大人の修学旅行

登場人物

 春日井 せつ子

 小林 冴

 沖田 美咲

 安倍 進一

 カルロス・J・サワシロ

 木村 慎二

 先生

 ガイド

 男



枕投げのパフォーマンス(いい年した大人が枕を投げ合う)

ナレーション  本日は弊社の企画「大人の修学旅行」のご案内を申し上げます。この「大人の修学旅行」いい年した大人の皆さんに高校生気分で修学旅行をリアルに体感してもらおうという特別企画です。行く先は定番の京都奈良。枕投げから恋バナまで本番さながらの修学旅行を体感することができます。ちょっと人生に行き詰まったあなた、もう一度修学旅行からやり直してみませんか?ご参加をお待ちしています。

安倍 今日から四日間中国へ出張だから。今上海で新しいプロジェクトの最終段階にさしかかってるんだ。部下に任せてるんだが、どうしても部長に来て欲しいって言われてな。早くあいつらも独り立ちしてくれないと困るよ。え?今日の帰りは何時頃かって?お前話を聞いてたのか?今日から上海に出張だって。晩飯はいりますかって、いらないに決まってるだろ、上海にいるんだから。じゃ行ってくるぞ。

沖田 そう京都京都。大仏とか見ようかと思って。…いやマジで。…え?奈良?同じじゃない?京都と奈良って。…違うの?…近鉄電車?…お前よく知ってんじゃん。あ、そっかお前、学校やめたの修学旅行終わってからだっけ?…土産とか何がいい?…八つ橋?お前八つ橋なんて食うの?だってあれ、あんこじゃん。あんことか食うか?普通。…え?皮だけ?皮だけなんて売ってないって。…売ってる?嘘つけ。

小林 来週休むから、例の件、しっかり段取りつけといてね。メーカーのサンプルはもう来たの?…まだ?…いつ来るって?…わかりませんじゃないでしょ。…わかってるでしょ?サンプル来ないと話進まないの。もうちょっと頭使ってよ?わかった?…わかったら返事しなさい。

木村 店長、再来週のシフト変えてもらっていいですか?休み取りたいんで。…いや、次からちゃんと三週間前に言いますよ。…でもこないだよりは早いでしょ?あの時三日前だったし。…でもこないだは、仕方なかったんですよ。急に稽古が入ったんで。店長は知らないかも知れないけど、演劇やる人間にとって演出って絶対なんで、だから演出には逆らえないんすよ。…いや、店長に逆らってる訳じゃないですよ。そういうことじゃなくって。…いや、今回は旅行です。…いやそうなんですけど、でも今やめるとキャンセル料かかっちゃうし。…とにかく再来週は休みますから。お願いししまーす。

春日井 (息子の名前)行ってくるね。冷蔵庫におかずは色々と用意しといたから、お父さんと一緒に食べてね。あとここに一万円置いておくから。好きに使っていいからね。…え?足りない?なんで?足りるでしょ?…わかった、わかった。あと一万円置いておくから。…じゃ行ってくるね。あ、ゴミはちゃんと分別して捨ててね、明日はプラスチックの日だから忘れないで。普通ゴミはあさって、瓶と缶はしあさって…え?早く行け?行くけどさ、あなたいつもプラスチックを普通ゴミと一緒に…わかった行くわよ。行くったら。

カルロス ワタシノクニシュガクリョコアリマセン。ダカラニッポンノシュガクリョコイッテミタイデス。

  ガイド、先生が現れる。

ガイド 「大人の修学旅行」にご参加のみなさん。こんにちは。このツアーは大人の皆さんに修学旅行を体感してもらう、参加型のツアーです。三泊四日存分にお楽しみ下さい。当社では皆さんによりリアルな修学旅行を体感していただくために、現役の教員の方に引率をお願いしています。それでは石川先生お願いします。

先生 ええと担任の石川といいます。よろしくお願いします。ではさっそくですが、皆さんにはこれから明日のグループ別自主行動の計画を立ててもらいたいんですけど。

沖田 グループ?グループって聞いてないんだけど。

先生 この六人が一つのグループになります。

沖田 ウソ、マジありえないんだけど。どうしてこんなオヤジとかおばさんとかと一緒に行動しなきゃいけないの?

安倍 オヤジって言い方は失礼じゃないか?こう見えてもわたしは…

沖田 ていうか、ウザイ。ちょっと黙ってて。

木村 別にグループでなくてもいいんじゃない?自由行動って事で。

先生 それじゃこのツアーの意味がないんで…

小林 意味?意味ってどういうこと?

先生 えっとそれは…あのですね。このツアーは修学旅行をリアルに体験してもらうのが趣旨なので、まあ修学旅行といえばグループ活動というか…

小林 何が言いたいの?

春日井 先生が言いたいのはこういうことじゃないの?グループで色々な話をしながら回った方が修学旅行は楽しい。

木村 楽しくないよ、そんなの。

沖田 オヤジとする話なんてないし。

安倍 だから私は…

沖田 ウザイ。

春日井 ま、仕方がないんじゃない。オヤジには違いないんだから。

安倍 じゃあ、あなたはこんな小娘に「おばさん」などと言われても平気なのか?

春日井 そういう年ごろなのよ。うちの息子もそうだけど。(小林に)あなたはお子さんいらっしゃる?

小林 いいえ、私独身ですから。

春日井 あら、ごめんなさい。落ち着いていらっしゃるから、てっきりご結婚なさってるかと思って。

小林 結婚すると落ち着くんですか?

先生 まあ、とにかくこれから三泊四日このグループで活動すると言うことでよろしいですか?

沖田 よろしくない。

木村 ていうか、今までの話聞いてました?

先生 でも、そうしないと私困るんです。

小林 あなたが困っても私には関係ないんですけど。

春日井 まあ、先生も大変なんだからここは協力しましょうよ。先生、あれなんですか?やっぱり、モンスターペアレントとか結構いるんですか?

先生 多いです。というかクラスの半分ぐらいはそんな感じです。

春日井 あら、そんなに?

安倍 まあ、教員もだらしがないんじゃないですか?わたしも管理職やってると思うんです。相手としっかり向き合うことが大切なんですよ。

先生 でも、向き合うと向かってくるんです、モンスターペアレントって。目が合うと攻撃してくるんです。

春日井 あら、サルみたいね。

木村 ねえ、今はサルとか関係ないんじゃないすか?

