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《雑記帳8月》

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8月18日 タイムリミット

 ちょっと周囲の方達の真似をしてみました(今回の日記のアンカー)

今日は冬コミの参加申込みのタイムリミットでした。
 今回、参加申込書は友人が着払いで送ってくれる手はずになっていたのですが…
 それは17日になっても届きませんでした。
 今日になっても届きませんでした。
 明日以降、通信料と金を払ってそれを受け取る心境を察して下さい。
 お、俺が待ってた時間は一体何だったんだ!?
心の声「それはだな…、時間の無駄というんだ」
 俺が明日以降、宅配業者や友人に払う代金は!?
心の声「金の無駄。無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁ!!」
 ぐはぁ。ドギャーン!!
 えれえ落ち込んじゃうなぁ、おい。
心の声「…でもさ、頼んどいた同人CDも一緒に届くんだろ? そう考えれば申し込み用紙代以外は無駄じゃないじゃん」
 なんだ、別にそう落ち込む事も無いか。
「そうそう。どうせ出してもまた落選だっただろうし」
 …これはポジティブシンキング(死語)でしょうか? それともネガティブでしょうか? 人間の思考とは二律背反するものですな、とかいうと聞こえがいいですかそうですか。

どうでもいいが、アフタヌーンの「神・風」でいけしゃあしゃあと使い魔の名前にポジとネガ(まるしークリィミーマミ)という名詞を出した士貴智志はかなり人として問題があると思うが、それに気づく自分もかなり嫌だ。さらにどうでもいいですが、彼は何かあってもJに依頼を受けては貰えない気がします

…そうだ。今度から漫画レビューに「コミックマスターJが依頼を引き受ける予想確立」を付記しよう。今月、「負け犬」の依頼は受けないという指標が示されて分かり安くなった事だし。まだ誰もやってないよね、これ?

最近、ONEのレビュー・考察のトップに「この考察を一方的に信じるなよ」という風な意味合いの文章を追加した。
 なんでか、ていうと雪駄は製作者じゃないので勘違いや無意識でトンでも考察を行っている個所が必ずあるだろう(実際にあった)という自嘲でもあるし、この説に感心しちゃって、ある意味この文章群を神聖視するような感想のメールがあったから。
 雪駄がやりたいのは多くの人間ががONEという作品で見落としていると思われる部分を示し、多くの人間にONEという表現の意味について改めて考えてもらうことであって、自説を信仰してもらう事ではない。
 信仰という思考停止をされるのは本意ではないのである。
 私の見方は製作者の意図通りかもしれないし、そうでないかもしれない。
 だけどそんな事に何か意味があるのだろうか?
 事象について考える場合の目的は、行動の選択や数字といった正解ではない。
 物の見方は一つじゃないし、絶対に正しいたった一つの見方っていうものは無い。
 あるのはたくさんの見方、考え方だ。事象について考えたり意見交換したりする目的の一つはそれを得る事である。
 そしてたくさんの見方や考え方は、正解を必要とする思考を行う上で重要な参考となる凡例となる。凡例の中には実際に見えたものじゃなくその人の錯覚だってあるけれど、考え続ければ錯覚に気づく筈だし、なんで錯覚したかを考えれば同じような間違いはしなくなる。
 事象についての思考で最も大切なのは考え続ける事だと思う。だから私の提示した一つの見方には感心したとしても、それを信仰する事で思考停止しないでずっと考えて続けて欲しいと思うのだ。
 皆で考えれば多くの見方もまた見えてくるわけだし、それで有事の際によりよい正解を見つけ出す確立は増えてくるんだし。
 有事の際に正解について考えすぎるのは時間の浪費でクリティカルな場合もあるけど、ONEについてはじっくり考えていいんだし。…まぁ、考えなくてもいいんだけど、考えるのが面白い作品で、まだ私は考え尽くした気がしないんでね。

