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【シナリオ考察】

氷上 シュン

「何もキミだけが、幻想の世界に生きているんじゃない」

「誰だってそうなんだよ」

「すべてが現実なんだよ」

「物語はフィクションじゃない。現実なんだよ」

 主人公と同じ目をした少年。
 主人公と同じようにこの世界から消えようとし、同じように幻想の世界に生きている故に主人公の身に起きていることを知り、同じ境遇である親近感を持って主人公に接した少年。それが氷上シュンです。

 彼の身体は病に侵され、命を終えようとしていました。
 つまり、この世界から消えはじめていたことになります。
 それが主人公と同じ目をしている一つ目の理由です。
 もう一つの理由は、彼が主人公と同じような幻想の世界に生きている事です。

 さて、主人公が生きている幻想の世界とはなんでしょう。
 無限反復する永遠の世界のことでしょうか?
 答えは否、です。
 氷上は幻想の世界に生きているのは「誰だってそう」だと言っています。
 この場合に氷上が口にしたのは、氷上や主人公が向かった「誰にしもいつかは訪れる世界」(いわゆる死後の世界?)のことではなく、現実に我々が今生きている世界の事です。
 皆、同じ現実を生きているつもりだけど、現実というものにそもそも実体はない、それぞれがそれぞれの抱いた幻想を勝手に現実だと思い込んで生きている、一般に現実といわれるのはその幻想が多くの人間にとって現実だとみとめられている「共同幻想」に過ぎない。ちょっと観念的ですが、氷上の言った幻想の世界とは、そういう意味です。
 そして主人公が生きている幻想とは「永遠の盟約」、「みずかとずっと一緒にいられる幸せな毎日」です。
 それは二人が「ずっと子供であれば」現実足り得ますが、みずかが大人になり、主人公にもそれが求められればその幻想は共同幻想=現実からはじかれてしまいます。
 主人公は現実という共同幻想ではなく「永遠の盟約」という現実からははじかれる幻想の中に生きていました。

 対する氷上の生きている幻想とはなんでしょうか?

 もとより、出歩けるような病状ではなかったらしいし、学校だって2年になってからはずっと休学していたのだ。

 彼は病に侵され、出歩ける状態でないにも関わらず学校に来て主人公と会っていました。
 これから推察されるのは、彼は自分が死ぬという現実を拒否し、自分が健康な人間のように振る舞い、同じような行動が可能だという幻想に浸り生きていたという事です。
#妄想で病気が回復するわけが無い? ならば強い思いで生き霊になっていたとでも解釈して下さい。

 二人は一般に妄想と言われる、共同幻想≠現実から外れてしまう幻想の中に生きていたのです。
 そして二人の幻想はやがて現実に押し潰され、現実世界から消去される運命を持っています。
 やがて現実からはじかれる幻想の世界に生き、滅びを待つという共通点。
 それが二人が「同じ目」をしている理由です。

 しかし、そのような「同じ目」をした二人には決定的な違いがありました。
 それは自分の幻想を捨てたときの運命です。
 氷上は自分の幻想を捨て、現実に目を向けた場合、喪うのは学校生活をおくっていた今までの自分であり、待っているのは出歩く事すら出来ない衰弱した自分の身体です。
 しかし主人公が自分の幻想=永遠を捨てた時、喪うのは幸せだが欺瞞である妄想の世界、待っているのは現実での生であり、妄想の中には無かった現実世界での移ろう「輝く季節」です。

 何故、氷上は主人公に関わろうと思ったのでしょう?
 現実から拒絶される妄想に生きている者同士とはいえ、恐らく、不治の病でそうしなければ出歩く事さえ出来ない氷上からすれば、克服可能な現実の辛さから逃げているに過ぎない主人公に好感を持つとはあまり思えません。
#程度の差こそあれ、現実から逃げている者同士の自嘲めいた連帯感があったとは思われますが、同時に近親憎悪を抱きもするでしょうし…
 この問いを解く鍵は以下の台詞の中にあります。

