●9月20日 オープニングについて

 以前、ピュアガの付録であのムービー(?)を見たときは貶しまくっていた私ですが…。

 すみません、間違っておりました。


 つーか、あれ、オープニングデモとかそういうんじゃないじゃん。
 Airという作品の一部じゃん。完全に。

どこまでも、どこまでも高みへ。
俺はその場所を目指していた。
その先に何が待つのか。
それを確かめるために、歩き続けている。
陽光が揺らいだ。
一羽の鳥がひるがえり、空を目指していた。
その先はもう、まぶしくて見えない。
今、目を閉じたなら、連れていってくれるだろうか。
この翼のない肉体を地上に残して。
俺は目を閉じてみた。
………。
……。
…。

 OP前のテキスト。入りのセピア色、歌詞と画のシンクロが醸し出す意味合い、動き(ああ、今、往人は自分と同じ魂が「そら」として飛んでいるのを感じてますよ)、DREAMの風景、人物達。そらを肩に載せた観鈴の画。最後の夕刻の堤防の画と言葉「さようなら」
 OP後のテキスト。

声が聞こえた気がした。
誰かが…呼んだのだろうか…。


 …何だ、この完璧さは!?


 美しい、なんてもんじゃない。
 これは――とてつもなく、美しい。

 しかし、あそこまで計算できるものなのか? 驚愕と賛辞。
 Key作品のBGMが劇伴として機能しているという事の意味を、もっとよく考えてみる必要があるかもしれない。
 アドベンチャーゲームというシステムをああいう風に利用してしまうシナリオを書く麻枝さんというのと併せて。
 …誰か、麻枝さんに別ジャンルのゲームを作らせて下さい。SLGやSTGというシステムをあの人がどう使うのか、凄く、見てみたい。

 なんにせよ。
 見れば見るほどに、AIRは美しく、愛しい。
 それ以外の何かを言う必要が無いくらいに。

 ああ、私も、美しいというただそれだけで充分だと思います。



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