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| セミナーでのトライ |
1997年、全国各地で創業者向けセミナーを行うようになりました。
現在に比べると講義内容は熟成されていない段階でしたので、さまざまな試行錯誤を繰り返してきました。どんな受講者がいるかによっても内容は変化し、講座の進み方も変わってきます。
ここで紹介するのは「創業者・小規模事業者支援レポート」の第1部で、自社で管理している講演の記録からまとめたものです。2002年に講座の主催者向けに配布し、その後加筆修正しました。 |
創業者・中小企業者支援レポートから
零細企業、個人事業に特化した経営コンサルタント…有限会社インタープレフ・マネジメントです。
僕が皆さんの応援をさせていただきます。経営コンサルタントのウジガワと申します。経営コンサルタントになって11年、現在42歳です。これまでコンサルティングで1100社、セミナーも1000回以上と多くの経営者の方に現場の経営を教わってきました。そして「ハイブリッドクレイジーコンサルティング」「爆業仕掛人」など現場実践型のコンサルティングを行なっています。
1.はじめに
経営コンサルタントのウジガワです。
現在は名古屋を拠点に全国各地の自治体や公的機関でのセミナー講師、東京圏・名古屋圏での中堅中小企業のコンサルティング、そして通信経営塾では全国を対象に起業準備中の人や零細企業・個人事業者の支援をやっています。
この支援レポートは、これまでの小規模事業者や創業希望者支援の実態を公開するものです。時系列に並べてあり、当時感じたことなどを書いてありますので、おおよそ「レポート」のイメージとはかけ離れたものになり、やや小説風になってしまっていますがぜひお読みいただければと思います。
2.創業希望者、小規模事業者支援を行なう以前のこと
セミナーは2種類あると思っています。
1つは人間が決めた正解のあること(財務などルール・法律に基づくものや、現在までに行われてきたことなど)を中心に解説するもの。
そしてもう1つは講師の確信していること(どうやったら成功するかなど)を伝えるもの。事業経営とは人間が人間に対してやることであり、正解のないことが実際にはほとんどです。
ですから内容の点ではセミナーの講師は客観的基準で選ばれるものではなく、主催者の主観で選ばれることが多くなります。また、主催者が求められているものとして集客数やコースでは出席率、その後の開業者数など数値で表されるものもあります。
どんな話をするとセミナーとしての成果が大きくなるのかという公式はありません。ただ、講師が本気で自分の確信していることを伝えることが人間と人間の関係において新たなものを生み出すことができると感じています。ここでは僕が創業者支援や小規模事業者支援をする背景から説明させていただきます。
昭和63年、当時27歳の僕は従業員20名の小さなソフト会社でソフト開発をしていました。
当時の僕はさまざまな不満を抱えていました。
1つはその会社に転職する前のホンダにいれば一生をそこで過ごせるというイメージができていたのに、東京に戻るために転職をしたという自分自身の気まぐれへのふがいなさと、20人の会社の現状や将来に対してです。
その会社の事情ですが、僕自身は人生に対して危機感を持っていたのでかなり気合を入れて仕事をしました。しかし、それがその会社のムードから「何でやる気になってるんだ」という視線を感じていたこともありましたし、経営者にも不満、売上面での貢献や得意先からの評価は高いのに、収入につながっていないという不満もありました。
そして得意先から独立を促されたのを機に独立したわけです。
ある面では組織からの逃避、ある面では将来への野心を持っていました。そしてもう1つ重要な点ですが、「お客様のために」という意識はさらさらありませんでした。
自分が有利になりたいという気持ちが最も強かったわけです。
事業者の家に育ったわけでもないし、大学も理科系でその後は大きな工場勤務。事業とか経営とかというものはどんなものかはイメージできませんでしたが、友人に紹介してもらった税理士さんから「税金が怖いよりも利益が出ないことのほうが怖い」などと現実的な結論を30分ほどで教わりスタートをしました。幸いなことに独立させてくれた得意先からは仕事が順調に入りました。会社にいたときと同じ仕事を自宅でやっているだけなのに入ってくる金額は15倍という状況でした。
1社の下請けですが、十分な売上があったこともあって他社への営業はしませんでした。その得意先に対して「あなた一筋」ということを表現したかった部分もありましたし、営業は大変そうだという気持ちもあって逃げていました。
そうこうするうちに平成2年末、得意先から僕が担当していた部門が閉鎖される計画があることを知らされました。
それがきっかけとなってちょうど30歳の誕生日を迎えた平成3年の1月にコンサルタントを志したわけですが、動機はあくまでも「自分が有利になるため」です。ソフトの仕事の上で資格というものに対して魅力を感じたわけです。
ところがやっと資格を手にして平成4年の春にコンサルタントになってみると、そんな資格なんてものは全く通用しないことがわかりました。ソフトのユーザーとの話もかみ合いません。待っていても、電話帳に広告を載せても、家の前に看板を掲げても誰一人として問い合わせをしてこないのです。そしてやっと売りに行こうということを考えましたが、売るものがありません。
