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《雑記帳12月》

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12月19日 夢を見続けるこの丘で

○大いなる助走
 16日の雑記には確かに雪駄の体験談が含まれていますが、フィクションであり、現実の団体個人とは無関係なんで、そこら辺、個人の判断で宜しくお願いいたします。
 それから、16日の雑記のラストでもちょこっと書いたけど、私の意見、考えは信仰しないでね。すぐに移り変わるいい加減な物だから。

 …こういうと、自分の意見に責任を取らないのかとかなんとか誤解されそうなんで、一応説明しておきますと、私は自分の過去と現在の言動に責任はもっても、それを絶対に正しかったとは信じていないんです。
 自分が信じるべきは自分の編み出した考えや意見ではなく、自分自身の判断力だと私は考えるんですね。
 最終的に自分がステップアップしていけるのならば、自分の考えやポリシーなんてどうでもいいんですよ。オリジナルか紛い物かだってそう。
 よりよくあるためには、いくらでも私は自分なんて物は捨てるし、他人の考えを受け入れて自分の物にしていくでしょう。
 他人の意見を聞くのは大事な事じゃなく、当たり前の事です。
 自分と違う意見であればあるほど聞くのが当然。
 その上で、自分の意見と照らし合わせ、どちらが自分にとって納得できる意見、考えかを判断し、自分の今後の参考にする。
 絶対の善悪、正否を判断するんじゃなく、自分の思想、行動の選択肢を増やし、より良いそれらを見つけ出すのが意見発表、交換の目的だと思うのです。
 少なくとも、一つの思想に凝り固まったり、また逆に自分で判断せずに他者や世間の動きにただ流されるよりは、そうした方が自分を高めていきやすいと思うのですね。

12月20日 辛さ×1:甘さ×12=1:1 

 今回のタイトルは、批判メール1通で虚弱な精神のサイト運営者は参っていたが、12通の感想メールが来たので元気になった…ということではなく、かつてある人に言われた言葉より。

「モノを書く、意見を言うって事は、同じ内容でも必ず否定的な感想と好意的な感想の両方が出る。
 全員から好意的意見を引き出すのは不可能だと思った方がいい。
 それは大前提として覚えておけ。
 向上心があるなら誰だって否定感想で指摘された部分を直していこうとするが、そういうのも冷静に考えろよ。
 甘みという味覚よりも、塩辛さの方が12倍強く人間は感じる。
 それと同じように否定的な感想はお前の心に12倍の痛みで突き刺さるんだ。
 クレームが1あったとき、同じ個所に好意的な感想が12あるなら、それは短所ではない。お前の個性だ。直すな。
 たった一人の好みに合わせて12の好意的な読み手を喪うのは愚の骨頂だ」


 いい指導だったなーとふと思い出してメモ。…12:1の比率はあんま意味無いな。
 人気商売なら、事実誤認や言葉の用法ミス以外でクレームが来るのって、喜んで然るべきこと。そこまで人の心に何かを届けられるなんてバンバンザイよね。まぁ、プロバガンダでなく、娯楽作品やってる時には逆に強すぎる感情移入は凄い困るんだろうけど…とかいうようなちょい複雑な事象を考えると問題あるけど、とにかく真っ直ぐ前に進ませるにはいい説教だった。
 16日の雑記にあるような事、あれは素直に大喜びするべきよね、ホントなら。
 …余裕ないのね、ワシ。