小林 結局グループ活動するの?しないの?

先生 します。それはします。

沖田 マジ、ありえないんだけど。

カルロス ワタシ、ソレ、タノシミデシタ。シュウガクリョコノ グループカツドウ。

沖田 あんた誰?

カルロス ワタシ、ピロポン王国カラ ニッポンニ キマシタ。リュウガクセイ デス、タブン。

木村 なんで多分?

カルロス ピロポン王国ニハ グループカツドウハ アリマセン。カリニイクトキモ クサムシリ スルトキモ イツモヒトリデス。ワタシノイウコト ワカリマスカ。

木村 いや、わかるけど…

春日井 まあ、いいんじゃないの?グループ活動も、たまには。ねえ?

安倍 私は構いませんよ。今や日本の企業に求められるのは、それぞれのグループがチームとしていかに力を発揮するかということですからね。そのために必要なのはファシリテーション能力なんです。

春日井 (小林に)あなたは?

小林 わたしはどちらでも構わないけど、計画はしっかり立てて欲しいわね。何かだらだらしてるのって時間の無駄だし。このツアーもちょっと段取りが悪いと思う。

先生 すいません。

小林 あやまる前に行動して。

春日井 ま、先生も大変なのよ。許してあげてよ。

先生 すいません。

小林 まだあやまってるし。

春日井 (沖田、木村に)さ、あとはあなたたちだけよ。いいでしょ?グループ活動で。

木村 ていうか、なんであんたが仕切ってるんすか?

春日井 あたし別に仕切ってないわよ。ただ、先生が大変そうだから。

木村 いや、仕切ってるって。やなんだよな、そういうの。

小林 ま、いいじゃない、誰が仕切っても。手続き論に時間を掛けるのはやめましょう。問題は話し合いの中身でしょ?

安倍 あんた、なかなかやり手だね。私の部下にしたいよ。

小林 ま、遠慮しとくわ。

カルロス デ ドウスルデスカ?アシタノコト キメマショウ。ニホンノコトワザニモ アリマシタ。アシタノカゼハ アシタフク。

木村 それ、なんか違うと思う。

カルロス ワタシ コマカイコト ノー プロブレム。アシタ グループカツドウ サンカシマスカ?

木村 ま、いいすよ。別に俺、こだわりとかない方だし。俺のいきたいとこいってくれるなら、いいすよ。

カルロス アリガト。アナタ イイヒト タブン。

木村 だから何で多分なの。

春日井 (沖田に)じゃ、あとはあなたね。どうするの?

沖田 ていうか、マジむかつくんだけどこういう展開。なんかあたしが悪者になってない?

春日井 そんなことないわよ。

カルロス アナタ ワルモノジャナイ マジデ

沖田 ま、いいよ。グループで。

先生 みなさん、ご協力ありがとうございます。じゃ、先生は席を外しますからみなさんで明日どこへ行くか決めて下さい。決まったら報告して下さいね。

  先生、ガイド外に出る。

ガイド あなたまだまだね。現場復帰は当分無理じゃない。

先生  やっぱりそうですか?そうですよね。

ガイド もっと自信をもっててきぱきとやらないと。また同じ事の繰り返しよ。

先生  わかってます。

ガイド じゃ頑張ってね。

先生、ガイド立ち去る。

安倍 さて、じゃ行く先でも決めますか。

春日井 とりあえずそれぞれ行きたいところを言っていくってのはどうかしら。

小林 いいんじゃない。

春日井 (安倍に)じゃあ、どうぞあなたから。

安倍 わたしですか?わたし個人でいえば、祇園あたりを冷やかすのが好きですけど、ま、グループ行動ということなら、やはり清水寺ですかね。知ってますか?清水寺は出世に御利益があるんです。わたし実は高校時代に修学旅行で清水に来て金持ちになりたいって願を掛けたんです。たいして金持ちにはなれませんでしたけどね。まあ、部長だから半分ぐらいは願いがかなったというところですかね。

春日井 月給いくらぐらいなの?

安倍 いや、参ったな。ずいぶんとストレートに聞きますね。最近不況ですからね、まあせいぜい月に両手ちょっとぐらいですよ。

沖田 (聞こえないように)ホント死んで欲しいんだけど、こいつ。

春日井 まあ、やっぱり違うわね。ウチなんかもうホントその日暮らしで。家のリフォームもしたいんだけど、車のローンもまだ終わってないし、子供の教育費はバカにならないし、ホントうらやましいわ。

安倍 そうですよね、子供って金かかりますよね。

春日井 そうなんです。ウチの息子はある私立大学に行ってましてね。まあ頭文字がWの大学なんですが、お金のかかることかかること。ほら今の大学生って何かと言えばコンパコンパでしょ?大学の創設者の何とか重信さんが聞いたら嘆くんじゃないですかね。(木村に)あなたも大学生?

木村 いや、自分、演劇の方やりたかったんで、大学行かなかったんすよ。

春日井 あら、そうなの。じゃあ高校出てすぐに劇団に?

木村 …いや、…高校も途中でやめたんです。…演劇の方やりたかったんで。

春日井 あら…

沖田 同じじゃん。あたしも高校中退だよ。ていうかあたしの場合やめさせられたんだけど。

木村 え、そうなんだ。

沖田 二年の九月だった。

カルロス ワタシ トチュウカラ コウコウ ハイリマシタ

沖田 途中からってどういうこと?

カルロス ソウデスネ ミトコウモンデイエバ ナニカダスアタリデ ハイリマシタ

木村 それ、かなり後の方じゃない?

カルロス ソウデスネ

小林 ねえ、そろそろ話進めません?今明日の行く先を決めてるので。

カルロス ソーリー デハ カザグルマノヤヒチノハナシハ マタアトデ

小林 とりあえずそれぞれ行きたい場所を言いましょう。私は奈良の古墳巡りがしたいですね。

沖田 古墳とかまじあり得ないんだけど。だってお墓でしょ?あたしお墓とか絶対無理。

小林 まあ、今は各自希望をいってるだけなので。それを否定するようなコメントは必要ないんじゃないかしら?

沖田 ていうか別に思ったこと言っただけだし。

小林 あなたはどこ行きたいの?