そしてフランチャイズに加盟しました。900万円の初期費用が必要でしたが、ソフト業当時の半年分の売上ですから大したことと考えずに借金をしました。
フランチャイズではいろいろ教わり、そこでの商品を自分で売りに行くのだと改めて覚悟しました。セミナー営業という方法で、セミナーを企画してそこへの集客として5000社ほどにFAXを送り、セミナーで感動した経営者に対しての訪問営業で受注をするという流れです。
1度だけそれをやりましたが、集客段階での反応は3社と思ったほど集まらず、さらにはセミナーでは全員が寝てしまう。もはや受注につながることは考えられませんでした。
それまでの自営業の経験があるとはいっても、実際には経営らしいものはしてきません。事業とは売る気になってはじめてスタートだと今は説明していますが、お客様が全く見えていなかったし、自分を偽って見せようとしてもばれてしまうことがわかりました。
スタート段階、いや、それまでの人生が甘かったわけです。
平成4年には世の中の厳しさをいやというほど教わりました。
まずは自分が思っているほどお客様は自分を必要としていないこと。
次には人から教わったことだけでは通用せず、経営の知識よりもインタビュー能力など現場での経験のほうがはるかに重要だということ。
その一方で、もうひとつ思い知ったのは、自分の体は自分の思い通りに動かせないということでした。「いやだ」と言ってはいけない場面でもそういう気持ちがあると動けないのです。
僕は営業の経験がないということを自分に言い訳して営業に動くことができませんでした。
「いやだ」という最終結論がありますから、それを正当化するための「やらない理由」はいくらでも出てくるのです。フランチャイズ加盟金の借金返済に追われて、返済日に向けて絶望的な気分や危機感があっても営業に動けませんでした。
やっと飛び込み営業をはじめたのは営業に行かなくてはいけないと思い始めてから2ヵ月後、それも思い通りにならず、くじけては数日止まるという状況でした。そのため金には大変苦労しました。あったはずの金がすぐになくなってしまい、借金の返済日を基準に生活が回り始め、金が欲しいから高い見積りを書いて、結局は仕事が取れないという悪循環でした。
そんな時期を何とか乗り越えて経験を積み、平成5年の秋、区役所で融資係の相談員の職(毎週2日勤務)につくことができました。
そこで実感したのは、「なんて自分と同じで甘い経営者が多いのだろう」ということです。申し込み用紙の上ではもっともらしい借金の理由が書いてあっても、明らかに赤字穴埋め資金、もしくは借金返済資金、そして生活費が必要と言う人が圧倒的に多いのです。
徐々にコンサルティングにも慣れ、コンサル先もできていきましたが、区役所の仕事やコンサルを通して自分の限界が見えてきました。
それは長く事業をやって甘さが体に習慣として染み付いている人の基本的な考え方を変えるのはものすごく難しいのです。そこで既存の事業者を支援すると同時に、できれば事業を起こす前からプロ意識を持った人を作れるシステムがあったらいいのにということでした。
漠然とそんな考えを持ちはじめて1年ほど経った時にアントレプレナー大学に関わるようになり僕は強くひかれ、創業者支援の道に入ったのが今日に至るきっかけです。
3.支援者としての入り口 (平成9年度の試行錯誤)
平成7年の秋、僕はアントレプレナーセンターの見習いとしてアントレプレナー大学を受講しました。
そこにはそれまで考えたことのないようなビジネスの世界があり、講師も15回の講座のうち店頭公開目前の社長が8人ほど来てくれました。数百億円規模の数字のシャワーを浴びて一気に事業に対する欲が出てきました。また、同時に起業家精神プログラムという研修も受けましたので、自分がどれほどインチキだったかも理解することができ、「ホンモノになって大きな貢献ができるようになって成功する」という1つの着実な道筋ができました。
平成8年に入ってアントレプレナー大学の運営にかかわることになりました。
ところが第6期ともなると目新しさがなく、告知の体制もないので人を集めることが出来ず中止になってしまいました。そのころから「自治体と一緒にアントレプレナー大学をやる」という発想が社内にはありました。
そして岩手県で福島社長が起業講座を始めたことがきっかけで各地からの講師依頼がありました。
当時はまだアントレプレナーセンターの人間としては僕は講師をさせてもらえませんでしたが、社内では小さなオープンの講座をはじめました。集客システム・集客力はありませんでしたが創業関係の雑誌には載っていたので若干の問い合わせはあるわけです。そういう人たち向けの講座として僕がやっていました。
いろいろと試行錯誤はしましたが、少人数対象で10コースほどを経験した上で1つのカリキュラムができあがり、さらに何度も3〜4人を集めてはコースモノの起業講座をやりました。それを1年半ほどやったあと、はじめて僕も名古屋市主催の起業講座コースの講師をやることになったのが平成9年の6月でした。
初めての公的機関の起業講座
名古屋市の講座に行って、僕は愕然としました。
それまでのアントレプレナー大学は受講料が20万円ということもあって、いわゆるエリートビジネスマンというイメージの人が集まっていました。年代も20代から30代で野心が極めて強い連中でした。
ところが名古屋市の講座では年代はさまざま、女性も2割ほどいたと思いますが、個別に話を聞くと極めて目標レベルが低い人たちがいるわけです。
