英 彦 山 (長崎市) .


英彦山登山口 → 飯盛神社 → 彦 山 → 風頭公園 → 
          386m

    難易度
体力 ★★☆☆☆
技術 ★★★☆☆
危険 ★★★☆☆
鎖場 なし
電話 良好に通信


                                                    (英彦山)   N   32゜ 44’ 42.0”
                                                           E  129゜ 54’ 07.6”

                                                          長崎東南部(1/25000)



  英彦山彦山は、元和元(1615)年に豊前国(福岡県)の英彦山から英彦山大権現を勧請し、山頂に祀ってあり、ここから「英彦山(彦山)」と呼ばれるようになったと思われる。

  眉嶽(「長崎名勝図絵」巻之一)

  長崎の東。雄大に横たわり雲表に入る。子や孫が取り巻くように形で、幾つかの山々が羅立する。煙雲たなびいて、黛を引いたようになるというので、眉嶽と名づけてあるが、これを訛って舞嶽などと世間では呼んでいる。山頂にひき蟇がいて、腹の下に朱丹で字が書いてあるとの言伝えがある。(略)
  この山は英彦山彦山とも呼ぶ。豊前国の英彦山と祭神が同じであるからである。又昔は俗に鍋山といった。山頂に木が欝茂した形が、鍋をかぶったようだからである。或いは山の姿が唐土の峨眉山に似ているので、眉嶽の名がついたという。

  眉が嶽の月を見て長崎の方言を綴る   四方赤良(太田南畝蜀山人)

  わりたちもみんな出てみろ今夜こそ彦さんやまの月はよかばい

  新大工町の駐車場に自動車を駐車し、蛍茶屋の方向に歩いていき、更に国道34号線を日見峠へ向かう坂道を登っていき、本河内低部貯水池の中程にある「番所バス停」の50m先の英彦山神社の鳥居が、
英彦山登山口である。

  コンクリートの石段(つまり参道)を登っていくと、「豊前房英彦山」という石碑が道脇にある。

  人家がなくなってくると、コンクリートの石段から、野石(自然石)の参道になって、あたりは樹木や杉林となってきます。

 最初の神社は、
岩倉大明神で、大岩の中に祀ってある。

  ここでは左隅に清水が湧き出ており、水が潤沢なことが判る。

  水場はこのほかにもあり、いろいろな神様が祀ってある。

 やがて、左側に200段ほどの自然石の石段があり、その上に社殿が見えるが、これが
飯盛神社(豊前房)である。

  飯盛山(「長崎名勝図絵」巻之一)

  長崎の東三十六町余 眉嶽の尾にある。北に衡鹿峰がある。高く険しく、翔けるように聳えている。山頂に奇巌あり、側に這い松が生えている。巌は甑岩と対抗し、大昔神人が岩を担いで天草からやって来たが、そいの岩を置いた処がここであるとの言伝えがある。神が居られて、祈れば必ず霊験があるという。豊前房の神が勧請してある。

  この飯盛神社も大巖の下に立っており、この山の頂上に登ってみたくなり、飯盛神社の石段を下り、更に左手の方に行くと、製材所と鉄製の鳥居があり、ここが飯盛神社・田手原・英彦山の分岐点になっている。

  ここから、山の中に入ると、急傾斜の道があり、ロープが頂上付近まで張り巡らされている。

  多分ここが豊前房であり、頂上付近は何もありませんでした。

  (貯水池付近の景色は最高でしたけど・・・。日見峠方向からの縦走路でした。ゲート・ボール場まで歩いてしまった・・・。)

 道草は止めて、もとの分岐点に戻り、製材所の倉庫横を通り、細い急傾斜の山道を登っていくと、ほどなく、鬱蒼と暗い樹林地の中に、
英彦山神社がある。

  この山の最高点は神社裏の丸い石塔ですが、「
三角点」は少し南へ下ったところである。

  神社の横に無線中継所が数基立っており、ここだとある程度視界が開けます。

  絶好のお弁当ポイントは大きな一枚岩が露出したところで、素晴らしい景観が望めます。

  帰路は、英彦山神社と無線中継所の間の道を西に下っていきます。

  しばらくすると、防火帯の間を下っていきます。道はジグザグに切ってある。

  防火帯を過ぎると、竹林が密集しており、そのまま下っていくと元の本河内に着く。

(そこから風頭公園まで歩いて、・・・18,000歩、4時間の山歩き。)