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《雑記帳6月》
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6月1日 超最狂萌えゲーファン列伝

 西暦2000年4月初旬。引越しの季節。

引越し業者「じゃ、これで荷物全部ですから。ここにハンコ下さい」

永遠「はい(ポン)」

業者「じゃ、またお引越しがありましたら宜しく」

永遠「はい」

 業者、部屋を出ていき、扉が閉められる。

永遠「………」
永遠「……」
永遠「…うっしゃあ!!」

永遠「きた! ついにきた!! オレはキたぜ東京めっ!!! 大東京め!!!!」
永遠「これでいける! 行ってやる!! 聖地アキハバラにッ!!」
永遠「サンクリに!!」
永遠「スーパーコミックシティに!」
永遠「EKに! ブランニューリーフに!! なゆケットに!!!
永遠「そしてそして、有明ビッグサイトにィィィィッ!!
永遠「いっていっていきまくる!! 東京大会場の生の萌えゲーイベントに参加しまくって、大手サークルの同人誌買いまくってやるう!!!!
永遠「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


永遠あるを(19歳)


 本人も叫んでいるとおり、東京近辺での、大手サークルやプロが参加する生の同人誌即売会に参加する為に、同人誌即売会のためだけに上京してきた男である。
 東京の大学ならなんでもよかった。
 学部も学科も無関係。
 東京のすべての大学を受験し、どうにかひっかかった大学へ入学。
 今日、九州の佐賀県から東京へ単身引っ越してきたのである。

田舎のオタクは悲しいのだ!!!

 同人誌即売会、つまりはオタクのオタクによるオタクの為の祭が開催されるのは年に2、3回。しかし参加メンバーは哀しいかな地方レベル、たまに大手サークルの委託があっても、プレミア本や、メーカーの限定グッズ等は無い。ついでに言うと、ゲーマーズもなければ虎の穴もアキバオーもない。
 そこで同人誌購入は通販中心になるのだが、昔からイベント売りしかしない人気サークルは数知れず、田舎では入手不可能。

(回想シーン)
永兄「あるを、なんばすっとか! やめんか!!」
永遠「根性たい!!」
永弟「アニキっ、やめろ! パソコンの壊れるっやろが!!」
永遠「こんボロPCに根性ばつけさせてコルクボードの新刊ば通販出来るようすっとしゃッ!!」

 そこでたよりは一部のオタク系雑誌とインターネットなのだが――

(回想シーン)
永遠「なにッ!! Key、デジキャラフェスティバルに参加、限定グッズ販売だと!?」

 その紙面で嫌でも目にする都会の華々しいオタク向けイベントの数々。

(回想シーン)
永遠「ごえっ!! オリジナルシナリオライター久弥直樹がONEやKanonの小説を同人イベントで販売! おお、なんじゃこのヤフーオークションでの値段は! そぎゃんすごか内容とか!?」


 ずおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ(妄想の大歓声)

永遠「ツックショ――っ!!」
永遠「レア同人誌欲しい!!
 東京へ行くしかない! いくぞッ!!!


 誰がこの男の上京を止められようか。
 何がこの男の気持ちをおさえられようか。
 そしてこの男は大学生となってきょう東京にやってきた。
 東京へ行けばなにかあるんじゃないかなー、となんとなく上京するあやふやな若者が多い中――

 この男は違う。


(サー)<ポスターを広げる音
(ピッ)(ピッ)…<セロハンテープを切り、ポスターを壁に張る音。

 バァーン!!
 壁には田舎のPCショップで予約特典としてもらった「川澄舞」ポスター。それを前にして永遠は叫ぶ!!!


永遠「麻枝…」
永遠「麻枝ッ、オレは必ずコミケ会場企業ブースで貴方の姿を生で見、ファンの証のハチマキをつけ、<やめれ コルクボードに並んで久弥さんの新刊をゲットし、麻枝コールを叫ばせて貰います!!」

永遠「まーァ え――ッ だッ!」
永遠「まーァ え――ッ だッ!」
永遠「まーァ え――ッ だッ!」

永遠「うおおおお!! きたきた萌えてきた!!! 血が熱くて抑えきれんヨーシッ こんな時はKanon再プレイだ!! 舞シナリオをやりなおすぜ!!!」
永遠「うおおおおお!! 舞ぃぃ!!」
永遠「佐祐理さぁんんん!!!!」
永遠「ぬおおおおおおおおおぉぉ!! まだまだぁ!!」
永遠「…まいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
永遠「………(「残光」をBGMに号泣)