沖田 あたしとりあえずプリクラ撮りたい。あと、なんか舞妓さんになって写真取るやつ?あれやってみたい。それから有名な庭とかなかったっけ?なんか石が並んでて哲学みたいな。ああいうのもいいかも。あとおいしいものいっぱい食べたい。お好み焼きとかたこ焼きとか?あれ?お好み焼きって京都?

小林 ねえ、一つに絞ったらどう?そんなに行けるわけないんだし。

沖田 あたしはあたしの希望を言ってるだけなんだから。否定しないで。

春日井 まあ、とりあえずみんなどんどん言いましょう。ええと(木村に)あなたは?

木村 俺っすか?自分、一応役者なんで太秦の映画村ですか?あそことか行ってみたいっすね。将来的には映画とかもやってみたいし、最近時代劇もいいなって思うし。(カルロスに)あ、そう言えば太秦の映画村に「水戸黄門ラーメン」ってあるらしいっすよ。日本で初めてラーメン食べたの水戸黄門なんだって。

カルロス ワタシ ミトコウモン アマリキョウミ アリマセン。

木村 そうなの?

春日井 (カルロスに)あなたはどこへ行きたいの?

カルロス ダイブツ ミタイ デス。アト シカセンベイ タベタイデス。

春日井 鹿せんべいは食べられないのよ。あれは鹿のエサだから。

カルロス デモ オイシイデス。

木村 食べたんだ。

カルロス ハイ シカモ タベマシタ

木村 鹿も?

沖田 え?鹿って食べれるの?

春日井 結構おいしいのよ。鹿刺とか鹿鍋とか。

安倍 捕れたては特にうまいんだ。

カルロス ワタシ カリノ ドウグ モッテマス アシタ シカナベ ト ビール デ キマリデスネ

沖田 ちょっと待ってよ。勝手に決めないで。ていうかあたし絶対食べない。

木村 だいたい鹿って勝手に捕っていいの?

小林 法律で禁止されてます。

春日井 あら、なんて法律?

小林 まあそんなことよりも話をもとに戻しましょうよ。あとはあなただけですよね、言ってないの。

春日井 あたし?あたしは金閣寺かな。で、その後嵐山でトロッコに乗って嵯峨野で湯豆腐食べて。そういうおきまりのコースがいいんじゃないかしら。「大人の修学旅行」なんだし。

小林 これでとりあえず希望が出揃いましたね。

春日井 ええと、清水寺、古墳巡り、プリクラ、舞妓さんの写真、竜安寺の石庭、お好み焼き?

安倍 お好み焼きは抜いてもいいんじゃないですか?京都名物じゃないし。

沖田 ちょっとおじさん勝手に抜かないでよ。

小林 まあ、とりあえず入れておいて後で絞り込めばいいんじゃないですか?

春日井 あとは太秦の映画村、東大寺の大仏、鹿せんべい、鹿鍋

木村 鹿鍋も入れるんですか?

春日井 まあ、一応ね。あとは金閣寺、嵐山、嵯峨野、それに四条河原町、京都タワー、三十三間堂、大原三千院。

小林 なんだか勝手に増やしてませんか?

春日井 ダメ?今思いついたんだけど。

安倍 まあ、企画会議で言えばブレーンストーミングだから、色々出すのはいいでしょう。問題はこれをどうやって絞っていくか…あ、すいません、部下から電話が…もしもし、ああ俺だ。どうした?慌てずに要点を言え。……わかった。とりあえず現地の言葉しゃべれる奴一人送り込め。……え?鳩山?…鳩山か…あいつ口だけだからな…まあ、いい、また何かあったら電話しろ。じゃあな。(電話を切る)すいません。お待たせしました。

春日井 そうだ、あたしも息子に電話しなきゃ。

小林 すいません。後でじゃだめですか?今話し合いの最中なので。

春日井 すぐ終わるから、ちょっとだけ。もしもし、○○?今日の紙ゴミ出してくれた?…出してない?なんで出してくれなかったの?…今起きた?今起きたの?だってもう夜の八時よ。昨日いったい何時に寝たの?…十二時?夜の?…ウソでしょ?そんなはずないでしょ?だって二〇時間も寝てることになるわよ。…ホントに?二〇時間も?よくそんなに寝たわね。まあいいわ。寝ちゃったものはしょうがないわよね。今更取り返しがつかないんだから。…じゃあ、顔でも洗ってシャキッとしなさい。シャキッと。そんな生活してたら、あなたの体の中の秘密の時計がダメになっちゃうの。わかった?…体の中の秘密の時計…ちょっと、おやすみってどういうこと?あなたまさかまた寝るつもり?ちょっと待ちなさい。ちょっと…。…ごめんなさい。だらしない息子で。

小林 はい、じゃ話し合いを進めます。

沖田 ちょっと待ってあたしも彼氏に電話する。

小林 後にしてくれない?

沖田 無理。

木村 そうだ、ビデオの予約頼まなきゃいけなかったんだ。

小林 だから後にして。

カルロス ソバヤ ニ デマエ タノミマス。

小林 ちょっといい加減にしてください!あなたたち話し合うつもりあるんですか?みんなもう少し協力しましょうよ。

その時小林の携帯がなる。

小林 はい、いつもお世話になってます。先日はどうもありがとうございました。え?まだお手元に届いてませんか?大変申し訳ございません。すぐに手配して…いえ、もう明日中には届くように…いえ、それでは明日朝一番に何とか…もしもし、もしもし…

沈黙が流れる。先生現れる。

先生 どうですか?決まりましたか?

カルロス センセイモ ザルソバ タベマスカ?

先生 ザルそば?

カルロス デマエ タノミマス

先生 ダメですよ。あと二時間で消灯です。

カルロス デモ ニホンノコトワザ アリマス。タベテ スグネレバ ウシニナレル。

先生 それはことわざとは違うと思います。とにかくあと二時間で消灯ですから、それまでに明日の行く先決めて下さいね。

先生立ち去る。

カルロス ナゼ ウシニ ナッテハ イケナイノダロウ?

