弁当はママの味

登場人物

 息子(鷹木翔太)

 父 

 母 (鷹木美奈子)

 主婦A(犬山)
 
 主婦B(猫田)

 主婦C(狸小路)

 ティッシュ配り(ジプシー・チェリー)

 老婆

 息子の友人

 少年

 若者1

 若者2

 セールスマン(タツヤ)

アナウンサー

トラック運転手(馬嶋走太郎)

OL(小荒井ゆかり)

プロ野球選手(猿走一郎)

フリーター(匿名希望)

ロックシンガー(レオパード大月)


0 ランチタイムのパフォーマンス

チャイムが鳴り音楽がなると、弁当に向けての期待がいやが上にも高まっていく。それがクライマックスを迎え今にも全員が弁当を食べようとした瞬間、音楽がカットアウト。

息子  弁当がない。


1 息子が弁当を忘れた。


食卓で父親が新聞を読んでいる。

父  (独り言)今日も首相が代わったか。

母駆け込んでくる。

母   大変、大変、あなた、大変よ。

父   (新聞を読み続けながら)ああ。

母、父の新聞を奪い取る。

母   お願い。今すぐ車を出して。

父   車?

母   翔太がお弁当を忘れたの。

父   それで?

母   それで?何言ってるの?自分の言ってることわかってる?翔太がお弁当を忘れたのよ。

父   じゃ俺が食べるよ。

母   ふざけないで。私が心を籠めて作ったの。私の愛がつまってるの。

父   だから俺が食べるよ。

母   ごめん。もう愛してない。あなたはもう過去の人なの。思い出にすら残ってない。

  父落ち込む。

母   うそ。言い過ぎた。そんなことないよ。愛とは呼べないけど、一緒に暮らしてるし情は移ってると思う。

父   それじゃ家に住み着いた野良猫みたいだな。

母   それは美化しすぎかも。

  父落ち込む。

母   ねえ、いちいち落ち込まないで。それより早く車を出して、一時間目が終わるのは九時四〇分、もう時間がないの。だから今すぐお弁当を届けて。

父   それは無理だな。

母   無理?無理ってどういうこと。翔太はあなたの息子なのよ、多分。

父   多分?なんかどさくさに紛れてすごいこと言ってないか?

母   そんなところ拾わなくていいから、今は翔太のことだけ考えて。さあ、早く車を出して。

父   だからそれは無理だ。

母   なんで?あなたには翔太への愛はないの?

父   愛はある。でも車がない。

母   えっ?

父   昨日修理に出した。

母   そんな話聞いてない。

父   話したよ。ハンドルが回らないって。

母   ハンドルの話は聞いた。だからって修理に出すことないじゃない。

父   いや、出さなきゃダメだろ。

母   もういい。あなたには何も期待しない。私が行く。私が歩いて届ける。

父   別に購買とかで買うんじゃないのか?

母   ダメ。購買なんてダメ。あの子は私が作ったお弁当でないとダメ。

父   そんなことないだろ。

母   あなたは何もわかってない。何もわかってない。だいたいあなたは…

父   わかったわかった。届けてくればいいよ。

母   言われなくても行きます。

父   気をつけてな。

母、弁当を取りに行く。その間に父再び新聞を読み始める。母、父の読んでいる新聞をくしゃくしゃにしてその場にたたきつける。

母   翔太待っててね。今ママが行くから。

  母、立ち去る。父くしゃくしゃの新聞を広げようとするがあきらめて立ち去る。

2 立ちふさがる主婦たち

  ゴミ袋を持って主婦ABCが現れる。

主婦B それが誰だったと思う?

主婦C 鈴木さん?

主婦A 鈴木さんはありえないでしょ。

主婦C じゃあ鈴村さん?

主婦B 惜しい。

主婦A わかった、鈴本さん

主婦B そう、そう鈴本さんだったの。

  そこへ急ぎ足で母登場。三人を見ないようにして通り過ぎようとする。

主婦A あら鷹木さん、どちらまで。

母   あ、いえ、ちょっとそこまで。

主婦C そこ?そこってどこかしら。

主婦B きっと人に言えないところね。

主婦C 人に言えないところ?

母   別に言えなくないですよ。

主婦A でも言いたくないんでしょ?

主婦B やっぱ人は見かけによらないものなのね。

主婦A ほら猫田さん、こないだもそうだったわよね。

主婦B ああ、あれね、犬山さん。

主婦C あれ、なんか二人で意気投合してる、あたしも入れてよ。

主婦B 狸小路さんは知らない方がいい話だから。

主婦C え?なんで?知りたい。教えて?

母   じゃ、私ちょっと急ぎますので。

主婦A まだ、どこへ行くか聞いてない。

母   いや、ちょっとそこまで。

主婦B どこへ行くの。

母   …息子の学校へ       

主婦C ああ、光陵高校。

主婦B 2年3組23番

主婦A 確か演劇部だったわよね。

母   はい。

主婦A 最近鶴丸さんと席が近くなったみたいで。

主婦B よかったですね。

母   誰ですか?鶴丸さんって。

主婦B あら、知らないの?翔太君好きなのよ、鶴丸さんのこと。

主婦C 授業中もそれはもう、ありとあらゆることを妄想してねえ。

主婦B もう勉強どころじゃないみたい。

主婦A この間の英語の単語テストも悪かったでしょ?

主婦B あれ、鶴丸さんのせい。

母   そうなんですか?

主婦C 鶴丸さん男を利用するタイプだから。

母   利用する?

主婦B まあ、そのうちわかるから。

母   息子も利用されてるんですか?

主婦C でも、好きになったのは翔太君の方だから、仕方ないんじゃない?

母   …

主婦A ごめんなさい、話さない方がよかったわね。

主婦B 世の中には知らない方がいいことも多いしね。

主婦C 翔太君の消しゴム事件とかね。

母   なんですか?消しゴム事件って?

主婦A 狸小路さんだめでしょ?

主婦B 牛田先生言ってたでしょ?「絶対内密に」って。

主婦C そうだっけ?

主婦A それ言っちゃったら牛田先生の立場がなくなるでしょ。

主婦C そっか。

主婦B 母親としてはあまり聞きたくないだろうし。

主婦A ごめんなさい、だから話せないわ、消しゴム事件のことは。

母   じゃ、いいです、聞かなくても。

主婦B 本当に?

