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《雑記帳9月》

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9月8日 女神のかけら

 須賀しのぶ「帝国の娘(下)」読了。
 上巻の時も書いたけど、本当、設定も物語もキャラクター造形も丁寧。
 今回は、見事に皇子アルゼウスの影武者となった14歳の少女カリエが皇位継承者としての教育を受ける為に他の皇子達と一緒に、世間から隔離されたカデーレ宮に放り込まれるお話。
 選帝のライバルとなる三人の個性的な皇子たちとの触れ合い、当然渦巻く周囲の人間達の思惑に翻弄される、兄弟同士の微妙な関係。本当は部外者で、しかも女なカリエ。
 スタンダードな話なだけに、作者の力量が問われるところですが…、いやはや、一気に読ませていただきました。めでたくシリーズ化ってことで、続きも楽しみです。
 これ、アルスラーン戦記やグイン・サーガが好きだった人にもおススメですね。
 コバルト文庫だけど、船戸明里さんの絵だから男の人も買いやすいし(ティーンズハート(ホワイトハートじゃねぇぞ)を平気で買う人間がいっても説得力無いけど)、アルスラーン10巻も例によって延期した事ですし、その代わりに買ってみるのもいいかもですよ。
 なんか安心させられる群像ファンタジー。

9月9日 覚え書き

 毎度、ONEとKanonについての覚え書き。

・ONEとKanonを姉妹に例えてエロ(耽美)小説の台詞風に。
「彼女(ONE)には出来ん事でもお前(Kanon)にはできそうだ。甘んじて受けるがいい。仕掛けたのはお前(Key)だ」
 私がKanonにいまだに拘る理由ってこんなんかもだ。

・Kanonの音楽って坂本龍一「戦場のメリークリスマス」に似てる。
 …やっぱ、Kanonてかなり映画っぽい。記号で作られた映画。
 脚本とイメージボード、音楽で仮組みした映画のよう。役者が一人もいない、必要としない映画>Kanon
 映画製作の際、こういうのを作って役者に見せてから演技させるのって手法として面白いかも。
 声を付加するコンシュマー移植も、ゲームをやらせてから演技させればいいのに。つーわけで、声付きKanonが出たらやってみたい。

・ONEの麻枝サイド(長森・七瀬・繭)と久弥サイド(茜・みさき・澪)の違い。
 永遠というフォーマットに合わせて作られたキャラクターもしくはシナリオが麻枝サイド。
 永遠というフォーマットと別に完成しているシナリオ・キャラクターを永遠に当てはめていったのが久弥サイド。
 よって、久弥サイドはシナリオやキャラクター自体の魅力は高くても型からはみ出てしまう。
 久弥サイドでは永遠という設定に対し、それを活かした美味しいシチュエーションが盛り込まれているが、シナリオからはそれは乖離している。部分部分は非常に美味しいが、全体としてはバランスがちょっと変。
 キャラクターやベース設定から美味しいシチュエーションをまず作り出していき、それを数珠のように繋ぎあわせたのが久弥サイド?
 麻枝サイドはキャラクターの存在自体が永遠というフォーマットの要素で、決して型からはみ出さないのでキャラクターを好き勝手動かしてもシナリオは完成する。
 その世界、設定に相応しいキャラクターを作り出し、好き勝手に動き回らせたのが麻枝サイドか?

・アシモフの「永遠の終わり」ってやっぱONEのベースの一つなんだろうなぁ…
 時間管理機構<永遠>に属す技術者が主人公で、<永遠>の時間矯正で愛した異時代の女性が消失すると知ったときに彼が<永遠>への忠誠心と愛に殉じるかで心を揺れ動かし…というのが話の筋だもんね。

・ONEは企画当初より主人公が消えるという別れで「せつなさ」を伝えるという狙いあり。

・恋愛って障害が高ければ高いほど燃え上がる。
 旧来の恋愛ゲームはときメモのように、「ゲーム」で障害を演出していたが、最近はシナリオや設定で障害を表現したものが人気。友達の恋人。年齢差。近親相姦。異種間恋愛。死に至る病など。しかし背徳感という快楽は受け入れられない人もアリ。
 ONEは背徳感が無く、なお且つ設定的に障害がある恋愛を表現しているといえる。自分はイノセンスだと信じ込んでいる人間には都合良く曲解されかねなかったので長森シナリオがああなったのかも?