微妙な間。

安倍 話し合い続けますか?すいません。私が話止めちゃいましたね。

春日井 五分くらい休憩入れましょうか。その間にトイレに行くなり、彼氏に電話するなり、ビデオの予約を頼むなりしましょうよ。

小林 そうしましょう。

人々はそれぞれの時間を過ごし始める。どこからともなく仮面の人物たちが現れ、それぞれの登場人物の過去の記憶をよみがえらせる。その記憶の中で登場人物たちは電話をかけている。仮面の人物たちと登場人物の会話が始まる。安倍が電話をかける

安倍 あ、専務、ご無沙汰してます。○○です。あのー専務、今更お願いできる話ではないんですが、先日のお話しいただいた再就職の件、やっぱり考え直してやってみようかなと。

仮面1 ああ、ウチの系列会社の下請け工場の経理担当補佐の件か、あれはもう埋まったよ。

安倍 え、埋まっちゃいましたか?わかりました。じゃあ、他になにかご紹介いただける再就職口はないでしょうか?

仮面1 いやあ、難しいね。だからあの時言っただろ。これを断ったら後はないって。

安倍 そこをなんとかお願いできないですか?

仮面1 あきらめた方がいいよ。大体君はプライドが高すぎるんだよ。あんないい話はなかったのに。

安倍 いやあ、あの時は考えが甘かったんです。自分のキャリアがあればなんとかなるかなって。でもなんともなりませんでした。何でも結構です。ご紹介いただけないでしょうか?

仮面1 無理だね。

安倍 そこをなんとか。

仮面1 ま、体に気をつけて頑張りなさい。それじゃ。

安倍 もしもし…もしもし…

安倍力なく電話を見つめる。小林が電話する。

小林 あ、部長、小林です。今回の人事の件なんですが、なんで山本くんなんでしょうか?

仮面2 そういった質問には一切答えられないね。

小林 部長だから伺ってるんです。お願いします。なぜ私じゃなかったんですか?私が女だからですか?

仮面2 だから何も答えられないと言ってるだろ。

小林 私は何をしても無駄なんですか?今以上の仕事はやらせてもらいないってことなんですか?

仮面2 そんなことはないさ。とりあえずよりいっそう得意先を大切にして頑張りなさい。

小林 今でも十分に大切にしてます。

仮面2 そうだな。大切にしてるよな。でもそうしかいいようがないんだよ。

小林 どういうことですか?

仮面2 近々いくつかの得意先を山本くんに担当してもらうことになる。

小林 えっ?

仮面2 この業界ではよくあることなんだ。女性のクライアントが多いからな。

小林 それって…

仮面2 とにかく頑張りなさい。それじゃ。

小林受話器を持ったまましばらく茫然としている。
木村が電話する。

木村 あ、もしもし、○○といいます。先日「桃色超合金美少女戦隊ピーチガールズ」のオーディションを受けた者です。結果は仕方ないと思うんですが、今後の参考までに、どこがよくなかったのか教えていただけないですか。

仮面3 ああ、○○さんね。…うーん、まあ、ちょっと厳しかったね。基礎ができてないのはこれからなんとでもできると思うんだけど、何て言うのかな、響いてこなかったんだよね、心に。

木村 響いてこないってどういうことですか?

仮面3 やっぱりさ、この仕事って見ている人がいるわけじゃん。その人たちに伝えようとしないとさ。

木村 つまり僕は下手だってことですか?

仮面3 違うんだな。そういう考え方自体がちょっとはずれてるわけ。

木村 どうはずれてるんですか?

仮面3 いや、だからさ、あなたの誰かに伝えようって気持ちが今ひとつだったってことなんだよ。

木村 そんなことないと思います。

仮面3 でも少なくともこちらには伝わらなかったね。

木村 じゃ、どうすればいいんですか。

仮面3 ごめんね、それって簡単に言えることじゃないんだ。わからない人には結局わからないから。

木村 俺はこの仕事に向いてないってことですか?

仮面3 うーん、どうだろうね。それはあなたが決めることだからさ。何とも言えないよ。

木村 はっきり言ってください。俺見込みないんですか?

仮面3 だからさ、俺はそういうこと言えないって。あなたの人生だからさ。あなたが自分で決めなさいよ。あなた二十四歳だよね。そういうことも考えてさ。わかる?

木村だまって憮然と電話を切る。

沖田電話を見ている。

沖田 「ただいま電話に出ることができません」ってどういうことよ。

仮面1 「ただいま電話に出ることができません」

仮面2 「ただいま電話に出たい気分じゃありません」

仮面3 「ただいま電話に出ると危険です」

仮面1 「ただいま電話に出るととんでもないこと言っちゃいます」

仮面2 「ただいま電話に出ると何を言うかわかりません」

仮面3 「だから…ただいま電話に出ることができません」

仮面123 「ただいま電話に出ることができません」

  フェイドアウトしながら仮面123退場。時間が戻る。

春日井 さて、それじゃあ話し合い再開しますか。

小林 まず段取り決めましょう。

安倍 どうでしょう、まず互いにここは譲れないというところがあれば言ってもらうというのは。

小林 いいんじゃないですか。

春日井 じゃあここは譲れないというのがある人。

沖田 あたし、プリクラは絶対譲れない。旅行来てプリクラ撮らないとかありえないし。

春日井 プリクラ撮るのに反対の人いますか?

安倍 反対じゃないけど、撮ったことないな。

沖田 ていうかおじさん一緒に写る気でいるの?

小林 グループ活動だから決まったらみんな一緒に写るでしょ。

沖田 きもい。

木村 ていうか、プリクラってノリ悪い奴いるとしらけますよね。

沖田 それある。

安倍 どうして私のノリが悪いって決めつける?

沖田 悪そうだから。ていうか絶対悪いって、こういう人。

春日井 それは偏見だと思うわ。意外とこういう人が宴会になるとすごい隠し芸とかやっちゃうものなのよ。

木村 すごいって、たとえばどんな?

カルロス サカイ マサアキ

春日井 そう堺正章みたいな。

木村 うそ、じゃやってみてよ。

春日井 さ、見せてやりましょうよ。

期待して待つ微妙な間。

安倍 いや、堺正章はちょっと無理だな。

木村 ほらやっぱり。

沖田 つかえねえ。

安倍 使えないとはなんだ。使えないとはなんだ?お前は俺の隠し芸を見たことあるのか?

沖田 あんたにお前とか言われたくない。

安倍 お前はお前でたくさんだ。

沖田 何こいつ。マジむかつくんだけど。あたし帰る。こいつとグループ活動とか絶対無理。

春日井 まあちょっと待ちなさいよ。

沖田 やだ。もう絶対無理。

沖田が部屋を出ようとすると、入り口を開けて鹿の角を頭につけた男が現れる。

男  あ、すいません。部屋まちがえました。

  男の角に視線が集まる。男視線に気がつく。

男  (照れながら)あ、これ?いや、どうもー。

男入り口を閉める。

木村 何?今の。

春日井 鹿の角だったわよね。

カルロス エゾジカ デシタ。

木村 エゾシカ?

