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《雑記帳1月a b c d e

1月29日 色々と買い物

 エロゲーラッシュの28日、私はWhite〜セツナサのカケラ〜Treating 2Uばらえてぃたくちくすを購入。
 ばらたくだけのつもりが、各方面よりの精神的圧力で無理して購入。
 とりあえず、ばらたくは…駄目でした。
 リニューアルには入ってなかったMOON.のムービーが見られたのは嬉しかったけれど。
 …しかし、これとか夕焼けの体験版っていうのはある意味で酷い。どっち買おうか悩んだ挙げ句にばらたくを買った人間に、そっちを買っておけばよかったのにと購入者を後悔させてしまう。ある意味で嫌がらせだ。
 マウスパッドや画集といったオマケ含めても4,800円が適正価格。
 オマケ無しなら2,800円。
 ちなみに、私はMOON.のムービーを持ってなかった人だから、これでも甘い。
 せめて番外編なんかのBGMがリメイクされてるとかあればまだ違うけれど、そのまんまだし。
 なめんななめんななめんなー!!<同ネタ多数
 …たくさんあった中から選んだ作品が外れだと、気持ちがささくれますね。
 ちなみに、Whiteは予想を上回るくらいに予想通りでした(意味不明)。
 本命のTreating 2Uは未プレイながら、マキシシングルは回りっぱなし。
 評判は上々のようで安心。

○ONEドラマCD 3
 みさき先輩版が通販特典の赤い紙のケースと共になんかでかい箱で到着。
 原作付き作品を楽しむ上でいつも思い出すのは、士郎正宗がアップルシードアニメ化によせて書いた「原作との類似性なんか無くてもいいから、1本の作品として楽しめるもの満足のいくものを創って欲しい。」 という言葉である。
 しかし、本ドラマCDは一本の作品として楽しめるようには作られていない。
 原作を声で再現、補完する為のアイテムである。
 はっきりいって初めて聞いたときは面食らって失望したりもしたが、オリジナル部分の住井の描写の“らしさ”等にちょっと感心したりしているうちに、「ONE・DEATH」こと長森編のトラック14を聞いて、これはこれで凄く良いということに突然気が付いた。
 吃驚した。
 なんつーか、劇場で突然映像ドラッグとしてのEVA・DEATHに気付いたときのように身震いして耳をそばだてた。
 原作の個々のシーンが声と共に次々と頭に浮かんできた。
 サントラCDのCMではないが、あのシーンが蘇るCD。
 悪くない、と思った。
 素晴らしいファンアイテムだと思った。
 しかし、茜編では司が出てきたり、先輩編では「目が見えるようになる前に」なんて台詞が出てきたり2/25訂正。勘違いでした。これ、ゲームでもある台詞です と、二巻以降のドラマCDはいきなり小説版の再現を始めた。
 DEATHも、もうやってくれなかった。
 私が好きなのは大元のゲーム「ONE〜輝く季節へ〜」である。
 私が想定していた原作とは、ゲーム版「ONE〜輝く季節へ〜」である。
 しかし、ドラマCD「ONE〜輝く季節へ〜」の原作は小説版「ONE〜輝く季節へ〜」であった。
 ドラマCDのスタッフの中には私が見たゲーム版「ONE〜輝く季節へ〜」はひょっとしたら存在すらしていないかもしれない。
 ただでさえ、私の心の中の「ONE〜輝く季節へ〜」と小説版「ONE〜輝く季節へ〜」はかけ離れている。
 そして俺の心の中の「ONE〜輝く季節へ〜」とドラマCD版の「ONE〜輝く季節へ〜」のかけ離れ度(何だそれは)は少なくとも小説版の二倍以上と思われる。