母   だからいいです。

主婦A そこまで言うなら話さないわ。

主婦C じゃ、あなたの話を聞きましょ。

母   私の話?

主婦A 今日は何しに学校へ?

母   ちょっと用があって、すいません急いでるんで。

主婦B そんなに話したくないんだ。

母   いや、そういうわけじゃないですけど。

主婦C じゃあいいんじゃない?話しても。

主婦A 話した方が楽になるわよ。

主婦B さ、話しましょう。

母   …お弁当を届けに。

主婦A ああ、弁当ね。

主婦B 弁当か

主婦C 弁当とはねえ。

母   いけませんか?

主婦B いけないかって言われてもねえ。

主婦A そう言う言い方自体がすでにちょっとねえ。

主婦C 善悪の価値基準がずれてるというか、道徳観の欠如というか。

主婦B いや、そんなおおげさなことじゃないけど。

主婦C でもだから鶴丸さんにあんなふうに。

主婦A なるほど。

主婦B 確かに。

主婦A マザコンだから。

主婦B マザコンだから。

主婦C マザーコンプレックスだから。

母   翔太はマザコンだって言うんですか?しかも全会一致で。

主婦三人 はい。

母   うちの息子はマザコンじゃありません。

  ※主婦三人の会話、急にひそひそ声となる。

※主婦A うちの息子はマザコンじゃありませんだって。

※主婦B マザコンなのに。

※主婦C マザーコンなのに。

※主婦A ゆがんでるわよね。

※主婦B あれじゃ息子が曲がるのも仕方ないわ。

※主婦C 将来はひきこもりかニートか犯罪者ね。

※主婦A 狸小路さんちょっと飛躍しすぎ。

※主婦C あら、じゃあきっと将来は秋葉原でフィギュア集めてメイド喫茶にいりびたるのね。

※主婦B それも飛躍しすぎ。

※主婦A 要するにあの人にとって息子はおもちゃなのよ。

※主婦B おもちゃでなきゃペット。

※主婦C ペットでなきゃ息子。
(普通の声にもどり)あなたの息子は息子だわ。

母  何が言いたいんですか?

※主婦A あれは言ってもわからないわね。

※主婦B 言うだけ逆恨みされて終わり。

母  ねえ、どうせ聞こえてるんだから、直接言ってくれませんか?

主婦A じゃあ言うわよ。あなた本当に息子を愛してる?

母  愛してます。

主婦A 本当に?

母  愛してます。

主婦A 本当は自分自身を愛しているだけなんじゃないの?

母   自分自身を愛してる?

主婦A 息子を愛している自分自身を愛してるの。

主婦C 犬山さん自身がそうだったから。

主婦A えっ?

主婦C 犬山さんの場合は夫だった。犬山さん最近夫を愛していないことに気付いたの。

主婦B そうなの?犬山さん。

主婦A 猫田さんが悪いのよ。

主婦B あたし?

主婦A 猫田さんが若い愛人作るから。

主婦B ねえ、それは誰にも言わない約束でしょ?

主婦A 猫田さんだけずるい。猫田さんだけがいい思いして、と思ったとき気付いたの。私は夫を愛してない。

主婦B ねえ犬山さん、なんで言うの?あなたを信頼して話したのに。

主婦C でも私知ってたよ。

主婦B え?

主婦C 私知ってたよ、猫田さんの愛人のこと。

主婦B そうなの?

主婦C 言っちゃいけないって知らないから、みんなに言いふらしちゃった。

主婦B ひどい。

主婦C ごめんなさい。あまり反省してないけど。

主婦B ねえ、誰から聞いたの?

主婦C 猫田さんのご主人。

主婦B えっ?

主婦C 猫田さんのご主人とは時々あってるの。

主婦B ……

主婦C やっぱ知らなかったんだ。私知ってるから愛人作ったのかと思ってた。

主婦B 良彦さんがあなたと?

母   ええと、私そろそろ行ってもいいですか?

主婦B あなたは黙ってて。ねえ、狸小路さんそれ本当なの?

主婦C だから犬山さんのご主人がギャンブルで借金抱えてるのも知ってるわ。

主婦A えっ?

主婦B そうなの?犬山さん。

主婦A ねえ、なんでそれを知ってるの?それが猫田さんのご主人とどう関係あるの?

主婦C 良彦さん、盗聴が趣味だから。

主婦B えっ?

主婦C 自分で作るのよ、盗聴器。器用なのね。

主婦B …いつも「自分不器用ですから」って。

主婦C すごく器用よ。どんな鍵も開けちゃうの。犬山さんの家の鍵も三秒で開けてた。

主婦A ねえ、どこに仕掛けたの?盗聴器。

主婦C ごめんなさい。私知らないの。でも、どうせあの家売るんでしょ?

母   あの、私行きますね。

主婦A あなたは黙ってて。ねえ、知ってるんでしょ?どこに仕掛けたの?

主婦C 本当に知らないの。私いつも見張りだから。

母そっと立ち去る。

主婦B ねえ、いつからなの?

主婦C 盗聴?

主婦B いつから良彦さんと会ってるの?

主婦C まりんちゃんが生まれる一年くらい前だったかな?

主婦B そんな前から?そんな前からあなたはずっと私に黙って良彦さんと?

主婦C でも信じて、私からじゃないから。私そんな女じゃないから。

主婦A そうよね。相手は盗聴器しかけるような男だもんね。

主婦B ねえ、良彦さんのことを悪く言わないで。

三人退場。

3 ティッシュは語る

  どこからともなくティッシュ配りが現れる。母通りかかる。

ティッシュ配り (母にティッシュを差し出しながら)どうぞ。

母   あ、今急いでるんで。

ティッシュ配り、しつこく追いかけながら。

ティッシュ配り でも役に立ちますよ。

母   あ、でもティッシュ持ってますから。

ティッシュ配り もう一時間目の休み時間には間に合わないし。

母   え?

ティッシュ配り さっきチャイムが鳴りました。

母   あなたなぜそれを?