12月21日 リーディング・ストーリィ 

 いわゆるカセットブック、ドラマCDと呼ばれるものには「音だけアニメ」と「ラジオドラマ」と「小説の朗読」の3つがあると私は勝手に分けている。
 「音だけアニメ」は第3次声優ブームとあかほりさとる、そしてOVAの衰退等といった事象が組み合わさって生まれた、セルがつかない音だけアニメの事である(注:あらゆる意味で偏見である)。
 ラジオドラマの脚本ではなく、アニメ脚本で演じられるので音を聞くだけでは状況がさっぱり分からない筈だが、アニメ脚本というものが市場に溢れる低予算アニメの、画面が無い、動かないといった不具合をその場のノリや声優の説明台詞で誤魔化す方向で進化している為、意外な事にさほどの違和感はなく、購買層のアニメファンには何の問題も無く、市場に受け入れられてしまった。
 如何に日本のアニメーションが貧乏臭く、そのせいで表現が狭められているかが良く分かるメディアである。
 「EVANGELION ADDITION」収録の『終局の続き』など、そのことを皮肉った「音無しアニメ」で、内容自体はつまらないが、形式そのものに自覚的で、それをギャグにしているというのは面白い。
#こういうセンスを業界やスポンサーへのルサンチマンでなく、作品製作へ使ってくれればなぁ…
 「音だけアニメ」は何処までいっても「絵が無いアニメ」「アニメの出来損ない」である為、どうあっても絵が付いたアニメや、音だけ、文章だけで物語る為に特化した「ラジオドラマ」や「朗読」より面白くなりようがないという、中途半端なものである。
 ゲームというメディアにおいて、それが映画の代用品として作られている限りはどんなに予算をかけたゲームでも映画そのものや、逆にゲームの特性を活かして製作された低予算ゲームより評価して貰えないのと似たような物であるな。
 「ラジオドラマ」は「君の名は」「宇宙戦争」「NHK青春アドベンチャー」なんかで有名な形式。音だけで如何に物語を表現するかという職人芸であり、時に映像のついた作品に優る。
 「朗読」はそのまんまやね。最近だと白倉由実が「リーディング・ストーリィ」と呼んで、ちょっと変わった形式でやっている。一人〜数人の女性声優が小説を掛け合うような形で読んでいき、台詞部分では演技するというかなんというかそんな感じでかなり良い。「飛ぶ教室、その他の短編」「夢から醒めない」等、幾つかCDが出ているので興味がある方は当たって見てくださいな。
 ただ、白倉節は癖があるんで、CFFで連載されていたONE&夢醒め二次創作「ONEから醒めない」なんかで予習した方が吉。あの空気が分かる方にならばおススメ。そうでないと辛いかな。
 …一人称のノベルゲームに声つけるなら、「リーディング・ストーリィ」形式でやったら面白いと思うのよね。台詞だけでなく、主人公の状況描写のモノローグ部分も朗読形式で声優に読ませるの。
 試しにKanonを自分で朗読してみたけど(マテ)、あの文章は朗読にも映える。
 プロローグ、突っかからずに朗読していくと、ちょうどBGMの「夢の跡」が二順して終わるんだよね(それは私だけかもしれないが)。そこからLastregretsっていうのはナカナカナカナカ。演劇系の友人がいる方は、画面を前に一緒にメッセージを朗読していくと面白いですよとか言ってみる。
 …人に見られたら死ぬほど恥ずかしいですが。

○ONEドラマCD
 さて、長々と書いてきたのは、ONEドラマCD感想を書く為の前振りだったり。
 方々で評判良かったので「音無しアニメ」では無いと思ってたんだけど、これ「ラジオドラマ」でも「朗読」でも無かったんだよね。
 一応ゲームのシナリオに沿ったストーリーみたいな物はあるんだけど、人物の紹介、状況の描写って物が無くて、ただ台詞の掛け合いという状況を切り取ったイメージクリップ(?)がラストまで続くといった趣。はっきりいって、ONEを知らない人間が聴いたら分けが分からないこと間違い無し。
 時間軸が分かりづらいんで(過去回想部分には微妙なエコーかけたりとかしてるんだけど)、ことによるとONEを知っている人間が聴いたって訳が分からない代物。
 だけどこれ、そんな事はどうでもいいんだよね。
 ゲームから切り出した個々のエピソードが声で表現されている、ていうそれがちゃんとできてるんで、ONEファンはそれだけで満足してしまうという…。
 いいラジオドラマだね、いい口頭演劇だね、なんて言ってよいのかどうかは正直言って分からない。
 ストーリー自体も好き嫌い別れると思われる(盟約の解釈とか)。
 でも、ゲーム内のシーンが声の演技で聞けるっていう、ただそれだけで全てのONEファンにとって、いいCDになるんだよなぁ…
 ONE知らない人でも理解できる、単体で完成する「音無しアニメ」or「ラジオドラマ」にせず、ゲーム内のシーンの声による演出っていうのに特化したCDを作ったというのは製作側の英断。ランダム再生してるだけで私なんかは幸せになれる。…皆口裕子のだよもん星人がこんなにハマるものだとは予想してなかったよお兄さん。
 かといって、ストーリーが無いシーンクリップのファンディスクって訳でもなく、聞く側で情景やキャラクター描写を勝手に補完していくと、ちゃんとストーリーは理解できる。
 変な説明台詞やモノローグの羅列で感情移入を疎外して興醒めさせる「音無しアニメ」ではなく、作品単体で完結している「ラジオドラマ」や「小説の朗読」でもない。
 絵や台詞による説明で状況描写の補完をするのではなく、対象とされた聞き手(ONEファン)が、持っている知識でそれを補完する事で、切り出したシーンの羅列でしかない物がドラマとなって完成してしまう。
 しかし、対象になっていない人間が聴いたら、ドラマにはならない言葉とシーンの羅列(数回聞けば理解できるんじゃないかという気もするが)。
 真の意味でファン専用のCD。
 ファンアイテムとして非常に素晴らしい出来でした。
 人間の声っていいよねぇ。…内容についての感想は後日(ぐわぁ)。

