99年10月17日(日)石丸電気ソフトワンイベントレポート
“平沢進(P−MODEL)「音楽産業廃棄物取扱説明会」”
 本日のイベントは、結果的に非常に濃い内容になりました。
 私はよく秋葉原、そして石丸ソフトワンには足を運ぶので馴染みの場所。2階のイベントスペースについても、かつて廃盤LD市で使われていた場所なのでした。んが、最近はイベント用に使われているせいで、室内の壁面には、4、50人くらいの女性タレント(声優とか写真モデル?)のサインが入ったイベントポスターがざーっと貼られています。で、たった1枚、『救済の技法』の際のイベントポスターが男性ものとして貼られていて浮いてました。女性のポスターは明るい色調なのに、師匠のポスターは紺系の金属的な色彩……。握手会、サイン会の中で、恐らく師匠だけは指一本触れられないイベントみたいな。
 イベントはやや遅れて開始。いつも通りテスラカイト嬢の司会。ついに完成したという大和久氏の力作「論理空軍」の完成版をお見せします、ということで、部屋の右前方に下ろされたスクリーンに向けてSHARPのビデオプロジェクターが…………作動しませんでした。慌ててスタッフや店員さんが調べるも、判明したのは故障したことだけ。段取りが変わって、先に師匠に出てもらうことになりました。拍手〜。

<音楽産業廃棄物について>
 師匠のいでたちは黒の詰め襟ジャケットで、一番上だけボタンを外ていました。中に来ていたのは真っ赤なハイネックインナー。プロジェクターのトラブルにも関わらず、大変にこやかにされておりました。  ステージにたった一脚用意されたスツールに座って「音楽産業廃棄物」のコンセプトについて語りだしますが、座り心地がよくない、と立ち上がり、以降立ったまま進行。
 20年間、P−MODELはレコード会社と仕事をしてきたけれども、“生意気”な姿勢を取る我々は、どこかしっくりこないまま来てしまった。レコード会社・業界は我々を有効資源としては使い得なかった、と。そこで、このインターネット配信のできる時代に、廃棄物となって音楽業界とはおさらばしよう、新たに自分達で始めていこう、という思いが込められていると、新宿タワーレコードでのイベントよりかなり言葉も多く語りました。

<新技術>
 次に、レコーディングなど、新しい技術について。そもそも、始めてみるとそれが新しいことになってしまうんですが、と前置きをして、鎮西“スパルタ”音響技師が設計した「筑波スタジオ」について説明をしてくれました。それは変則的に構成された5つのスタジオで、1つだけ持ち出すことも、2つに分けてレコーディングとミックスダウンに使うことも、そしてまとめて1つにすることもできるものだそうです。スタジオといっても、恐らくそれは部屋そのものではなく、装置を指しているようです。スタジオ開設にあたって機材の調達に行っては、「これはそんな目的に使うものではない」とおせっかいなことを言われたそうですが。
 12月15日発売予定のドリームキャスト用ゲーム『ベルセルク』の仕事を例にとり、朝にP−MODEL用にボーカルを3本録音し、ミックスダウンブースに入って作曲などの作業を開始。その間に鎮西氏がミックスした曲をヘッドホンでP−MODELの曲、『ベルセルク』の曲と切り替えて確認していく、と。「大変効率がいいシステムですが、効率がよくなると仕事が増えます」(笑)。
 さて、いつものレコーディングであれば、リフレッシュや創作意欲の為にタイレコーディングとなるところですが、今回はアルバム4枚分以上の曲をマラソン製作せねばならないため、効率を優先してタイは諦めました。んが、来る日も来る日も鎮西氏と二人きりで作業を続けていると精神的にも辛く、これはいかん、タイへ行かねば、という状態になり、無理を言ってスケジュールを組んで荷物まで用意したところでパスポートを見たら、期限が切れていた、と(爆笑)。ギリギリのスケジュールできたのに、と叱られたそうですが、後で鎮西氏のパスポートも期限が切れていたと判明(大爆笑)。恐らくこの影響は来年に出るだろう、と。それは困るっす、師匠。でも、また体調を崩されては……。
 さて、メンバー3名は各自自宅と筑波スタジオをネットで結び、顔を合わせずに素材をスタジオへ送り、ミックスダウンもネット上で行い、「結合チェンバー」においてそれを公開しました。ミックスダウンを行うたびに、その段階での曲をupして行く方式のこの結合チェンバーは、事前のテストでは画面が4分割されていて大変軽いページだったのですが、いざ始めてみると重くなり、後で解析推定したところでは、結合チェンバーのヒット数は最高30万くらいだったそうです。アメリカのネットワーク関係者のイベントで、このページは電話回線で行われたものとしては限界に達したものだ、と紹介されたそうです。 <TAINACO−eなど>
 ライヴとしては新しいことはしてませんが、ヴァーチャルドラマーTAINACOが20周年記念で1、2からヴァージョンアップしています。そもそも、初代ドラマー田井中貞利氏から何名ものドラマーがいたけれども、現在に至って、彼らに匹敵するドラマーがいない、ならばヴァーチャルドラマーでいいのではないかということで開発したものです、と。で、ネーミングにあたって田井中氏をモデルにして、「田井中」を「TAINACO」と「CO」にしたところにテクノロジーを感じさせるんでないか、ということだそうで。1、2のCGドラマーから、20周年記念のTAINACO−e(エンハンスド)は、本人を撮影した実写ドラマーになっているけれど、ライヴをしていてもそれはあまりに生々しくて気になって仕方ない。ライヴではスクリーンを2面用意しているが、最初はプロモビデオとTAINACOを1面ずつ映写する予定が、どう考えてもプロモビデオがTAINACO−eに食われてしまうので、2面ともプロモを流した、とか。来年は3にヴァージョンアップでは、eのインパクトをいかに越えさせるか悩んでいるとのことでした。
 メジャーではできないこととして、ライヴでのアンケート用紙のしたに設けたメッセージ欄に、他のファンへのメッセージを書き込んでもらい、それをマグネットのカタヤナギさんが一枚ずつ切り離してヴァーチャル・ライヴ2、3のCDパッケージに封入する。もし、自分のメッセージを買ってしまったら、もう一枚買う、と(笑)。テスラ嬢がメッセージを読んでみたら、「いついつの音源をダビングしてください」というのがあったそうで、師匠は、「私にそのメッセージがきたら、私は何か提供しなくてはならないんですかね……そんなのがあったら、逆に私の方がダビングしてほしい。」