ティッシュ配り 私を人はティッシュ配りと呼ぶ。だがしかしけれども私はただのティッシュ配りのように見えてただのティッシュ配りではなーい。そう、私はティッシュ配りのアウトロー、ティッシュ配りのはぐれ者、ティッシュ配りの派遣社員…ティッシュ配りの時給800円

母   なんだか長くなりそうだから行きます。

ティッシュ配り (引き留めて)そう、私はジプシーチェリーさすらいのティッシュ配り。

母   要するにティッシュ配りなんですね。

ティッシュ配り そう言わず、まあティッシュでも。(ティッシュを渡す)

母   じゃ(行こうとする)

ティッシュ配り そのティッシュの裏側を見なさい。

母   (読む)「母の愛が息子と地球を救う」

ティッシュ配り それはあなたが一番いわれたい言葉。

母   まあ、地球まで救わなくていいんだけど。

ティッシュ配り じゃあ、これは?(ティッシュを渡す)

母   (読む)「母の愛と線路は続くよどこまでも」

ティッシュ配り 気に入った?

母   まあ。

ティッシュ配り じゃあ、これは?(ティッシュを渡す)

母   (読む)「母を取るか、鶴丸さんを取るかそれが問題だ」

ティッシュ配り これはあなたが一番言われたくない言葉。

母   ねえ、あなた何者なの?

ティッシュ配り 私はただのティッシュ配りのように見えて…

母   あ、やっぱいいです。

ティッシュ配り そう、私は予言者。

母   そうなんだ。

ティッシュ配り 私には全てが見える。さあ一枚ティッシュを出して。

母   え?

ティッシュ配り さあ早く。

  母、勢いでティッシュを取り出す。

ティッシュ配り ではそれを目に当てて。

母   (ティッシュを目に当てる)こう?

ティッシュ配り 何が見える?

母   ティッシュ。

ティッシュ配り もう少ししたら何かが見えるはず。

母   あ、翔太

  息子と友達が現れる。

ティッシュ配り これはさっきの休み時間の光景

息子  俺、今日弁当忘れちゃってさ。

友人  うそ、まさかの弁当忘れ?

息子  そう。で、購買で前から食べたかったビックリカツサンド買おうかと思って。

友人  キター!ビックリカツ。

息子  だから金貸してくれない?

友人  俺、マジ貸すから。

息子  サンキュー

  チャイム鳴る。

友人  ジーザス!シー ユー ネクスト 休み時間

  息子、友人退場。母ティッシュを目から外す。

母   あの子、お友達に恵まれてるのね。

ティッシュ配り とりあえず次の休み時間までに届ければ大丈夫。

母   あなた、何気なく親切な人?

ティッシュ配り さあ、ではあなたにはなむけのティッシュを。

ティッシュ配り、母にティッシュを渡す。

母   (読む)「髪の毛とお年寄りは大切に」

ティッシュ配り それが何かの役に立つかも。

母   ありがとう。ティッシュ配りさん。

ティッシュ配り ジプシーチェリーと呼んでください。

母去る。ティッシュ配り一人残る。ティッシュ配りティッシュを出して読む。

ティッシュ配り (読む)「桃栗三年息子十八年」

ティッシュ配り、淋しげに遠くを見る。客席にいくつかティッシュを投げながら立ち去る。

4 小さな親切

老婆が倒れている。母通りかかる。

母   大丈夫ですか?

老婆  大丈夫ではありませんよ。

母   救急車呼びますか?

老婆  救急車?

母   具合悪いんでしょ?

老婆  誰が?

母   おばあさんが。

老婆  あたしゃ具合なんて悪くありませんよ。

母   でも今大丈夫じゃないって。

老婆  ああ、あたしゃ大丈夫だよ、でも息子が。

母   息子さんどうなさったんですか?

老婆  息子が弁当を忘れた。だから届けないと。

母   あ、私も同じです。息子がお弁当を忘れて届けに行くんです。

老婆  そうかい、あんたもかい。

母   そうなんです。

老婆  でも、ちょっと違うな。

母   何が違うんですか?

老婆  あたしゃ弁当を持ってない、でもあんたは持ってる。

母   でもお弁当を届けるって。

老婆  あたしゃもう弁当を作ることができない。

母   そうなんですか。

老婆  息子は遠くへ行っちまった。

母   そうなんですか。

老婆  弁当のことなんてすっかり忘れて遠くへ行っちまった。

母   じゃあ届けられないですね。

老婆  届けられるさ。

母   えっ?

老婆  この年になってわかった。届けたいのは弁当じゃなかったって。

母   どういうことですか?

老婆  あんたもそのうちわかるさ。

母   そのうち?

老婆  じゃあ、ごめんなさいね。あたしゃ急いでるもんでね。あんたにかまってる暇ないんだよ。

老婆立ち上がる。そして意外な速度であっという間に走り去る。それを呆然と見送り母も走り去る。
  
5 信号はいつか変わる 

少年が現れる。町中の交差点。母現れる。急いでいるが信号が赤。

母   もう!

母、左右を見る。車は来ない。行ってしまおうかと思ったその時いつの間にか少年が立っている。母渡ろうとするがやめる。いらいらしている。

少年  渡っていいよ。

母   えっ?

少年  急いでいる。車は来ない。だから渡りたい。そうでしょ?

母   そうだけど…

少年  でも子供の前で信号無視はできない。だから困ってる。

母   どうしてわかったの?

少年  それぐらいわかるよ。だから渡っていいよ。

母   でも、やっぱりあなたの前で渡っちゃいけないわ。

少年  どうして?

母   だってあなた真似するでしょ?

少年  するかもね。

母   だから渡らない。青になるまで待つわ。

少年  渡ればいいのに。全くめんどくさいよね、大人って。

母   どうして?

少年  いつもそう。自分たちでルール作って、そのルールに縛られて。

母   でも社会にはルールが必要なのよ。

少年  そんなこと知ってる。今まで一万回くらい言われてきた。

母   そうなの?

少年  でも本当はルールなんてあまりいらないんだよね、幼稚園の砂場ですべてをちゃんと学んでいれば。

母   なんかどっかで聞いたことあるわね、それ。

少年  ま、とにかく渡れば?

母   いいえ、渡らないわ。青になったらあなたと一緒に渡ります。

少年  渡りなよ。どうせ僕は渡らないから。

母   渡らないの?

少年  渡らない。

母   なんで渡らないの?