で、雪駄がONEについて一番力を込めて喧伝しているシナリオとシステムのシンクロ具合の話なんですが、これは同じ事を考えている人が少なくとも三人以上はいるようだし、否定してくる人間もいないのでどうやら私の錯覚ではなさそうなので一安心(笑)。自分では信じていても、一人の追認もなければ不安になります。
ONEのタイトルの意味については遊さんにも指摘されましたが、再考察の余地ありそう。というか、自分でも無理なこじつけだと思ってたんで、かなり参考になりました。しかしタイトルの意味って本当、なんなんだろう。KanonでもMOON.でも答え出してる方いらっしゃいます? 「鈴がうたう日」は漢字含めて非常に分かり良かったけど。
 ところでONEのシステム構成の意味に自力で気づいた人間って、今まで知ってる限りYU-NOのプレイ経験者だけなんですけど、ADMSという前例無しでそれに辿り着いた方っていますかね? いたらその眼力に敬服しちゃうんですが。

ちょっと信仰とかに話がいったんでついでに。
 日本人の多くは宗教っていうものを嫌悪・恐怖しているけれど、宗教っていうのは考え方の一つであってそれ自体に正しいも悪いも無い。
 宗教戦争は大義名分として宗教を喧嘩の理由に持ち出しただけだし、カルト教団が起こす社会不安ていうのは、悪いのは宗教自体じゃなくて、その考えをたった一つの真理だとして思考停止してしまう信者なのだ。
 ケースバイケースで、その状況限定での「たった一つの冴えたやり方」っていうのは確かに存在する。
 でもオールマイティーなどんなときにも通用する「たった一つの冴えたやり方」=「真理」なんてどこにもないのはちょっと考えれば誰だって判るはずだ。
 自分で考えるのは面倒だし、自分の行動を誰かの所為に出来る宗教は確かに楽だけど、大人だったら自分で考えて、ちゃんと責任取ろうよねぇ。
 色々考えた上で神様に全てを捧げる事と思考停止して神様に全ての責任を押し付ける事は全然違うんだっゼと。

8月19日 タイムオーバー

 つーわけで、締め切り終了後に冬コミ申込書が着払いで届く。
 開けてみると何故か夏のカタログも一緒。うひぃ。
 でも、頼んでおいた同人CDがねえ。つうか、無い。

 …袋を振るとぴらぴらと舞い下りるルーズリーフ。

「例のCD、一日目はたくさんあったの確認してたんだけど、三日目にはGETできませんでした。ごめんなちゃい。」

 ……。
 もうヤダ。書かない(繭)。

8月20日 迷宮組曲(今回のはKanonもネタばれだよ!)

 これは私信に近いが、この雑記こそ読んでいただけているのだろうか?
 いや、読んでますよ日記。
 小野不由美も「悪霊」は読んでないけど、一応「十二国記(魔性の子含む)」や「過ぎる十七の春」程度ならば読んでます。東京異聞は積ん読状態ですが。ところでソノラマ文庫の谷山由紀「天夢航海」ってご存知でしょうか? これ、現実世界から「ここでないどこか」を探す思春期の少女のファンタジーで、12国記とちょっと被るんですが(…色んな方面から否定されそうだけど)、ONE、Kanonなんかと比べるには面白い題材だと思います。私は嫌いな作品なんですが、ここら辺では満点がついてますね。

 弊害で書いたファンタジーの定義については、一応始めに「ここでいうファンタジーとは」「ここでいう魔法とは」と書いてはいるけれど、確かに違う言葉を使った方が良いかもしれない。
 あの混乱した文章で雪駄が言っているのは、作品自体の弊害ではなく誤解した人が居たんじゃないかっていうことなんだけど(だから、作品が精神の持ちようで解決するのは構わない。問題はそれを読んだ人間が現実にそれを持ち込んで誤解する事で)、アップした文章を読んでいて自分でおかしい事に気づき修正したりしてたんだけど…、どうも言ってる事が被害妄想に近いから混乱してるってことに最近気づいてどうしようもない気分。でも今更引っ込めるのもアレなのでさらしておきます。思いっきりやっつけて下さい>色んな人
 最近、掲示板とメールと自分のページの雑記とコラムの境界があやふやで駄目駄目。
 あー、みさき先輩の心と実際の行動の乖離については似たような事別の掲示板で書いてますし、いずれ考察で書くつもりです、はい。