 原作の声による再現というのが面白くても、長森編、茜編で提示された永遠についての情報の断片がみさき先輩編を楽しむ為の伏線になっているという、ちょい面白い構成であっても、原作(ゲーム版)の再現を期待した私にとって、それとかけ離れた原作(小説版)を再現されては困るんである。
 プレステ版の時にも方々で言っている通り、雪乃五月のみさき先輩は俺の心の中にあったみさき先輩とは違っているんだけど、あれはあれで大好きである。
 が、ドラマCDのシナリオの内容はみさき先輩版の小説と同じく、一見似ているが、私の中で一番大切な何かが欠如している。
 茜編の場合は細かいところから大きいところまであまりにも違いすぎるので(私の心の中の茜の幼なじみは茜や詩子以外の永遠なんて求めていない)、反ってどうでもよいのだが、みさき先輩編はどうも自分の中のONEとのかけ離れ方が中途半端で、しかも雪乃五月のみさき先輩は好きなもんだから、どうももやもやしてイカン。
 「LUNAR1」のメガCD版とサターン版の本質的な部分での一番大事な何かの違いが気になってどうしようもなかったときのようだ(LUNAR2のときも色々変わってたけど、2は一番大事な何かは変わってなかったと思う)。
 結局、ONEドラマCDは長森編のトラック14に尽きる。…尽きた(うぐぅ)。
 …部分部分では茜、先輩編でも結構(つーか、かなり)好きなところがあるのがやるせないね。茜編のだよもん星人のやりとりとか、やっぱりイメージとは違ったけどこれはこれで良いと思った山崎和佳奈の茜とか雪乃五月の先輩風吹かす先輩とか。

 あ、このドラマCDみさき先輩編ですが、私は非常にがっくり来ましたが、「小説版ONE〜輝く季節へ〜」のファンにならおススメなんじゃないかと思いますですよ。すいませんね、好きな方。バラタクといい、これといい、中途半端にイメージ持って期待してたんでイメージ以下だったことへのダメージがでかいんで否定的になってます…。
 …どうでもいいけど「目覚し時計食べる人です」、は「お風呂で眠る人です」のオマージュ…なんだろうなぁ。


1月30日 Treating 2U&White〜セツナサのカケラ〜途中経過

Treating 2U
 「とらハ」…特に2って萌え以外の要素も凄く良いと思うんです。
 アットホーム感というか、人と人の何気ない繋がりというか。
 恋人とのこう強い結びつきとは別の、友情とまでいうと大袈裟だけど、だけど袖擦り会うも多少の縁というには多少じゃない(用法変です)人と人との関係とか、感動とまではいかないけれど、ふっと心に残る何気ない風景の温かさ。
 急な用事で食事抜きで出かける薫に、急いでおにぎりを作って持たせる耕介。それを見てお礼を言う愛さん。
 ゆうひが唄を歌ってるのを聞いて、みんながふと手を止める。…途中で演歌になってずっこける。
 花見の最中、みなみちゃんの話した思い出の、都会に一本だけ咲いた桜のエピソードを聞き終えたとき、ふっと耕介にその情景が見える(CGは無し)。
 …とらハのこういうところも好きだという人は、入院した唄歌い、伊之助と周りの人達が織り成す物語の中にそんな風景がある「Treating 2U」、おススメです。
 でも、ル子は萌えぇええええええ!!<萌えじゃないんじゃなかったんかい!!
 最近、子供とか結婚ネタ弱いなぁ、自分。
 しかし、sugichさんがいう通りで、伊之助、本当にカッチョ良いです。これならきっと美緒(とらハ2の)も懐くってくらいにカッチョ良いです。
 現在、蛍子、郁乃の順でクリア。
 他のシナリオも楽しみ〜!!

White〜セツナサのカケラ〜
 えっと、幼馴染の和泉だけクリア。
 お弁当食ったときにふっと予想した、もっと酷いシナリオ展開にならなくてほっとしたようながっかりしたような。
 でも、他のシナリオでなら有り得るんだよな…むむ。
 ともあれ、幼馴染との幸せな日常は非常に良く出来ていると思います。
 ていうか、和泉は今までの誰よりも犬チックです。本編中で主人公がそう思ってるくらいに犬チックです。しかもよく懐いている小犬です。放っておくとクンクン泣き、構ってやると喜びます。苛めてやると泣きますが、泣き顔も可愛いです。
 いくら苛めても放っておくと寂しそうに擦り寄ってくる愛い奴です。
 …幼馴染属性に萌える人の気持ちが良く分かりました。
 なんとなく本質的に私の萌え方は幼馴染萌えとは違うような気もしますが、そうしておきます。
 犬チック幼馴染万歳。
 …でも、やっぱあかりはなんか怖いんだよなぁ。まぁ、どっちかっていうと浩之ちゃんが気に食わないって気もするんですが。