この時のカリキュラムは土曜日6時間×5回で以下のような構成でした。
第1日 成功する人の条件
第2日 人間関係とリーダーシップ
第3日 事業アイデアの創出
第4日 事業構想と事業計画書
第5日 経営実務の説明とプレゼンテーション
講師の立場としては内容的に難しいことはほとんどなく、特に意識したのは机上の経営とは違う現場の経営を肌で感じてもらうということでした。
教わる気持ち
初日に起業家精神についての説明を終えたあと、60歳代の受講者から言われたことがあります。
「ウジガワさんの言うことは理想だけど、名古屋は閉鎖的だから難しいな」と。
この人は売れていない「生きがい塾」(こういう業種の人は起業講座にかなりたくさん来ます)を主催していましたが、僕の中ではものすごい反発を感じました。反論をした記憶はありませんが、おそらく表情から伝わったものはあったかと思います。その人は最後まで僕と親しく話すことはありませんでした。
全員が成功できるようにできるか
僕としてはこの当時から「全員が成功できるように」ということは意識していました。
小さなプライドがじゃまして成功できない人はたくさんいるのです。ですからこの人に受け入れてもらえなかったことは僕としてはかなりショックでした。
僕自身の感情も相手の成長を妨げてしまうわけで、支援者としての人間の器というものを大きくする必要性を強く意識するようになりました。
実際、年齢や経験から自分の持つプライドは高くなります。ところが実力も比例して高くなっているかというとそうではありません。教わることができるかどうかは個人個人の特性であり、教わる気持ちになれないというのは成功できない人に共通した欠点です。大人を相手にする起業講座というものはそういう問題とも闘わなくてはなりません。
飲み会で相談しやすい関係を
それ以降の講座では、講座の終了後に受講者を飲み会に誘うことにしました。
受講者が何を考え、その日の講座で何をつかんだかを知りたいという気持ちもありましたし、個人個人が何をしたいと思っているのかも詳しく聞きたかったのです。
飲み会を開くようになってからは相談されやすい関係を作ることができるようになりました。全員ではなく毎回固定したメンバーになることが多いのですが、その人たちが講座でも中心となってムードを高めてもらえると効果が出ると感じました。
OB会で緊張感を保つ
名古屋市の講座の第1期ではOB会が組織されて、お互いの開業に立ち会うことで創業の疑似体験ができたという報告がありました。そのメリットは実感していましたので、その後各地でもOB会を組織してもらいました。
事業の上での新分野進出や業務の改善もそうですが、「独立開業」はあしたのメシになるのではなく、もっと先になってやっとメシになるかもしれないというものです。そうなると今日やらなくても将来にはさほど影響をもたないという気持ちがわいてきます。締め切りがかなり先の仕事に取り組むようなものです。ですから講座の期間中に高いエネルギーがあったとしてもそれは放っておくとすぐになくなってしまいます。熱い気持ちを大切にしたい人たちがOB会では中心に活動してお互いに刺激しあっていくようにアドバイスをしました。
講座に来る人の種類
この年の秋、ある県主催の講座の最終日にはこういうことがありました。
講座の最後に県庁の人があいさつに立ったわけですが、最終日になってはじめて会場にきたわけですから、その人は誰がどんな事業をやろうと考えているかは知りませんでした。
そこで挨拶の中で、「それで製造業を始める人はどのぐらいいますか?」と質問をしました。手を上げた人は全くいません。実はその時の講座では具体的に何をやるのかをイメージできない人が多かったのです。
講座に来る人には大きく分けて2種類があります。1つはこれから何かを始めるつもりで来ている人で、もう1つはただ勉強したいだけの人。
おそらく集客上の失敗、もしくは集まらなかった結果のムリな集客などの事情でしょうが、このときには「始めるつもり」の人は本当に少なかったのです。事業企画はするものの、あくまでもシミュレーションまでという感じでした。それで手が全く上がりませんでした。
地域のために雇用を創出したい
その県庁の人はかなり拍子抜けしたと思います。起業講座をやる現実的な目的がその人にはあって、それは地域的な事情から「雇用の創出」でした。
雇用の創出は町の大きさに直結します。それは主に製造業によってもたらされ、そしてできた町では小売業もサービス業も成り立ちやすくなります。ですから製造業で事業を起こしてもらって、たくさんの雇用を生み出したいという気持ちは裏切られてしまいました。
僕自身は個人の目指したいものに焦点を当てていましたから、ここで主催者の意図とのギャップがありました。そこであらためて主催者がなぜ講座をやるのかいう意図を講座に取り込むように強く意識するようになりました。
ワンシート企画書
起業講座では講座としての1つのゴールがワンシート企画書作りです。
何のフォーマットもない1枚のA4サイズの紙に自分の事業のイメージやそこに至るストーリーを書き込むものですが、フォーマットがないことで独自の創造性を発揮して構想を表現することができます。
マーケティングの世界では外部環境分析を行なって自分の進むべき道を決めたりしますが、僕の起業講座ではそれ以前の段階として「自分が何をやってみたいのか」を明らかにすることを重視します。「やりたくないけど売れそうだから」という業種選択は困難を乗り越えにくく成功にはつながりませんからお勧めしません。「やりたい」という中で「どうやったらできるか」というのが結果から見ると成功するための本来の事業作りです。