少年  ここで待ってるように言われたから。

母   誰に?

少年  お母さんに。

母   お母さん、どこへ行ったの?

少年  さあ、どこかで自分の人生楽しんでるんじゃないかな?

母   あなた見捨てられたの?

少年  いや、お母さんちゃんともどってくるよ、時々。

母   時々?

少年  自分の都合のいいときに。

母   ひどい。自分の都合のいいときだなんて。

少年  でも戻ってきたときは色々くれるよ。お金とか、ちょっとゆがんだ愛情とか。だから、合格点かな。

母   まったくこんな可愛い子を置いて。

少年  ・・・ねえ、僕かわいい?

母   可愛いわ。ウチの息子にもこんな時代があったなあ。

少年  よく言われる。可愛い盛りねって。

母   そうね。言われるでしょうね。

少年  だからお母さん言うんだね、待ってろって。

母   えっ?

少年  お母さんの中では僕は今でも可愛いままなんだよ。

母   なんとなくわかる気がする。

少年  そりゃそうだろうな。

母   なんで?

少年  まだわからない?

母   何が?

少年  ボタン押さないと変わらないんだよ。

母   ボタン?

少年  押しボタン式信号はボタンを押さないと青にならない。

母   ここ押しボタン式信号なの?

少年  知ってたくせに。

母   えっ?

少年  ボタン押したくなかったんでしょ?

息子現れる。

母   ……

少年  僕に可愛いままでいてほしいから。ずっとこのままでいてほしいから。

息子  だからわかったよ。

母   ……

少年  ボタンを押したら変わってしまうから。青になったら僕が渡ってどこかへ行ってしまうと思うから。

息子  いちいちうるさいんだよ。俺は俺のやりたいようにやるから。

息子去る。

母   ……

少年  本当は僕だって渡りたい。でもここを通り過ぎる大人たちはみんな赤信号は渡っちゃだめよって。いかにも自分は全てを知ってるみたいにしてそう言って。・・・そう言いながら自分は信号無視をして。自分だけ渡って。

母   ……

少年  僕渡りたい。

母   ・・・・・・

少年  本当は僕だって渡りたいよ。

  母、信号のボタンを押す。

母   一緒に渡りましょ。もうすぐ青になるから。

少年  渡っていいの?

母   渡りましょ。あなたには行きたい場所があるでしょ?

少年  うん。

母   私は届けなきゃいけないの。

信号が青になる。二人は信号を渡る。

6 ティッシュは再び語る

  ティッシュ配りが現れる。

ティッシュ配り でもティッシュっていったい何?鼻をかむもの?涙をふくもの?得体の知れない何かが出てきたらとりあえずつかむもの?一枚のティッシュにあなたの運命が…そう私はジプシーチェリー、ティッシュ配りのボヘミアン、ティッシュ配りの時給七百八十円。

母現れる。

ティッシュ配り (ティッシュを渡そうとする)どうぞ。

母受け取らず行こうとする。ティッシュ配り母を引き留める。
  
ティッシュ配り まあ、ちょっと待ってください。

母   先程はどうも。ごめんなさい、でも今急いでるんで。

ティッシュ配り まあとりあえずこれを。

母   もう予言はいいです。私、今心が揺れていて…

ティッシュ配り 信号を待っている間に2時間目終了後の休み時間も終わってしまった。だから不安なんですね。そんなあなたに捧げるのはこのティッシュ、さあ受け取って。

母、仕方なしにティッシュを受け取る。

ティッシュ配り さあ、読んで。

母   (読む)お母さんありがとう、でも気持ちだけで十分です。ていうか、マジうざい。

ティッシュ配り それはあなたが一番言われたくない言葉。じゃあこちらをどうぞ。(ティッシュを渡す。)

母   (読む)お母さんは世界の中心で愛を叫ぶ。でもそこは中心じゃないから。

ティッシュ配り それもあなたが一番言われたくない言葉。じゃあこちらを…

母   もういいです。もう十分です。

ティッシュ配り 離れ行く息子の後ろ姿を見送る、辛いですよね。気持ちはよくわかります。

母   あなたにはわからないわ。

ティッシュ配り さあ、つらいときにはこのティッシュ。

母   もういいです。

ティッシュ配り まあ、そういわずに。

ティッシュ配り強引にティッシュを渡す。

母   (読む)ふるさとはお袋の味。ミルキーはママの味。

ティッシュ配り 何か泣けて来ませんか?

母   かなり来ます。

ティッシュ配り じゃあちょっとライブ映像を見てみましょう。はいティッシュを目の上に。

  母、ティッシュを目の上に。

ティッシュ配り 何が見えますか?

母   あ、翔太。

ティッシュ配り これはさっきの休み時間の光景です。

息子と友人が現れる。

友人  ビックリカツサンド イェーイ

息子  ビックリカツサンド イェーイ

  二人ハイタッチなどして盛り上がっている。

二人  購買購買購買購買…(次第に盛り上がっていく)イェーイ(最高潮)

母   購買に行くのにあんなにテンション上げなきゃいけないの?

ティッシュ配り ビックリカツサンドは息子さんの夢でしたから。

息子  俺マジ行くから。

友人  マジで?ビックリカツサンドデビュー?

息子  俺行くから。

二人ひしと抱き合う。

友人  ヒア ウィー ゴー

  息子走る。走る。走る。しかし立ち止まる。(この間に友人は退場)

息子  あ、鶴丸さん。……え?英語の宿題?…いいよ。じゃ教室行こうか?……え?購買?いいよ購買なんていつでも行けるから。……いや、別にやさしくなんてないよ。普通だよ。……だから優しくなんてないって……え?放課後?……空いてるよ。部活は遅れて行けばいいし。……図書室の蔵書点検?いいよ。やるよ。一緒にやろうよ。……え?鶴丸さんは帰るの?はは、そうなんだ。……友達が?すごく大事な相談?……いや、それは友達の所に行ってあげてよ。……いや、いいって。蔵書点検は俺が代わりにやるから。…そんなにかからないでしょ?……三時間?…意外と大変なんだね?蔵書点検。……いや、大丈夫。俺暇だから…大丈夫、代わりにやっとくから…

息子立ち去る。

母   完全に使われてる。

ティッシュ配り でも息子さんわかってるんです。利用されてるって。でも好きだから。

母   馬鹿ね。

ティッシュ配り 馬鹿です。

母   馬鹿って言わないで。

ティッシュ配り さあ、こんな時にはこのティッシュを。(ティッシュを渡す)

母   (読む)母は息子に恋をする。そして母はいつかその恋を失う。

ティッシュ配り せつないですね。

母   私、なんだか自信がなくなってきました。

ティッシュ配り どうして?