カルロス ホッカイドニ オオイデス

木村 北海道?

微妙な間

小林 とりあえずもう少し冷静に議論しませんか。

安倍 すいません。ちょっと感情的でした。

小林 (沖田に)あなたも言い方に気をつけないと。

沖田 ちょっと言い過ぎたかもね。

カルロス ワタシモ イイスギマシタ

小林 とりあえず議論を進めましょう。

春日井 あのね、あたし思ったの。どうせ新京極あたりでお土産買う時間とか作るでしょ?その時はそれぞれが各自でお店見るわけだから、この人はその時にプリクラ撮ればいいんじゃない?

小林 前向きな意見ですね。どうですか?皆さん。

木村 いいんじゃない。俺行きたい店あるし。

春日井 (沖田に)どう?それで。

沖田 それでもいいし…

春日井 何かいい案がある?

沖田 …プリクラってその時の思い出を残すものじゃない?…だから…このおじさんと一枚ぐらい撮ってもいいかなって。

木村 なるほど。

小林 (安倍に)どうですか?彼女こう言ってますけど。

安倍 私もまあ一度くらいはプリント倶楽部というのを撮ってみようかなとは…

春日井 あら、そうなの?

安倍 家族でどこか行くじゃないですか。そうすると、妻と子どもたちが必ず撮るんです。だから私も一度くらいはって。

 安倍、さりげなく財布を取り出し、貼ってあるプリクラを見せる。

春日井 あら、かわいいお子さんじゃない。

カルロス オクサンハ イマヒトツ デスネ

春日井 じゃあプリクラはみんなで撮ると言うことで。

小林 さ、話を進めましょ。

春日井 他にここは譲れないって人は?

木村 俺やっぱ太秦映画村は譲れないっすね。

小林 でもあそこは確か入場料が結構しますよね。

カルロス オトナ 2200 エン アトラクション ツキハ 3300 エン デス

安倍 それに時間的にも半日はかかるしな。

木村 俺、映画村行けないなら、グループ活動イヤっすよ。

春日井 あなた、それは我が儘じゃない?

木村 でも、俺、自分貫きたいんで。

春日井 でも、もう少し周りに合わせないと。

木村 ていうか、余計なお世話なんですけど、そういうの。

春日井 あなたはまだわからないかも知れないけれど…

木村 だから余計なお世話だって。

小林 ま、とりあえず他にどうしても行きたいところがある人がいるか確認しましょうよ。

安倍 それは建設的な意見だ。どうです?みなさん。何かありますか?ちなみに私は京都なら何度も来てるし、皆さんに合わせますよ。

春日井 あたしも何でもいいわ。まあ、敢えて言えば嵯峨野の湯豆腐と広隆寺だけど、別に何でも構わないわ。

小林 広隆寺って前に言ってました?

春日井 いや、今思いついたんだけどダメかしら。

小林 それはちょっと困ります。

安倍 でも、広隆寺なら私も行きたいな。あそこの弥勒菩薩は実にいい。

小林 あなたさっきみんなに合わせるっておっしゃったじゃないですか。

沖田 でもいいんじゃない。とりあえずみんなが言いたいこと言えば。

小林 でも、議論を後戻りさせるような発言ってよくないと思うんです。そういうのって議論のイロハじゃないですか?

沖田 ねえ、なんでそんな堅いの?

小林 堅い堅くないじゃなくて常識だと思うんです。

沖田 だから、そういうのが堅いって言ってるの。あんた友達とかいる?

小林 ……

その時再び鹿の角をつけた男が入り口を開ける。

男  僕と友達になりませんか?

  一同茫然とする。

男  …僕一人なんです。だから…

男、唐突に入り口も閉めずに走り去る。木村が追いかけようと外を見るが、入り口を閉めて戻ってくる。

木村 もういませんでした。

沖田 なんなの?あの人。

カルロス ヘラジカ デシタ。

木村 ヘラジカ?

カルロス ホクベイニ オオイデス

その時誰かがそっと入り口を開ける。視線が集まる。先生がおそるおそる顔を出す。

沖田 おどかさないでよ。

先生 いや、話し合いの邪魔しちゃいけないなと思ってそうっと入ろうかと。

木村 今、鹿の角つけた人が来たんですよ。

先生 (異様に驚いて)えっ?

カルロス ヘラジカでした。

先生  まさか…

春日井 先生ご存じなの?

先生  (動揺)いや、別に。  

先生慌てて入り口を閉めて走り去る。

沖田 え?なに?どういうこと。

春日井 大丈夫かしら、先生。

微妙な沈黙。

安倍 ま、話を続けますか。他にどうしても行きたいところがある人は?

カルロス シカセンベイ タベタイデス。アト ダイブツ ミタイデス。

沖田 大仏って奈良だよね。

カルロス デモ ダイブツハ ムリダッタラ モウスコシ チイサイノデモ カマイマセン

木村 小さいってどれぐらい?

カルロス ソウデスネ ミトコウモンデタトエレバ(考える)…チョット ワカリマセン。

木村 無理にたとえなくていいのに。

安倍 さて、他に行きたいところがある人は?

春日井 (小林に)あなたはどうなの?

小林 私はいいです。皆さんに合わせます。

沖田 あたし別にいいよ。お墓嫌いじゃないし。

小林 古墳はまた今度にします。あたしも実は広隆寺行ってみたかったんです。いえ、ホントに。でも議論後戻りさせちゃいけないって思って。頭堅いですよね。

沖田 ごめん。あたしバカだから、あんたみたいに色々考えられなくて、つい変なこと言っちゃうんだ。ごめんね。

小林 いや、いいの、気にしないで。あたし本当に広隆寺行きたかったんです。弥勒菩薩だけじゃなくて、本尊の阿弥陀仏とか不空羂索観音とか魅力的ですよね。あたしも広隆寺に行きたいです。

春日井 よかった。何でも思いついたら言ってみるものね。じゃ、行きましょ広隆寺。

小林 はい。

安倍 そうすると、今まで出てきたのはプリクラ、映画村、湯豆腐、広隆寺、大仏、鹿せんべい。

春日井 だいぶ絞れたけど、全部は難しそうね。

小林 いや、いけるんじゃないかな、少しきついスケジュールだけど。ちょっと早起きして七時半に宿を出て奈良に行くの。京都から奈良は近鉄特急で三十分ぐらい、近鉄奈良から東大寺はバスで5分、東大寺は八時からやってるから大丈夫。大仏見て鹿せんべいを買ったら十時半くらいに京都へ戻る。バスで嵯峨野まで四十分。湯豆腐を食べて少し観光して一時に広隆寺、二時前には太秦映画村に行けると思う。それから閉園の五時までたっぷりと映画村が楽しめるわ。そのあと新京極あたりで土産を買いながらプリクラを撮る。そして七時には宿に戻る。どう?