9月10日 メモメモ

 メモ。
 コラム「ゲーム小説の問題点」と、それに関する種々反応

 そういえば、かつて「ザ・スキーム」というPCゲームでは、ゲーム本体よりもサントラCDの方が売れたという伝説が。良いもの作ればゲーム小説でもゲームより売れる?
 ゲームより小説の方が売れたシリーズっていうと、クレギオンとか蓬莱学園とかロードス島戦記とか…って、こいつらはここでいっとるゲーム小説とは多分チガウのだろう。ゲームと同じ世界観を使った別作品だし、ゲーム会社の社員、制作スタッフが書いた物だし。しかしロードス島の展開は…凄い特殊なケースだよな、今考えても。
 ちなみに前二つの作者はゲーム会社をやめて小説家として独り立ちしている。

 昔の宝島のゲーム版権コミック、小説、ゲームブックの名前だけ借りたような無茶苦茶な内容とバクチ感、現在の徹底したオフィシャル至上主義「原作のイメージを壊さない」安全パイなゲーム内容紹介小説について考える。原作イメージとやらを壊すことのデメリットって…なに?
 原作の熱狂的ファンの反発くらいしか考えられないし(ゲーム小説なんて原作のファンしか買わないんから大問題なんだろうけどさ)、原作と別物でないゲーム小説、プレイヤーから文句が一つも出ない作品なんて、ない。読んでて面白ければ、ゲームと違う個所はアレンジ。読んでてつまらなければ改悪。当たり前だけど、ゲーム小説でも大事なのは原作の再現性じゃなくて読んでいて面白いかどうかだと思う。
 そういえば原作者自らが書いた小説は、その内容がどんなに原作ゲームからかけ離れていてもイメージ云々での文句は来ない。ゲームじゃないけど富野さんの小説ガンダムとか「こんなのガンダムじゃない」とはいえんだろう。「俺のガンダムじゃない」はありだけど(笑)

 「公式ガイドブック」がもたらした、ゲームに出てこない公式設定による混乱。
…オフィシャルな小説はゲーム内容と反する事を書いてはいけないという思いがどこかに? 公式サイドストーリーと銘打たれたのでないなら、メディアが違う物は小説版「〜」、アニメ版「〜」ゲーム版「〜」と分けて見るもの、別作品と見るものだと思うのだが、そういうのは今は一般的でないのだろうか。ゲーム小説は公式設定資料集ではないだろうに。

 外注先が信用できないと文書に起こした制約で変なモノ書かないように縛り付けるしかないが、信用できるなら好き勝手書かせてもいい。そもそも外注先を決めるのは誰なのか。ゲームの制作スタッフの声が関連商品まで届くケースはどれくらい?

9月12日 ホットロディマス+x=ロディマスコンボイ

 つーわけで、CMの他、クソゲーハンターやしろはたに煽られて観てきました「マトリックス」。
 話の筋自体はダークシティというかファンタシースター3というかなんというか、まぁ、大した事は無いです。SFの古典。ジャンプ増刊の短編マンガなんかにも良くありますね。私のkanon文の5th前半部分みたいな話がしたい人にはいい材料なんじゃないでしょうか。
 ストーリー的には、劇場で見る映画に複雑すぎる話はいらない、てことなのか単純化してあるので非常に分かりいいです。ガジェット自体が魅力的なんで、下手に複雑なことやって訳が分からなくなった観客を置いてきぼりにするより、ストレートに描いたわけですな。前半30分の設定説明部分であれだけ眠くなるんだから、下手に凝ってたら全部で3時間くらいになって、始め1時間位で観客が眠り出したと思われるので、これは非常に正しい判断だったと思います。
 大衆娯楽としての映画にあんまり複雑なストーリーは不要だっていうのはタイタニックの大ヒットが再確認させたことだし、ストーリーや設定で複雑なことやるなら小説の方がいいっていうのはちょっと考えれば誰でも分かることですからね。2時間しかないのをウダウダ観客を悩ませたり眠らせたりするより、最大の強みである駆け抜ける映像と音で目一杯楽しませようというのは、興行の成功を考えるても正しい判断だったと思います。事実、アメリカではウケたし、今日の映画館も一杯だったし。反応は上々だったし。ガメラ3にも見習って欲しかったですな。戦う理由さえ観客に分かれば、アクション映画のストーリーなんかどうでもいいんだし。設定は凝ってもいいけど、二時間ものでストーリーまで凝っちゃったら絶対消化不良になるんだし。