母   結局母親ってなんだろうとか、そんな余計なこと考えちゃって。

ティッシュ配り なるほど。

母   私がお弁当届ける意味ってあるんですかね?

ティッシュ配り わかりました。じゃあ、もう一度ティッシュを目にあてて

  母ティッシュを目に当てる。

ティッシュ配り 何がみえましたか?

母   あ、お父さん。

  父、現れる。

父   お母さん、元気ですか?私は元気に仕事してます。

母   なぜビデオレター風?

父   今頃、お母さんは「なぜビデオレター風」とつっこみを入れてるかもしれませんね。私はお母さんのそんなところが大好きです。

母   いらないから。そんな告白。

父   車を修理に出してしまってごめんなさい。でもハンドルだけじゃなく、実はブレーキもきかなかったんです。だから修理に出しました。私にとっては翔太の弁当も大切ですが、お母さんの命はもっと大切です。

母   嘘ばっかり。

父   なので修理に出したことは後悔していません。でも、そのためにお母さんは歩いて弁当を届けることになってしまいました。…ちょうどいいダイエットですね。

母   何が言いたいの?

父   お母さん!私は今、お母さんが無事弁当を届けられるか心配で眠ることもできません。(あくびをする。)

母   いや、仕事中だから。

父   私はこれからしばらくキャバクラ通いの日々が続きます。

母   はあ?

父   だから、遠くからお母さんが翔太に弁当を届けられることを心から祈ってます。

父立ち去る。

ティッシュ配り どうですか?心温まる言葉だったでしょ?

母   いや、むしろ腹が立って元気が出てきた。

ティッシュ配り でしょ?

母   私にとっては息子しかいないってこともよくわかりました。

ティッシュ配り はい。

母   こうしてはいられない。次の休み時間までに届けないと。翔太にビックリカツサンドなんて食べさせない。じゃ行きますね。

  母立ち去る。ティッシュ配り遠くを見つめる。やがてティッシュを一つ取り出す。

ティッシュ配り (読む)「愛は前へ進むことしか知らない。そして母も」

  ティッシュ配り、客席にいくつかティッシュを投げながら立ち去る。

7 歌うことしかできない若者たち   

母が現れる。そこでは若者たちが歌っている。

若者1・2 ♪今だけー 今だけー 
       今だけー 今だけー
       牛丼250円ウォウォウォ 250円 ウォウォウォ
つゆだくたっぷり牛丼がウォウォウォ 250円 ヘイ!ヘイ!ヘイ!
紅ショウガは乗せ放題 唐辛子はお好みで
お新香サービスついてます 味噌汁当然 オブ コース
       今だけ期間限定は イェイ 今しか食べれない 今だけー
       今だけー 今だけー 

母散らかっているゴミを見つける。

母   ちょっとあんたたち。

若者たち歌い続ける。

母   あんたたち

若者、歌をやめる。

若者1 え?俺ら?

母   そう。他にいないでしょ?

若者2 で、なに?

母   ゴミを片付けなさい。

若者1 はあ?

母   ゴミを片付けなさい。

若者2 ていうか、あたしら歌ってたんですけど。

若者1 超いい感じで盛り上がってたんですけど。

母   そういうの迷惑なのわからない?

若者1 はあ。

若者2 ちょっとマジむかつくんですけど、このババア。

母   ババアとは何よ。

若者1 ババアはババアだよ。

若者2 ババアにババアって言って何が悪い?

母   じゃあ、ババアでいいから、とにかくゴミ片付けて早く行きなさい。

若者1 ていうか、何で俺らがあんたに命令されるわけ?

若者2 あたしらいつもここで歌ってるから。ここ動くつもりないから。

母   ここは公共の場所なの。あなたたちが歌う場所じゃないの。

若者1 何お前が決めてんの。

若者2 公共の場所ってみんなの場所じゃないんですか?

母   だからそう言うのが迷惑…

若者たち無視して歌い始める。

若者1・2 ♪死ね 死ね死ね クソババア 地獄に堕ちろ 消えろ
       死ね 死ね死ね クソババア 来世は魔物 殺せ
 むかつくんだよ お前の全て マジギレするぜ
 偉そうなんだよ お前の顔が つぶしてやるぜ 
 死ね 死ね死ね クソババア 今すぐ 処刑 消えろ
 死ね 死ね死ね クソババア さらしてやるぜ 殺せ
 (以下繰り返し)


母   (歌い始めた時に)やめなさい!

  若者たち無視して歌い続ける。

母   (歌の途中に)やめて!

若者たち無視して歌い続ける。

母   (歌の途中に)お願い。やめて!

若者さらに歌う。やがて母泣き出す。若者歌をやめる。

若者1 おばさん、泣いてんの?

若者2 ごめん、泣かすつもりはないんだ。

若者1 ただおばさんがウザイから消えてほしいだけなんだ。

若者2 あたしたちに指図すると殺すぞって、ただそう言いたいだけなんだよ。

母   ねえ、どうして普通の顔してそんな恐いこと言うの?

若者1 まあよくインターネットの影響とかいうけどさ、それだけじゃないんじゃないのかな。

若者2 やはり若者は前の世代の価値観を否定して自立したい、社会の桎梏を超克したいという共時的な世代願望が、今はたまたまネットという契機をとらえて…

若者1 おい、そんな難しい言葉使ったって、このおばさんにはわからないよ。

若者2 ああ、そうか。ま、要するにいつの時代も親はウザイ、だから距離を置いた方が利口だってことだよ。

母   でもね、やっぱりそういう汚い言葉遣いはよくないと思うの。

若者1 だから俺たちに指図すんじゃねえよ。

若者2 刺すぞクソババア。

母   ごめんなさい。・・・・・・私、あなたたちと同じぐらいの息子がいるの。

若者1 だから?

