射影平面の幾何学

まえがき

 射影幾何は、平面上に描かれている図形の性質で、その図形を別の平面に射影してもそのまま成立するような性質を調べる幾何学である。ガラス板の上に円とそれに内接する四角形を描き、対角線の交点と、向かい合った辺の各頂点での接線の交点をとると、これらの3点が一直線上にならぶことがわかる。

図

そこで、このガラス板を電灯の下でいろいろと傾けてみると、円が射影(=投影=投射)された影として、床の上には楕円や放物線または双曲線が描かれるだろう。そのとき、四角形の各辺や対角線の影は同じ関係を保って射影される。こうして、楕円、放物線や双曲線に内接する四角形の対角線の交点と、向かい合った辺の各頂点での接線の交点をとると、これらの3点が一直線上にならぶことがわかった。これが“図形の、射影によって変わらない性質”である。また、直線の交点を求めることや2点を結ぶ直線を引くことは、射影によっても変わらない手順なので、定規のみを用いて行なう作図は射影幾何の対象となる。
 幾何のおもしろさは“見ればわかる”ところにある。もちろん幾何においても、その推論は詳細な何段にも重なった論理として展開される。にもかかわらず、そこに述べられている主張は、学習する者がどのレベルにいようとも見通しよく理解できる。射影幾何が行なわれる射影平面は我々の住んでいる3次元空間の中に実現できない目に見えない平面だが、そこで述べられる性質は直観的に理解しやすいものであり、独特なグローバルな視点からの見通しのよさをもっている。
 射影平面上に描かれた図形の幾何的な性質を、4章、5章、6章において解説する。目的は、デザルグの定理、パップスの定理、パスカルの定理の三つの定理にあると言ってよいだろう。これらの定理を、ある点からの射影により図形を見ること、直線が作る図形をある方向に切断して見ること、といった素朴な方法を用いて解説するのだが、定理の主張のみならず、それが証明されていく途中の図形による直観的な推論に憤れる(シュミレートする)ことにより、幾何学のおもしろさが味わえると思う。また、デザルグの定理やパスカルの定理に見る双対性(点と直線の入れ替えによっても定理の形が変わらないこと)の解説も、本書の目的の一つである。
 目に見えない射影平面といっても、大体の想像はできるわけで、初めに述べた性質でいえぱ、双曲線や放物線のように無限に伸びた2次曲線に内接する四角形の一頂点が、無限の向こうに投射されてしまった場合を考えればよい。無限の向こうにも“行き先の点”のようなものが並んでいるのを想像してみれば、それが射影平面である。この方が、無限遠を特別扱いしないという意味では、自然な平面と思えるだろう。(表紙の絵をよく観察すること。)
 射影幾何はユークリッド幾何と同じように、いくつかの公理から出発して論証のみにより建設することができるのだが、本書ではその道を選ぱない。数学の体系の建築を鑑賞するより、ともかく、そこに展開されていることを目で見るように知りたいのが普通ではないだろうか。そのため、射影幾何を始める前に必要な射影平面の導入は、線形代数(の初歩)に従って行なわれる。射影平面の直観的な理解ができた読者は3章から読んでもよいと思う。また、3章の射影幾何の基本定理や4章の定理4.8 は深い結果を述べており、その証明もたいへん長いが、証明を追う論理のみをたどるのでなく、その過程において射影の考えに慣れることが大切である。わからないところにあまりこだわらずに、ひとまず最後まで読んでみるのもよいだろう。必ず図を描きながら読んでいただきたい。少し慣れてくると、やさしく感じさえすると思う。
 ここに述べられた内容は、著者が1983年に早稲田大学理工学部数学科2年生に行なった講義に基づいている。講義では証明の長い定理は主張と簡単な説得だけですましたが、ほぼこの本のとおりに話した。「大学の数学で習うのはなにをやっているのかわからない科目ばかりだ」という声を聞いたので、1年間で一応の目標にまで達し、完成度が高くまた現代数学にもつながっていくものとしての、デザルグ、パスカル、ポンスレの射影幾何を、ベクトル空間についての知識のみを前提として講義してみた。本にするにあたって、小人数での輪講や独習でも読み進めるように、叙述や話題の配列に工夫をした。読者が射影平面での幾何もユークリッド幾何と同じように楽しいことに気づかれるなら幸いである。(以下略)

1988年11月
              著者

 

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