氷上「あはっ…少し幸せだよ、僕は」

浩平「どうして」

氷上「絆というものを実感してる気がするから」

 「絆」とはなんでしょう?
 ヒントはそれがあれば主人公は現実へと帰ってこられるということ。
 答えは「現実との接点」です。
 氷上や主人公が生きていた幻想≠妄想とは、現実を遮断する事で成立しています。

 氷上の遮断した現実 :病気
 主人公の遮断した現実:みさおとの死別(永遠なんて無かったということ)

 現実を遮断するという事は、現実を感じさせる「他者」もまた遮断するという事です。
 主人公の場合は、とりあえず母親を完全に遮断するだけで何とかなりますが、氷上の場合は、病気の事を知っている人=親しい人間の全てを遮断しなければそれが成立しません。
 健康な自分という妄想を成立させる代償に、氷上は孤独を受け入れなければならなかったのです。
 ようするに、主人公に関わりだしたきっかけは寂しかったから。
 そして寂しさを紛らわせる為には自分と近い人間が良かった。
 つまり、そういうことだと思われます。

 主人公に向ける感情がどうであれ、やがて氷上は彼に「絆」を求める事を遠回しに薦めます。
 オーソドックスにとると、彼を現実に復帰させたい、そういう目的が伺えます。
 しかし、だとしたら何故に主人公に早々と全てを打ち明けなかったのかという疑問が生まれます。
 その答えには諸説あるでしょうが、私の見解としては氷上は自分が病に負け、死んでしまうその瞬間までこの現実から逃げた孤独な妄想の中に居る(死んだ事に気づかない幽霊になるとか…)か、それとも復帰して親しい人との絆を実感しながら死んでいくかを、主人公の言動を見て図っていたのではないかと思います。
 辛い現実と、安らかな妄想の世界。
 自分にもどちらが幸せなのか計り兼ねていた故なのではないかと。
 そしてもう一つ。
 妄想と現実の選択は個々人が行う事であり、他人が口を挟む事ではないと思っていたからだと。

氷上「もう僕はキミに影響力を持ってしまってもいいと考えた。その上で話すよ」

 クリスマス、最期の話の中でのこの台詞の意味とは、主人公の妄想と現実の選択への影響を与えないようにしてきたそれを、覆すものです。

氷上「だって、キミはもう取り返しの付かない選択をしたんだから」

 この言葉の意味は普通に考えれば二通りに取れます。

1、君はもう妄想を求めてしまったから。
2、君はもう現実を求めたしまったから。

 しかし答えはどちらでもありません。

解答:
3、君はどちらも選べなかったから。


 この主人公は、ゲームのプレイ期間となる4ヶ月、結局のところ妄想と現実のどちらも選べていないのです。
 妄想を選んでいれば、みずかでない誰かともう一度「永遠の盟約」を結べば、消えることなく、現実を遮断しつつも生きてはいけたのです。
 そして現実を選べていれば、主人公は消える事は無かったのです。
 ゲーム中、消えずに済むエンディングが一つも存在しないのはそういうわけです。
 氷上には主人公がこの世界から消えてしまうのが確定したのが分かったのでしょう。それ故もう影響力を持ってもいいと言ったのです。
 さて、氷上が与えた影響とは現実との接点を示す事、でした。
 つまりそれは、妄想から抜け出し、現実で生きてくれ、エヴァのカヲル君のパロディでいえば「君は死すべき存在ではない」という、そういうことです。

氷上「だから、その責任はできる限りとりたい」

氷上「僕に残された時間は、キミのために、キミのことを思って過ごすよ」

浩平「………」

氷上「思いが届くといいけどね」

氷上「僕の求めた、最初で最後の絆だから」

浩平「…ああ。頼むよ」

 そして、氷上は主人公に永遠の世界で何も考えずに過ごす幸せを否定し、現実へ帰ってくる可能性としての小さなトゲを与えてしまったことの責任を取るべく、主人公のことを思うこと、現実との接点=絆を与える事を約束するのです。
#ちなみにそれに対する主人公の沈黙は、現実と妄想=永遠を篩(ふるい)にかけた時間です。
 それを頼む、というのは主人公がそれに応え、現実を受け入れるという宣言です。