また、講座後の動きを見ると必ずしもここで企画した事業をやる人は多くはありませんが、1つの事業について「実現できるレベルまで詳細」に構想することで認識は深くなっていきます。結果的にやらない、もしくはできそうもないと判断した人が開業につながらないわけですが、それでも意味のあることだと考えています。
開業する人が続々と
平成9年度には僕にとっての実質的な初年度であるにもかかわらず、コースでは各地の合計で300人ほどの卒業生を出すことができ、その結果、開業の挨拶状がたくさん届くようになりました。
その地域に出張等で行く機会があれば会いにも行きましたが、ほとんどの人とはなかなか連絡をしていく手段がありません。方法はたくさん考えましたが僕自身は民間のコンサルタント会社の経営者でしたから、公的なところでの生徒を民間企業としてのお客様にすることを悪く言われるのではないかと気にしました。
ですから無償で、しかも交通費も自腹での応援しかできませんでした。そういう事情があって、開業後の人たちへの応援は、ほとんど口先だけになってしまいました。
サラリーマンを続けます
起業講座を受講した結果、強い意思を持ってサラリーマンを続ける人が出てきます。
開業率という点では目的達成にはなりませんが、その人が社会に対してより大きな価値をもたらす手段として独立開業や会社に残るという手段があるわけです。サラリーマンを続けることを決意できたことがここでは意味のあることになります。
起業支援と起業家支援
起業(ここでは独立開業)は手段で相対的なものであり、起業家(世の中に価値をもたらすために働く人、逆に食うために働く人を生業家といっています)であるかどうかは絶対的なものです。大阪堺市の講座はこのときから「起業家支援スクール」として目的を明確にしているようです。
雪で中止
1月に山梨県で行なわれたコースの第2回目は大雪でした。僕も前日は佐賀県でしたので、やっと前夜の真夜中に行けたという状況でしたが、当日の参加者はわずか6名。第3回目はまた30名レベルに戻りましたが、第2回目から続きをやるという状況でした。
このころから都合で休んだ人へのフォローの方法を模索し始めました。主催者の方が撮ったビデオで補講する場合がありますが、それも事前の準備が必要です。コースの場合にはどうやってチームのムードについてきてもらうかという問題も残ります。現在ホームページ上で公開している「WEB起業講座」は、当初欠席者フォローの目的で製作したものです。
4.同じことの繰り返し (平成10年度の試行錯誤)
平成10年度になると、前年にやったほとんどのところから「今年も」との依頼をいただきました。その依頼の段階で日程や時間数は決まっていましたので、ほとんど前年の踏襲というカタチとなりました。
ところが各地ともやってみると前年とはムードが違います。そこで感じたのは各地の講座のムードが違うのは地域性ではなく、「誰がいるか」でムードは変わるのだということでした。逆に地域性を感じなくなったわけです。もちろん都市部とそうでないところでは店を出すにしても賃貸物件の有無など条件的にはかなり異なります。けれどもそれ以前の「事業者を志す段階」としては違わないのだと感じました。
OBのフォロー
平成10年の7月、僕は意を決して「アントレプレナー1000X」を作って送り始めました。
前年の反省から、事業を起こしたあと、もしくは準備段階で迷っている人向けの支援の方法が僕としては作りたかったわけです。そこでその段階での講座のOBや主催者など450人に対してA4で10ページの新聞を送りました。返信用のFAX用紙も入れたので70名ほどからは近況の報告もありました。
ただ、全て自腹でしたし、OBも増える一方でしたので徐々に発行が苦しくなり、翌年の5月に第9号を950人に送って終わりになってしまい、後のホームページでの日記やメールマガジンへと変化しました。
この頃には資金的なものも含めてフォローのための制度が作れないかと各地の主催者に打診をしましたが、多くの場合の解決策はフォローアップセミナーでした。これではなかなか個別の問題に対応するのは困難で、結局はまたOBに声をかけて会合を開いたり、個別に訪問したりということをやっていました。
男女の科学的な違い
平成11年の1月からは「女性起業講座」の講師を務めました。
実際のカリキュラムなどは他と同様に行ないましたが、結果はこれまでとかなり異なるものでした。まず卒業生の開業率が極めて高いのです。平成12年秋に調べた時の実績では、わかる範囲で男性の開業率が15%程度、女性の開業率が45%程度です。
女性が起業講座に来る理由は、男性の意図とは異なります。
いろいろなパターンがありますが、典型的な言葉は「パートに行くか起業するか迷っている」というものでした。また、お稽古事で身につけたことを生かすために事業を起こす人もいます。
中には、ご主人が事業をサボってうまく行かず苦しいので自分が何とかするためにきたという人もいますけど、全体の傾向として男性の多くが事業をした結果得られるもの、つまり収入などでの厳しい条件があって開業できないことが多いのに対して、女性は提供の「過程に対しての欲求」、つまりこんな仕事をやってみたいからということで開業に踏み切ることが可能な立場の人が多いようです。