12月22日 少女趣味 

 天王台文庫 ハイエンドノベル振興会 掲示板の17日の書き込みにて今木さんと一緒に「ONE・Kanonに萌えている人」として補足される。萌え…

>なぜONEやKanonはゲームであって、ライトノベルやマンガじゃなかったのか?

 ONE・Kanonは18禁美少女ゲームでありながら本格的に「泣き」のゲームだって事でユーザーに衝撃を与え、地位を獲得したわけだけど、実の所、その泣かせの方式やファンタジーガジェットってのはエロゲーマーには衝撃でも、漫画読みには取りたてて目新しい物ではない。
 既に各所で言われてる事だけど、ONE・Kanonシナリオの泣かせ方っていうのはまんま少女漫画のそれであり、少女漫画読みからすると良く出来ていても全然衝撃ではないんだよね。
 なんで一部のゲーマーがあれほどONE・Kanonの「泣き」にハマるかというと、その少女漫画的表現、言うなれば少女趣味的演出が、美少女ゲームという究極の男性趣味(謎の表現だが)の中に突如として現れた事にカルチャーショックを受けたっていうのが最大の理由だろう。
 ONE・Kanon以前の18禁ゲームにだって「泣き」要素というのはあったのに、ここに来て「泣き」がいきなりブレイクしたってので、慌てて時代性がどうのなんて分析する向きもあるけど、これは少年誌、青年誌のような「男の子向け」という方向性で作られていたシナリオしかなかった18禁美少女ゲームに、今まで誰も考え付かなかった「女の子向け」の作法で作られたシナリオを投入する事でONE・Kanonがユーザーに衝撃を与えたというだけなんじゃないかと。
 チームを分割される事を嫌って独立してしまうくらいにスタッフの連帯意識が強く、「MOON.」「ONE」はグラフィッカーが全員女性という事実なんか考えると、これらの作品がいわゆる「男の子向けエロゲー」とは一線を画した、女の子向けの作法技術が導入された「少女趣味的18禁美少女ゲーム」だっていう見方は、あながち間違っていないと思うんだけど、どうかな?

 「泣き」という方向性だけで見るとONE・Kanonが少女漫画の作法で泣かせるシナリオになった理由は見えてきても(青年漫画しかなかった18禁美少女業界に少女漫画を持ち込んだ目新しさブレイクさせたような物)、ゲームであった理由は見えてこないと思うのです。
 ONE・Kanonの泣きゲーとしてのブレイクって言うのは、ライトノベルで冴木忍が「泣き」の作家としてブレイクした(少年漫画的ファンタジーしか無かったライトノベルに、少女趣味的ファンタジーの作法を持ち込んだ)時の状況と同じなんじゃないかと。

 松竹が駄目でONE・Kanonがブレイクするってのは、「泣き」に関していえば、男の子向けの「泣かせ」は長い年月の中で腐って駄目になったけれども、女の子向けの「泣かせ」は免疫無い人間が多いんで新鮮に映るってあたりが最大の理由で、メディア自体はあまり関係ないのではないかと。
 ゲームはそれが擬似とはいえ、プレイヤー自身の「体験」になるので漫画や小説より感情に訴えてくるのは確かだけれど(「泣き」でも「怒り」でも「萌え」でも)、小説や漫画や映画と同等かそれ以上のシナリオを体験させるゲームって数える程しかないし。

 えー、長々と書いて何が言いたいかっていうと、ONEやKanonが「ゲームである意味」ってのは、凄く重要で面白いんだけど、「泣き」とはあんまり関係ないって事。
 物語の傾向変化と表現形式の進化は切り離して考えるべきかと。

