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【シナリオ考察】

長森瑞佳

 子供の頃信じていた「永遠」に変わらない日常。
 そんなものが無い「滅び」という哀しい「現実」を受け入れられない子供の頃の自分。
 そんな子供の純粋さの象徴、「永遠」を誓った「みずか」。
 しかし、いつか「みずか」は「瑞佳」となって盟約を忘れ、子供だった自分を大人にしようと働きかける。
 限りある一瞬の象徴=「瑞佳」との出会い。
 「永遠」の無い現実を認め、大人になることへの恐怖が「瑞佳」を拒絶・反発する。
 それでも「瑞佳」は自分を優しく包んでくれ、それを経て気づく「現実」の哀しさ以外の要素=「滅び」があるから輝く、「永遠」より確かな「限りある一瞬」の素晴らしさ。
 しかし、心はいまだ「永遠」を求める故の別れの訪れ。
 
 通過儀礼「子供時代の自分の象徴」=「みずか」と向き合い、決別すること。

 「瑞佳」との再会。告白。もう永遠なんて求めない大人の自分。

 失った妹の代わりに永遠に一緒にいてくれるはずの少女。
 永遠に離れることのない自分の一部。それが主人公にとっての長森瑞佳でした。
 しかし冗談でした告白を長森は受入れ「永遠」は壊れてしまいます。
 予兆はありました。しかし恋人として意識しあったとき、二人は決定的に別個の存在となってしまいます。それは主人公にとって恐怖でしかありませんでした。
 この時点では「永遠の盟約」を思い出してはいない主人公ですが、無意識下で気づいたのでしょう。自分の一部であったはずの、永遠であったはずの長森の自己主張、「永遠」の終わりを恐怖し、拒絶します。
 恋人として自分に接し、自分にも恋人として振る舞うことを望む長森。
 何度も書きますが、恋愛は他人が自分とは違う人格であることを認めるところから始まります。
 それを長森とすることは、瑞佳が自分の一部=永遠ではなくなる可能性を認めること、主人公の深層意識下のアイデンティティの崩壊を助長するものです。
 主人公は必死で自分たちを元の状況に戻そうと焦り、一方で一方的に盟約を破棄してきた(と無意識に感じているでしょう)長森を憎むようになります。
 恋人という関係を壊そうと、自分だけでも子供のままでいようと、無視し、避け、残酷なまでの手段をとります。  しかし最後の最後、長森を他の男に抱かせようとしたときに、ようやく気づきます。
 いつしか自分も長森を自分の一部、妹の代用品の「永遠」ではなく一個の女性として見ていたこと、長森を異性として好きになっていたことに。
 ようやく、ありもしない永遠を求めていた子供時代は終焉します。
 しかしそれは、長森を決定的に失った後のことでした。
 見知らぬ男に差し出して、それでいて今更恋人に戻れるはずはない…。
 しかし、それでも長森は主人公の元に現われました。

「私は、浩平じゃなきゃ駄目なんだよ」

 そして二人は一旦別れますが(これは、お互いが個であることを認め、恋愛が出来るようになったことを主人公が宣言したという意味合いもある)、二人寄り添ったまま、眠れぬ夜を過ごします。
 その後、二人は1から恋愛をやり直すのです。
 いきなりの告白で突然恋人になるのではなく、徐々に男女としての関係を深め、いずれ恋人同士になる二人。
 それはいずれ本来、二人に始まるはずだったであろう恋の姿でした。
 二人は一緒にいますが、それはもう永遠の盟約の履行ではありません。
 それ故、幼い日に求めた「永遠の世界」は瑞佳が傍にいても主人公は永遠を失ったとみなして現実世界から主人公を奪い取ろうとします。
 クリスマスのやり直しをしようとプレゼントを持って待ち合わせをする主人公の前に瑞佳は現われませんでした。  現実に作用した「永遠の世界」は、一瞬だけ瑞佳に主人公のことを忘れさせたのです。
 恐らく偶然でしょう、雨に打たれながら何時間も待ち続ける主人公を見つけた瑞佳は主人公のことを思い出しはしますが、記憶の混乱を避けるための自己防衛なのか永遠の作用なのか、待ち合わせの約束をしたという事実は忘れたままでした。
 違和感を感じながらも絆を深め合っていく二人。
 身体を重ね、お互いの想いを確認し、別れた恋人同士のままですが、ようやく男と女としての関係を構築します。
 しかし顕在化した「永遠の世界」はやはり現実世界から主人公の存在を奪い取りはじめます。
 同居していた由起子さんが、毎日通っていた学校の人間が主人公のことを忘れはじめ、その理由、過去にみずかと結んだ「永遠の盟約」を思い出したときには、もう自分のことを覚えているのは長森はじめ、わずかな親しい人たちだけになっていました。シニカルに消えていく自分を見つめる主人公。
 しかし通学中、クラスで自分の前の席に座り、毎日ちょっかいを出していた七瀬に忘れ去られたとき、主人公はその後に待っている運命に耐え切れずに学校内に入ることを拒否します。
 唯一自分を世界に繋ぎ止める長森と共に、もう自分を覚えていない学校という空間から逃げ出し、二人で遊園地へ行こうと誘います(余談ですが、ここら辺の音楽の使い方が最高です)。
 しかし長森は拒否。「遊園地は休みの日にしようよ…」
 そしてチャイム。校内へ走っていく長森を見送り、主人公はその場を去ります。
 どこかに世界との繋がりが無いか町中を歩き回り結局、それは長森意外にありえないことに気づき、再び学校へ向かい、長森を連れ出して何処かへ行こうとしますが、再会した長森は主人公を他人を見る目で素通りしていくのでした。
 もう何も自分をこの世界に繋ぎ止めるものが無いことを悟った主人公は長森との幸せな思い出を持って「永遠の世界」に旅立ち、そこで生きることを受け入れようとします。
 しかし運命は皮肉なことに永遠の世界に旅立とうと決意した主人公を長森と再会させます。
 交差点。
 他人のように黙ってすれ違う二人。
 しかし長森は後ろから主人公を抱きしめるのでした。