開業率で圧倒的に優位に立っている女性も、社会で責任のある立場での経験に乏しいことが多く、苦労している人の割合が高いというのが現状です。また危機感に乏しく目標レベルも高くないので数字的に十分に上がっている人は多くはありません。
この講座以降、事業の厳しさを伝えることが多くなりました。開業率の数字のために安易に創業に導くような意図を以前は持っていましたが、気持ちのコントロールをするのではなく事実を伝えるのが起業講座だと再確認しました。
いわて起業家大学
岩手県では毎年「いわて起業家大学」が行われ、平成10年度は第4期を迎えていました。平日夜間2時間半の講座でファーストステージが8月から11月までの9回。そこからの選抜者6名によるセカンドステージが2月までの5回、そして最終日には大々的なビジネスプラン発表会という構成です。
この年には僕も講師として参加しました。
ファーストステージの第6回以降とセカンド全部が僕の担当です。
岩手では主催者の熱意がかなり高く、講座そのものの熱気や緊張感もかなりのモノがあります。50名を越える受講者がいましたが、県内各地からかなり強い意欲を持って臨んでいました。片道2時間半をかけて毎回来ている人もいましたから、こちらもそういう影響を受けるわけです。
他の講座の主催者との相対的な比較ですが、主催者がどれだけ真剣かということが講座のムードにも影響します。ある講座では受付のときだけ主催者がいてあとは僕一人、一方である講座では最初から最後まで一緒に勉強して、積極的に受講者に話し掛けていたり、講座と講座の合い間に個別に全員に電話をする人もいます。これだけでもムードは明らかに変わります。
いわてセカンド方式
ここでのセカンドステージの進めかたはほとんど任せていただきました。
僕自身はコンサルティングを数多くやっていましたから、そこでの結果を出すための厳しい指導を講座に持ち込みたいと考えていました。選抜されて事業計画も明確という人が対象でしたので、厳しい指導によって劇的に進んでもらおうと考えたわけです。
進め方としては、隔週土曜日の講座は、プレゼンテーションと相互アドバイスを基本に進捗の報告と課題の見極めまでを行ない、そこで出た課題やテーマについて日々自分で進めてもらった報告を毎日電子メールでメンバー全員と講師である僕と主催者側の担当者に送るという方式です。
実際これはかなりの緊張感を要求されるもので、メンバーの女性の日記はかなりの読み応えのあるものになり出版しようという計画もしました。(約2か月分でA5サイズ200ページの大作です)。
目標に向かって進んでいる人でも毎日気分の波はあるもので、それが影響して進まないことも多くあります。また「本当にこれで売れるのだろうか」という迷いは決して消えることがないですから、新たな選択肢が出ては消え、間違った方向に進んでしまったりもします。思いつきで始めた日記の交換でしたが、彼ら受講者の「くじけるチャンス」を何度も目の当たりにすることができ、さらに感情移入できるようになりました。
自分の持つ技術を元手に製造業をはじめようという30代前半の男性は、人前で話すのが苦手でした。ですが講座の最終日の発表会では100人近くの聴講者やアドバイザー、地元テレビ局(4局が来てくれました)のカメラの前で発表をしなくてはならないことはセカンド開始の段階で告げてありました。
彼はセカンドのはじめの頃から奥さんを相手に毎晩話す練習を行ないました。講座でもみるみる上手になっていく様子が誰の目にもわかりました。発表会ではそうそうたるメンバーの前で原稿なしで10分間見事に話すことができたのです。
発表会に向けてのメンバーの緊張は相当なものでしたから、前夜ほとんど寝ていません。発表会終了後には涙でお互いの健闘を称えあいました。
そのメンバーが今は事業の現場でがんばっています。話すことに対する苦手意識がなくなった彼は数千万円の借金をして事業をはじめましたが、積極的に働きかけをして良い得意先に恵まれていますし、別の製造業の男性はやはり営業中心の行動で3年目に1億の売上になりました。
厳しい講座
結論から言いますと、相手を本気にさせることができれば「厳しい講座」ほど効果を生み出すことができます。
ところが厳しい講座はなかなかすることができません。本気になってもらうまでがものすごく大変なのです。
教育とは「教えて育てる」と読むことができますが、相手は育ちたくなった時に自分で育つもので、「育ちたくなってもらうこと」が僕は創業者支援における教育の中心であるととらえています。
これは講師や主催者だけでなく、受講者に誰がいるかも大きく影響します。自己中心的ですぐに感情的になりやすい人が一人でもいると講座の中での「育ちたい」というムードはすぐに壊れてしまいます。
主催者としても公的な立場では受講者を選別することが難しいですから、毎回同じ結果を出すことは難しくはなります。ですが理想に向けて我々支援者がどれだけ強い気持ちで臨むか、相手の将来に対して真剣になれるかがまず自分たちの中での闘いです。
客商売との絡み
これは「アドバイザー」的な仕事をする人が常に悩むことですが、アドバイスをするという仕事をいただく段階ではお客様に頭を下げます。そして仕事をいただくと立場が逆転してお客様に対して苦行を要求するわけです。
厳しい講座というのはこの苦行を求めることにあたります。
ところが主催者としては数字的な結果が求められますし、講師としても受講者に認められたいという気持ちは消せることではありません。ですから各回の参加者を減らさないためには受講者にとって楽な講座をやりたくなってしまいます。
主催者が自治体であろうとも客商売をすることが求められるのです。