 一方そのころ、永遠の下の部屋からは一人の男が部屋を飛び出していた。

一階の住人「くっそう〜〜うるせえなぁ、さっき越してきた奴だな、文句言ってやる!」

永遠「世界〜中〜にはど〜んな想〜いも〜!!(ED熱唱中)

一階の住人「…こ、これは、号泣しながら歌っていやがる! しかも部屋の中には眼球が顔の半分を占めるアニメ美少女のポスター…ここ、これは、ヲタクだ!!
一階の住人「関わり合うと、あぶない!! あぶないあぶないあぶな〜い!!(と、ダッシュで逃亡)」


60分一本勝負
Kanon萌えプレイ耐久デスマッチ
○永遠あるを {キーロック(ベタやね)} 一階の住人●


先輩「…雪ちゃん、これなに? 自虐ネタ?」
雪駄「最狂超プロレスファン列伝を引用した次いでに、一度やってみたかったパロディも勢いでやってみたんですが(連載第一回の前半ですね)あんまり面白くなかったですね。先輩の考えた方が面白かったですね」
先輩「…色んな意味で辛いね、コレ」


6月2日 やっぱ最近疲れてるなぁ…

 5/29日付けの雑記に対して、こんな感じのメッセージが届きました。

>雪駄さんはキャラ的にミッキー(少女革命ウテナの幹薫)ですね。
>「どうして誰も僕の輝くものになってくれないんだ…」と言って下さい!
>「美しい思い出を永遠のものにしたいと願ってる…そんな輝きに満ちた目だ」
>とつい緑川な声で言ってしまいました。

 …いやはや凹んだ凹んだ。ヘコミマシタ。
 伝えたい事が伝わらないのはいいです。でも、伝えたい事とまったく正反対の事を受け取られてしまうのは…、本当に落ち込みますね。
 自分の文章力の無さとか、色んな無力さを痛感してしまいます。
 つーか、余裕無い時は無理してナンダカンダ書かない方がいいなぁ…
 まぁ、間違いは正せばいいし、伝わらないなら、伝わるまで話せばいいので、もう一度、同じ事を別の言葉で言ってみます。

 私は大好きな人や作品と過ごした永遠にしたい時間が、決して永遠にはならないことを知っています。
 けれど、だからこそその時間を大切にしようとか、その時間をできるだけ永遠に近づけようとか、そのまま切り取って保存しようとか、そういう事は思いません。

 私が考えるのは、その時間をどう続けるかではなく、どう終わらせるかということです。

 その終わりまでを精一杯楽しみ、終わった後に「美しい思い出」として記憶の中に保存し、時折思い出して浸るのもいいでしょう。
 終わりに抵抗し、必死にしがみ付いていく生き方もいいでしょう。
 そういう気持ちは分かります。
 けれど、私はそれらを選ばない。
 私が選ぶのは、その時間を、その時間の中にあった「何か」を自分の中で練り上げ、別の何かの種子とし、別の場所に飛ばすことで終わらせるという方法。
 大好きな相手や時間を見つけたなら、それをその消えゆく輝きそのものと関係するのではなく、寧ろそれを放棄し、その輝きの裏にあった、それを生み出していた何かを抽出し、取り込み(取り込んじまうってことは、一対一の関係の放棄でもある)、自分の好きだったそれとは違う、けれどそれに繋がる別の光として放出することで、その時間に意味を付加してあげたいのです。

 大好きな時間を、光を、何もしないより早く消してしまう事となってしまっても、自分の手で消してしまうに等しい行為であったとしても、そこに、その時間が何かを生み出したという意味を付加したいと思い、切り裂いて、自分なりに取り込んで、それが元の形を留めなくなっても、その時間の延長線の匂いがある種子を吐き出す。
 その種子が誰かの元で芽吹いてまた光るのなら、その光の中に自分がいなくても、光がそうやって続いていくなら、大好きだった時間が無為に終わったのではなく、次の誰かに同じような何かを、私が感じた、終わらせたくなかった、無くしたくなかった大切な「大好き」を、そうやって形を変えても連綿と伝えていけるのなら、それは私にとっては、自分の愛し、生きた時間の終焉であっても、価値ある終わりであり、ある意味では、その時間を共に楽しく過ごす事よりも幸せだと、胸を張れると思うのです。

先輩「雪ちゃん雪ちゃん、それってさ、ぶっちゃけた話をすると、本気で好きなコとは、恋愛してドキドキとかそういう青春するよりも、とっとと子供作って、家庭を作りたいとかそういうこと?」
雪駄「…身も蓋もない言い方しないでください」
先輩「雪ちゃん、そんなだから女心分かってないとか言われるんだよ…」
雪駄「や、でも血を遺す事には執着してないですから、現実の恋愛に関しては、そういうトキメキとかドキドキとかも楽しみますよぅ…」