 共同幻想としての現実云々については、氷上シュン考察でちょこっと触れてますんで、宜しければ読んで見てくださいまし。
 現実を受け入れるっていう事は、共同幻想に取り込まれる事で、他人による追認がなければその内容に関係なく一個人の幻想は共同幻想に押し潰される。
 ONEやKanonはそういう共同幻想という現実に押し潰される個人の幻想の象徴として「永遠」やなんかを扱っている作品だと思ってます。

 Kanonの現実受容(あー、面倒だ。自分以外の他者という存在や他者の幻想の受容<これだって全てに当てはまるわけじゃないんだけどさ)と記憶が全部戻る事がイコールでない意味については、とりあえず自分の幻想から出てこようと覚悟する事と記憶が戻ってくる事はイコールじゃない、ていう当たり前のことに最近気づいてKanonの評価を上げている。
 過酷な現実とやらを知ってそれから逃げるのと、逃げない事を心に誓ってそれを知らない環境にいるのは違う。有事の際に自分の幻想に逃げ込まない事と、忘れているかもしれない辛い現実を積極的に探す事は別問題。
 Kanonの場合、他シナリオでの過去の記憶について、祐一は忘れている事すら忘れていて外部からの働き掛けがなければ、思い出すきっかけさえ得られない。

 きっかけといえば、色んなことの「きっかけ」を主人公に与える外部の人間にも自分が「きっかけ」になっていることについてKanonはONEより意識した作品だったんじゃないかと思う。栞シナリオなんか、主人公が「きっかけ」であることが凄く顕著。

 ONE、MOON.の主人公の変化はその主人公たちがスタート時は越えられなかった困難を乗り越えさせていることから、成長と位置づけてもいいと思う。
 Kanonは主人公の変化にシナリオ的な意味あいがあまり無く、成長じゃなく些細な「変化」でその是非も問われない。そしてそれを与えたのも絆じゃなく「きっかけ」ということで、その是非は問われていない。
 あるのは日常的な変化の積み重ねで、変化しながら終盤の大きなイベントを見つめる主人公がいる。別れや再会。
 Kanonにはメッセージ性は皆無なんじゃないかっていうのを幾つかの場所で発言してきましたが、テーマは変化する登場人物達、日常に隠れている気づかなかった事実(その中には嫌な事もあれば、奇跡もある)を見せるということだったんじゃないかな、と思うわけで。

Keyスタッフの作品って、いつも非日常を出して対比させる「日常」をテーマにしてるじゃないですか。
日常の中も幸せだけじゃなくて、何気ない日常には辛い事実だってまた隠れているし、信じられないような奇跡だって隠れているっていうのを表現しているんじゃないですかね。

「起こらないから奇跡っていうんですよ」

気づいたらそこにあるのが奇跡だよね、うん。
あゆも栞も真琴も、ちょっとしたきっかけで祐一が気づいた奇跡だと思うと、なん かしっくりくる。栞のバッドはともかく(あれだって実際は助かって大事を取って入院 してるだけかもだ)、真琴にはすでに奇蹟は起こっているし、あゆだって祐一たち が知らないだけで目は醒ましたかもしれない。
なんというか…、Kanonは祐一がなんかしたわけでも成長したわけでもなくて、ちょ っとしたきっかけで今までに無いモノの見方を見つけ、そこにあった奇跡に気づく 物語だったと最近は思うわけで。
だから、Kanonは日常に隠れているモノを見れば、奇跡も嫌な事もあるよ、ていう事 を示して「日常に隠されたもの」を見せる事がテーマで、その切なさはかなさや煌き をを表現してはいるけれど、日常に隠された「辛い現実を見ろ!」なんてメッセージ は無いと思うんですが、どんなもんでしょう?