具体的には効果があるのに嫌がられるものとして全体の前での自己紹介があります。話す力をつけてもらうためには経験が必要ですから毎回自己紹介練習の時間を設けたいと思っています。けれどもそこでの緊張感はほとんどの人が嫌がるものです。効果のあるようにするのか、目先の評価を求めるのか、どちらかひとつというわけには行きませんから細かな気配りと状況を読みながらチャレンジを促していくことが求められました。
講師と受講者との関係
起業講座のコースモノの場合、講師が一人で最後まで行うものと、複数の講師が入れ替わり講義を行うものとがあります。
「誰がやるか」が重要でしょうからどちらが良いかという議論はあまり意味がありません。僕の場合は両方やらせてもらっていますが、全体を担当させていただく場合には流れを作ることができます。これはコンサルティングで行なう場合と一緒で、個人個人が成長して行くような仕掛けを作るのです。
50人を越える場合には難しくなりますが、それ以下ですと個人個人の特性、向き不向き、性格、さらにはこれまでのキャリアがある程度わかります。その上でセミナーの中で可能なのは個人個人が自分の「弱点」を認識していくことです。多くの場合、自分をあまり認識できてはいませんから、有効な材料になります。
開業資金
この頃から開業資金をご褒美にした起業講座が出始めました。
翌年には具体的に「新規開業融資制度」を前面に打ち出した講座が制度的に作られ始めましたが、ここで痛切に感じたのは受講者の層が悪化したことです。
自分ががんばることで何とかしていく。僕が開業段階で伝えたいことはこのことであり、長期的に事業を成功させていく上でのポイントだと思っていますが、「金さえあればなんでもできる」という感覚の受講者が極めて多く来るのがこのタイプの講座です。「自分さえよければ」というムードが強くなりました。
開業資金融資は是か非か
僕は、高いハードルを設ける必要があると思います。
現在、銀行の不良債権がいまだに問題になっていますが、「借りる目的」があって、資金がその目的通りに機能して、返済財源を作れれば不良債権にはならないわけです。ベテラン経営者ですら「目的通りに機能」させることが難しいのが明らかにわかっているわけですから、新人事業者に対して安易に融資を行なうのは第2の住専です。
事業に対しての認識が浅い人ほど「事業には絶対に資金が必要だ」といいます。そこにも疑問を感じますし、さらには資金さえあれば成功できるのかというとそれは違います。資金があるほど成功の可能性は高いように思えますが、実態は逆です。
人間としての実力が高いほど成功の可能性は高くなります。そういう人は安易に借金をしませんし、金さえあれば何とかできると自分では思ってはいません。むしろ金をかけないところに自分の成長の道があり、地に根を張った事業ができるわけです。
5.新たなチャレンジ (平成11年度の試行錯誤)
平成11年の5月、僕はアントレプレナーセンターを離れました。新年度に入ったあとでしたのでその年度内はアントレプレナーセンターの名前で講師を行うことがたくさんありましたが、気持ちの上では「自力で」です。
これを機に決意したことが1つあります。
それまで無償でフォローしていたOBたちに有料でのサービスの提供を始めようということでした。前にも書きましたが、公的なところで自分の事業の営業をやろうという考えはあまり周囲に共感されるものではないと思い控えていました。ですが重要なのは自分の体裁よりも相手に効果をもたらすことであり、継続的に支援するためには有料である必要がありました。そうでないと全国各地に飛んで支援を続ける体力がこちらにはないのです。
オープンセカンドあいち
OB支援のためにまず始めたのが名古屋での「オープンセカンド」でした。
これは毎月2回、年間20回のセミナーを平日の夜にシリーズで行うというものです。
名古屋では2ヶ所の起業講座をやっていましたからかなりのOBがいたということもありますし、女性起業講座のOBグループにかなりのエネルギーがあって、そこから要望をされたということもあります。
5月から開催し、当初は40名近くを集めることができました。予想はしていましたが開業に対する熱は「くじけるチャンス」が個人個人にはありますから時間と共に冷めていくものです。それを止める力は講座では作れなかったので徐々に人数は減ってしまいました。1回の参加費は1000円で、20回でのべ400人の参加でした。
OB会の躍進と衰退
3年度目に入ったことでいろいろなノウハウが僕にはありました。
それを伝えながらやってもなかなか思い通りにはならないのがOB会でした。OB会も1つの組織ですから存在するためには目的が必要です。当初「自分が経験を積み刺激を受けるため」という目的を伝えましたが、それでは組織の各人が自分のために組織を使うということになってしまいます。
かつて全国で異業種交流会が行なわれ、どんどん解散していったように、組織を支える気持ちがないものはどんどん衰退していくのです。一部の支える人と多くのぶら下がる人で構成されていては支える人がたまらなくなってしまいます。
中には強いリーダーシップを持った会長によって会としての共通の目的を作り、目覚しい活動をしたOB会もありましたが、そこでまたマイナスになることが新たに生まれました。