6月3日 愛に時間を

 …なんか書けば書くほどドツボにハマっていってるんじゃないかって気もするし(矛盾とか出てるし)、正直、書くのが辛くもあるのだけれど、ここまで書いたら全部吐き出さなきゃ気持ち悪いので、もうちょっとだけ自分の事。

 家族の団欒、学校生活の中にあった友人達との馬鹿みたいに楽しい日常、大会に向けて練習し、戦い、精一杯声を枯らして仲間を応援した部活動、終わらせたくなかった祭、いつまでもその熱気の中にいたかったライブイベント、好きな女の子と愛を交わした日。

 私が永遠にしたかったのは、そういう「時間」でした。
 でも、多くの人と同じように、私も生きていく中でそういう時間が決して永遠ではない事を知ります。
 家族の死、学校の卒業、祭やイベントの必ず来る終わり、部活は地区大会の次の県大会での敗北がゴールで(勝ち続けられる人も世界一になったときは終わりで)、そして人の気持ちは移ろいゆき、通じ合った心はいつまでも通じ合ったままではいないと気付かされ…

 永遠なんて、なかったんだ。

 その事実を知りました。

 あとはそれの繰り返し。永遠にしたい幸せな時間の中にいる自分を自覚し、それを永遠にしようとしがみ付き、或いは終わった時間を取り戻そうと足掻き、どうせ終わるなら精一杯楽しんで「想い出」という形にして写真と一緒に保存しようとしたり、作品や記事の中に閉じ込めようとしたり…、結局、今という時間が決して永遠でない事を何度も何度も気付かされるという事を繰り返しました。

 そのうち、「今」がだんだんと過去になっていく痛みは、どうせ永遠にならないなら、そんな時間はいらない、と、そういう時間が出来そうになるとそこから逃げ出す性癖を私に植え付けました。
#それこそ、「愛など要らぬ」と叫んだ某拳法家のようですな(汗
 人ではなく、損得や能力と付き合う事を必要以上に駆使し、深入りしないように、楽しまないように、あの永遠にしたい時間が生まれないように、生まれても直ぐに終わらせるようにして、楽に日々を生きるようになりました。

 えいえんはあるよ。

 そんな時。
 「ONE〜輝く季節へ〜」という作品に、いきなりその言葉を聞かされました。
 永遠はあるよ。ここにあるよ。
 それは衝撃であり、笑止であり、心を震わせました。
 永遠があるというなら見せて見ろ、とゲームを進めました。
 …結局、そこに永遠はなく、あったのは永遠にしたかった時間とその終わりでした。

 こんな永遠なんていらなかった。

 大人になるっていうのは、そういうことなんだ。

 大笑いでした。
 泣きながら、笑いました。
 たかがエロゲーに、くだらない子供じみた何かを期待していた自分に気付いて、笑いました。
 でも、涙が出てくるのは何故なんでしょう。

 …その後もゲームは続き、私は「永遠にしたかった時間」から帰ってくる主人公とその恋人の再会を目撃しました。
 それは、非常に不思議な事のように思えました。

 再会。

 あの永遠にしたかった日々を捨てたのに、何故、彼らは再会して、またあの日々の続きを生きているのでしょう?

 永遠はあるよ。

 その時、私は初めに言われた言葉の答えを見つけたような気がしました。
(続く)



6月4日 永遠の続き

(続き)

 その答えは正解ではなく、さらに考えれば考えるほどに新たな答えが生まれてきました。
 色々な人の意見を聞き、C.Fさんの掲示板に押しかけ、たきをんさんの作品に出てくる優しい嘘について考え、ぐっちーさんの言葉を目にし、様々な答えを知りました。

 今でも「正解」は分かりません。
 けれど、答えは知っています。
 それは、その始まりは、あの永遠にしたかった時間を、自分の経験を愛する、ということ。

 仕事でも勉強でもサークル活動でも恋愛でも、こんなWWW上の活動でもなんでも、本気でやったなら、本気で楽しんだなら、その結果がどうであれ、それを行っていた過程、時間の中には一瞬なりとも、永遠にしても惜しくない瞬間や永遠にしたい記憶というものを誰しも得ていると思います。
 結局、それは瞬間であり、掴めはしない。
 けれど、自分の中には「経験」として残っている。