 そんなわけで、私的にはこの作品はアクション映画だったわけですが、内容は…とにかくかっちょ良いです。
 香港からユアン・ウー・ピンを連れてきて演技始動させたワイヤー・スタント付きカンフーアクション(空中三段蹴りなんかカッコ良くきめる!)はもとより、どっかで見たような絵の実写版のド迫力は見ていて愉快痛快。実写版「GHOST IN THE SHELL」というかなんというか。 しかしなにより、ガンアクションがお馬鹿で格好良すぎる!
 まさか実写のヴァッシュ・ザ・スタンピード(asキアヌ・リーブス)を見られるとは思いませんでしたよ、ええ。
(実は一番カッコイイのはキアヌじゃなく、ヒロインのキャリー・アン・モスの「避けてみろ」なんですが)
 ラストシーンは脚本の勝利。変なオチをつけずにいい終わり方してるです。
 ガジェットが単純ながら、良く設定されていて魅力的なんでシェアードワールドとして別のストーリー見たいなぁと思っていたら、続編をスターウォーズのエピソード2にぶつけるとかで、非常に楽しみですね。
 エンタメとして非常にいい映画だと思います。続編で変などんでん返し的なオチをつけない限りは良作品として頭の中に留めておこうと思います。
 しかし押井守が悔しがるのが良く分かる。金と技術と時間があれば「紅い眼鏡」も「ストレイ・ドッグ」もああいう風に出来たんだろうなぁ…としみじみ。映画づくりは資金繰り…営業も大切だ。

 しかし、なんとなく昔RPGマガジンであったTRPGのリプレイ「夢幻のきらめき」のラスト・エピソードを思い出してしまった。サイバースペースがちょっと絡む以外は全然似てないんだけど。

 ところで昨日始まったアニメ「ゾイド」なんですけど、設定が上手いですよね。昔やってた玩具の帝国vs共和国のストーリーは過去の話ってことにして、砂漠化した世界でゾイドを発掘。今の子供達にも昔ハマってた我々にも受け入れやすく、親子で楽しめる設定なんだもの。ミニ4駆のように世代交代した再ヒットを望めるかも?
 まぁ、風の谷のナウシカっていうか、発掘ゾイドの横から謎の美少女が発掘されたりしてありがちな話なんだけど、パンツァードラグーンを思い出させてくれたりして個人的には好きなパターンの話なんでチェック入れます。いい意味で裏切ってくれることを期待しつつ。

9月13日 “神”は気づけば、そこにいる

 心臓疾患持ちの友人に電話の向こうで意識を喪われたことがある。
 こちらは北海道。相手は鳥取という状況で。
 厭なくらい冷静に色々なところに電話で問い合わせをし、知人の家に救急車をまわしてもらった。

 結局、酒呑みながら電話してて潰れただけだった、というオチがつき、今では笑い話。

 相手の顔が見えない、触れられないのにリアルタイムで繋がっている奇蹟。
 電話、ネットという通信技術は色んなモノを変えてしまったと思う。
 良くも、悪くも。
 何かが起こる。
 そこにいないのにリアルタイムでそれを知り、影響を与えることが出来る。時には人の生き死にすらも。

 このサイトを見て欲しい。
 和訳するとこうだ。

「3.6秒毎に、飢えで誰かが一人死んでいる。
 その3/4は、5歳以下の子供達だ。
 この地図の国が一つ暗くなる毎に、誰かが一人死んでいる」

「このボタンを押して下さい。
 このボタンを押すと、世界中の飢えに苦しむ人達に無料で食料援助が為されます。
 このサイトのスポンサーたちが、あなたの食糧援助の資金を負担します。一日に一度、貴方は援助できます」

 お金も、時間も責任も払う必要はない。
 何も出来ないことは言い訳にならない。ここを見られるだけでそれは出来る。
 ボタンを押すだけでこのページを見てしまった人間は、人の命を救う手助けができる。
 そして今、このページを見てしまった貴方は、見たことも無く、今後会うことも無いであろう誰かの命を左右できる。

 …貴方はボタンを押しますか?


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