雑記 、或いは喪われた雪駄の物語。

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1/20(晴れ) : 休息


 お休み。
 先週から苦しめられている風邪がようやく治りかけている風味。
 天気も悪くないし、出かけるのも悪くない思ったけれど、車の入れ替えが面倒なので一日家でゴロゴロすることに。
 うどん食べたり寝たり風呂入ったり甥っ子と遊んだり(泣いてる子が抱き上げるだけで泣き止むのは何度やっても感動だなぁ)であっという間に夕方。
 動作中にブレーカーが落ちてからデスクトップPCのSCSI外付けHDDの調子が悪い(というか認識していない)ので、蓋開けてSCSIボード挿しなおしたり、BIOS設定しなおしたりで色々試してみる。最終的には洋間と自分の部屋のPCのボードやHDDを取り替えてみたり色々。
 結局いじくった挙句に元の配置に戻したらなぜか安定動作するように。まぁ、そういうものだ。
 IDさんやゆーさくさんに影響されて鋼の錬金術師(原作)を久々に…と思ったら七巻の封が開いていない罠。
 全部発売日に買ってるくせに7,8,9を読むのは今日が初めてだった。
 …
 ……うわすげえおもしれえ。
 次巻3月? 待てねえよ!

○絵を描いてもらうということ。コメントをつけてもらうということ
 つーか編集作業をしてもらうということ、かね(自問自答)。↑
 中田さんとこから、文月さんのとこを読んで、ぼーっと思ったこと。<なので、すでに元のとこの話とはかけ離れている
 絵を描いてもらうのは嬉しい。
 絵が下手だったから字書きになったようなオタクにとっては、絵描きの人に絵をつけてもらえるなんていうのは、憧れとかコンプレックスとかもあって、それはもう天にも昇るような気持ちなのだ。
 挙句の果てに漫画なんぞにしてもらった日には悶え転がったものである。
 これと似たような感動に、書いたものが活字になることだとか、雑誌に載ることだとか、ラジオで読まれること、それに伴ってコメントつけてもらうことなんかがあって、共通するのは、自分の作ったものが他人の手を介在することでなんだか立派に生まれ変わっている(ような気がする)ことだ。
 なんでそれが嬉しいのかというのは各自調査ということで、世の中にはそういう感動を商売なんかに使った例ていうのが色々とある。
 分かりやすいとこだと、雑誌やラジオの投稿コーナーで、ハガキ職人だの投稿戦士だのと煽って(自己顕示欲とかこにゅにけーしょんとか別のものも絡むけど)読者視聴者を繋ぎとめているし、最早歴史的役割も終えたPBMの一部なんかは、まさしく自分の書いたものを小説やイラストや漫画にしてもらえる「かもしれない」サービス業だった。
 最終的にこのテのサービス業はオーダーメイドCOMという、自分の為の絵や文章や声をお金で依頼して買うことが出来るという形にまで発展し、自分の考えたキャラクターやお話を憧れのスタッフに描いてもらう、好きな声優に演じてもらうというオタク少年少女の夢(というか欲望)がミニマムだけど現実的な形になっている。
 ちょっと違うかもだけどこういうのもある。
 オタクの漠然とした夢見がとりあえずお金を払えば適うっていう状況はどうなのだろう。
 創作活動に対する勘違い野郎が量産されなくなるかもしれないけど、その勘違いの中にあった熱気やパワーもなくなってしまうのではなかろうか、とか。
 また、クリエイター(死語だろうか)志望になると自分で描く演じる作るになるんだろうけど、それも今はインターネットでWEBで気軽に作品は発表できるようになったし、それに対する反応やコミュニケーションもとりやすくなった。いいか悪いかは別として、僻地のオタクも東京に出てコミケデビューとか漫画家になるとかいう無闇な野望を抱く前に、小さな世界で充足してしまう率も高まっているだろう。
 ブログを開設して自分の意見や作品を手軽に発表。トラックバックで反応やコメントを得、時には他のブログとコラボ。
 2chではほとんどなんのリスクを負うこともなくネタ出しをし、見知らぬ人たちと寄ってたかってイベントや作品を仕上げていくこともできるし、そこからスピンオフさせて別の形(同人誌出版とか)になんかも出来る。
 インターネットはまさに楽園だ。
 しかし夢が小さいけれど現実的な形で叶う楽園は、幸せだけれど、それで満足してしまうのはどこか物寂しいような気がしないでもない。なんかマッチポンプ的な気もするし。
 まぁ、インターネット発で出版だのドラマ化だの映画化だのいうのもあるし、結局は中の人次第なのだろうけれど。
 ていうかそれこそここまでネットが普及した現在は大きい小さいは金銭的成功以外はあんま意味無いのかもか。

○ビジュアルノベルの演出
 さらに中田さんの読んでボーっと。
 リーフフォントを用意したことからも分かるように、リーフは文章というか「文字」にも拘ってたのになぁ、とか(「雫」のテキスト表示の演出は本当に素晴らしい)。
 そもそも絵に文字を被せるっていうのは絵を殺すことだったわけで、VNは98時代から続く絵偏重へは逆行だったハズなのですよ、とか。
 Fateがまるでフォントに無頓着だったのを目にしたときの、ああ、彼らが見てたVNは俺らの見てたそれとは違うんだというガッカリ感も記憶に新しいですが、飽くまで文章を読ませるためのスタイルとして、挿絵という演出をいかに効果的に使うかという兼ね合いを行ったシステムとしてはあれは一つの到達点で、アリだと思います、とか。
 LVNSの文字の表示法に対する、絵の表示法(電脳紙芝居)としてはやはりKANONのOP、及び舞シナリオの残光シーンは押さえておくべきだろう、とか。
 ビジュアルノベル系と二次創作静止画マッドムービーの関係とか(一説によるとFateだけで600以上あるそうな)。
 AIRアニメの空間や動きの表現と原作のシーンの対比とか。とてとて歩いてこけるアニメの観鈴ちんに立ち絵が勝てようか。
 FFDとか。



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