 捕まえたっ 離さない…

 以前プレゼントしたレコーダー付きのぬいぐるみに入った主人公の声を聞き、それで思い出したのでしょう。
 クラスの人間にでも主人公のことを尋ねたのかもしれません。主人公が世界から忘れ去られようとしていることを長森は悟っていました。
 消え去ろうとした主人公のために、ぬいぐるみに込められたメッセージ通り笑顔を作る長森に看取られて主人公は消えていきます。

 主人公は振り出し(ゲームスタート時)に戻り、長森と共に永遠の4ヶ月を繰り返します。
 そして、その永遠の中で「みずか」でいてくれた瑞佳との「永遠ある現実という欺瞞」の終わり、かつての自分が「永遠の盟約」と決別し、みずかでなく瑞佳を求め「絆」を得た一瞬を見、隣に居た永遠の少女、そしてそこでもずっと一緒にいてくれたキミ、「みずか」にもう一度別れを告げ、瑞佳の元へと帰るのです。

 この長森シナリオ、物語としての完成度は完璧に近いものが有ります。
#だてにパッケージに載ってはいませんね。
 ただ、物語の構造が非常に分かりづらく(回想する現実でも「永遠」と「絆」を秤にかける二重構造となっている上、永遠の盟約が絡んでくるので非常にややこしい)、物語の要素として存在する主人公の子供こどもした行動があまりに不愉快なため、その意味が理解できないと単にただ不愉快なガキが聖女のような女に惚れられて幸せになる嫌な物語でしかありません。

 なんで惚れた女にこんな酷いことを出来るんだコイツは!?
 なんで今更ガキの頃願った「永遠」なんてモノを受け入れるんだ? 抵抗しろよ!
 なんでプレイヤーの意志で物語を嫌な方向に進ませなきゃならんのだ!?
 なんでコイツは自分の生み出した「永遠」をみずかとの盟約のせいにするんだ?

 そう思ったプレイヤーは少なくないことでしょう。
 しかしこの物語でスタートからFINまでで展開されるのは「回想シーン」であり、動かしようが無い過去なのです。
 プレイヤーは高みからそれを見つめる「ぼく」です。
 その嫌な現実から目を背けることなく見続け、受け入れたそのとき、「ぼく」は俺であることを、イノセンスな子供でないことを認め、心地良かった「みずか」や「永遠」と決別し、傷付けた罪を認め、最愛の「瑞佳」との未来を求めて「輝き」の待つ現実へと帰還することが出来るのです。

 他のシナリオが「夢から醒め現実を受け入れる」というファクターであるのに対し、唯一、瑞佳シナリオだけは「罪」を受け入れるというファクターが加わりイノセンスだった「子供時代への決別」という要素がより強まっています。
 また、妹の代わりだった「みずか」を他者、女としての「瑞佳」として認めるのが第一ステップ、「永遠」という夢を求める子供の自分に決別するのが第二ステップとなっており、初めから他者である少女に出会うというイベントで直接第二ステップが始まる他のシナリオが単純なボーイミーツガールの物語といえるのに対し、長森シナリオだけは他者という概念を主人公が発見するところから始まるという物語で、主人公自体が他のシナリオよりも子供であるという言い方が出来ると思います。永遠の盟約が壊れること(大人になること)に抵抗し、無意識でなく、直接的に絆よりも永遠を求める主人公はこのシナリオでしか見られません。

#余談だが「To Heart」(或いは学園エヴァ)で毎朝起こしに来る幼なじみという概念が復活し市場にそれを求める風潮が生まれていなければ、長森は義理の妹にでもなっていて、より直接的に「みさお」との対比が描かれてイタいシナリオになっていた可能性があることを指摘しておこう。ていうか、そうした方が面白かったと思うのだが。
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