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《雑記帳4月》
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4月15日 どこを巡回してるかバレバレのメモ

 ここことの起こり成り立ち記述を読んで泣く。
 ここと、件の二巻の後書きを読んだら、別の意味でさらに泣けた。
 煮詰まったアニメ監督がニュータイプだの人類補完計画だのの「分かり合える事」を夢見る理由って、やっぱこういう事の蓄積なんだろうなぁ、とか。

おお、これは凄い…。

更新されたコラムを読みながら、やっぱりこういう方にこそONEはやって欲しいと思う。
 サウンドノベルシリーズとダブルキャストやYU-NO、ONE、街なんかを同列に語る事の意味を理解できる人間がどれだけいるのだろうかとか考えると、特に。
 ONEという作品については、ストーリーの良し悪しとか、泣ける笑える萌えれられる音楽良いとかだけでなくて、ゲームとして、そのゲームシステムの使い方の凄さなんかを論じているゲームレビューももっと読みたいところ。
 シナリオが深く掘り下げられたレビューや考察が次々と出てくるのは嬉しいのだけれど、その一方で、深いレベルでゲームとしてのONEを論じた物があまりにも少ないのが気になる。ONEはこのまま行くと、人の記憶やゲーム史に「シナリオが凄かった」としてしか残らないんじゃないかとか思うと、ちょっと物寂しい。
 シナリオが良すぎるというのは、作品によってはある意味凄く不幸な事なのかもしれない。
 …とか思っていたら、こちらの日記であまりにも素晴らしいONEのゲームレビューがなされていた。嬉し泣きである。

用語辞典といえばこのとらハのも秀逸ですよね。


4月16日 ナンシー関は玉置浩二を「歌バカ」と評してこう言った

 歌で何かを伝えようとするのも「アリ」かとは思うが、歌うことが「手段」ではなく、「目的」であるということは、なんと迷いのない清々しいことであろうか。

 実に同感であるが、そのために「伝える」という目的を手段に使用する場合というのは、あまり清々しくはないような気がする。
 伝えようとする執念とテクニックで作り上げた、伝える為の道具が歌や小説等の「作品」である。
 とすると、作品そのものを目的にする場合、「伝える内容」「伝えようとすること」は目的ではなく、手段となってしまう。
 その場合の選ばれる手段は、何であっても構わないはずだし、売れる為なら時代の流行に合わせた(時代に反抗することも含む)主義主張を選ぶだろう。恋愛の素晴らしさでも、社会への不満でも、自然保護でも人間讃歌でもそこではただの手段だ(ああ、商業主義だけでなく作品主義に塗れてもロックンロールはロックで無くなってしまうのであろうか)。
 作品を目的にするなら、伝えたいこと、伝えてしまうことの是非を問う必要はないのだ。
 皆が見るのを嫌がるような、自分の恨みつらみという暗黒面やなんかでもいいわけだ。
#そういうことをやっていると、後で受け手を知らず知らずにヤバイ方向に洗脳してしまっていた、という恐ろしい事態が引き起こされていたりするわけだが、そうなった時に所詮はお話なんだからと気付かせる為にグレードを下げた作品やメッセージ性を排除した完全な娯楽作品を作ろうとしたりする常識人、洗脳される方が馬鹿なんだよ、と意に介さなかったり、よりヤバイメッセージ性を持つ作品を作ろうとする極悪人が目立つ作家達の中で、洗脳を解かねば! 正常な方向に洗脳し直さなければ! という使命感を持って、より強力な洗脳作品を作ろうとしてどんどんドツボにハマっていく富野監督こそ、ホンマもんのアニメバカであろう(注:褒めています)
 こういうのは、あまり清々しくはないと思うのだけど…。
 …いや、ある意味でそれはそれでやっぱり清々しいのか。
 一本筋が通っていれば、それが極悪人であろうと清々しいものね。

 …けだし名言であるな。冒頭のナンシー関の言葉は。


4月25日 もっとも、美醜の判断基準とは実に人それぞれなのですが 

 作品とは物語や主義主張、感情その他を伝える為の道具である。
 それらが伝わることとは、送り手、受け手双方にとっての快楽になる。
 だから、それらが伝わってきて快楽を得られる事こそが作品の優劣を決めると一般的には思われている。
 だけど、実は快楽をもたらすのは、それらが伝わってくる場合だけではない。
 伝えようとした想いやテクニックが上手く結晶した作品は、それらが伝わってこようが伝わらなかろうが、それは綺麗に解かれた数式のような、綺麗に線の引かれた設計図のような構造的な、或いはただそこにある風景のように理由の無い――美しさを示す。
 物事を理解する快感と理解できない不快感、理解したい、したくないという感情でもって作品を判断していると、その作品の美しさを見逃してしまう。
 たとえその作品が伝えようとしていることが理解できなくても、伝えられなくても、伝えられた物が気持ち悪さや絶望であったとしても、それでも美しい作品は存在する。
 美しさというのは、ただそれだけで人に気持ち良さを、快楽をもたらすし、価値がある事だと思う。

