| 雲 仙 鉄 道 (島原半島北西部) . |
島鉄愛野駅 → 元相津駅 → 日吉神社 → 元水晶観音駅 → 水晶観音寺 → 元浜駅 → 元千々石駅 →
元上千々石駅 → 元木津浜駅 → 元富津駅 → 元肥前小浜駅
| 難易度 | |
| 体力 | ★★★☆☆ |
| 技術 | ★☆☆☆☆ |
| 危険 | ★☆☆☆☆ |
| 鎖場 | なし |
| 電話 | 良好に通信 |
愛 野 (1/25000)
明治44(1911)年に島原鉄道が愛野村に延伸し、小浜温泉までの鉄道開通の気運が高まった。
大正12(1923)年に愛野から千々石までの9.3kmが開通し、「温泉軽便鉄道」と名づけられた。
その後、千々石から肥前小浜までは難工事で、昭和2(1927)年に「小濱鉄道」を開通させた。
昭和10(1935)年に温泉軽便鉄道と小濱鉄道は合併し、
「雲仙鉄道」となった。
しかし、県営バスとの競争に敗れ、昭和13(1938)年に廃止となった。
その後をたどり、トレッキングの旅を楽しんだ。
ほぼ、17kmのコースはいろいろと楽しめると思い、期待した。
| 現 島原鉄道愛野駅 | 元 愛野村駅 |
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出発は、島原鉄道を降りて、「島鉄愛野駅」を9:20頃にスタートする。
このあたりは市街化となり、しかも水田・畑などが土地改良の基盤整備され、愛野川まではたどれない。
愛野川(川が判らない・・・)の左岸の直線のアスファルト道をたどり、幸町の集落を過ぎるところに、「相津駅」の石の標識がある。
水田の中を通り、丘があるが、日吉神社があり、急勾配の石段を登ると、大巖の下に日吉神社がある。
その頂上には展望台があり「公園」化されている。(眺め・・・良し)
| 元 相津駅 | ![]() |
日枝神社の西側の石段を下り、大きい道ではなく、横の線路跡を歩く。
この道路の状態は、いかにも線路を道路に転用したのかすぐに解る。
唐比で国道57号線に出るとすぐに、「水晶観音駅」の標識(石碑)を見ることが出来る。
近くに水晶観音寺があり、立ち寄ると、質素な寺を見ることができ、石仏の顔を見ると心が和む。
この寺には・・・雨乞いの霊験があるとか・・・。
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ここからは、国道57号線を通り、浜から右に折れ、海岸にぶつかると、そこには「濱駅」がある。
石碑は、人家と防波堤に挟まれ、狭い中に填め込まれている。
ここから歩いていくと、すぐに愛野展望台の崖下に見事な一本道(九州自然歩道)がある。
ここは海鳴りを聞きながら、素晴らしい景観を眺めながら、単調なアスファルト道を歩く。
やっと、人家が見えだしたら千々石の町である。
道は再び、国道57号線に戻る。
道幅から考えると千々石海水浴場側の道と思われがちだが、国道の方が旧線路である。
国道57号線の「千々石海水浴場前」のバス停の横に、「千々石駅」の石碑が建っている。
背後に、畑と千々石断層が横たわっている・・・。
しばらく、国道57号線を歩き、釣具屋さんの信号のところで、折れていき、郵便局を通り過ぎる。
親和銀行もあったし、どうやら、昔の町の中心街付近であると判定する。しかし、それでも町の中心街を少し外れたところに、石碑はあった。
「上千々石駅」に到着(12:00)する。
座って、おにぎりは食べたいから、富津半島沿いのどこかのベンチで昼ご飯を食べることにし、
再び歩き出す。
この辺りから、少しづつ傾斜が出てくる。
いままで、数メートルの高度差で維持されてきたが、登り続けることになる。
途中のベンチで昼食をとる。
数人のトレッカーと出会う。彼らも愛野駅から歩いてきたという・・・。
線路だけあって、1車線程度で、自動車さえ離合が難しいところもある。
右手の美しい海を眺めながら、戸崎鼻付近で2つのトンネルを抜ける。
当時のトンネルは、大工事だったらしく、雲仙鉄道が小浜の町の中心街まで線路を引けなかった
大きな原因の一つとなる。
更に歩くと、歩くと木津の集落に着く。
元 木津の浜駅 プラットフォーム跡
ここに「木津浜駅」の標識があり、プラット・ホームの跡を見ることができる。
更に歩きつづけると、富津の集落が見えてくると、非常に嬉しかった。
・・・ゴールの小浜温泉も見えるんです・・・。
富津の長いトンネルを抜けると学校がある。
更に歩いていくと、人家が途絶えるあたりに「富津駅」の標識がある。
さらに、最後のスパートである。
駅の標識(石碑)には、それぞれの駅間の距離も書いてあり、いい目標になる。
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終点は「肥前小浜駅」であり、小浜町北村(北野)付近である。
石碑は、国道57号線とぶつかる交差点の10m手前の消防小屋付近にある。
ひどく見落としがちで、人家の中に入っているような気分になる。
ここから、町営「浜の湯」まで歩き、温泉に浸かって帰った。
しかし、最終駅「肥前小浜駅」から中心街まで2kmと離れており、不便さが判る・・・。
この2kmが、バスとの競争に敗れた原因の一つであり、工事費の増大には苦労したようだ。
帰りも北野(北村)付近まで歩いたが、総計20km程度、34,000歩であった。
北村バス停からバスで諫早まで帰った。
・・・1,000円かからなかった・・・。
(バスはすごい!1日のトレッキングがバス代1000円とは・・・。)