| 旧 鯛ノ浦天主堂 (聖家族) (有川町) |
1 住 所 南松浦郡有川町鯛ノ浦郷中野326
2 区 域 有川町全域
3 史 蹟 鯛ノ浦殉教地
南松浦郡有川町鯛ノ浦郷中野にある。
鯛ノ浦は大村藩の彼杵半島(現西彼杵郡)から切支丹迫害を逃れて移住してきたと言われている。
中でも上五島第一の指導者ドミンゴ森松次郎の出身地として知られ、活躍の場であったため、明治初年の切支丹迫害は厳しく、明治3年の「鯛ノ浦六人斬り」でも知られている。
明治十年代に大浦司教区は五島を上五島、下五島に区分し、鯛ノ浦を上五島の拠点とした。
ブレル神父は明治14年に天主堂が完成し、その後、明治36年ペール神父(クザン神父とも・・・)の時に現在地に木造天主堂が立て替えられた。
その後、昭和21年に鉄川工務店(鉄川与助創始)により、正面に煉瓦造りの塔屋兼鐘楼が取り付けられた。(昭和54年に新天主堂が建設されている。)
昭和21年に建設された塔屋兼鐘楼は煉瓦造り、明治36年の天主堂全体は木造造り、屋根は単層、日本瓦葺き、平面形式は三廊式、内部立面は単層構造、天井はリブ・ヴォールト天井(コウモリ天井)、窓は尖頭アーチ、床は板敷きとなっている。