツが狙われてしまったと思ったのだ。
「しまった……!!天王様!!」
とっさに体全体で振り向こうとしたが、それは読み違いだった。
次の瞬間、柘榴の視界に映ったのは、自分の背に向かって剣を大きく振り下ろした大理の姿。
大理の剣が、柘榴の背中を深く斬り刻んだ。
「……………がぁっ……!!」
防御体勢を取る間もなく背中から攻撃を受けた柘榴は、地に倒れた。
大理は、最初から柘榴の背後を狙うつもりだったのだ。
「柘榴!!」
ついにダーツが玉座から立ち上がるが、叫ぶ事しかできない。
地に伏せた柘榴は大量の血で床を染め、息を乱しながら意識を保っていた。
すでに致命傷を受け、瀕死の状態であった。
僅かに意識が残る程度の攻撃は、ひと思いに殺されるよりも苦痛を味わう事になる。
だがトドメは刺さず、大理は僅かな意識を保ち続けている柘榴の背中の羽根を片手で掴み、持ち上げた。
それによって、僅かに柘榴の体が地から浮いた。
……それは、天使にとっては、最大の屈辱であろう。
ダーツは思わず前に進もうとしたが、ゾークがそれを制止した。
「動かぬ方がよいぞ、天王。大切な側近の命が惜しければな。」
ダーツは口を閉ざしたまま、進もうとした足を止めた。
今、動いた所で、柘榴を助ける事は出来ないだろう。
今の自分にはそれだけの力がないし、柘榴の命を盾にされては、どうする事も出来ない。
ゾークは、掴み上げられた柘榴の側にまで歩み寄った。
「案ずるな、天王。貴様はここで殺さん。死を越えた苦しみを味わってもらう為にな。」
柘榴が力を振り絞ってダーツに向かって言った。
「天王様……僕に構わずに……ゾークを……」

ゾークは柘榴を見下ろすと、身を屈めて柘榴に顔を近付けた。

「天王の側近……。その力と忠誠心は素晴らしい。是非、我が物にしたい。」

柘榴は、ゾークを睨み返す力もなかったが、血に染まった口を懸命に動かした。

「僕は……天王様に忠誠を誓いし………天使………」

ゾークは、柘榴が言葉を言い終わるのを静かに待っていた。

「貴様の手には……落ちない……!!」

そう、柘榴が言い切った後、ゾークは笑いを浮かべた。

心から何かを楽しむような、そんな笑いを。

「そうだ。そうやって、天王への忠誠を叫ぶがいい。これから我が物となる天使よ。」

ゾークは立ち上がり、柘榴が倒れた際に落とした剣を拾った。

ゾークは、その剣を持つと玉座のダーツの方に顔だけを向け、皮肉な笑いを向けた。

「天王。我は、新たな復讐法を思い付いたぞ。」

そうして、ゾークはその剣の刃を柘榴の背中に向けて一気に突き刺した。

剣は柘榴の心臓部分を貫通し、地面にまで突き刺さった。

貫かれたのと同時に、柘榴の羽根を掴み上げていた大理が手を離した。

身体を吊り上げていたものを失った柘榴の体は、地に向かって落ちていった。
「………柘榴!!」
ダーツは、柘榴の名を叫ぶしか出来なかった。
しかし、命を断たれた柘榴の体は、地に落ちるよりも早く砂のように消滅していった。
最後に、柘榴は言葉を残した。
「天王様への……忠誠は………永遠に………」
最後まで言い終える事なく、柘榴は死して小さな石の結晶へと姿を変えた。
天使は、死ぬと石に戻る。
ゾークの足元、柘榴の伏していた地に残ったのは、深い赤色をした石の結晶。
『ガーネット』と呼ばれるその赤い石が、柘榴の命の源の石。
ゾークは足元の石を拾い、手の平に乗せた。
「……さて、この石を砕くのは簡単だ。それでも動くか?」
ダーツに向かって、人質をとったような口ぶりだ。
石から生み出された者は死ぬと石に戻るが、その石が壊されない限り再生は可能だ。
しかし、石を砕かれてしまえば、二度と生き返る事は出来ない。
ダーツは悲痛な表情で、ようやく口を開いた。
「………動きはせぬ。だが、取り引きには応じぬ。」
ゾークは笑った。
「取り引き?そんなモノなど必要ない!我の望みは、貴様に死を越えた絶望と苦痛を与える事のみ!」
ゾークの目的は、ダーツを殺す事ではなかった。柘榴を殺し、その石を奪う事だったのだ。
ダーツにとって大切な天使を奪う事が、一番の苦痛を与える方法であり、復讐。
死を越えた苦痛を与える為に。それは、殺意にも勝る憎しみ。
そこまでダーツを憎む理由が、ゾークには他にあった。
ゾークは二人の配下と共に、出口に向かって背中を向けた。
「これは余興にすぎない。いずれ、貴様の大切なモノ全てを奪ってやろう。」
そう言い残して、ゾークはダーツの前から立ち去った。
『玉座の間』に残されたのは、側近を目の前で殺され、奪われた天界の王、ただ一人。
そして、床に散らばるいくつもの羽根と、血痕。かつての側近の命の名残り。
柘榴の心臓を貫いた剣が床に突き刺さったまま残され、その刃にも血が伝い流れている。
ダーツは、全てが終わっても身動きすら出来なかった。
……こうするしか、なかった。
………どんな形でも柘榴が生きてさえいれば、いつか必ず取り戻せる。
そう、自分に言い聞かせるしかなかった。
ゾークは柘榴の石を再生させるだろう。
次に柘榴が目覚めた時、柘榴はゾークの忠実なる配下となって生まれ変わっているだろう。
ダーツへの忠誠心を完全に失い、天界に刃を向ける敵となって自分の前に現れるだろう。
……それでも、彼が生きてさえいれば。
だが……柘榴を取り返すには、もう一度柘榴を殺し、石に戻さなければならない。
その石をダーツが再生させるしか、柘榴を取り戻す方法がない。
果たして、それが誰に出来るだろうか。