母   だからつい何か言いたくなっちゃって。

若者2 そっか。

母   ごめんなさい。

若者1 ・・・だったらその息子さんにもあんまり干渉しないほうがいいよ。

若者2 ウザがられるだけだから。

母   そうなの?

若者1 おばさんみたいに向かってこられると息子さんも逃げ場がなくなっちゃうんじゃないの?

母   ・・・・・・

若者2 おばさん、多分愛情ってものを勘違いしてるよ。

若者1 構うことだけが愛情じゃないんだって。

若者2 あんまり構うと息子さんキレると思うよ。

母   確かに時々キレてる。

若者2 だろ?

若者1 だから距離を置いた方がいいよ。もう子供じゃないんだから。

母   そうよね。

若者1 そうだと思うよ。

母   じゃあ、高校生の息子がお弁当を忘れても届けない方がいいの?

若者2 ひょっとして今届けに行くところなんだ?

母   そうなの。

若者1 まあ、届けなくていいと思うよ。

若者2 買い弁とか結構楽しいしな。

若者1 俺、ビックリカツサンドとかよく買ってた。

若者2 ビックリカツサンド最高。

母   やっぱやめようかな、届けるの。

若者1 ま、でもこれは俺らの意見だから。

若者2 おばさんはおばさんで決めりゃいいんじゃないの。

母   ありがとう。

若者2 死ねとか言っちゃってごめんな。でもおばさんも悪いと思うよ。

母   ごめんなさい。

若者1 俺らいつもここで歌ってるから、またなんか相談あったらいつでも来てくれよ。

母   いつもここで歌ってるの?

若者2 あたしら高校やめちまったからさ。

若者1 歌うぐらいしかすることないんだよ。

若者2 ここで歌ってたってどうにもならない。そんなこと言われなくてもわかってる。

若者1 でもしばらくはここで歌うぐらいしかできないから。

母   …そうなんだ。

若者1 おばさんの息子さん、いい息子なんだろ?

母   うん、いい息子よ。あなたたちと同じくらい。

若者2 …心にもないこというと殺すぞ、クソババア。

微妙な間。

母   じゃあ行くわね。

若者1 ああ、息子さんによろしく。

若者2 じゃあな、クソババア。 

  母、立ち去る。

若者2 弁当か、あたし高校入ってからは一度も作ってもらえなかったな。

若者1 まあ高校は三ヶ月しか行ってないけどな。

若者1・2「今だけ」の歌を歌いながら退場。

8 ティッシュはまだまだ語る

ティッシュ配りが現れる。

ティッシュ配り ジプシーチェリーはティッシュを配る。ジプシーチェリーは愛を配る。見えてしまうことの悲しさ、一人全てを知ってしまう寂しさに耐えながら、今日も私はティッシュを配る。そう、私はジプシーチェリー、時給820円。

母、元気なさそうに現れる。

ティッシュ配り さあ、ティッシュを。

母   (読む)「母は息子の巣立ちを見守るしかない。そして私はすだちとかぼすの違いがよくわからない。」

ティッシュ配り ちなみにすだちは徳島県の特産です。

母   知ってるわ。そしてかぼすは大分県の特産。

ティッシュ配り だいぶ落ち込んでますね。

母   もう、どうしていいかわからない。

ティッシュ配り さあ、ティッシュを目に。さっきの三時間目終了後の休み時間の光景です。

  母、ティッシュを目に乗せる。

ティッシュ配り 今のあなたに見せるのは酷かも知れません。

息子と友人が現れる。何か始めようとした瞬間、母はティッシュを目から取ってしまう。

母   見たくない。どうせもう、ビックリカツサンドを買ってしまったんでしょ?

息子と友人、「えっ?」と言う顔をして残念そうに引き上げる。

ティッシュ配り はい。残念ながら。

母   そしてあの子は昼休みになったら喜んでビックリカツサンドを食べる。

ティッシュ配り そうですね。

  母、考え込む。

ティッシュ配り これから届ければまだ昼休みには間に合います。どうしますか?

母   ……行くだけいってみます。

ティッシュ配り でも、息子さんがあなたの弁当ではなく、ビックリカツサンドを取ったら、あなた立ち直れないんじゃないですか?

母   たぶん、そうですね。

ティッシュ配り だったらなぜ?

母   私には引き返す勇気がないんです。だから、とりあえず今は進むことしかできない。

ティッシュ配り 息子さんはやがて巣立ちます。それでもですか?

母   でも、今の私からあの子を取ったら何が残るかとか、そんなこと考えると・・・

ティッシュ配り わかりました。ではあなたにこのティッシュを。

ティッシュ配り母にティッシュを渡す。

母   (読む)「子どもが巣立ったとき、母親は自分が女であることを思い出す。」

ティッシュ配り いつかわかるときがくると思います。

母   いろいろありがとう。あなたのティッシュ、ほとんど役に立たなかったけど、あなたは悪い人じゃなかったわ。

ティッシュ配り その言い方だと、この芝居でもう私の出番はなさそうですね。

母   さようなら、ジプシーチェリー。

ティッシュ配り さようなら。

母立ち去る。

ティッシュ配り そう、私はジプシーチェリー、さすらいのティッシュ配り。さあ、次の街が私のティッシュを待っている。

ティッシュ配り、いくつかのティッシュを投げながら退場。

9 母が母を捨てるとき?

  母が歩いて出てくる。高級ブランドタイムセールのセールスマンが現れる。

セールス はい、今だけ。これから二〇分間だけ高級ブランドがなんと八〇パーセント引き。はいこれから二〇分間だけですよ。二〇分経ったらもとの定価のお値段になります。さあ、今だけ今だけのビッグチャンス。

母、立ち止まる。

母   高級ブランドなんてもう何年も買ってない。

セールス さあ最近自分を磨いてますか?美しい妻に夫も喜ぶ、きれいなお母さんなら息子も大歓迎。

母   そっか、ずっと自分のことなんて忘れてた。

セールス さあ、あなたが持てば輝くこのバッグ。こちらのスーツを着ればあなたもセレブの仲間入り。高級ブランドがこれから二〇分間だけ八〇パーセント引きですよ。

母   八〇パーセント引きなら私でも買えるかも。ここまで私頑張ってきた。頑張ってきたよね。そんな自分にご褒美あげても罰は当たらないよね。思い切って買っちゃおうかな?