○Whiteさんとこの本に書いた事もこれ
 ゲームってのは、電子トランプとして対戦ツールとなったりして物語作製ツールになる、挌闘ゲームやポケモン、ネットゲームといったシナリオ要素の薄い「環境型」と、シナリオ主導でそれをプレイヤーに体験させる「シナリオ主導型」があると見てるんだけど、「シナリオ主導型」でシナリオを映画や小説並みに文芸的な物にしようとすると、どうしてもプレイヤーの操作するキャラクターに個性つけたりせざるをえず、プレイヤーの操作するキャラクターとプレイヤーの間のシンクロ率が下がって、体験するんじゃなく、観る物語になってしまう。
 物語のクオリティをあげると、プレイヤーはその体験者じゃなく観客になっちゃうっていう、それが物語るゲームのジレンマで、FFなんかが物語表現的にクオリティアップするたびにゲームで無くなってしまうって批判される原因なわけだ。ゲーム部分は複雑なページ捲りですか、と。
 ONE、Kanonていうのは、そのプレイヤーが物語の観客になってしまう事すらシナリオに組み込むことで、上手くそのジレンマを解消してるのが凄いわけで。
 ポケモンやウィザードリィみたいにプレイヤーが自分で物語を作り出して体験するんでも、シナリオライターが用意した物語を鑑賞するんでも無く、シナリオライターが用意した物語を自分で「体験」できる。しかも体験する物語はシナリオ的にも演出的にもクオリティが高い。
 風のクロノア・ONE・Kanonなんてのは、「客」が「プロの作った物語」を「体験」できるなんて新しい物語表現メディアの黎明で、自分はそれに立ち会ってしまった、いわば歴史の証人。
 ゲームで語られる物語の時代性だのメッセージ性なんて考えるより、ゲームっていう新しい物語表現メディアの行く末を考える方がよっぽど面白いし、ワクワクするよ〜、とか言ってみたり。

 簡単な話、物語でもエロシーンでも、観ることだけが目的ならゲームであることは邪魔でしかないわけで。
 ゲームプレイで得られる部分がプレイヤーの(擬似)体験になるから、ゲームなんてものをわざわざやるわけだ。


12月23日 永遠

 人は大切な人を喪ったとき、その辛さから、前を向く事をやめる。
 未来には大切な人はいないから。
 そして、時には幸せだった大切な人との思い出の中に自分を閉じ込める。
 …貴女のように。
 だが、それでいいのか?
 大切だった人は、自分の未来を思い出の中に閉じ込めている貴女を見て、どう思うだろうか。
 貴女の世話する、あの欅の木は俺に過去を思い出させてくれた。
 お陰で、俺はそろそろ、過去と向き合うべきだと気付いた。

 たしか、この前のメダロットでロクショウが言ってたのはこんな台詞。
 …ONEを思い出したのは私だけではないはず。

 ロクショウは、幸せだった日々の喪失という過去に目を向ける事をやめて、たださすらっていたわけですね。
 ところが、とある未亡人が世話していた欅の木が、かつて自分が暮らしていた場所にあった木とそっくりで、かつてそうしたように登って夕日を見たとき、ロクショウは喪った幸せだった過去の日々、安らぎを思い出してしまう。
 そして同時に、それを喪った忌まわしい過去も。
 さて、木の所有者の未亡人にとっても欅の木は主人の思い出で、彼女はそれだけを守って、家に引きこもって生きていた。
 ロクショウは欅の木に安らぎを感じている自分と、欅の木という主人との思い出の中にいつまでも閉じこもっている彼女を比べる。
 過去を否定し、向き合わずに生きてきた中に安らぎはなかった。
 幸せな思い出という過去は、安らぎだった。
 だが、何時までもその安らぎの中にたゆたっているのは、それは喪われた過去の反芻に過ぎない。
 安らぎであるとはいえ、過去の中に未来を閉じ込めている彼女は、果たして幸せなのだろうか?
 自分は、逃げていた過去の中に大切な物を見つけた。
 逃げていてはいけないと気付いた…

○さて、ONEとKanonだ
 少年は、大好きだった家族の喪失という過去から目を背けて生きてきました。
 ところが成長し、本当に大好きな恋人が出来たとき、かつて同じように大好きだった家族と、それを喪った過去を無意識に思い出し、いずれ訪れるかもしれない大好きな人の喪失に恐怖するようになりあmす。
 そして喪失の無い、永遠を望みます。
 永遠とは、大好きな人との幸せな日々の思い出の世界の中に自分を閉じ込める事。
 でも、未だ喪われてはいない大好きな彼女は、閉じこもってしまった彼を思い出の外側、未来の先でずっと待っていたのでした。
 彼は答えます。大好きな彼女の思いに。
 帰ります。過去から現在へ。未来ある世界へ。

まだ知らない悲しみがあると言って
少女は泣き続けた
そんな悲しみ、どこにもないのに

『少女の檻』

 Kanon舞シナリオがONEのアレンジだと私がいう理由、分かりますよね?

