手にとってもらえるような作品を

平川 恵美子(豊橋・吹きガラス製作)
 あるギャラリーで思わず手にとってしまったランプのシェード。許可も得ず、
気がつくと丸みを帯びたその愛らしい吹きガラスの作品は、手の中にありまし
た。
「作っている人は、どんな人なんだろう」と思っていたところ、縁あって会
うことができました。六月にアメリカでの作品展を控え、その準備に忙しい中、
吹きガラス制作の平川恵美子さんを豊橋のお宅まで訪ねました。
 本来ガラスは、繊細で冷たく、涼やかなイメージが強いのにも関わらず、平
川さんの作品は、いずれも柔らかで温か味を帯びていました。透明なものであ
っても色がついた作品であっても、その安定感と丸みは、研ぎ澄まされた緊張
感から解放してくれるようでした。
 通された広い居間に藍染めのタペストリー、金具のついた和のたんす、古布
を使った和のしつらい、その和の持つ落ち着きの中にガラスがすっぽりと収ま
っていました。そして、長いテーブルの上に白い帯を『するする』と広げ、そ
の上に丁寧に作品を手際良く並べて下さいました。「和の雰囲気が映えるでしょ。
今回、初めてアメリカへ行くので、アメリカの人の反応が楽しみです。」今年六
月、アメリカ・オハイオ州イエロースプリングスのフェスティバルに、豊橋か
ら友人三人で参加します。
 「一年おきに京都でグループ展を開いていますが、こんなに家を空けるのは
初めてです。」中学生と小学生のお母さんでもある平川さんは、あくまで家庭が
ベースと考えます。「アメリカ行きを考えあぐねていた私に主人や子供たちが
『行っておいでよ』と背中を押してくれました。まだまだお母さんの時間が第
一です。今回は特別であって私にとっては、良い思い出になればと思っていま
す。神様と家族がくれたチャンスです。」と語ってくれました。
 平川さんのガラスとの出会いは、十数年前、岡崎に住んでいた頃に遡ります。
器が好きでガラスや陶器をよく見て周り、気に入ったものを集めるのが趣味で
した。そんな時、岡崎市の広報で廃ガラスを使ったリサイクルの一環としての
吹きガラス教室の案内を見つけたのが切っ掛けです。「吹きガラスの教室という
のは、なかなか無く、考えもなく申し込んでしまいました。」
 その後、豊橋に移ってからは、その市民工房へ通えなくなり、岡崎のガラス
作家の工房を借りて制作しています。ガラスは陶器と違って、窯入れするとき
だけ火を入れるのではなく、ガラスの種に絶えず1千度程度の熱を保たねばな
りません。火を落とすと窯が使えなくなります。「工房を持ちたいのですが、炉
を作るにも、維持するに経済的負担が掛かります。主人は思いきって作ればと
いうのですが、なかなか踏み切れません。運転の上手でない私が、トラックの
走る一号線を通っています。私にしてはすごいことです。好きだからこそでき
るんでしょうね。」
 「使える時間や経費が限られているからこそ、そのときを大事に集中してが
んばれるんだと思います。そんな風に作り出せることが私にとって気持ち良く
やれるように思います。家族を持たず一人でいたら時間があって、できるかな
というものではなく、私は家族によって支えられ、エネルギーをもらって、こ
うやって好きなことができるんだと思います。」と制作の姿勢が伺えるようです。
 作品に対しては、「作り手として、使って頂いて気持ちの良い作品作りを目指
しています。手で作りだされたものは、手に持ってフィットします。手に持っ
た感覚が心地よいかどうか、手に持ってみたいと思ってもらえることが、作り
手としてはうれしいことです。使って頂いて、気持ちが良い、触ってみたいと
思われることがうれしいです。そして、手に取ってくれる人にたいして、いい
かげんなものは作ってはいけない。そのときできる精一杯の気持ちをこめたい
と思っています。」と差し出された小さな花瓶は、とても素敵でしたが、それは
失敗作だと、底に使うのに遜色無い小さな傷がありました。「できの悪いものも、
かわいくて私の手元で使っています。」
 「何らかな形であれ、ものを作ることに携わっていられることは幸せです。
疲れたから辞めようかなと思うことがあるんだけれど、やっぱりガラスの溶け
ているのを覗いてみるとわくわくして、こんなのを作ってみようかなと思って
しまいます。家族が『お母さんはガラスのことをしているときは顔が違うね』
と言ってくれます。」生き生きとされている姿はご家族も楽しくなってしまうの
でしょう。
 「あと二十年はやりたいです。無理をしないで、肩肘を張らずに、でも気持
ちを精一杯込めて納得できるようなものを作れたらと思っています。ひとつと
同じものがない冷たく硬いガラスに心がなごむ作品が私の手から私の息から生
み出せるようになれたら思っています。楽しんで続けられれば最高です。」

(取材/記 北村 起美子)