母、セールスマンのもとへ

セールス いらっしゃい。一流ブランドがどれも八〇パーセント引き、きれいな奥さんへのおすすめはこちらのワンピース…あれ?美奈子?

母   ひょっとしてタツヤ?

セールス うそ、何年ぶり?十五年ぶりぐらいかな?

母   最後に六本木で会ったのが九二年の四月だから十八年ぶり。

セールス そっかもうそんなになるんだ。

母   その年の九月にあなたは結婚した。

セールス うん。

母   ごめんね。あの時、無言電話とか掛けちゃって。

セールス やっぱり美奈子だったんだ。

母   あなたが許せなかった。

セールス 俺も自分が悪いのはわかってる。

母   今、何してるの?

セールス セールスマン?

母   すごい、高級ブランド売ってるんだ。

セールス 偽物だよ。バッタもの。

母   偽物なの?

セールス 本物が八〇パーセント引きとかになるわけないじゃん。変わらないね、その性格、大丈夫?

母   危ない危ない。またタツヤにだまされるところだった。

セールス 俺がいつだました?

母   そうね。私が勝手に信じてただけだよね。私が勝手に結婚してくれるって信じてただけだよね。

セールス ごめん。俺ってひどい男だよね。

母   そんなことない。いいの、あの頃私幸せだったし。後悔してないよ。

セールス そっか。

短い沈黙

セールス なんか変わらないね。

母   このだまされやすい性格?

セールス いや、性格もそうだけど、なんか全体的に。  

母   うそ?

セールス あの時のまま変わってない。

母   また、だまそうとしてるでしょ?

セールス だまそうとしてないよ。ていうか俺、一度もだましたことないし。

母   だって私もう息子が高校二年よ。

セールス そうなんだ。結婚したってのは南極越冬隊の友達から聞いたけど。

母   誰それ?

セールス 美奈子が知らない友達。なんかあそこにいると暇だから色んな情報が集まるらしいんだ。

母   ウソ、まただましてるでしょ?

セールス だからだましてないって。

  短い沈黙。

セールス あ、これあげるよ。偽物だけど。

母   いいの?

セールス どうせ偽物だし。でも偽物だってわからないでしょ?

母   確かに。

セールス あげるよ。再会の記念に。

母   ありがとう。

セールス きっと美奈子が着たら似合うと思う。

母   ホントに?

セールス 似合うよきっと。

母   でも、偽物が似合うっていってもあんま嬉しくないな。

セールス 違うよ。着る人がいいと、偽物も本物に見えるってこと。

母   タツヤ、相変わらず口がうまいんだから。

セールス ホントだって。

母   またまた。

セールス でもなんかなつかしいね。こうして話してると昔に戻った感じがする。

母   ホントそうだね。

セールス ねえ、お茶でも飲まない?時間ある?

母   …うん。大丈夫。

セールス ホントに。じゃ、行こうよ。近くに他は全部まずいけどチーズケーキだけはおいしい店があるんだ。

母   何?その店。

セールス 美奈子チーズケーキ好きだったじゃん。

母   覚えててくれたんだ。

セールス 覚えてるよ。あちこち行ったじゃん、おいしいチーズケーキ探して。

母   あ、なつかしいね。

セールス じゃ、行こう。すぐ近くだから。

母   うん。

  母、セールスマンと一緒に行こうとするが、その時少年が現れる。母、立ち止まる。

母   あっ。

少年  さっきはありがとう。

母   いいえ。

少年  ありがとう。おかげで僕渡れたよ。

母   よかったわね。

少年  僕これで大人になれる。

母   うん。

少年  やっと大人になれる。

母   うん。

少年  でもちょっと不安なんだ。

母   何が?

少年  僕が大人になっても、お母さんは僕のこと好きかな?

母   えっ?

少年  ねえ、どう思う?僕が大人になって、可愛くなくなって、お母さんのことウザく思うようになって、クソババアとか言って反抗して、そしてお母さんよりも好きな女の子ができて、それでもお母さん、僕のこと好きかなあ?

母   ……

少年  ねえ、どう思う。

母   ……

少年  それでも僕のこと好きかな?

母   ……

少年  ねえ、どう思う?

母   ……好きに決まってる。なんでそんなこと思うの?ずっと好きに決まってるじゃない。

少年  ホントに?

母   好きに決まってる。

少年  うん。

母   ずっとあなたのことが大好きよ。

少年  よかった。

母   だから安心して。

少年  うん、よかった。ありがとう。

少年立ち去る。それを見送る母。

セールス どうしたの?行こうよ。

母   ごめんなさい。

セールス え?

母   ごめんなさい。私これから息子にお弁当届けに行かなきゃいけないの。

セールス 今から?

母   まだ間に合うの。だから息子に届けるの。

セールス そうなんだ。

母   私の大切な息子だから。…だから、ごめんなさい。

短い沈黙。

セールス そっか残念だな。じゃ、今度会おうよ。連絡先教えて。

母   私、携帯持ってないの。ごめんなさい。

セールス ……そっか。じゃ、またどこかであったらお茶しようね。

母   うん。

セールス それじゃ。

セールス立ち去る。

10 母は走る

母    さあ、急がなきゃ。

  母走り始める。
  アナウンサーが現れる。

アナ  さあ、走り始めました。鷹木美奈子四二歳、女の曲がり角、様々な思いがあることでしょう。昼休みまであと八分、残り一・五キロ。残り一・五キロの道のりをこのまま走りきれるのか鷹木美奈子四二歳。母として生きてきた十六年、その十六年を思い起こすように今ゆっくりと後ろを振りむいた。後続はいない後続はいません、いるはずがありません。そうです、思えばずっと孤独な戦いでした。夫は家庭に無関心、家庭よりゴルフ、家庭よりキャバクラを大切に生きてきました。そんな時、鷹木を支えたのが息子の翔太。今は十六歳と三ヶ月。その翔太、十六歳三ヶ月に鷹木美奈子四二歳が、今弁当を届けようと走っています。そしてもう鷹木美奈子は孤独ではありません。北は北海道から南は南極まで全国各地から今、熱いメッセージが寄せられています。いくつかご紹介します。まずは馬嶋走太郎さん五〇歳の方からいただいております。