 さて、オフィシャルページの日記にテックジャイアンの取材があったときの事として、「某猪名川と、某バラタクを両手に持って嬉しそ〜にしている、わたし達の写真を撮って欲しかった」なんて事が公然と書いてある事や、公表された画面や体験版なんかから皆が気にしていたであろうオマージュ部分ですが、なんというか、感じられる印象通りで、気持ち良いくらいに直球で来てます。
 なんというか、学校の友達と貸し借りしてるゲームがONEです。
 しかも会話内容がどこそこでグっと来たという、ONEのネタばれ。
 他にも主人公、ONE経験者らしく「嫌です」「冗談だよ」を何気なく会話の中に挿入して幼馴染に謎がられます。
 …この主人公、我々と同じくされオタクです。
 感情移入度バッチシデスね!<嫌です
 他にも、ちょっとしたテキストで「ToHeart」を思わせるようなイベントに自らツッコミを入れたりなんだりと、微妙な笑いを提供してくれます。
 こういったパロディやオマージュに関しては色々と考えさせられもしましたが、ゲーム内外でここまで一貫した態度を取るというのは、妙に清々しい、そのままいって欲しいという結論に達しました(皮肉ではありません)。
 むしろ、パロディやオマージュよりも気になったのは主人公のゲーム画面への一人ツッコミでしょうか。表示CGの使い回しやテキストにツッコミを入れるという。
 素直に笑える個所もあるんですけど、何度も出てくるのでちとくどい気がします。ヒロインの不確定名ネタなんか、ツッコミが入るまでは笑っていられたんですが、主人公にツッコまれるとどうも?って感じになりましたし。
 彼はゲーム世界の住人なのに、第三者的にゲーム画面を見ていて、その上でゲーム世界の人間と普通に会話している?
 楽屋オチ的なお約束手法といえばそうなのかもしれませんが、どうも回数が多いせいか感情移入の位置が定まらなくて妙な感じを受けました。
 ひょっとしたら重大な伏線なのかもしれませんが、メインと思われる和泉シナリオをクリアした時点で無関係だったんで、やっぱりただの笑うとこなんでしょうね。
 チッ、深読みしすぎて笑い逃したぜ。
 …で、評価ですが、和泉シナリオしかやってない現時点で60点です。シナリオ展開は正直もうちょいって感じなんですが、前述の通り、幼なじみ萌えは良かったです。
 期待していた声がフルボイスでない上にあまり上手でないとか、CGモードが妙に重いとかいうシステム的なマイナスがなければ70点くらいはつけていたと思います。
 ちなみに、キャラクター的に一番お気になまどか先輩シナリオの出来によって思いっきり点数は変動予定。
 楽しみだぜ、挌闘王とのバウト〜!


1月31日 伝えたいこと、いっぱいあるの

例えば作品から「愛は素晴らしい」とかいうメッセージが伝わってきて感動する。この時、伝えられた「愛は素晴らしい」なんて事は実は感動という事象自体にはそんなに重要じゃないと思う。
 内容と関係なく、気付いたメッセージへの作者の感動、それを他者に伝えずにいられなかった狂おしい想い、伝える為に能力を総動員して一つの作品を作りあげる情熱。
 多分、重要なのは伝わってくるメッセージじゃなく、それが作者から受け手へと伝わる過程であり、伝わったという事実だと思う。
 伝わった何かではなく。

だから――、これは、凄く…作り手よりの発言なのかもしれないけれど――ある種の創作家にとって、伝えたいことなんかなんだっていいのだ。自分の言葉でなくたっていい。
 彼らにとって重要なのは言葉で伝えられないものを作品で伝えることじゃなく、伝えられる力を持った「作品」だから。
 そして、その時代、時期によって伝わりやすいメッセージというものは存在する。
 作り手よりの人間は、それを知っていて、いつもそれを探している。
 だから、EVAで庵野秀明が伝えようとした「現実に帰れ」とかいうメッセージを見て、上手く時代性にあったメッセージを見つけたねっていう見方をしてしまう。
 それはある見方だと凄く正しい。
 でも、そうじゃない。
 そうじゃないんである。
 庵野秀明は時代性に合ったメッセージを見つけたのではなく、「伝えなくちゃいけないもの」が己の内にあったのだ。
 凄くくだらないことで、実際、呆れられたり石を投げられたりするような主張だったけれど、それは外部に見つけたものじゃなかった。内部から沸き上がってきた。きっとそれには感動があったと思う。
 それを「伝えたい」という狂おしい想いがあったと思う。
 そこに、私は惹かれた。
 「伝えたい物を見つけた」という喜びと驚き、「伝えたい」という想い、伝えるという情熱。それは良い作品を作る。