 って、…あー、なんかファンタジーの弊害でいってる事とすでに矛盾してるじゃん!! あー、弊害でやってたKanon考察は無し、ていうか間違い。こことか掲示板に書いてる方が今の雪駄の意見! あれ、もう古いよぉ! やっぱやんなくていいKanonのシナリオ考察にまで手を出すんじゃなかったよぅ。
 俺は素直にシステムだけやればいいんだよ〜(泣)。
 ファンタジーのシステム考察とか、ゲームのシステム考察とか〜。ムキー。
 文体の統一から何から今日のは本当に“雑”記だね。これ(反省)。

8月21日 感想やレビューを書く上でのスタンス

 しつこいようだけど、「ファンタジーの弊害」はファンタジーというジャンルの批判じゃなくて、そのジャンル愛好者の批判でもなくて、何も考えずに物語を読んで自分の都合のいいように勝手に解釈、自己正当化の材料にしちゃうような人間を批判というか誹謗してる文章のつもりだったんだけど、つもりはつもりなわけで。一度おかしさに気づいて修正したけど、結局全体としてちゃんとそのように書けてなかったことは反省する他はない。なにより「ファンタジーの弊害」なんてタイトルが悪すぎる。「ファンタジーをファンタジーとして読めない人達」とでもすればよかったか、いや、「自己正当化のために物語を曲解する人達」とか。まー、そんな人達がKanonのプレイヤーにいるっていうのは被害妄想に近かったんだけど…。
 ちなみに引っ込めた一番の理由は、Kanonのテーマ解釈が自分の中で変遷しちゃったこと。そこまで修正して書くとなると完全に別物になってしまう。ていうか、なにより修正作業が面倒だったので。
 そんなわけでKanonの新しいテーマ解釈をアップ。

 感想やレビューを発表するならば、どういうスタンスで、というか、どういう趣向で物事を見ているかくらいははっきりさせた方が良いのかもな、というのをふと考える。
 雪駄が何を読んできて、何をどのように評価しているかを例にとってスタンスを示そうってわけだ。そのうち自己紹介ページでも改装しよう。
   まぁ、<小野不由美さんの「悪霊シリーズ」とか読むと、こういう人たちはなかなか得るものがあるのでは、と思うけど、きっと読んでくれないのだろう> とか、<少なくともファンタジー批判をするのなら、やはりファンタジー小説の名作と呼ばれるようなものには目を通しておいてほしい> とかいうある意味雪駄充ての文章を受けて、なんだけど。

 ちなみに雪駄がファンタジー有名どころで目を通したっていうと今ぱっと浮かぶのは海外物で「指輪物語」「ベルガリオン」「ゲド戦記」「魔法の国ザンス」で、日本だと「誰も知らない小さな国」「空色勾玉」とかいうのになるかなぁ。で、海外のはゲドとザンス以外はあんまり肌に合わなかったし、エンデもナルニアも読んでないんで一番好きなファンタジーと言われて「グローランサ年代記」なんて答えるような輩がファンタジーについて語る資格があるかっていうと…、多分無いんだろうな。
 まぁ、ジャンルについて語る事自体があんま無いだろうけど。
 そういえばピーター・S・ビーグル「最後のユニコーン」を買ってきて読んでるけど、レビューや感想書くとしても「最高のファンタジー」とかうかつに書かないように気を付けよう。
 書くときは「最強のファンタジー」って書こう(笑)。「最強の〜」ってロッカーの常套手段だけど、凄くいい表現だよなぁ。だってツッコミのしようが無い。

「とらハは最強のエロゲなんだよ」
「それってとらハの方がKanonより強いってどういうことですか? Kanonの方が感動しましたよ」
「あ〜、Kanonの方がいいお話なんじゃない? でも強いのはとらハだよ」
「…わけわかんないです」
「とにかく、とらハは最強なんだよ。とくにさくらは最強だ。あれには勝てんわ」

 …馬鹿ですんません。


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