 ONEもクロノアもエヴァも、私に色んな事を伝えてくれて、それによる快楽も得られたけれど、そんな事とは無関係に、ただただ私にとっては危ういほどに美しい作品であり、それだけでかけがえの無い価値のある作品たちでした。
 私の美醜の判断基準では、ね。


4月26日 同じ空の下で

 今木さんC.FさんWhiteさんの日記、あと、ここなんかを読みながら、言葉とはなんて不確かで曖昧で面白い物であろうか、人間という存在はなんと愛しい物か、人間に生まれてきて良かったなぁ、とかしみじみ思う。
 「クリップ系」と呼ばれる方法に対するムービー職人の方々の意見やそれを受けての作品を見比べた時も、分裂したU系の選手の言葉や生き方を比べた時も、新生Tacticsの「鈴うた」とKEYの「Kanon」を比べた時もそう思ったけれど、こういう、色んな人が自分のスタイルを打ち出し、それぞれが他人との触れ合いのなかで変質(同じ方向でスタイルが洗練されていくのも変質である)していく様を見るのは、私にとって堪らなく面白く、幸せなことであるのです。
 その風景の中に、自分がいるというのもまた、堪らなく面白いのですが。

ところで、今木さんがここの下の方で「ふざけるな」と思った誰かの発言とは、私の発言だったりする。
 確かこの時は「加奈〜いもうと〜」プレイ中であり、感情移入してアンチ伊藤勇太(白さ萌え)思想に染まっていたような気がする。ちなみに、「白さ萌え」とは、こちら加奈レビューで定義されていた萌えの形態。
 私的には、これは更に

 「守ってやりたい派」(純粋こそ美)
 「俺色に染めてやりたい派」(元が白いから何色にだって!)
 「苛めて苛めて、でも白くいてくれなきゃ嫌派」(白さ幻想)


という風な感じに分けられる気がする。
 で、伊藤勇太が初め二つの派閥的で私が最後の派閥であったのでそういう他人に色を押し付け(られ)るのを嫌う性分であったので、ああいう風な発言をしていたのであろう。

そういえば、最近話題であるらしい少女漫画「ライジング!」(藤田和子・氷室冴子)にはこんな台詞がある。

「人は誰でも自分の中にきれいな優しいものだけ見ていたいわね、悲しいことや醜い物は見たくない
 でも人間を演じる限りはね、弱さや汚さもちゃんと見つめて、受け入れなきゃいけないのよ
 それから逃げていたら、いつまでたっても――
 おとぎ話の中の人物しか演じられないわ」

 筑波さくら「目隠しの国」には以下のようなシーンがあった。

「あろうはその子を傷つけたこと、後悔してるのね」
「…うん」
「あろう、その子に謝ろうね」
「うん」
「謝れば大丈夫よ…」
「でも許してくれなかったら?」
「その時はその時!
 あろう!
 他人を傷付けるのはいけないことだから、とても気をつけなきゃいけないわね
 だけどどんなに注意しても傷つけてしまう時があるかもしれないわ
 でも心配しないで
 傷ついても、それを癒す力が人間にはあるから
 触れることをこわがっちゃダメよ。あなたは自分の為に生きなさい」

『ああ でも 母さん
 それでもやっぱり傷付けたくない人ができたんだ

 そして俺は困惑している
 傷つけたくないといいながら
 自分が傷つくことを恐れる自分に』

 「Kanon」がおとぎ話と作られたこととか、白さ萌えなんかについては、こういうのを踏まえて考えると面白いかもしれない。
 多分、「それでもやっぱり傷付けたくない人ができたんだ」っていう、これがキモなんだろうけれど。


4月27日 リスペクト! その3

 多分、手塚治虫は「ライオン・キング」を見たら怒るどころか大喜びしたのではなかろうか。
 誰かがそんな話をしていて、ああ、多分そうだろうな、とテレビで「ライオン・キング」を見ながら思ったことがある。

 簡単なことなのだ。

 「マトリックス」のウォシャウスキー兄弟はどうして嬉々として「攻殻」を語れたのか。
 ルーカスは堂々と黒沢を褒め称えることができるのか。
 なんで自分が二次創作をやるのが辛いと思ったのか。
 見るのが辛いと思ったのか。
 そんな当たり前で簡単なことがどうして分からなかったのかとか、それを再確認することがどうして心に響くんだろうかとか思いながら、こちら『誰かの物語なんか借りたくなかった。』というその言葉を読んで、ああ、ああ、ああとか声を出して肯いたり、凄く軽くなった気持ちでモノ書きをしたり(創作もレビューも二次創作も、勿論、メールやBBSへの返事も――書きたいものはたくさんあります)、「コミックマスターJ」を読み返して、改めて感心していたりする今日このごろ。
#……「J」は凄い漫画だよなぁ。
#ある意味、『ビギナーズマインド』という物を描ききった「ミッシング・ゲイト」と同じかそれ以上に凄い。

 初心、忘るべからずとは本当に良く言ったもので。




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