木村 すごい。

沖田 何か感動的。

安倍 いやあ、やるね。あんた。

春日井 息子に見習わせたいわ。

カルロス インロウヲ ダサレタ キブンデス。

春日井 じゃ、これで決まりね。

先生入ってくる。

先生 決まりましたか?グループ活動。  

春日井 はい、何とか。

先生 ホントですか?

安倍 (小林を示し)ええ、この人のおかげで。

小林 いや、そんなことないです。

先生 じゃあ決まったんですね。

春日井 はい。

先生 よかった。もし決まらなかったらあたしどうしようかと。ていうか絶対決まらないかと思ったし。

木村 なんで?

先生 みなさん、ある意味モンスターペアレント並に手強そうだったから。

春日井 そんなことないですよ。

先生 よかった。本当によかった。

小林 なんかずいぶん大げさですね。

先生 いや、ある意味私の人生かかってましたから。

木村 どういうこと?

先生 いや、それはいいんです。さて、じゃ次に行きますか。

春日井 次?

先生 次は恋バナタイムです。

安倍 恋バナ?

カルロス ミトコウモンデ イエバ ユミカオル デスネ

木村 いや、それは違うと思う。

沖田 このメンバーで恋バナは無理じゃない?

先生 でも「修学旅行」と言えばやはり恋バナというか。

小林 具体的に何をすればいいわけ?

先生 いや、それはお任せします。基本的には好きな相手を告白したりとか…

春日井 どうしてもやらなきゃダメなの?

先生 そうですね。あ、後こちらの方に枕も用意しておくんで、適宜枕投げに移ってもらえればと思います。

木村 枕投げもするんだ。

先生 じゃ、後はお任せしますので、これで…

沖田 あ、先生。さっきの鹿の角つけた人って誰なの?

先生 (動揺)え?そんな人いましたか?

木村 さっき話したじゃん。

カルロス サイショハ エゾシカ ツギハ ヘラジカ デシタ。

先生 さあ、それはなんでしょうね。じゃ、これで。

先生逃げるように立ち去る。
ガイド現れる。

先生 あ、何とかグループ活動は決まりました。

ガイド それはいいけど、今のは何?

先生 今のって?

ガイド 鹿角男のこと。あれじゃ不安をかき立てるだけじゃないの。

先生 すいません。

ガイド あの男は何かする訳じゃないし、不安にさせないようにうまくやらないと。

先生 はい。

ガイド 次に出てきたら、あなたが出てって何とかしてね。

先生 え?私がですか?

ガイド 現場復帰したいんでしょ?だったら頑張って。

先生 はい。わかりました。

  ガイド、先生立ち去る
  照明が変わり仮面をつけた人物が現れる。

仮面2 あなたの角はエゾシカですか?ヘラジカですか?それともニホンシカ?

仮面3 渋谷駅で角について聞いてみました。

仮面1 あなたにとって理想の角はどんな角ですか?

仮面2 そうですね。なるべくやっぱり大きい方がいいですね。

仮面3 私は大きさよりも形に気を使っています。

仮面1 やはり曲がり具合がポイントですね。

仮面2 枝の本数は5本くらいが理想じゃないですか。

仮面3 理想はそれぞれ違っても角は角

仮面2 それぞれ思い思いの角を生やしながら

仮面1 鹿は遠くを見つめている。

  仮面をつけた人物たちが立ち去る。

安倍 さて、恋バナタイムということらしいですが、どなたかお願いできますか。

沈黙

春日井 じゃ、あたし告白するわ。

安倍 はい。どうぞ。

春日井 ええと、あたしが好きなのは夫です。

沖田 なるほど。そう言う展開ね。

カルロス イワユル ノロケ デスネ

小林 まあいいじゃないですか。どうぞ話してください。

春日井 私実はつい最近まで違う人が好きだったの。

一同 えー!!

春日井 あれ、ちょっと衝撃的だったかしら?

木村 衝撃的すぎます。
  
安倍 で、その好きだった人って?

春日井 ああ、多分誤解してると思うんだけど、別に不倫とかそんなんじゃないの。高校時代とっても好きな人がいて、私の中の最大瞬間風速はあの時だったなってずっと思ってたの。

安倍 なんだかちょっと切ないですね。

沖田 ていうか、それじゃなんで結婚したの?妥協したってこと?

春日井 妥協とは違うわ。そもそも結婚ってそう言うものなんじゃないの?

安倍 それはわかります。

カルロス ヨク、ワカリマス。

木村 でも、それって夢なさ過ぎません?

沖田 やだ。あたし絶対やだ、そういうの。

小林 それはつまり恋愛だけじゃ結婚できないってことですか?

春日井 違うの。結婚に恋愛は必要なの、ただ恋愛が必要なのは結婚する前じゃなくて結婚した後なのよ。

沖田 え?わからない。どういう意味。

春日井 うーん、そうね、たとえば夫はすぐつまらないウソをつくの。自分は高校野球で四番を打ってたとか、アメリカに留学したとき空港まで追いかけてきた女の子がいたとかそう言うつまらないウソ。

木村 ウチのオヤジもそう。昔サーファーだったとか、桑田佳祐とよくカラオケ行ったとか。

沖田 あるあるそういうの。

春日井 でもね、何だか最近になってそういう嘘がたまらなくいとおしく思えてきたの。で、わかったのこれが恋だって。

沖田 違う。それ絶対違う。

木村 それ恋じゃないって。

小林 でもそれ恋ですね。

カルロス タシカニ コイデス

沖田 えーわからない。全然わからない。

安倍 私に説明させてください。

小林 はい、どうぞ。

安倍 私実は二ヶ月前にリストラされたんです。

一同 えー!