 勿論、「経験」の中には抹消したい哀しみや痛みがあったりするし、幸せな経験であっても、幸せであるが故にその存在が現在とのギャップとなって、苦しみを与えるかもしれない。
 だから私は、それを忘れて、永遠なんていらないと叫んで、次々と未来を、新しい幸せを探して、前だけを向いて歩こう、過去は捨て去ればいいなんていう答えを見出した事もありました。

 でも、けれども、それは違うんじゃないかとぐっちーさんが言いました。
 ある時、忘れていた過去に連なる人から励ましの言葉を貰いました。
 UWFのテーマで田村潔司が入場してきました。
 ドラマCDのラストで、今の長森の「永遠はあるよ」という言葉を聞きました。
 そして、Keyスタッフの新作が「Air」というタイトルだという事を知りました。

 あの長い長い夏(エヴァンゲリオン)にまつわるetcを経験した人の何人かは気付いたと思いますが、「ONE〜輝く季節へ〜」という作品のシナリオ構成は、「エヴァンゲリオン」のTV版のラストの学園エヴァを含む補完シーンやその再話である「DEATH」と酷似しています(正確に言うと、描写されたそれらではなく、それらから読み取れるエヴァという作品の全体像や、二次創作作家が作り出した補完作品群に酷似している)。
 続く「Kanon」。それは「EVANGELION:DEATH」を象徴する回想(?)シーンの音楽であると同時に、「REBIRTH」までの間奏です。
 「Kanon」という作品は「ONE〜輝く季節へ〜」を想起させるために作られた、“思い出に還る”物語です。
 「Air」
 それは、エヴァンゲリオンにおいては「REBIRTH」であり、その後に来るもののタイトルです。

 考えすぎかもしれません。
 ただの洒落っ気かもしれません。
 でも、私は、ああ、KEYはあの夏を愛していたんだな、愛しているんだな、というのをこれらから確信しました。
 あの終わってしまった夏を、終わってしまったその時、そこで得た経験を捨てるのではなく、噛み砕いて消化吸収し、その上で自分にプライドを持って、自分の作品を作り上げた。
 それはあの夏の再現ではない、自分のオリジナルです。
 けれども、あの夏が自分というオリジナルの土台になっている事を彼らは忘れないし、否定もしない。
 それは田村が、彼の今のスタイルが柔術やサンボの動きを取り入れた既に新しいスタイルであるのに、それでもUWFを守ると言い、UWFのテーマで入場してきた時に感じたのと同じ種類の感動でした。
 UWFを知らない世代が田村のUを掲げるジムに入門し、その技術や想いを受け継ぎ、当初のUWFとはまるで違ったスタイルのファイターとなり、Uを名乗らなかったとしても、彼は田村を、Uを受け継いでいるのだろうな――と。
 もしも、KEYの作品を経験した誰かが、その経験を元に新しい作品を作り出すのなら、それはKEYを受け継いだ物であり、その前のあの夏を、更にその前のSF小説とか少女漫画とかガンダムとかヤマトとか、更にその前の何世代もの作品や技術、それを作り出した人間達の血と想いを受け継いだ物であるのだろうと。
 そして、今の自分の血や考えもまた、そういった先人達を受け継いでいる物であるのだと。
 ――それが私が見つけた、永遠にしたかった時間の続き。
 自分の経験を愛し、その時間が終わった後も自分の中に土台として存在し続けさせる事ができるのなら。
 それを、他の誰かに伝える事ができるのなら。
 いつか自分の愛したそれが、それとは全く違う形になってしまったとしても。誰もそれを知らなくても。
 何かが生まれるきっかけになれるのなら、それは、ある意味で永遠なんじゃないかと思うのです。
 だから、私は永遠にしたいと願った自分の経験の中からグライダーを飛ばして、誰かに届けたい。自分が受け取ったように。
 自分に託された時間の責任を取る為にも。
 血でも、知識でも、想いの書き散らしでも、どんな形でもいい。
 次の誰かに届けてから死にたい。

 「ONE〜輝く季節へ〜」エピローグ。
 彼は、終わりの来る今から逃げる事をやめ、永遠の終わりを受け止めた。
 けれど、彼と彼女は永遠の終わりで再会し、その時間の続きを生きる事が出来た。
 それは二人が終わってしまった自分達の経験をそれでも愛し、過去を忘れなかったからで。
 永遠にしたい時間を思い出に閉じ込めるんじゃなくて、それを取り戻す事でもなくて、新しい始まりを、それの続編として求めたからで。
 終わりを認める事は、永遠を求める事の否定ではないのだと、今は思う。
 終わりを意識するからこそ見えてくる永遠の形。
 それを知る事が、大人になるってことなんじゃないか、永遠を手に入れることなんじゃないか、と。



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