  トラック運転手、巨大ウインナーを持って現れる。

トラック運転手 夜の高速走ってると、時々子どもの頃食べた弁当のウインナー?そうタコの形してる奴。あれが無性に食いたくなる時があるんだよね。でも今さらタコのウインナーが食いたいとかいえないし。だからサービスエリアのレストラン入って時々お子様ランチ頼むんだ。周囲の視線が冷たいけど、タコのウインナーには代えられねえよ。だから息子さんは恥ずかしがるかも知れないけど、やっぱウインナーはタコにしてやってよ。あとリンゴのウサギも好きだったな。がんばってな。近くを走ってたら乗っけてやんのになあ。

アナ  この方は完全にマザコンですね。さて次は小荒井ゆかりさん二四歳OLの方からの応援FAXです。

OL、巨大卵焼きを持って現れる。

OL  東京に出てきて一番懐かしいのがお弁当の卵焼きの味なんです。今、一人暮らしなんで自分で作ってみたりするんですけどやっぱ母の味とは違うんです。電話で作り方聞いて同じように作ってもダメ。もうあの卵焼きが食べられないのかなと思うとすごくふるさとに帰りたくなるんです。母とはほとんど喧嘩みたいにして出てきちゃったので言ってないんですけど、本当は「ありがとう」って言いたいです。息子さんもそう思ってると思いますよ。がんばってください。

アナ  卵焼き難しいですね。私は卵焼き作ろうとしていつもスクランブルエッグになってしまいます。さて、次は猿走一郎さん三〇歳プロ野球選手の方からです。

プロ野球選手 巨大枝豆を持って現れる。

プロ野球選手 やっぱり弁当といえば枝豆。僕も毎日これを食べてます。

アナ  プロ野球選手らしい棒読みの簡潔なメッセージでした。さてまだまだ続きます。次は匿名希望「アニメ大好きフリーター」二三歳の方からのお便りです。

  フリーター巨大プチトマトを持って現れる。

フリーター やっぱお弁当はプチトマト?超かわいい。やばくないですか?あれ。ていうか時々微妙な大きさのプチトマトあるじゃないですか?あれ、プチじゃなくね?これ普通のトマトだよね?普通のトマトじゃね?って十回くらい突っこんじゃいます。あとプチトマトって噛むと破裂して中のツブツブが攻撃してくるじゃないですか?あれ一回、前に座ってた友だちに飛ばしちゃって、そしたらマジギレされちゃって。でも、そこキレるとこ?とか思いません?で、それからは口の中でつぶす技マスターして軽くクリアしてますけど…

アナ  聞かない方がよかったですね。中二病、そろそろ直した方がいいですよ。さて次の方とは中継がつながっています。

  ロックシンガーが巨大エビフライを持って現れる。

ロックシンガー どうもレオパード大月です。

アナ  レオパードさん、今何を持ってらっしゃるんですか?

ロックシンガー エビフライ

アナ  エビフライですか?

ロックシンガー 弁当にはエビフライ

アナ  なぜエビフライなんですか?

ロックシンガー 衣がさ、……カリカリしてるんだよ。…だけど、中は、……プリプリしてるんだよ。…これ、すげえクールじゃねえ?だからさ、あたい歌うから聞いてくれる?…「エビフライはシッポまで」
    ♪エビフライはシッポまで シッポの先まで食べてやる…(フェイドアウトする)

アナ  とてもクールな歌声でした。さて最後のメッセージです。鷹木翔太さん十六歳、高校生の方からのメッセージです。

  息子何も持たずに出てくる。  

息子  弁当のフタを開けるとき、今日は何がはいってるかなって毎日考えます。大好きな唐揚げとかハンバーグとか入っているとうれしくて、他にもウインナーとか、卵焼きとか、なんかグラタンの小さいやつとか、どれもおいしくて。でも時々、ひじきとかきんぴらゴボウとかなんかちょっとめんどくさいものもはいってることもあるけど、それも栄養のバランスを考えてのことだなって思っておいしく食べてます。だから弁当のフタを開ける瞬間、すごく楽しみです。でもそれだけじゃないと思うんです。弁当のフタを開けた瞬間に目にはいるのは、本当はおかずの種類とかそういうものじゃないんだなって、そう思うんです。弁当って、それを作った人がいるんです。開けた瞬間にそこに見えるのは、それを作った人の思いです。その人が僕のことを思いながら作ってる、それ思いが伝わってくるんです。だから僕は、弁当を開けるのが楽しみです。

アナ  なんだか泣けて来ました。……などと言っている場合ではありません。メッセージをお伝えしている間に鷹木美奈子四十二歳は校門にさしかかりました。おっとだが校門は閉まっている。重い校門を開けるために大きな時間のロスはさけられない、これはピンチ。だが鷹木はスピードを上げた、そしてジャンプ。なんと校門を飛び越えました。恐るべし母の執念。そしてあとチャイムまでは二〇秒。果たして間に合うのか?今昇降口にさしかかる。そして今入りました。上履きに履き替えなくてごめんなさい。今日だけは許してくださいと手を合わせ、鷹木は突き進む。教室まではあと少し。あと少しで教室だ。だがしかし鷹木の前に三階までの階段が立ちふさがる。この四十四段の階段を登らなければならない。しかしためらっているゆとりはない、登る登る登る、鷹木は登る。もう足がパンパンだ、パンパン過ぎてもうどこが自分の足だかわからない。今階段を鷹木が登り切った。教室まであと十メートル、鷹木最後のダッシュ。そして教室のドアを今開けて、今鷹木が教室に入った。

チャイムが鳴る。鷹木息が切れている。

息子  え?どうして?

母   ……翔太、お弁当。

弁当を渡す。

息子  …ありがとう。

アナ  鷹木間に合った。鷹木間に合いました。授業をしていた先生も、生徒たちも茫然としています。やりました。鷹木美奈子四二歳やりました。おお、ここで拍手だ。回りの先生と生徒たちが拍手で祝福しています。マザコンでもいい、マザコンの何が悪い。母の愛は海よりも深い。母の愛は地球を救います。鷹木やりました。四二歳がやりました。

祝福の嵐の中幕が閉まる。