雑記 、或いは喪われた雪駄の物語。

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5/15(晴) : 君想う。故に我あり。


 真横で二条の金色が走ったような気がした。暗闇の中。
 気づくと隣に座っていた大空寺は既に他の観客を掻き分け、出口へ向かってずんずん邁進していた。
 感動的なシーンを盛り上げるように挿入歌が流れている映画館。
 流石に野獣化して暴れ出したり叫んだりはしていないが、客たちにとっては迷惑この上ない。
 仕方なく俺も立ち上がり、周囲からの迷惑そうな視線を受けながら追いかける。
「…たく、子供のしつけぐらいちゃんとしとけよ。いいとこだってのに」
 視線以外のものも受けたが、それは文句の主の口にポップコーンをカップごと詰め込んで封じた。…俺もアイツの悪影響受けて暴力的になってるな。
「アイツにそれ聞こえたら映画そのものが見れなくなるぞ。それとな…」
 確かに大空寺は立ってても座ってても変化がないほどちっさいが、他人に子供呼ばわりされるのはものすごくムカつく。
「まだ産まれてもいない子供の躾は無理だ」
 小声で言い捨て、出入り口の向こうへ抜ける。
 人のいないロビー。こもった音で劇場からの低音が響いてくる中、ツインテールに髪を結った黒服のちんちくりんが俺に背を向けて待っていた。改めて後姿を見ると確かに子供と見間違えるのも仕方がないかもしれない。今日はかかとの低いローファーだし、黒い服だと締まって見えるから、余計に小さい感じが。
「どうしたんだよ。観たい、つったのはお前だろーが。金勿体ないぞ」
「知るか! あんな話だと知ってれば来なかったさ!」
 振り向いてうがーと叫ぶあゆに、やれやれと肩をすくめる。
 笑えて泣けると評判の作品を幾つか送り出してきた、人気の映画監督の最新作。
 CLANNAD。
 観たいと言って来たのは、こいつの方だった。
 いや、正確には映画を観たかったのではなく、音楽が聴きたかっただけだったか。
 気を利かせた連中に聴かされたCDの中で、一番あゆが気に入ったのがこの映画監督の一連の作品のサントラであり、監督本人が携わったという曲たちだった。
 で、この最新作の音楽も聴きたくなったのだが、サントラがショップで見つからず、公開中の映画館でなら売ってるだろうということで、折角だから映画も観に来たと、そういう話。
「私には許せない話だったのさ。見てられなかったので外に出た。それだけさ」
 腕を組み、ツン、と向こうを向くあゆ。
「んじゃサントラ買って帰るか」
 いいかげん付き合いも長いので、まぁ、すまないという気分でいるというのは分かったし、なんとなくこの映画が許せないという気分は俺にもあったので、特に追求する気にはならなかった。
「…む、やけに素直ね」
「叱ってほしいのかよ」
「あんですとー」
 60円のお釣りです、という売店の女性の声に気づいて、あゆはむー、と黙り込む。
 こいつも成長して対世間を気にするようになったんだなぁ、と感心する。
 しかし買ったサントラを手渡してトイレに行こうとすると、奪い取るようにして胸に抱え、当然まだ用もたしていない俺を無視してそのまま出口に向かって歩き出した。
 …世間だけでなく俺にも少しは気を使ってくれ。
「糞虫みたいなダメ人間ばかりの話だったわね」
 駅へ続く道。追いついてきた俺に向けてあゆは話し出す。
「部活挫折者で落ちこぼれ、留年の高校生の集まり。子供のためになんかあきらめた夫婦。社会のゴミでしかない負け犬どもが寄り添って、…キモイんじゃ」
 まぁ、定職にもつかずアルバイトで食いつなぐ俺たちも社会のゴミなんだろうけどな。
 だからこそムカついたのかもしれないが。
「まぁ、それはいいのさ。糞虫なんか見慣れてるし」
「それはひょっとしなくても俺のことか?」
「他に誰がいんのよ。アンタの高校生活もああだったんでしょうね」
 確かにあんなだったな。遙と会う前は。
「しかしあの話は許せん。あのバカ女への周りのダメ人間どもの対応が許せん」
 バカ女って…ヒロインのことか。
 病気で休学し、復帰した後に留年。知り合いのいなくなった学校で孤立して、せめて心の拠り所で夢だった演劇をやろうと、廃部になっていた演劇部を復活させようと一人で頑張ろうとした少女。
「…託すなや。願いとか想いとか夢とか、手前で叶えられなかったものを勝手に託してんじゃないわさー!」
 周囲の挫折者たちは少女のやろうとすることに協力し始める。
 自分の果たせなかったものを託し、彼女が夢を果たすことで自分が救われるとでもいうように。しかし。
「それって腹を立てることか?」
「あー? あの主人公の男とか親友とか、救われたいなら自分でバスケでもサッカーでもやればいいのさ。バカ女がやるのをただ見守って、自分は何も背負わず、それでそいつが成功したら自分も救われるなんてムシのいい話、許せるわけないだろがー!!」
 託される方の身にもなりやがれ、とあゆは叫ぶ。
 自分ちへの私怨入ってるな、これ。
「いや…。だがあのヒロインは結局、そういうのを託されたからこそ、やりとげられたんじゃないのか?」
「…それが一番ムカつくのよ」
 そう言ってあゆは野獣化をやめて押し黙った。
 ああ、そうか。
 あのヒロインとあゆとは正反対だ。
 夢とか想いとか綺麗なものではないかもしれないが、あゆには託されたものがあった。
 血縁、生まれという正当な理由によって望まれてきた行動、未来。
 しかしあゆは、それらを理由ごと捨てた。する理由はあっても、やりたくなかったのだと。
 けれどあのヒロインは、あゆが捨てたものを貰い、立ち上がった。そんな構図。
「なぁ、お前の夢ってなんだ?」
「いきなりキショイ質問すんなや」
「あるのか、ないのか」
「……」
「あれだろう、俺と幸せに…」
 ゲシっ
「真顔でキモイこと言うなー!!」
 蹴られた。が、ひるまない。慣れたし、足を浮かせてガードしている。
「でもまぁ否定はしてないよな」
 しないよな、ではないとこがミソだ。
「うが…っ」
 赤ら顔で口をパクパクさせるが、否定できないあゆ。ふふり。
「うう…がー、あー、そうさ。私の夢はこの糞虫と蓑虫になることさなんか文句あるかボケぇ!!」
 開き直って意味不明の肯定をするあゆ。…蓑虫ってなんだ。
「でもあのバカ女と違って私の夢には叶える真っ当な理由がないのさ」
 しかしそっぽを向いて口を尖らす。
「お前、それって理由が必要なのか?」
「必要じゃないさ。お前がなくていいと言ってくれたんだ」
 昔、あゆが俺のことを好きになる理由がないと泣いた(考えてみれば失礼な話だな)とき、確かに俺はそう言った。
「でも欲しいか欲しくないかと言ったら、それは欲しい」
 相変わらずワガママなやつ。
 おれはあゆに向き直ってポンポンと肩をたたく。
「お前はここにいたいからいる、でいいだろ」
 理由なら俺にもない。ここにいる理由。いるべきでない理由ならあるような気がするが、そういうのを飛び越えて俺はここに、あゆの側にいたい。
「理由なんて俺にもないしな」