OB会のメンバーはいずれも大人です。どうしても一人前の顔をしたがるのです。結果として会の中で横並び意識が生まれ、進んでいない場合には自分を正当化して言い訳をします。結局は上を目指すムードにはなれなくなってしまうという傾向が生まれました。各々がプライドを持った大人である一方で、厳しい社会の中で鍛えられた経験はあまりないということもありますから、リーダーシップを身につけるためのステージにしたいところですがなかなか思い通りには行きません。
徹底的な支援
ちょうどアントレプレナーセンターを離れたことがチャンスとなって思い切った支援をはじめることができるようになりました。
それが名古屋に活動拠点を設けたことです。
オープンセカンドにかかる経費を計算した上で事務所を借り、そこを拠点に事業をスタートさせました。そこで示したかったのは僕が説明している通りのやり方でゼロから成功までいけるのだということであり、自分で証明したい気持ちが強くありました。
また、自分の時間を相手のために使うことで人は励まされるのだということも頭の中にはありました。
実際に身近なところで支援をしていくと日々変化があり、日々苦労しているのがわかります。気を緩めると数ヶ月の低迷をしてしまうのも目の当たりにしました。
全日本わくわく会議
平成12年3月15日はある意味での集大成となりました。
各地のOBに呼びかけて名古屋で合同の1泊2日のOB会をやったのです。実際には疎遠になっていた人が多かったので声をかけたOBの数は100名にも満たないものでしたが、全国から25名の人が集まってくれました。
ところがそこに集まってきてくれた人たちの近況を聞いてガッカリしました。
「事業を計画中」とか「まだ迷っている」とか「チャンスがあったらやってみたい」という声が何人もから聞こえてくるのです。起業講座前と何ら変わりません。
たしかにOBの中で快進撃を続けている人を集めるというよりも、研修的な意味合いを強く持たせましたから、数年ぶりに講座を聞きたいという人もいたと思いますし、動けないからここにくるという人もいたと思いますが、明らかにレベルが低い段階から抜け出せてはいないのです。
僕は各地での僕に対する評価から、創業者支援ではかなりがんばっている中に入るのではないかと考えていました。ところがまだまだ効果をもたらすことができてはいなかったのです。実力の面でも行動量の面でも不足していることを実感したのと同時に、「ここまでやってもこの程度」という感触から創業者を支援することは不可能なのではないかという考えが浮かびはじめ、次第に強くなっていきました。
かつてある県庁所在地の商工会議所に経営セミナーの講師として呼ばれたとき、そこの中小企業相談所所長から「どこでも創業者支援だといっているけど、できると思うか」と聞かれました。「できると思っているからやっている」と答えましたが、その質問がかなり心の中には残っていたように思います。
創業者支援と小規模事業者支援と。
産業を活性化させる、仕事をどんどん成長させ社会に大きな価値をもたらす、雇用を創出する、、、
これら、創業者支援を行なってきた目的を考えると、現実的には「やるという前提」がある現役の小規模事業者支援をやったほうが明らかに効果があると思うようになりました。
起業講座の受講生が自分で事業を起こすにしても社内で自立してがんばるにしても講座は無意味ではないと思います。けれどもその効果が現実的に見えなかったわけですから机上の空論なのではないかという気もちになってしまったのです。
そのため、平成12年3月のわくわく会議のあと、僕は自分の事業の見直しを行ないました。
そして出した結論は創業者支援はやめて、小規模事業者支援のほうに力を入れようということでした。
6.ゼロからの出直し (平成12年度の試行錯誤)
平成9年度から11年度、この3年間で僕自身は創業者支援というものについて一通りわかったような気持ちになっていました。
多くの人は甘い認識をもって「独立開業」に対して物欲のような希望を持ちます。中には現在の状況からの逃避の意味もあってこの世界に目を向けます。そういう人の割合が高く、実際にそのままスタートしてしまって苦しい思いをしている小規模事業者をたくさん見ていますから「その段階」を何とかしたいと思ってきました。それでセミナーでは絶叫してきたわけです。
ところがそれはスポーツと一緒で、訓練をしつづけないと身につかないものでした。
ですからセミナーだけでは「わかったつもりになる」にしか過ぎないのです。
自分の始めた業務が「人生道場」となるような業種であれば、そこから自力で成長していくことは可能です。ところが最近の傾向として自宅で始めるサービス業の人の割合が圧倒的に高くなっています。いつ事業を始めたのかわからないような人も多く、仕事がなくても危機感もない。それでは人生道場にはなりませんから全人格的に成長して仕事を成長させていくことは難しいのです。
「わかっている」と「できる」とでは大きな違いがあります。
僕の起業講座では知識的な話はあまりしませんが、知識があることで事業にはマイナスになることが多いからです。
広告宣伝などでお客様に反応してもらおうと思えば、現実的には「自分がしんどい方法」を実践したときほど伝わるわけです。人間が人間に対して事業をするので、「思い」というものがその間にはやり取りされます。ところがヘタに知識があると「楽に要領よくやる方法」を考えてしまい、結果的には成果が出ないことのほうが多くなるわけです。
これらをトータルで考えた結果、創業者支援をセミナーでやるのは難しいという気持ちになりました。