 良い作品を作るのに一番大切なことは、作品という道具の意味(言葉に出来ない何かを伝える)を理解し、その為の作品にするという事だ。
 いくら奇麗でも、切れない刃物に意味が無いように。
 自分に作品で伝えたいものがなければ、作品で何かを伝えるという行為の意味は分からない。

彼が見つけた「現実に帰れ」ってメッセージは、実に時代性にマッチしていたのかもしれない。過激な総スカンを食らうくらいに。
 EVAは、庵野秀明はその時代性にマッチしたメッセージが心の中から湧き起こってしまったのが不幸だったと思う。
 彼はそれこそ、もっと単純な、「変わらぬ感動」を伝えたいと思えれば良かったのだ。
 まぁ、それはそれとして、彼には心から作品で伝えたいものがあった。
 だからEVAは、まず、絶対的に「伝える」というその想いにおいて超絶的に優れ、そしてそれを具現化する技術があった。
 伝えられた内容と関係なく存在する、「伝えたい」という狂おしさそのものの断片が野火ノビタさんがいった風景であり、僕らの心を掻き乱した正体の一つであったと思うのだ。
 EVAをきっかけに多くの人間が自分の口で語り始めた、創作を始めたというのは、彼が伝えたかったメッセージではなく、彼の作品に込められた「伝えたい」という想いと示した技術のもたらした結果だと思うのだ。
 たまたま、彼が狂おしいほどに伝えたかったメッセージが、ウケれば良いと探したものではなく、時代性にマッチしていた。
 そんなのは、きっとEVAのもたらした感動には重要じゃ無い。

重要なのは、伝えたっかことの内容でなく、「伝えたい」という狂おしいほどの想いの方だ。
 誰かに自分の想いを伝えたい。
 言葉じゃ伝えられないから、作品というカタチにして。
 上手く、しっかり、間違いが無いように、強く、強く、伝えたい。
 作品は、想いを伝える為の道具だ。
 最高の作品は、正確に想いを吐き出す。悪意であろうと、狂気であろうと。
 作品には、「吐き出す想い」とそれを「伝えたい」という二つの想いが込められている。
 「吐き出す想い」に納得できなくても、それを伝えようとした狂おしい想いが届くことはある。
 EVAは、その「伝えたい」という庵野秀明の激しい想いにより、優れた作品となり、彼の様々な想いを吐き出した。
 そして、吐き出した想いの中にも「伝えたい」という狂おしい情念もあった。

…でも、この結論は仕事で作品作ってる人間にはかなり苦しい。
 自分の言葉でなくても、他人の言葉でも、狂おしいほど伝えたい想いが出てこなくちゃいい作品が出来ないっていうのは、凄く、苦しい。
 だから、そのジャンルでしか伝えられないことという使命感や、或いは憎悪や愛という強い感情が創作に必要になってくるのかもしれない。

MOON.、ONEは、多分、狂おしいほどに「伝えたい」何かがあった作品なのでしょう。
 でも、Kanonでは久弥さんが何かを伝えようとして込めた想いっていうのは、その二作品ほどには強くない気がします。
 Kanonのテーマは、多分今までやってきた絆じゃなくて、その裏にあった何気ない日常の煌きの方がメインだろうし。
 それって今までの絆や永遠みたいに、狂おしい程に強い想いで訴えかけるべき事じゃない。
 モチベーションが下がっていたから技術も発揮できなかったとかいう話にはしたくないんですけど。

なんというか、Kanonの時の久弥さんは、本当はとらハ2みたいな雰囲気のゲームを作りたかったんじゃないかという気もします。
 澪とか名雪とかあゆとか、久弥シナリオのラストって、それまでの無くしてた日常が戻ってきたことを抱きしめる感じで、シナリオ内での成長や関係以上にはならないんだけど、麻枝シナリオのラストって、どれもそれまでの日常から主人公とヒロインがステップアップしていくのを示してるっていうの、結構重要な違いなんじゃないでしょうかとか。

平坦な道という日常でヒロインと出会うという世界の再発見が久弥シナリオで、坂道という日常をヒロインと二人で登って新しい世界へ行くのが麻枝シナリオというか。


 

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