ONE〜輝く季節へ〜「永遠」論考
●「二つの永遠。みさおとみずか」
とても幸せだった…
それが日常であることをぼくは、ときどき忘れてしまうほどだった。
そして、ふと感謝する。
ありがとう、と。
こんな幸せな日常に。
水溜まりを駆け抜け、その跳ねた泥がズボンのすそに付くことだって、
それは幸せの小さなかけらだった。
永遠に続くと思ってた。
ずっとぼくは水溜まりで遊んでられるんだと思ってた。
幸せのかけらを集めてられるのだと思ってた。
でも壊れるのは一瞬だった。
永遠なんて、なかったんだ。
知らなかった。
そんな悲しいことをぼくは知らなかった。
知らなかったんだ。
「えいえんはあるよ」
彼女は言った。
「ここにあるよ」
確かに、彼女はそう言った。
永遠のある場所。
…そこにいま、ぼくは立っていた。
「ONE」というゲームの核でありながら、それがなんなのか、何だったのか最後まで明確にされない「永遠」という存在。
ゲーム中ではその原理については一切触れられていませんが、それが浩平の中で生まれた理由については幾つかのヒントが語られます。
ここではその永遠の始まり、何が浩平に永遠を生ませ、縛らせたのか。何故浩平は永遠から帰還できたのか。
それについて論考していきたいと思います。
永遠というフレーズ。
それはまずゲームのオープニング、そして終盤の回想シーンで語られます。
「ぼく」が立っている場所に「永遠」はあると。
ここでいう「ぼく」とは主人公である折原浩平です。そして立っている場所は「少女」と「永遠の盟約」を交わした以後。傍に少女がいる場所です。
「…きみは何を待っているの」
初めて、ぼくは話しかけた。
「キミが泣きやむの。いっしょに遊びたいから」
「ぼくは泣きやまない。
ずっと泣き続けて、生きるんだ」
「どうして…?」
「悲しいことがあったんだ…
…ずっと続くと思ってたんだ。楽しい日々が。
でも、永遠なんてなかったんだ」
そんな思いが、言葉で伝わるとは思わなかった。
でも、彼女は言った。
「永遠はあるよ」
そしてぼくの両頬は、その女の子の手の中にあった。
「ずっと、わたしがいっしょに居てあげるよ、これからは」
言って、ちょこんとぼくの口に、その女の子は口をあてた。
手元にある辞書には永遠の項目にはこうあります。
【永遠】時間が果てしなく続くこと
「ぼく」幼い浩平は永遠という存在を信じていました。妹のみさおや母親との楽しい生活がずっと果てしなく続くということ、永遠は夜の後に朝が来るのと同じくらい浩平にとっては当たり前のことだったのです。
しかしみさおの病死でそれが当たり前のことでなかったことに浩平は気づきます。
「永遠なんてなかったんだ」
ですが幼い浩平はそれが認めきることは出来ませんでした。
結果、浩平は現実という世界を否定し、接触を断つようになっていきます。
「永遠」の無い世界は僕が生きる世界では無いと。
「永遠」が無い世界でなんかで生きることは耐えられない。
「永遠」が無い世界でなんか生きないと。
この時浩平はこの世界を拒絶し始めていました。
こことは違う世界「永遠のある世界」を求めはじめ、自分の中に「永遠」を作り出したのです。
浩平は自分が泣くことでみさおの泣き声を思い出し「悪戯をしてみさおを泣かせ、母親に叱られ、みさおに謝り許してもらうというかつての日常」を回想し、日々をその回想の中で生きるようになります。その回想こそが「永遠のある世界」だったといえるでしょう。
ここで永遠が生まれました。
浩平は現実を認めることができず、現実から自分が作り出した都合の良い妄想「永遠のある場所」に逃避してその中で生きるという一種の精神病に懸かりはじめていたと思われます。
特筆するべく点は彼が現実から「永遠のある世界」へと逃避する際のスイッチとしていた行動が「泣き続ける」という行為だったことでしょう。妄想に浸ることと現実の拒絶を同時にする好意。人が話しかけても意識して泣き止まないことは現実からのアプローチの排除にも繋がります。
