雑記 、或いは喪われた雪駄の物語。

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11/8 : 引用ですよ

 分かっている。
 自分が苛ついている理由は、あの時とほぼ同じだ。
 美汐が他人に優しいのは別に今に始まったことではない。
 だからそんな事でいちいち腹を立ててはいけない――それは真琴自身、分かっていることではあったのだ。
 だが。今回の事はいつもと違う。違うと思う。
 大まかな事情は美汐だけでなく祐一や、そのクラスメイトの七瀬からも聞いた。折原浩平の中に天野美汐はいない。彼は美汐の中に『みずか』という幻影を重ねて見ているだけだ。
 それが――真琴にはなんとなく腹立たしい。

「あのさぁ」
 真琴はぼんやりと川を眺めながら言った。
「浩平って美汐――もとい、あの『みずか』の何処が好きなの?」
 いきなりそう訊かれて、驚いたように瞬きを繰り返す浩平。
 だが彼はすぐににっこりと微笑んで言った。
「優しいから」
 その無垢な微笑を横目で見つつ、内心で顔をしかめる真琴。
(う……可愛いじゃない。てーか私より年上でしかも男だけど)
「ぼくは――みずかがいないと駄目なんだ」
 浩平は夢見るような口調で言う。
「みずかが居ないとぼくは――ぼくは生きている意味もない。みずかが居てくれるからぼくは生きていける。ぼくは、あの人と出会うために生まれてきたんだ……」
「そ……そこまで言う?」
 若干たじろいだ表情を浮かべて真琴が言う。
「『みずか』だけが『ぼく』を構ってくれる。みずかがいなかったら、ぼくはひとりぼっち。ぼくは要らない子だから、みずかだけがぼくを拾ってくれる。ぼくは――」
 浩平はひたすらそう繰り返す。ひたすら淡々とした口調で――
(――そうか)
 真琴はふと思い至った。
 それは呪文だ。彼が彼自身にかけた呪文。みずかの存在なくしては、自分は一歩でさえ未来に進めない――彼はそう自分に言い聞かせてしまっているのだ。
 どうしてそんな風に彼が考えるようになったのか……詳しいことは分からない。知らない。だが、自分という人間の存在を、肯定できなかった末に、その意味を他人に求めようという考え方は、真琴にも覚えがあった。
 他ならぬ真琴自身が、そういう考え方をしていた時期が在ったからだ。
「他の人じゃ駄目なの?」
 そう尋ねると浩平はきょとんとした表情で瞬きした。
「他の人?」
「他の、優しい人が――浩平を構ってくれる人が現れても、浩平はみずかが居ないと駄目なの?」
「……そんな人、いないよ」
 浩平は当然――といった口調でそう言う。
「みずかだけがぼくを構ってくれる」
「どうしてよ。他の人だって貴女を好きになってくれるかもしれないじゃない」
「でもみずかだけなんだもの」
 浩平の口調は変わらない。まるでごくごく当たり前の常識を告げているかのように、迷いのない口調だった。
「――あのさ。もしも――もしもよ?」
 一瞬、真琴は躊躇する。
 自分はひょっとしたらこの浩平という少年の息の根を止めるような一言をこれから言おうとしているのかもしれない。
 だが――
「じゃあ『みずか』が死んじゃったりしたら、浩平はどうするの?」
「………」
 浩平が不思議そうな顔で黙り込む。
 何を言っているのか分からない――そんな表情だ。
「みずかが居なくなったら、浩平が生まれてきた意味は無くなるの? その瞬間に浩平の人生って、全然無意味になるの?」
「…………そんなこと、ない」
 浩平は――どこかぼんやりした口調でそう言う。
「だって。『みずか』が死ぬ筈ないもの」
「どうして?」
「『みずか』は死なないから」
「だから、どうして死なないの? みずかも人間でしょう? だったら死ぬことだってある筈じゃない。事故とか。病気とか」
「でも『みずか』は死なないんだもの」
 うわごとを呟くかのように――眼の焦点を曖昧にしたまま浩平が言う。
 恐らく、彼女の死というものを受け入れない事で、彼は自分が存在している意味が喪失してしまう事を避けているのだろう。彼はみずかが居てこその折原浩平であると自分で決めてしまったのだ。
 だからみずかは死んではならない。
「――結局さ」
 真琴は溜め息をついて言った。
「浩平さんはみずかが好きなんじゃないんだよね」
「――え?」
 浩平が困惑の表情を浮かべる。
(みずかって人は――結局、記号なのよね)
 そんな事を真琴は思う。
 自分に優しくしてくれる人。自分を構ってくれる人。結局――彼女はそういう条件にみずかという名前を当てはめているだけに過ぎない。みずか個人を見ているのではなく、ただ自分の記憶の中で、一番自分に優しかった人、自分が辛い時に一番慰めてくれた人を、一種の象徴として用いているだけなのだ。
 だから誰でも良い。自分を構ってくれる人。自分の存在に意味を与えてくれる人。自分を見捨てないで居てくれる人。そういった誰かであれば、彼にとっては『みずか』たりうるのだ。
「楽がしたいだけでしょう?」
「え? ええ?」
 意味が分からず浩平は表情を不安げに歪ませる。
「楽よね、何も考えずに『自分はみずかのために生きている』とか思うの。すごく分かり易いじゃない。色々選ばないといけない時だって、悩む必要ないし。誰かに身も心も捧げちゃうのって、実はとっても楽」
 真琴は苦笑した。
「逆に言ったらさ。捧げさせてくれる人なら――自分を拒絶しない人なら、誰でもいいんだよね、そういう場合。でもそれって、誰かを好きになってるのとは違うんじゃない? 相手の人は、自分が楽をするための道具でしかないもの」
「え? でも――でも」
「それってさあ。結局、自分一人で居るのと変わらないじゃない。自分と考えが違って、感覚も違って――でも、そういう誰か他人と一緒に居るから楽しいんじゃない。どっちかがどっちかのために存在してるとか、誰かが誰かと出会うために生まれてきたとか――それって言葉だけ見てたら美しいけど――」
 一瞬言いよどむが、それでも真琴は続けた。
「すごく気持ち悪いよ」

