江袋天主堂 (聖心) (新魚目町) 


 
江袋は、五島列島の上端の
中通島の更に最北部の細長い半島(先端は津和崎)の中間地で、右に多石山、左が対馬海峡が青々と広がる。切り立った崖の中腹を道がはしり、そこに江袋教会がある。(現役の教会である。)

  この地は、西彼杵半島の神ノ浦村大字中尾の七右衛門夫婦が寛政年間に移住したのが始まりとされ、その後、次々と人が移り住んできたという。


  石段を上ると、白い建物があり、正面の壁に
黄色い「十字架」があり、尖塔アーチ窓(浦上天主堂でよく見る窓です。)が4つ並んでいる。

  ほぼ、建物(床面)は正方形の形に見え、祭壇部が長方形で出っ張っているように見える。

  中に入ると(少し、暗い・・・)、正面に祭壇(主祭壇)があり、平面であり、ステンド・グラス(尖塔アーチ窓)が非常に美しい。木造、平屋で瓦屋根は単層構成で、主廊部(主祭壇あり)とその外側に側廊部(副祭壇がそれぞれある。)があり、三廊式となっている。

  また、床は板張りで、中央のみが飾り張りとなっている。側壁にも3つづつ尖塔アーチ窓がそれぞれある。

  柱は6本あり、円柱で、その上部の天井(主廊・側廊部とも)は、
板張8分割リブ・ボールト天井コウモリ天井)となっている。(素晴らしい・・・)

  太田静六氏は、
「江袋天主堂が持つ貴重さは、堂の大きさとか外観ではなく、長い苦難に耐えてきた切支丹の部落民が、精魂込めて築いた信仰の結晶という点にある。  同時に明治15年建造という全国的にも類例を見ない初期天主堂が、ほとんど原形のまま今日まで伝えられてきた点では、文化財的にも十分高く評価されるべきものと思う。当然、県文化財にでも指定して旧形を損なうことなく、永久に保存すべきであろう。設計監理に当たっては外人神父による指導が行われたであろうが、価値高い天主堂である。」といっている。