このまま泣き続ける彼を、自分の作り出した「永遠のある世界」に溺れている彼を放っておいたらどうなったでしょうか。ひょっとしたらいつか涙がかれ果て、現実に復帰したかもしれません。もしかしたら現実との接点を完全に失い、彼の精神は「永遠のある世界」へ旅立って帰ってこなかったかもしれません。
しかし、そんな折りに「少女」長森瑞佳が現われます。
泣き続ける浩平に毎日のように話しかける少女。
彼女は浩平が否定し、遠ざけていた現実世界からの唯一の使者(彼を引き取った叔母の由紀子さんが忙しい人間であり、泣いている浩平を泣き止ませてあげられるほど親身になって構ってあげられる余裕が無かったことや、由紀子さん以外に引越し先で泣き続ける彼に接しようとする人間が皆無であったであろうことは想像に難くありません)であり、唯一、浩平の永遠妄想を否定する要素でした。
彼女が話しかけてくることが浩平が妄想「永遠のある場所」に浸り続けることを邪魔していたのは確かです。
浩平は泣きながらもついには現実からのアプローチに答えることをするのですから。
それは彼が「永遠のある場所」を過去の哀しい出来事として封印し、現実世界に帰還するチャンスでした。
事実、浩平はここで少女の手を借りて現実世界に帰還したといえるでしょう。
そう。少女「みずか」はこの時彼が溺れていたインナースペース「みさおとの永遠の世界」から浩平を開放したのです。
しかし、みずかがその時浩平に言ってしまった言葉は浩平を現実世界に呼び戻し「みさおとの永遠」から開放する殺し文句となったと同時に、深層心理で逆に彼を別の「永遠」で縛ることとなったのです。もしもその言葉無しで現実へと帰還していたら、浩平はここで自分の中の「永遠」を断ち切ることが出来たでしょう。
「永遠はあるよ」「ここにあるよ」「ずっといっしょに居てあげるよ」
「ここ」とは何処でしょう?
現実世界。幼い長森瑞佳が居た世界です。
浩平が永遠は存在しないと思っていた現実世界です。
浩平が現実世界を拒絶したのは、そこに永遠が無かったからです。
だから自分でインナースペースに永遠のある世界を求めたのです。
でも、現実世界にも永遠があるとしたら?
それを幼い「みずか」は示唆します。
結果、浩平は「みずか」に手を引かれて現実世界に帰ってきました。
そこには浩平が求めて止まなかった永遠があるのです。
「みずかがずっといっしょに居てくれる」という永遠が。
これは2つ目の永遠です。
永遠の盟約。
永遠の盟約だ。
幼いみずかの言葉は幼い浩平にとって
「私が貴方といっしょに居ることで永遠になってあげるから、私といっしょにこの現実世界で遊ぼう」
という盟約として機能し、浩平はそれを受け入れます。
そしてそれは、この「みずかとずっといっしょにいる」という条件が破棄されたとき、浩平が現実世界で遊ぶ、現実世界で生きるという理由が無くなるということを意味します。
幼い長森瑞佳は浩平を現実に復帰させて一緒に遊ぶという自分の目的を果たしました。
でもそれは浩平の「永遠」という幻想を破壊するのではなく、あらたな幻想、別の永遠を与えるという一時的な対処方法でしかなかったのです。
「妄想世界のみさおとの永遠」に溺れていた浩平を「現実世界でじぶんがいっしょに居てあげる永遠」に引っ張りあげただけだったのですから。
相変わらず浩平は「永遠」を望んだままなのです。
これは哀しみに壊れて行く幼い浩平を救う方法としてはいい方法だったとは言えません。
もし彼女が彼に飽きて「ずっといっしょに居る」盟約を破棄すれば、永遠という妄想から脱却していない彼はまた現実を拒否する可能性は非常に高いのですから。
しかし、彼と一緒に遊びたいだけの少女にとっては彼が遊んでくれる間だけ現実に居てくれればそれで十分だったのです。
やがて二人はその幼い頃の盟約などというものを忘れてしまいますが、幸か不幸か二人は盟約そのまま、ずっと一緒にいたのでした。