 少女は、自分が普通じゃないから人に嫌われる事を知っていた。
 そんな中、自分を好きになってくれた少年が現れた。
 少女も、彼が大好きだった。
 だけど、いずれ少年との別れのときがやってくる。
 少女は、大好きな少年との別れという事実を信じたくなかった。
 だから嘘を付いた。「魔物が来るんだよ、助けて」
 滑稽な嘘を。
 そして、待ってるからと約束をして、彼を待ち続けた。
 でも、彼は来なかった。
 だから、普通の女の子になろうと少女は努力した。
 そうすれば、彼が来てくれるんじゃないかと思ったから。
 長い時が経ち、彼女は普通の女の子にはなれなかったけれど、彼は彼女の元に帰ってきた。
 もうひとり、大切な親友も出来た。
 幸せだった。
 でも、また、どこかに彼らは行ってしまうのではないか?
 だって、自分はやっぱり普通じゃないから。
 少女は喪失が怖かった。
 そんな中、少女は自分が普通じゃない所為で大好きな親友を傷付けてしまった。
 やっぱり駄目なんだ、と気付いた。
 だから、喪失の無い永遠を望んだ。
 大好きな人との幸せな思い出の檻の中に自分を閉じ込めた。
 ありがとう。好きだから…
 哀しいよね。「Thank you」と「I love you」が別れの言葉だったなんて。
 少年は泣いた。
 少女が檻の中に閉じこもって自分から離れてしまうのが嫌だった。
 だって、彼女が大好きだったから。
 だから彼女の思い出の中に飛び込んだ。
 僕は何処にも行かない、という約束を伝える為に。
 そして少女は、少年に手を引かれて思い出の檻の中から帰ってきたのでした。

12月27日 振り返って1999

 今年ももうすぐ終わり。ちと振り返ってみる。
 …色々あったけど、一番の変化って、やっぱこのページ始めたことかな。
 2月に仮開設、本格公開は4月…
 色々な物が動き始めたのは6月のKanon発売に伴うONE・Kanon特設ページ「一〇cm四方の青空」の開設と「ONE徹底レビュー」の開始…。
 色んな所に補足していただき、感想メールを頂き、リンクして頂き…。
 WWWで活動する面白さというのを実感した一年でしたねぇ…。しみじみ。
 楽しい一年間でございました。
#1年足らずで一万カウント超えられるとは、文章しかないサイトにしてはいい線じゃんとかなんとか自画自賛もしてたりして(^^;;
 来年も宜しくお願いします>覗いて下さる皆様方

 さて…。一応、漫画とゲームの感想で売ってきたページですし、例によってそこら辺の年間ベストとか発表しましょうか?

私的1999ベスト作品

○コンピュータゲーム部門
 …実はあんまり本数やってないですね今年は。
 とはいえ、ONE・Kanonのファンページ始めてWeb生活の内容が変わったりなんだりと、ゲームライフというやつは充実してたといえるでしょうか。単に18禁美少女ゲームに本格的にハマって人生踏み外しただけって気もしないでもないですが。
 えー、そんなエロゲばっかの1999年でしたが、私的ベスト1は 最強のエロゲー(注:最高ではない)の誉れ高く、美少女ゲームってカテゴリだったら、私的オールタイムベストにランク入りも果たしたキング・オブ・萌えゲー「とらいあんぐるハート2〜さざなみ女子寮〜」で決まりですね。
 へ、なんであれほど色々書いてるKanonじゃないのかって?
 はっはっは、簡単なことですよ。
 Kanonは自分の感じた面白さをおすそ分けしてもいいけれど、とらハはそんなのごめん、あの素晴らしさを他人におすそ分けするなんて勿体無いから敢えて何にも書いてないってことなんですね〜。書く必要が無いんです!!
 …いや、ゆうひの「ごろごろ〜、どや〜」の素晴らしさなんかを書けったって、そんなのちょっと書けねえとかいうのもありますが。
 無理して書くなら、そうねぇ、何気に要所要所で語られるちょっとしたテキストで他のゲームのテーマとかメッセージをあっさり片づけてるってのポイント高いよね、とか(参考:愛シナリオ終盤の別れに関する話題にはONEでいう「永遠」に関するテーマだのメッセージだのが集約されている)、類を見ないアットホームな恋愛で微笑ましいよね、とか、ゆうひ可愛いよね、とか、美緒可愛いよね、とか、ゆうひってば子犬チック、とか、リスティ幸せになれて良かったね、とか、地元の人ですか? とか、にゃんがにゃんがにゃ〜、とか、うりうり、どや〜、とか、ゆうひシナリオのラスト付近の演出は素晴らしいよね、とか、らじゃった、とか、みなみちゃんはにゃ〜んとか、とか、萌えぇ〜
 まぁ、とにかく、とらハは勝った、それだけは紛れも無い事実であり、「完勝、この上なし!」ということなんですよぉ〜!! それがS.MA.P.における定説なんです!!! だから、年間ベストバウトは「ゆうひvs耕介」であり、最優秀選手はゆうひ(asラブラブ小犬チックモード)なんだすぅ!! 本当はさくらなんだけど、1の発売は去年だから、今年の一位はゆうひなんです〜 <わけが分かりません