§


「…オマエにはあるさ」
 口を尖らせ、向こうを向いたままであゆは言う。
「オマエがここにいるのは、あの事故があったからだ」
「なに?」
「お前が学歴も定収入も信用もない社会不適合者となったのは、あの事故のせいだ」
 いきなりで、何を言われているか分からなくて、タイミングを逸した。
「あの映画の連中と一緒で、ダメになった理由がちゃんとある」
「なんだそれは」
「私にはない。私は何かのせいに出来ないのさ。する気はないけど」
「…はぁ」
 逸していた感情の昂ぶりがやってきたが、すぐに冷める。
 こめかみに手を充てて俺は息を吐く。
 色々な意味で喧嘩を売られてるような言葉だが、コレはそうではない。
「お前、なに拗ねてんだ?」
 ほっぺたをつねる。
「あにふるのさ〜!!」
「理由があるからといって救われるわけでもないのは、おまえが一番わかっていることだろーが」
 パンを焼いても報われるとは限らないないと言ったのはコイツ自身だ。
「ふん。映画でもあったわね。七色のパンを焼いても、喜ばれるとは限らないのよ」
 …いやあのシーンは、えーと。…いいや、それは。
「それに不本意な今の原因がわかったとして、それをどうにか出来るってもんでもないし、出来たからといってすべてが解決するわけでもない」
「当たり前ね。不幸にたった一つもっともらしい理由があって、それを解決すればハッピーエンドなんて、お話やゲームの中だけよ。現実にはアンリマユみたいな絶対の悪なる理由も大魔王もいない」
「じゃー、なに拗ねてるんだ?」
「ふん、お前のせーだ」
 少しあゆの顔は赤い。
 結局、そこまで分かってるこいつがわざわざ理由に拘るのは、それが大事なことだからだ。
 下手に頭がよくてプライドの高いコイツは、大事なことであればこそ、理由なしでやることが出来ない。
 いや出来なくはないのだが、多分にそれは辛いことなのだろう。
 愛されているのに愛し返せないとか、愛しているのに愛し返してもらえないとか、そういうことで悩んできている俺たちは結局、焼きたいからパンを焼くことにしたし、見返りは求めないことにしたけれど、それでも。
「私は焼いてもらった煎餅パンに、仕返しをしてやりたいのさ。だから焼け」
 お返しとか、礼とか、求められたからではなく返したい時もある。
 そういうことをする「理由」が欲しい時もある。
 俺は、こいつに理由なんか無くてもいいと言ってしまった。
 一方で、映画のヒロインは理由を家族や恋人から貰っていた。自分のためにがんばってくれ、という応援。
 頭を掻く。
「結局映画の中のキャラクターに嫉妬かよ」
「五月蝿い黙れ」
 …否定はしないのな。
 結局この久しぶりの映画鑑賞、途中までしか見てないし、当初の目的どおり胎教によかったのかどうかは分からないが、恋人のこと、家族のこと、子供のこと。託すということ。これからの俺たちにとって必要な多くのことを改めて考えるための、いいきっかけになったとは思う。
「とりあえず俺はお前が側にいてくれると楽しい。面白い。それを理由に俺のために側にいてくれ」
「だから真顔でそういう恥ずい台詞いうなや! …って、面白いってなんだワレェ!!」


§


 数日後。
 あゆは病院のベッドにいた。
 定期健診後、その場で入院が決まり、出産まで家には帰れないようだ。
 暇つぶしに映画を借りてきて見ている。
 この前見に行った一連の監督のシリーズに影響を受けたのではないかとされる、別の監督の作品。
 まぁそんなことはどうでもよくて、音楽スタッフが被ってるのが重要らしい。
 Sense Off
 私たちには意味が失われているとか、どうこう。
 ビデオのリモコンの停止ボタンを押して、あゆはこっちを見た。
 …理由の次は、意味か。
 いくら自分が暇だからって、観た映画や本のことで毎回毎回見舞いに来るたびに議論?をふっかけられる身にもなってくれ。
 頼むから早く生まれてきてくれ、とまだ見ぬ子供に俺は祈った。





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