沖田 ていうか、ちょっと衝撃的すぎるんだけど。

安倍 でも家族には話せませんでした。

春日井 あなたもつまらないウソをついてしまったんですね。

木村 それってつまらないとかそう言うレベルじゃないと思うんだけど。

安倍 二ヶ月間毎日スーツ着て家を出て、公園で弁当食べて、図書館で本読んで、散歩して、それで家に帰るんです。

沖田 それって家族を裏切ってるってことじゃない?

木村 俺だったら絶対許さない。もしオヤジがそんなことしたら思い切り殴って二度と口聞かない。

春日井 違う。そうじゃない。それは恋なの。

木村 えっ?

春日井 恋してるから嘘をつくの。

小林 どういうことですか?

春日井 奥さんはきっとわかってる。わかってるから二ヶ月間弁当作り続けてる。そうなんじゃないの?

安倍 多分最初の二週間ぐらいは全く気がついてなかったと思います。でも三週間ぐらい経ったとき、三日ぐらい雨が続いたときがあって、しょうがないから市民センターのロビーとかでこそこそと弁当食べました。で、翌日やっと雨が上がったんです。そしたら妻が言ったんです。「今日は晴れてよかったわね」って。

木村 ていうか、雨が続いて晴れたら普通そう言うんじゃないの?

安倍 違うんです。その時妻の目が笑ってたんです。「わたし知ってる。でもいいのよ。」って。

沖田 それって思いこみじゃない?

春日井 わからない?それが恋なの。

沖田 わからない。全然わからない。

突然、男が現れる。

男  それはあなたが本当の恋をしていないからです。

沖田 ていうか、あなた誰。

男  (木村を指さし)そしてあなたも。(小林を指さし)そして多分あなたも。

沖田 だから誰?

男  今のあなたにとって彼氏って誰でもいいんじゃないですか?ちょっとイケメンで、ちょっとやさしくて、自分のそばにいてくれれば。そして自分の空白を埋めてくれる人なら誰でも。

沖田 何それ説教?そんな角つけて説教?

カルロス イマ ツノハ カンケイアリマセン。

男  そう、角は関係ありません。

沖田 何かちょっとムカツク。

男  それは私にというよりあなた自身にむかついているのではないですか?あなた自身の角に。

沖田 あたしの角?

男  そう誰にでも角はある。

カルロス エゾシカ、ヘラジカ、ニホンシカ

男  そしてあなたにも、あなたにも、あなたにも。…では私はこれで。

男立ち去る。

沖田 なんなの?あれ。

カルロス ニホンシカでした。

沖田 ていうか、何が言いたかったの?あの人。

小林 私はなんだかわかった気がします。

木村 え?何がですか?

小林 私多分恋するのが恐かったんです。

木村 恋するのが恐かった?

小林 恋をするって何だか自分の弱さを認めるような気がしてイヤだったんです。だから高校でも、大学でも彼氏らしいものっていなかった。何度かデートらしきことしたけど、無理に自分を繕って、帰ってくると疲れ果てちゃって。

沖田 なんかちょっとわかる気がする。

小林 会社に入ってからは仕事が恋人っていう振りをして、周囲からもそう言うポジションで見られてて…でもそれがとても楽だった。

春日井 でもあなた美人だし、周りがほっておかなかったんじゃないの?

小林 そうでもないですよ、私に構わないでってオーラだしてたし。でも一度だけ、かなり本気に好きになった人がいましたね、十歳ぐらい上の奥さんも子供もいる人でしたけど。でもわかったんです。どうせ届かないって思うから逆に安心して近づけたんです。多分本当に好きじゃなかったんです。

その時先生が入ってくる。

先生 こら、まだ起きてるのか!もう消灯だぞ。

一同先生の方を見る。

先生 失礼しました。

先生帰ろうとする。

木村 ていうか、何しに来たんですか?

安倍 恋バナしろって言ったのはあなたですよね。

先生 いや、一応臨場感あふれるツアーていうのが売りなんで、恋バナの途中で見回りの先生が入ってきて怒られるっていうのも演出に入っていて。すいません、邪魔しちゃって。どうですか?恋バナの方は。

カルロス ヨソウイジョウノ モリアガリデス。イマ フリンノ ハナシヲ シテマシタ。

先生 えっ?不倫ですか?うわあ、あたしも聞きたかったなあ。

春日井 どうです?先生も一緒に。

先生 いや、一応教師なんで。

春日井 あらそう?残念。

沖田 そういえばさっきまた来たんだけど、鹿角。

先生 えっ?

カルロス ニホンシカ デシタ。

沖田 私の角がどうのこうのとか説教たれて、ちょっとむかついた。

先生 ああ、そうですか。まあ悪い人じゃないんで。じゃ、また。

  先生行こうとする。沖田止める。

沖田 ちょっと待ってよ。あの人誰なの?

先生 ええとこの旅館に住んでる人らしいですよ。

沖田 従業員?

先生 いや…、従業員じゃないらしいですね。

沖田 じゃあお客さん?

先生 …ええまあ、もとお客さんと言うか…

沖田 もとお客さん?

先生 じゃあ、また後で見回りに来ますから、

  先生逃げるように去る。

沖田 もとお客さんってどういうこと?

木村 さあ。

春日井 (木村に)じゃ次はあなたの番ね。

木村 えっ?俺。俺、今演劇のことしか考えてないんで、恋愛とか興味ないんで。

男現れる。しかし男は木村にしか見えていない。

男  嘘ばっかり。

木村 えっ?

男  あなたは本当に演劇がやりたいんですか?ただ自分のことを見て欲しいだけじゃないんですか?

木村 そんなことない、俺は演劇が好きだ。

沖田 ねえ、どうしたの?

小林 誰にむかって話してるんですか?

木村 えっ?

男  他の人にはもう見えてないんです。

木村 えっ?

男  他の人にはもう見えてないんです。自分の角に気がついたから。

木村 自分の角?

安倍 君大丈夫かね?

春日井 あなた大丈夫?

木村 あ、大丈夫です。ちょっとぼうっとしちゃって。

男  本当に大丈夫?今のままで本当に演劇続けてくの?本当に演劇が好きなの?

