| 金 比 羅 山 (長崎市) . |
諏訪神社 → 立山公園 → 神社境内 → ドンク岩 → 金比羅山山頂 (往復)
336m
| 難易度 | |
| 体力 | ★★☆☆☆ |
| 技術 | ★☆☆☆☆ |
| 危険 | ★☆☆☆☆ |
| 鎖場 | なし |
| 電話 | 良好に通信 |
長 崎 東 北 部 (1/25000)
金比羅山(366m)は長崎市の中央部に位置し、江戸時代から春は盛大なハタ(凧)揚げ合戦が行われ、有名な「ぶらぶら節」に、
長崎名物ハタ揚げ 盆祭り
秋はお諏訪のシャギリで氏子がぶうらぶら
ぶらり ぶらりと いうたもんだいちゅう・・・
と謡われている。四季を問わず家族連れのハイキングの山として市民に親しまれている。
この山は「崇嶽」と称せられ、無凡山とも呼ばれ、宝永2(1705)年に修験者祥院長慶により讃州象頭山の金比羅大権現を勧請し、この山に祭ったことから、この名がある。
スタートは午前10:10に西山の諏訪神社(祭神:健御名方命外)の境内を出発する。
境内は10月7〜9日の「長崎くんち」で有名なところである。
諏訪ノ森を上へ上へ歩いていく。
しばらく行くと、長崎中学校を過ぎ、立山公園の桜の中を歩いていくと長崎東高校の校門の前に金比羅神社の第一の鳥居が見え、その下をくぐり、参道を歩く。
参道(九州自然歩道)を登っていくと家がまばらになり、畑には野菜類が作られ、自動車さえも通らない道となっていく。
景色は素晴らしく良い。
次に石の鳥居が見えると、金比羅神社の境内である。
そこからは椎、樫、タブノキなどの照葉樹林の薄暗い中を通っていく。
しばらく行くと金比羅神社の本道を離れ、「金星観測記念碑」に向かう。
その分岐点から150mくらい行くと、三角形のピラミッド型の石があり、明治7年12月6日にフランス人ジャンサンらのフランス観測隊が金星の太陽面通過を観測した記念碑であり、表面にフランス語などで文が刻まれている。
その石碑のある展望台は眺望が素晴らしい。
石碑の右側の遊歩道を進むと、草原となり、その草原の小高い丘に名物の「ドンク岩」が名前どおり蛙のように座っている。
そこから、照葉樹林に再び入り、急坂を登ると頂上に着く。
頂上の広場は細長く、奥にはコンクリート造りの金比羅神社上宮社殿がある。
瓊杵山(「長崎名勝図絵」巻之一)
長崎の要をなす山で、俗に金毘羅山という。高く聳え、姿も秀でている。周囲の烏帽山、狭戸山等を含めて、昔から瓊杵山という。(略)
萬治三(1660)年木庵禅師がこの山に登られ、その広大な眺望、山海の景観は正に、凡塵を離れたものであると絶賞し、無凡山と大書して与えた。のちにこれを山頂の巨岩に彫った。(現存) 元禄十三(1705)年修験道吉祥院長慶が讃岐象頭山から金毘羅大権現を勧請し、山上の石窟を穿ってこれを祀り、又、飯綱、愛宕の二神を併せ奉じて、三神各石像を彫り、翌年六月七日に安置した。(略)
山頂からの眺めは絶景で、長崎港と市街地、稲佐山、帆場山(三ツ山)、烽火山、英彦山、八郎岳山系、西山高地水源地が足下に見える。
帰りは、浦上側や西山高地水源地に下りる道もあるが、往路を戻り、金星観測記念碑には行かず、右側に折れ、「金比羅神社」を通る。
この金比羅神社本宮は昔、長崎奉行や華僑の人たちが海上安全と貿易の繁栄を祈願したという由緒のある神社である。
諏訪神社にとどくのが12:15で、ほぼ2時間から3時間のコースである。
(歩数12,000歩程度)