氷上「じゃあ、僕は戻るとするよ。最後の時間を過ごす場所に」

 氷上は主人公のその宣言を聞いて、自分の選ぶ道を決めます。
 病気である現実の自分に向き合う事を。

 結果、氷上は病室へと戻り余生を(或いは成功の見込みの無い手術にチャレンジしたのかもしれません)送り、現実の中で死亡します。

 一月。
 主人公は訃報を、氷上が現実に帰って決着をつけた事を知り、同じように現実から逃げ、そして向き直って挑むことを教えてくれた氷上を親友だと呼びました。
 やがて主人公は現実から消え「永遠の世界」という妄想の中、かつて氷上と約束したように現実に向き合うべく奮闘します。
 そして現実へ帰ってくるそのとき、主人公は氷上と再会するのです。

氷上「やぁ」

氷上「僕の思いは届いたかい」

 その言葉を交わした場所はきっと、異世界(外)から現実世界(中)への帰り道。
 現実へと帰る主人公を見送っての氷上の言葉だったと思われます。

8/14 追記
 氷上が行った死後の世界(?)と主人公が行った永遠の世界が単純にイコールで結ばれるのかどうかは未だ私にも分かりません。
 主人公は「氷上が先に行った世界」だと言っていますのでそういう風に取ることもできるのですが、そうであるならば氷上や死者である「みさお」と再会できても良さそうなものですが、「永遠の世界」には主人公と少女しかいない。
 現実ではない別の世界が一体どのようなものなのか、それは複数あるのか、一つしかないのか? 何一つ明らかにはなっていませんが、二人が旅立った世界は確かに「別の世界」で、そういう意味で同じなのかもしれません。
 我々の世界は「中」で、その外は「おそと」でしかない。そこに放り出される事が分かっていても、一度も外に出た事のない我々人間には「おそと」がどんな世界なのかは分からないのです。
 「死」という出口から出て行く氷上シュンとそれ以外の出口から出ていく主人公。
 辿り着く先は「世界の外」。
 主人公はそれぞれが別の世界に通じている可能性など考えていなかったのであの発言が出てきたのでしょう。
 さて、二人が行った世界は同じ世界だったのか、同じ世界の別々の場所だったのか、それともそれぞれ別の世界だったのか。作中では示されていませんね。
 小説ワンダフルライフ(著・是枝裕和)を読んで色々と考えていることもあるので、なにか思い付いたらまた追記したいと思います。




<補足電波:隠しシナリオであることへの理由付け>

 以上で氷上シナリオ単体としての考察は終わりです。
 しかし、バッドエンド、繰り返しプレイという、ゲーム部分の全てにシナリオ的意味を見出せるこのゲーム、氷上シナリオが隠しシナリオであることにも何か意味があるんじゃないかと勘ぐってしまいます。
 まず隠しシナリオとはどういうことなのかから考察していきましょう。

 誰か一人をクリアしないと出現しない。シナリオどころか氷上自身も。

 基本的にONEのゲーム部分は回想シーンです。
 ということは、氷上の記憶は恋人との記憶よりも奥深いところにあるということになります。
 それを思い出すのは何時でしょう?
 現実に帰還するときです。

 現実 > 永遠の世界 > 氷上の記憶 > 現実

 というわけですね。
 このゲーム、各ヒロインのシナリオはパラレルワールドで、選んでクリアしたヒロインとのシナリオこそが現実の記憶であるという扱いになります。
 しかし上の図からいくと氷上シナリオは選択したヒロインのシナリオと関係なく、どのシナリオでも必ず現実であることが伺えます。
 つまり、「ONE〜輝く季節へ〜」というゲームの封印されている本当の現実というのは「選んだヒロインのシナリオ+氷上シナリオ」ということで、氷上シナリオは独立したシナリオではなく、メインシナリオを補完するインサイドストーリーなシナリオということになります。

 ひょっとしたらこのシナリオ、永遠の世界で氷上が主人公に抜け出すためのアドバイスを与えているという、回想シーンではなくリアルタイムな物語なのではないか、という説もありますが、訃報を知るあの一瞬は紛れも無く現実(或いはその回想)と見る事が出来ますので、それは否定されます。もっとも、永遠の世界に先に来ていた彼がアドバイスを与えていた可能性は否定できないのですが。



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