木村 うるさい。俺は演劇が好きなんだ。(そばにあった枕を投げる)

沖田 あれ、いきなり枕投げ。じゃ、あたしも投げちゃうよ。○○お前なんかとはもう別れてやる。君の笑顔が好きだとか言ってんじゃねえよ。(枕を投げる)

安倍 あんな会社こっちからやめてやる。(枕を投げる)

カルロス ワタシハ アクダイカンダ (枕を投げる)

以下口々に枕を投げ続ける。やがて声が消えてスローモーションになり枕投げが続く。

木村 なんなんだ、お前。俺に何がいいたいんだ。

男  君は本当は自分の限界に気付いているんじゃないのか?

木村 それは…

男  オーディション受けたって、一度も受からないじゃないか。

木村 そりゃそうだけど。

男  やってもやっても滑舌も、発声もよくならないじゃないか。

木村 でも…

男  ダメだってわかってるのに、なぜ続ける?才能ないってわかってるのになぜ続ける。

木村 俺やっぱ才能ないのかな?

男  あったらどうしてここでこんなことしてる?今頃大きな舞台に上がって観客の拍手を浴びて…

木村 ……

男  もうやめた方がいいんじゃない?

木村 ……

男  僕、友達になってあげるから。やめたら、僕が友達になってあげるから。

木村 ……

男  ね、もうやめよ。

先生現れる。

先生 やめちゃだめだよ。

木村 えっ?

先生 やめちゃだめだよ。本当に好きなんだったら。

木村 でも、俺才能ないし。

先生 でもあなたがいるでしょ?

木村 えっ?

先生 大切なのはあなたがここにいること。

木村 俺がここにいること?

先生 あなたが想像するほど、あなた格好良くはない。だってあなたには角があるから。

木村 角?

先生 そう、あなたには角がある。いくら角のない自分を思い描いても、あなたには角があるの。

木村 俺の角?

先生 ほらあの人たちを見て。

人々は普通の早さに戻って生き生きと枕投げをしている。ガイドが現れてそれを中継する。

ガイド さあ、部長が一流企業のプライドを賭けて投げた。おっとリストラだ。これは思わぬ落とし穴。しかし部長は立ち上がる。そして、そこへやりてのキャリアウーマンだ。ここは女の意地の見せ所、男女差別の壁に向かって渾身のプレゼンテーション。これは決まったか?さらにコギャルだ。恐れを知らぬコギャルが誰彼構わぬタメ語攻撃。どこへ行ったニッポンの常識。さて次は謎の外国人、悪代官さながらのあざとさでジャパンマネーを打ち砕く、おっとこれは円高を逆手にとっての逆輸入だ。これは日本経済には痛い打撃。しかしそれに対抗してニッポンの母親の登場だ。さあニッポン母親が息子をスポイルだ。息子命とこづかい与えてマザーコンプレックス。決まったあ。これには一流私立大学生もたまらない。それにしてもなんという醜態でしょう。いい年した大人が枕を投げ合って醜態をさらしています。

人々は枕を投げ続ける。枕投げは再びスローモーションとなる。

先生 みんな格好悪いでしょ?

木村 ホントだ、格好悪い。

先生 みんな角があるでしょ?

木村 ホントだみんな角がある。

先生 あなたにもあるの。

木村 俺にも?

先生 誰にでも角がある。だからやめちゃダメ。角をさらしながらやりつづけなきゃ。格好悪くてもやり続けなきゃ。

木村 やりつづける。…俺は好きだから。俺は演劇が好きだから。

木村枕をとる。人々は枕投げの手をとめて木村を見る。そして次第に木村を応援するかのように木村のところに集まってくる。

ガイド おっと突如現れたのは演劇フリーターだ。滑舌も悪く、発声も今ひとつ。オーディションに落ち続ける彼を支えるのは何なのか。さあ、その答えを出せるのか演劇フリーター。そして今、クライマックスを迎えたこの芝居、演劇フリーターが観客に向かって渾身の決め台詞だ。

木村 俺は演劇が好きだ!

木村、枕を投げる。その瞬間に暗転。

明るくなるとガイドと先生がいる。

ガイド 半年ぶりの職場復帰、緊張してる?

先生 はい。でもなるようにしかならないですから。

ガイド なんか吹っ切れたみたいね。

先生 あの「大人の修学旅行」がきっかけでした。あの時、あの人たちに逢って気付いたんです。あたし、クラスが学級崩壊して、それが格好悪いって思ってたんです。きっとそう言うのが生徒にも、保護者にも見えちゃってたんですね。

ガイド あの人たちどうしてるかしらね。

先生 今でも手紙とかメールとか来ますよ。あの人たちから。

  春日井、小林、沖田、安倍、カルロス、木村が現れる。それぞれ頭に角をつけて楽しげにしている。

先生 安倍さんは再就職決まったそうです。小さな会社の経理で給料は十分の一ぐらいになっちゃったみたいですけどね。春日井さんは息子が大学やめて一悶着あったあと、今は子離れして今はNPOで働いてます。小林さんは年下でバツイチの部下と最近親密みたいですね。沖田さんは紳士服の量販店でバイトやってます。ちょっとツンデレな感じで意外と営業成績いいみたいですよ。カルロスさんは消息不明です。そうそう木村さんが今度有名な演出家の舞台に出るみたいです。「群衆その1」だって言ってましたけど…。みんなそれぞれ頑張ってるみたいですね。 

ガイド そう、よかったわね。あなたも頑張ってね。

先生 そういえば、あの鹿角男の幽霊、どうしましたかね。

ガイド 鹿角男の幽霊?

先生 あの宿にいたじゃないですか。

ガイド 知らないわ。

先生 えっ?いたじゃないですか。

ガイド 何変なこと言ってるの。大丈夫?

先生 え、だって…

ガイド (言い聞かせるように)久しぶりに職場復帰するんでしょ、しっかりしないとまた不適格教員再生施設に逆戻りよ。

先生 はい…

ガイド さ、明日から頑張りましょう。

先生 はい。

ガイド、先生の肩をたたいて立ち去る。

音楽が鳴り始める。

先生、大切なものを思い起こすようにしばらくたたずんだ後、踏ん切りをつけたように歩き始めるが、途中で落ちている鹿の角を見つける。先生それを拾い上げ、すこし考えた後、角を頭にはめ元気よく歩き出す。先生が退場する。

その時突然音楽が止まり、男が現れる。

男 僕と友達になりませんか?

再び音楽が鳴り始める。