その結果、浩平は妄想世界ではなく現実に生きますが「永遠の盟約」はしんしんと降り積もる雪のように浩平の深層心理にアイデンティティとして堆積していたのです。
さて、オープニングの言葉に戻りましょう。
永遠のある場所。そこに僕は立っていた。
普通にゲームをプレイして考えれば、その場所はゲーム中「少女」とともに「止まっている世界」を見ている「空の風景」の場所を思い浮かべてしまうかと思われますが、ここまで論考してくると
「浩平の永遠=みずかorみさおとずっといっしょに居ること」
という公式が見えていることと思われます。
永遠のある場所とは、みずかorみさお、もっと言ってしまえば「誰か」がずっといっしょに居てくれる場所ならば何処でも当てはまるのです。
長森瑞佳がずっといっしょに居てくれれば、そこは何処であろうと、どんな時間であろうと、そこは永遠のある場所です。
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ゲーム開始時。
高校生の折原浩平は長森瑞佳とずっといっしょに高校生活を送っています。
そこは、永遠のある場所でした。
しかしそこは、社会的にも、精神的にも(恋愛感情の芽生え)男女が「きょうだいのようにずっといっしょに居る」ことができるギリギリの位置でもありました。
折原浩平、そして長森瑞佳は深層心理でそれを、盟約がやがて履行不可能になることへの漠然とした不安に気づいていたと思われます。
このゲームは幼い日に長森瑞佳が折原浩平を現実に繋ぎ止める為に結んだ2つ目の永遠「ずっといっしょに居るという盟約」が壊れはじめ(長森瑞佳は浩平に恋人が出来ることを望み始めていますが、それは無意識に盟約の破棄を望んでいることの表れなのかもしれません)、浩平が現実にいる理由を失い、幼い浩平が泣きはらしながらインナーに作り上げた一つ目の永遠(それこそが「空の風景」の世界)がそれまでの浩平の日常を吸いながら再び顕在化しはじめ「みさおの代わりにみずかがずっと一緒にいる」インナースペースとなり、それが現実から浩平の存在を奪い取ろうとするところから始まるのです。
それは精神を病んだ浩平の妄想なのかもしれないし、それが世界に作用してしまったファンタジーなのかもしれません。
ともあれ、もう一度浩平が現実に帰還する方法。
それは今一度幼いころにみずかとしたように「永遠の盟約」をだれかと結ぶか、「永遠」を完全に否定し、永遠の無い現実を認めるかの二つです。
ゲームのラスト。みさき先輩・茜・澪シナリオのバッドエンドで浩平は「みずか」ではなく彼女たちとずっと一緒にいる「永遠」の世界に旅立ちます。トゥルーエンドで一年をかけて帰ってきた折原浩平はそういった自己のインナースペースの中の彼女たちと会話し、ついには自分の中で求め続けた「永遠」を否定して現実を認め、「永遠の無い現実世界」へと帰ってきたのでしょう。
余談ですが私的補完SS「FAKE ONE」ではONE世界を無限反復世界とし、全ヒロインと「盟約」をこなしそれが破棄され、というのを繰り返し、最後にようやく折原浩平が永遠を否定して現実に帰るという全シナリオを一本につなげるという荒業を目指していました(過去形。今のF1はちょっと違う方向に流れてます。そのネタは別のSSで描くでしょう)。
6月11日追記
>それは今一度幼いころにみずかとしたように「永遠の盟約」をだれかと結ぶか、
何故、浩平はヒロインたちと二つ目の「永遠の盟約」をしなかったのか? という質問を貰いました。
これに関してはまだ未整理ですが、C.FさんとONE考察掲示板でやり取りしていただいた中で指摘された「他者」という観点からいずれ再考察したいと思います。
まぁ、一言でいうと、
「家族や友達ならそれでもいいけど、恋人だと一生傍にいるという確証が持てないから永遠にはならない」
ってことなんですが(笑)。