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プロフィール |
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さわみや ゆうの素顔 |
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昭和39年 ▽ ▽ |
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ノンフィクション作家。主にスポーツから文学、映画、歴史、教育まで幅広く執筆している。 |
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昭和55年 |
◆ 熊本県立宇土高校入学。高校時代の成績は330人中 300番。高3の夏休みも発掘で真っ黒に日焼けし、二学期も登校し、クラスメートから失笑を買った。 シナリオ作家を目指して上京する。 |
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昭和60年 ▽ ▽ ▽ ▽ |
◆2年間の浪人生活の後、青山学院大学文学部史学科に入学。専攻は考古学。在学中は某体育会に所属し、4年間学ラン(学生服)を着て登校。ときおり坊主頭にもなっていた。昼は下宿で寝ていて夕方のみ練習のため登校した。クラスメートは卒業まで「スポーツ推薦」で入学したと信じていた。この頃、生活の発見会で森田療法を学び、強迫性障害を克服する。 ◆体育会では主将を務め、試合ではいつも大将で出場。 「この恐怖心から逃げなかったことが自分を成長させたと思う」 (本人談) ◆夜はシナリオライターの養成所に通い、現役プロデューサに師事し、シナリオの習作を書きまくる。 |
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平成02年 ▽ ▽ ▽ |
◆大学を5年かけて卒業し、都内でサラリーマン(大学事務職員)生活を送る。以後就職・広報・入試・通信教育などの業務に従事し、約20年間勤務。 在職中は創立者成瀬仁蔵の研究で、「大岡蔦枝記念奨学金」を授与される。 新人シナリオ作家の登竜門、新人シナリオコンクールで二度最終選考に残る。新人賞である大伴昌司賞ではノミネート賞を受賞。 |
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平成06年 ▽ ▽ |
◆早稲田大学第二文学部に学士入学し、日本文学を専攻する。学術誌「論究」に志賀直哉、倉田百三の論文を発表する。 卒業論文は指導教授の薦めもあり「わたしの精神史」(審美社)というタイトルで単行本として出版される。 |
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平成10年頃 ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ |
◆本格的にノンフィクションを書き始め、著作を発刊する。発行まで、20社の出版社に断られ、ようやく出版。「巨人軍最強の捕手」(晶文社)として刊行。これがミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞。以後、サラリーマンとして勤務しながら著作を毎年2冊刊行する。 「二足の草鞋はきついですがサラリーマンの勤務成績はAでした。ただし素行は問題があった・・・」(本人談) 夏はスリッパに裸足で通勤し、半分以上は遅刻していた。昼休みに酒をひっかけて勤務。 「ネクタイは10年以上締めてなかった」(本人談) |
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現在 ▽ |
◆サラリーマンの傍ら精力的に執筆、取材、講演活動を続けていたが、平成20年12月末をもって、退職独立する。 |
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主な活動(執筆活動を除く) |
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テレビ・ラジオ |
◆「野球のミカタ」(司会・伊集院光氏)の「打撃投手のミカタ」に出演。 ◆TBSラジオ「dig」に出演 |
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講演 |
◆ 駒澤短期大学の講義「メディアと表現」のゲスト講師 (H15〜H17まで) |
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