○漫画部門
 …こんなときでも先にゲームの事書いてるから、ここは漫画のレビューページとして見てもらえねえんだな(ェー
 さて、本サイトが選ぶ年間ベスト漫画は――

船戸明里の「LUNAR ヴェーン飛行船物語」

 …えーと、LUNARというメガCD、セガサターン、プレイステーションで発売されたゲームのメディアミックス漫画です。
 雪駄はLUNARが大好きなんです〜(*'‐'*)エヘヘ♪
 …ああ、逃げないで漫画読みの皆さん〜(汗
 これはゲームのメディアミックスとはいえ、設定を借りただけで、殆ど単体のオリジナル作品として読めますから…。
 ゲーム中の人気キャラクター、魔族(偏狭に追いやられながらも魔法に秀で、美しく、そして長寿の種族)のガレオンのゲーム中では語られなかったエピソードが数編収められた中編集です。

「いつかは俺も死ぬ
 御前にも死は訪れる

 俺達のことを知っていた奴も死ぬ
 そうして忘れ去られる日が来る
 それでいい

 俺達も常に名も知らぬ者たちの歴史の上で呼吸している

 親父殿の名は消えても
 親父殿の教えた学問はヴェーンの中に残り受け継がれていく」

 ゲームを知らない人にも、長い時を渡る長命種(ヴァンパイアやエルフやアンドロイドなんか)の人生物語として楽しめるでしょう。
 短命の人間を見つめる長命種の物語に我々が惹かれる理由の一つに、彼らが物語を読む我々と非常に近い位置にいる為、感情移入しやすいという点があると思われます。
 私たちは物語を楽しむ間、その登場人物達に感情移入します。
 思春期の女の子なんか、時に彼らに恋心を抱いたりしますね。
 でも、我々がいくら彼らに感情移入して見ていても、我々は彼らと同じ時は生きられません。
 時に自分より小さな子供だったキャラクターは、或いは自分と同年代だったキャラクターは、物語の展開とともに年を取り、いつしか物語を見ている我々の年齢を追い越し、先に死んでいきます。
 逆に、年上で兄や姉、親のように慕っていたキャラクターの年齢を我々が追い越してしまう場合もあります。
 そんなとき、現実の人物、夭折した年上の肉親や歴史上の人物の年齢を追い越したときに覚える、妙な物悲しさと煮た感情を我々は抱きます。
 長命種のキャラクターというのは、そういった物語のキャラクターに感じる我々の物悲しさを理解しているキャラクターです。
 それ故、我々は彼らにより強く感情移入出来るのではないでしょうか。

 とにかくこの作品は構成が見事で…
 雪駄にゃん、雪駄にゃん
 なんですか?
 これ、1998年発売だよ?
 ……
 ……
 えー、1998年のS.MA.P.認定ベスト1は「LUNAR ヴェーン飛行船物語」ってことで…

 ふざけんな固羅(-.-”)凸

 1999年のベストは、ええと、えーと、槙村さとる「イマジン 11巻」てことで…
 …たまたま今買ってきた漫画を挙げてません?(--メ)
 あわわわ、そ、そんなことは…
 ど、ドラマ化&完結おめでとうなんだよ〜
 あうううぅぅ、2、2000年も「雪駄の漫画感想のページ」、略してS.MA.P.を宜しくお願いしますぅ〜!
 来年はちゃんと漫画のレビューも書きたいと思います(ToT)>゛

 あーうー、数時間後に列車に乗って帰省です。
 今年最後の雑記もなんか何時ものことながらテケトーですまんですー。でも「雑」記だし〜(言い訳)

 それでは皆様、良いお年を〜



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