細石流天主堂 




              1 住 所  福江市蕨町細石流

              2 区 域  不明

              3 史 蹟  特になし



  細石流は、福江島の北部の久賀島にあり、その左側の半島の最北端に位置する。

  細石流天主堂は福江市蕨町細石流にあり、集落の高台の山頂に位置し、現在は茅等が繁茂し、その姿は草木の中に埋もれている。

  元々の教会(聖堂)は、野浜力吉氏の家であったが、島田神父が主体となって天主堂の建設に努め、棟梁は名工の鉄川与助氏で、工事費8千円、大正9年に着工し、11年に献堂式をあげた。

  守護のアンナの像はヴェヨン神父の母の霊名であり、フランスより取り寄せ、寄贈されてと言われている。また、建材の杉材は青方の相河運搬したと言われ、建材の運搬について「奇蹟」の伝説が残されている。

 青方の材木の売手側で船積場でまでの山出しを契約していたが、教会の工事が進捗しても材木の調達の連絡がないので、久賀島から現場へ廻船したところ、材木は山に製材されたまま放置されてあったので、川窄に集積の思案にくれていたところ、一天俄にかき曇り、豪雨と化して一挙に浜へ押し流すことが出来た。ただちに、船積みを終わって準備しているところへ、追手の北風が吹きはじめたため、瞬く間に短時間で野首(細石流の反対側の集落)の浜へ着いたという。これを語る者、皆、口をそろえ、夢のようだった・・・。これが即ち、奇蹟と言うものであろう、と言ったものである。
(「福江市の文化財第二集」(福江市教育委員会)より抜粋。一部追加。)

 天主堂は木造、単層屋根、三廊式(主廊部とその両側の側廊部)で、天井はコーモリ天井ではなく、折上天井である。窓は円形アーチであり、板敷きとなっている。

  当時は、海岸近くの集落で「教会はどこですか?」と聞くと、知る人は少なく、おじいさんが山の方を指さし、「もう、行けないよ。」と答えた。

  夏の時期で、夏草の生い茂る中を、汗をかきながら、山に登ると、牛の放牧地として利用されており、いたるところに牛の糞があった。

  細石流天主堂は使われなって時間が経ち、崩壊が進んでいた。教会は白いペンキが剥げ落ち、正面は草にからみつかれていた。祭壇部分は大きく壊れ、天井と側面が残っているだけで、床も危なく立ち入ることは出来なかった。赤、青、緑のステンドグラスがなぜだか、悲しかった。