<質問コーナー>
  1 アルバムを購入するとイベント参加などの特典がありますが、MP3で購入した場合、どんな特典が付くのでしょう、との質問には、例えば“不法投棄”がある、と。要は、本人の自宅に“廃棄物”が“投棄”される。また、曲そのもののグレードアップキットが貰える、とか思案中。
 また、年末に予定しているグローバルトリビュートに参加できる。現在「それ行け!グローバルトリビュート大作戦」を考えていて、「例えば、インド人が歌う『美術館で会った人だろ』なんてあるかもしれません。……まあ、私が楽しければそれでいいだけです。他の人はどうだか知りません。」(師匠ニヤリ) 「イベントではなく、ネット上で集うというのも趣があるのではないかと、現在考えています」。

2 インターネットを始めたきっかけは、インターネットに必要とされるソフトが、どれもこれもネット上にあるから、だったそうです。

3 師匠にとっての音楽とは? 音楽は、それを介して何かを伝えられる、面白いことを起こすことができる物として捉えているとの答えでした。

4 MP3では、アルファ波が誘発されるような、低音等がカットされると聞きましたが、という質問から、師匠がそれまでとは違う熱を帯びはじめました。私もまだ勉強しなくてはいけませんが、と、カットされる音域についての見解を述べ、「これから先はこのイベントで扱う話題から外れてしまいますが」と話しはじめました。
 いわゆる、有名な先生が「良い」とお墨付きを与える、1/fの揺らぎや低音を含んだヒーリングミュージックと呼ばれるものは、聴いてみるとその多くが(音楽として)あまり良いものではない。揺らぎや低音、高音という要素を満たしていればいいという考え方は、それさえ満たせば音楽としての曲はどんなものでもかまわない、ということに繋がっていくために非常に危険だ、と。
 そもそも人がリラックスする要素には個人差があるのに、心を扱う分野ではやってはいけないことを、あのヒーリングミュージックではやってしまっている。以前、カウンセリングの先生と、音楽を聴いて脳波を調べてみる実験をしてみたが、同じ曲でも人によって反応は正反対にもなると分かった、と。そして、私はカウンセリングの際に流されていた喜○郎の音楽は好きになれなかった……。
 私個人が、音楽の好き嫌いは別として、リラックスするような音楽を作ってみたいとずっと考え続けてはいるけれど、いまだに叶わない。もしやろうとすれば、「またスタジオが1つ必要ですね」。
 師匠の音楽に関する考え方を垣間見ることになり、皆、真剣に聞き入ってました。

<ビデオ上映>
 結局、新しいプロジェクターは調達できず、イベント参加記念のポストカードを2枚進呈ということになりました。師匠が退場された後、大型テレビが運び込まれてきて上映することになりました。スクリーンのように大勢で観ることができないので、何度かに分けて上映し、その都度退場してもらうことに。  以上、レポート終了です。


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