〜榊一郎「終わりなき恋歌」より引用・改変〜

○回りくどい布教活動
 ふとこちらの「楽」の話題でこれを思い出し、なんとなく引用&名前改変。こういう名前にしておくと部分だけ抜き出しても状況わかるしな、とか、オリジナルが気になる方は買って読んでくださいな、みたいな。
 まぁ、改変についてはこっちとどっちにしようか迷ったり、書いてるうちにいっそ原形とどめないくらいなSSにしてしまおうかと一瞬思ったりもしたのだけれど、それはさておき。
 最近終了したのですが、この引用元ライトノベル「スクラップド・プリンセス」シリーズ――のアニメ版は個人的に非常に楽しめた作品でした。
#勢いあまって、かつて一巻で挫折した原作を買い揃えてしまうくらいに。原作も少々説明過多な説教くさかったりもしますが、全体通してみると、非常に良く纏まっている良作だと思います。
 最初のころは、ああ、なんか懐かしい富士見ファンタジアの空気だ、みたいな感じでぽわわんと見ていたのですが、話数が進むにつれ、ベタだけどそういう設定は好きだ、とか、そういうエピソードは悪くないな、とか、崩れない絵柄やキャラクターの今後が気になるな、公式の各話解説コラムが妙に気合入ってて面白いな、などとハマり始め、終盤では、製作者の方で作品テーマというのがキッチリと決まっていたことに気付かされ、そのテーマに向けて練られた地に足のついたシリーズ構成や演出、それがビシっと決まっていく様が見れ、小粒ながらもしっかりと一個の作品として纏まって終わったことにまず非常に感心しました。
 特にラスト付近での主人公三きょうだいの描写、中でも最終回前話及び最終回でのラクウェル姉が実に素晴らしく、話数をかけて積み重ねられたキャラクター描写や、映像と声というダイレクトに響いてくるものの力をまざまざと見せつけられ、このアニメシリーズを観ていて本当によかったと思いましたね。
 そしてそうした作品としての良さを支えていたものの一つが、この作品の場合は多分、製作側の作品に対する愛情だったというのが垣間見えるのがすごく心地よかったのですね。割り符に代表される小道具や、これまでのエピソードで登場したキャラクターの使い方の妙、緩急の効いたエピソード構成にはいい意味での遊びが見え隠れして、単なる計算ではない暖かみが出ていたように感じます。
 そこが逆に気に入らないだろう人もいると思いますが(愛情が作品を曇らせる例もありますし。この作品も計算に徹するなら、最終回での某キャラの「ごめんなさい」をもっと巧く活かすだろう、とか。…ちなみに私は逆にあのシンプルさ、後から読んだ原作の同シーンよりも好きです。声は偉大だというのもありますが)、私はこの作品のそういうところがすごく、好きなのですね。
 というわけで、売れてくれたら最終巻付近でエバとかみたくシーン追加してくれるんじゃなかろうか(フォローの少なかったセーネス(CV:松岡由貴)がらみのエピソード追加とか望む)、という淡い思いなんか抱きつつ、お勧めしてみるてすとなのでした。