柘榴の命を救えなかった自分に、柘榴の命を奪う権利などないし、出来ない。

柘榴を生み出しておきながら、その命を奪う事など。いくら神でも許されない。

「柘榴…………。」

今はただ、何も出来なかった自分を悔やむしかない。

 

 

 

 

 

 

まだ、多くの者が封印されたままの闇界に帰り、ゾークは玉座に座った。

片手にはワインを持ち、勝利の余韻に浸っていた。

「最初の戦利品にしては、かなりの極上品だったな。」

柘榴の石を奪えた事は、新たな戦争の始まりとしては大きな収穫であった。

「さて………次は、どの天使を狙おうか?」

ふと、玉座の前に一人の男の人影が静かに現れた。

ゾークは、見ずともその気配が誰だか悟っている為、視線はワイングラスに向けたままだ。

そして、その男に向かってたった一言。

「なあ………柘榴?」

玉座の前に立っていたのは、柘榴。

赤い髪に、赤い瞳。上品なスーツに、その背には純白の天使の羽根。

その姿は、天界にいた頃と何ひとつ変わっていない。

しかし、今までの彼と違う所と言えば…………

柘榴は、ゾークの座る玉座のすぐ前まで歩き、膝をついた。
跪いた体勢で、柘榴は静かに顔を上げた。
ゾークは柘榴の赤い瞳を見返し、ふっと小さく笑った。
あの、ダーツへの強い忠誠を叫んでいた天使が、今は自分の手中にある。
ゾークは玉座から少し身を乗り出し、眼下の柘榴に最初の『命令』をした。
「お前が忠誠を誓う者は誰か、答えろ。」
柘榴は再び頭を下げ、迷う事なく答えた。
「………はい。闇界の王、ゾーク様に永遠の忠誠を誓います。」
柘榴はこの時から、ゾークの忠実な配下となった。
殺され石となり、ゾークに再生させられた者は、決してゾークに逆らう事は出来ない。
何が正しくて、何が間違っているのか。善と悪の概念など、関係ない。
生まれ変わった柘榴の中にあるのは、ゾークへの忠誠心だけ。

 

 

 

 

 

 

天使を殺し、奪って我が物にするという、闇界の仕掛けた『戦争』。
その戦争の最初の犠牲者が、柘榴であった。
その後、柘榴を失ったダーツは、新たに二人の天使を創った。
双子の琥珀と瑠璃だ。
だが、表向きの肩書きは『側近』ではなく『番兵』。
側近は、柘榴ただ一人。彼の代わりに琥珀と瑠璃を置くような事はしたくなかった。
いつか必ず、柘榴は取り戻す。
その為にも、彼の居場所は残しておくつもりなのだ。
そして、二度と大切な天使を奪われる事のないように、琥珀と瑠璃には天使としては最大の戦闘能力を与えた。
闇界の攻撃に立ち向かう為、天界を守る為に、ダーツはその後も天使を石から生み出した。
琥珀と瑠璃に加え翡翠も、その頃に生まれた天使の一人である。

 

 

 

   

   

   

闇界との闘い。
それは、大切な者を守る闘いでもあり、大切な者を取り戻す闘いでもある。

   

   

続く