雑記 、或いは喪われた雪駄の物語。

最新分D-INDEXBBSBBS2P-TOP

2/22 : 公開されなかったレビュー


●しのぶ「魔法の笛と銀のすず」 文芸社
 最初に断っておくと、この本はしのぶさんの書いた本ではない。
 クレジットされているのは「しのぶ」の名だし、収録されている文章も彼のものだ。
 けれどもこれは彼の残した「魔法の笛と銀のすず」というサイトから日記の部分を取り出して収録した、書簡集のような本である。
 やり方は色々あったと思う。
 例えば、その時期のニュースや出来事を絡めた時事録のような形。
 ブログ以前のWEB日記という形態での交流スタイルを軸に、その時代を描くという形。
 コラムや作品別のレビューをまとめるという形。
 ETC…
 様々な形に使える面白い材料があのサイトにはあった。
 しかしそんな中でこの本が選んだのは、飽くまでシンプルに、基本的に彼がWEB日記に残した言葉をより多く収録するという形だった。
 音楽の話。漫画の話。ゲームの話。アニメの話。STGの話。それらに出てくる登場人物たちの話。WEB上での言葉のやり取りの残滓(そこには私のサイトとのことも含まれている)。そして彼自身についての話が断片的、散文的に綴られている。
 サイト「魔法の笛と銀のすず」の稼働をリアルタイムで見ていない人には意味のわかり辛い所もあるだろうし、逆に見てきた人間にとっては収録テキストの取捨選択や若干の改変に違和感を感じる部分もあるだろう。
 けれど胸を打ち、考えさせ、読者の中で様々な意味を持つであろう彼の言葉。その一部たちは間違いなくここにある。
 改めて読み返してみても、彼の作品鑑賞の仕方や独特の繊細で優しい視点語り口は相変わらず魅力的だ。たちまち私の本は付箋で一杯になり、語られている未経験への作品への興味が湧いてくる。収録し切れなかった部分も言葉の欠片をきっかけに脳内で蘇り、当時は気づかなかったことにも思い当たる。自然と言葉を発したくなったりもする。
 けれど、この本を読んで何かを思って、言葉を発したとして、それを彼に伝えることは不可能だ。
 WEBに何を書いても彼から反応が返ってくることは二度とない。
 「魔法の笛と銀のすず」というサイトはここにはない。
 けれども、それでも――。
 言葉は読まれることで、意味を持ち続ける。
 この本が出版され、彼の言葉が形として残されたというのは、そういうことだ。
 彼の言葉は私にとって思惟を呼び起こす鍵であり、出会いをくれたものであり、何よりたいせつなうたの一つだった。
 きっとこれからも、そうだろう。


 書いたのは今日じゃない。結構前で、書こうとしたのはもっともっと前になる。
 公開しないつもりだったわけではなく、amazonで弾かれてそのままになっていたのだ。内容がダメだったのかと思っていたが、単に、字数制限に引っかかっていたのだとつい先ほど気づいた。バカみたいな話。
 でも、公開することで原作だったか映画版だったか覚えていないのだけれど、ラブ&ポップで言う「『何かが、済んだ』ような感じ」になるのが嫌だったのでここにも上げなかったのも確かだ。


大切だと思ったことが、寝て起きてテレビを見てラジオを聞いて雑誌をめくって誰かと話しをしているうちに本当に簡単に消えてしまう。去年の夏、「アンネの日記」のドキュメンタリーをNHKの衛星放送で見て、恐くて、でも感動して、泣いた。次の日の午前中、「バイト」のため「JJ」を見ていたら、心が既にツルンとしているのに気づいた。「アンネの日記」のドキュメンタリーを見終わって、ベッドに入るまでは、いつかオランダに行ってみようとか、だから女の子の生理のことを昔の人はアンネっていうのか、とか、自由に外を歩けるって本当は大変なことなんだ、とかいろいろ考えて心がぐしゃぐしゃだった。それが翌日には完全に平穏になって、シャンプーできれいに洗い流したみたいに、心がツルンとして、「あの時は何かおかしかったんだ」と自分の中で「何かが、済んだ」ような感じになってしまっているのが、不思議で、イヤだった。今日中に買わないと、明日には必ず、驚きや感動を忘れてしまう。


 ラブ&ポップの当該箇所は、検索したら簡単に出てきた。


最新分D-INDEXBBSBBS2P-TOP