「DVDだと最終話までまだまだかかるし、全部そろえると10まんえん近いし画質悪いって話だけど?」

 …それでも俺は買う。とりあえずコラムなひとの解説本がつくという4巻は。


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11/9 : 地に足、天に萌え

 昨日布教してみた「すてプリ」は地に足が着いているという印象だったが、同時期に見ていた「ガンダムSEED」は逆に地に足がまったく着いていないという印象を受けたアニメシリーズだった。
 個々のエピソード・シーンが全体通してみると全然繋がっておらず、それぞれふわふわ浮いていたように思う。
 野球には打線という言葉があるが、個々のバッターがいくら優秀でも、バラバラにつっ立っているだけでは打線はできない。

「それを繋げて線にするのは監督の仕事だっていう話ね」

 うむ。「タッチ」で読みました。

「……。…『監督という言葉を知っていますか?』と続くあれね。某エヴァ同人誌で庵野監督断罪にも使われて…は、まさか」

 いや種の監督夫妻を断罪する気なんてありませんて。
 あれはあれで俺は面白かったし。デュエルかっこいいし。

「では何を言いたくてこの話を?」

 打線を構築しなかった監督…というか、シリーズ構成について考えてみようという話。
 彼らは仕事しなかったわけじゃないし、繋げることのできない無能というわけでもないとサイバーフォーミュラファンとしては思いたいし、敢えて打線を繋げなかったんだと仮定してみようじゃないかと。
 そうね、件のタッチの柏葉監督は、明青野球部への憎しみゆえに監督業を放棄していた(本当はそんな単純なものではないが)。ひょっとしたら、夫妻もガンダムが大嫌いで監督業を放棄していたというのはどうだろう?
 昨日の雑記では、すてプリが地に足が着いていた理由の一つは、作品に対する愛情だったと見なしたわけだけど、その逆というケースもあり得るんじゃないかね。

「それはないんじゃ。少なくともシリーズ構成の方は作品…というか主人公二人を愛しまくっていたような」

 うん。この仮説はダメだね。
 じゃ、憎しみでなく愛情が打線を構築させなかった、というのはどうだろう。

「あー、選手を個々には重視したんだけど、結果、点としてのみ扱って、線が出来なかったと」

 多分、そういうことなんじゃないかと思うわけ。
 で、そういう風に全体ではなく点、個々の部分を過度に愛するっていうのは、所謂「萌え」という概念的ではないかと感じませんか?
 SEEDは「萌え」によって作られた、まさしく萌えアニメだったというのはどーよ。

「何をいまさらという気もしますが」

 声優も「は?」と思うような、とってつけたように唐突なキャラ同士の恋愛関係、脈絡なく語られる変態仮面の演説や設定、画的には格好いいが何の意味もない歴代ガンダムへのオマージュシーンも、根底に製作者の「萌え」があると考えれば非常にしっくりくると思うのですよ。
 最終回だからって唐突なクライマックス戦闘や人死にや、なんか泣けるっぽい台詞や音楽があれば視聴者が記号的に感動するものでもない、という批判的な感想も散見しましたが、そもそも記号に対する反射行動みたいなもんが「萌え」だと考えれば、そうなるのも当然というか。
 自身の経験した快感Aを概念(「メガネっ娘」とか「委員長」とか)や絵、単純な小道具などへと圧縮、記号化し、その記号から記憶の中の快感を開放する一連の「萌え」行動の中で、ひたすらガンダムというA群の個々の要素を設定やシーンへと記号化し散りばめていった結果、個々の記号にしか目が行かなくなったのがSEEDという作品だったのではなかろーか。
 新世紀のスタンダードとされたガンダムが、いわゆる平成ガンダムのような1stの再話ではなく、すべてのガンダムの記号化であり、「萌え」の提示だったのだ、…という風に見ると面白い。巷に記号は溢れてるけど、それが何を記号化したものなのかとか、記号化される過程とかよく分かってないもの多いし、ガンダムという元が存在するSEEDは「萌え」を考える上で分かりやすいサンプルになりそうな。

「なんにせよ、過去作品のオマージュはともかく、ラクス嬢の電波とか、製作者の頭の中にしかないAを圧縮した記号だけ出されても、視聴者にはさっぱりわからないわけですが」

 そういえばこの雑記も、それと似たような理由で読んでて意味がよくわからない人間多いと思う。つーか、俺もわけわかんなくなってきてるわけだが。

「ダメじゃん」


 


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