雑記 、或いは喪われた雪駄の物語。

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4/1(晴) : Re...

しかしこういう朝の光景にも慣れてきてしまっているが、よくよく考えてみると不思議なものだった。
それはなんていうか、ひとつ何かが違っていればここには至っていなかった、という奇妙な感覚だ。
これまでにも無数の分岐点があり、ここには至らない可能性がかなりの確率であったはずなのに、ここに至っている。
まあ裏を返せば、どこかには至るのだから、その時々でそんなことを思うのかも知れないが、それでも自分の人生として考えてみると、やはりこの巡り合わせは特別不思議だったりする。
ONE〜輝く季節へ〜

 三年前、一冊の同人誌が発行された。
 表紙にあったのは、「これよりはじまる。」という言葉。
 僕らにとっては、本当に色々なものが始まった本だった。
 僕はその本が出るきっかけの一つに過ぎなかったけれど、その本をきっかけにしてくれた女の子がいて、そのきっかけのまたきっかけである僕と僕の書いた文章に対して彼女はありがとうと言ってくれて、その言葉が僕にとっては誇りだった。

「今の私がここにいるのに、やっぱり一つ間違ってもダメだったと思うから」
「ありがとうございます」

 きっかけは、きっかけに過ぎない。
 きっかけがなんであれ、そこにいることを選んだのは自身であり、責任も権利も、自身が負うべきものだ。
 きっかけであることを誇るのも、その分の責を感じるのも勝手な自己満足だ。
 それでも誰かのきっかけになれるものを書いていくのが僕の望みだった。
 それは他者に影響を与えたいという支配欲によるものであり、契約や直接言及の責から逃れつつも、間接的な他者制御により自己満足という快楽を得たいという卑怯な選択。
 痛みを伴うようなコミュニケーションを恐れ、避けるためのカモフラージュかもしれない。
 けれどそれに対して、直接伝えられた感謝の言葉が僕の胸を焦がしている。

 誰かが退院して、誰かがそれこそ一ヶ月早いよっていう冗談のようなログを一言残して、誰かが13回目の引越しをしてて、僕が棚卸後の休日でずっと寝てたあの日からちょうど一ヶ月。
 淡い後悔と少しの寂しさ、一片の誇りと小さな希望を織り交ぜた、複雑な思いを胸に抱きながら。
 誰かにとっての、そして自分自身にとってのきっかけとなるべく、S.MA.P.は再起動する。





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4/2(雪) : Snow


 雪が降っていた。昨日の夜から。
 四月に降る雪。
 ありえない話。ありえたとしてもすぐに消えてしまうもの。
 ブギーポップにそんな喩え話として使われた現象だけれど、北国では特別驚くことでもない。
 桜が咲き誇る中であられや雪が舞っていた記憶の持ち合わせは私だって一つ二つではない。
 それでもそれが当たり前かと言われればそうでもなく、既にタイヤを履き替えさせていた愛車を前に憂鬱な表情を浮かべている顔や、妙に高揚した子供の姿、非日常の到来への反応がそこかしこに見える。
 突き詰めればそれすらも日常の範囲であるのだれど、何かの意味を感じたいと思った、そんな雪が降った日。


○メモ
・今木さんとこ(ここを起点にしたのは私の名前が出てたからという自己顕示的な理由)

・「レベリオン 元ネタ」で検索したら出てきたとこにあった、胸に残っているフレーズ。

 >結局、日常は流れる。流れていく。
 >
 >ひょっとしたら、
 >日常と自身でラクインを押した瞬間からの罪なのか、これは。

・結局、それすらも糧に思索している。創ること、或いはそれが出来ないゆえの、何かに意味を付加しようという行為に臨んでいる。雪駄は雪踏とも書くのだ。雪を踏みしめ、歩いていく。





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4/3(曇り) : 「ただいま」「おかえり」


 MA.P.S.はえいぷりるネタだよー

 再起動に際し、メッセージを下さった皆様、ありがとうございました。
 こんなWEBでのことであっても、帰宅したときの「ただいま」に対する「おかえりっ」とか、何気ないことであっても、誰かが声を返してくれるのは、うれしくて。
 かえすがえす、多謝。

○メモ:りあくしょん
 こんな風に自分の言動に対して反応が返ってくるのは、うれしい。
 ゲームにおいてインタラクティブ性なんて言われる物が重視されていた風潮も、対戦ゲームやネットゲームの対人コミュニケーションがもてはやされてきた風潮も、結局はそうした、自分(のアクション)に対するリアクションが心地よく、プレイヤーがそれを求めてきたからなのだろう。
 去年活動停止したPBM会社ホビー・データのみやかわたけし氏は、そういった着眼点から(メイル)ゲームをプレイヤーという顧客にリアクションを与えるサービス業と捉えての運営をし賛否両論を呼んだ。
 彼のサービス追及の果てにあるものは(もちろんゲーム参加料金は別としてだが)無条件の心地よいリアクションの提供であり、プレイヤーの(作成したキャラクター設定という)存在を無条件に肯定し、ただその存在に対し予定調和的なサービスやイベントを投げかけるものなのではないかという疑念があったためだ。
 何もせずとも与えられるものであるなら、それはどんなに心地よい言葉や物語であっても、リアクションではない。
 たとえリアクションでなかろうと、お金を払ったプレイヤーが全員楽して快感を得られるならそれでいいじゃないか。
 作品にとっては演出上の問題でしかないが、サービスとしてゲームを考えるならば、このアクションとリアクションについての問題は根幹に関わる部分である。





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