既存の企業の多くはチャンスがあって独立したものです。それはすなわち事業を行なう前からお客様がいたということです。ところがそれがない人が起業講座に来て事業計画だけを持って何のチャンスもないところへ飛び込んでいきます。現実的には飛び込んでいける人が少ないのはやむをえないと思いますし、その人たちに事業を起こしてもらって成功し社会を引っ張ってもらおうというのは甘いのではないかと思いました。
起業講座には消極的に
平成12年に入ったとき、3年やったマンネリ感もあって積極的に起業支援に取り組む気にはなれませんでした。ですから積極的に営業も行なわず、予算の流れの変化から形態を変えるところでは継続しないところがありました。それでも今までOBを出してきたままでは無責任になってしまいますから、福島・名古屋・大阪の3ヶ所ではフォローのためのパワーアップセミナーを主催し、それとあわせて少人数での勉強会(セミナーは僕が話すもので、勉強会は主に僕が聞くものです)も主催しました。経済的に苦しんでいる人もいましたし、自分の人生と向かい合ってのたうちまわっている人もいました。
勉強会をしながら感じたのは、この人たちは起業講座での内容を忘れてしまっているのだなということです。多くのOBを見てきていますから、その人たちを僕の中では勝手にパターン化することができてしまいます。そのパターンに陥らないようにということは講座でかなり詳しく話をしていたのです。
そこで、創業者支援をやめるのでこれで勘弁してくださいという気持ちと復習用教材にという考えを持って7月末から無料メールマガジン「短期集中型通信起業塾」の配信を行ないました。
ホンキの人はまだまだいる
僕の出したメルマガは最近のベンチャーの傾向とは明らかに異なるものでした。
「店頭公開でがっぽり儲けよう」というバブリーなものが人気を集めていましたし、明らかな机上の経営を語っているものなどが主流でした。そんな中で泥臭い「人間が事業をやる」的なものを出しましたので、驚いた読者からはかなりのメッセージをいただきました。
僕の語る事業はバクチではありません。借金をして他人に走らせる頭脳労働ではないのです。自分が着実に行動することによって確実に成功させていくものです。そのスピードによっては、資本金なしでたった一人から始めても2〜3年後には億単位まで伸ばすことが可能ですし、さらに努力すれば10億です。
業種に関わらず10億まで行くことは可能だと感じています。それを決めるのは「誰がやるか」ですが、その部分も自己改善をすれば可能なのです。
そういうメルマガを読んで自分も挑戦してみたいとか、苦労をしてみたい、困難な状況でがんばってみたいという人がまだまだいることがメッセージからわかりました。
伝えたいことがあるからやる
メールマガジンを深夜から朝にかけて6時間を費やして9週間毎日書きつづけていくうちに自分の中では伝えたいことがどんどん出てきました。
その間にも単発の経営セミナーなどはやっていましたし、無料の交換日記サービスなどもやっていたので講座のOBからの連絡は来ます。僕が講師を務めた起業講座OBで悩んでいた人が他の講師に変わった起業講座に行ってきたという話も聞きました。いろいろと話を聞くうちに「自分だからこそ」という部分があったことに気づきましたし、今まで起業講座のOBから僕が教わってきたことを無駄にしているのではないかと考えるようになりました。
そうして秋から再び積極的に起業講座に取り組もうということにしたのです。
新たな視点
通信起業塾を書きながら小規模事業者支援を続けていたときに今まで伝え方が弱かった部分があることに気がつきました。
独立をしたいという意欲を持つ人はまずその業種をイメージします。業種とは「扱うもの」と「すること」で表されますが、どんな業種でも売ることやお客さまを作ることを忘れてはいけないのです。
たとえば資格をもっていて建築設計をやろうという場合、自分がどんな建物を設計しようかとわくわくしながら準備を進めます。けれども自分が受注のために頭を下げている様子はほとんど考えません。黙っていても仕事が来るのがその人にとっては理想ですから、仕事がないという「ネガティブ」なことは考えないのです。ですが仕事が来ないというのは「現実」です。作れば売れる時代ではないからです。
設計士で独立する人は設計事務所の経営者にもなります。この後者の部分、その中でも特に「売る」という部分については力を入れるようにしました。
営業がイヤなら事業をやるな
かつての起業講座では「商材を準備して売る」という小売業のようなイメージで解説をしていました。事業計画とは元来そういうものです。
ところがそうすると「商材作り」に時間をとられてしまいますし、現実的には売りに行っても売れないことがほとんどです。売りに行っても売れない反面、それでも売るつもりで営業を続けていると、お客様のところには仕事があるのです。
僕自身もそうでしたし、いろんな事業者を調べましたが実は事前に商材を準備して売っている人は少ないということがわかりました。工務店であれば先に建て主さんを探して契約をしてから家を立てます。事前にお客さまを探してそこで依頼をもらってから準備して提供という流れでは極めてリスクのない事業ができるのです。
僕は「事業計画書はムダだ」という言葉でそれを伝えています。もちろん本気でムダだとは思っていませんが、それを作ることで満足したり、それで自分に言い訳している人が多いのです。
さきに多くの事業者はチャンスがあって独立したと書きましたが、チャンスとはお客様のことです。お客さまを作ることができればほとんどの事業は成り立つのです。何の準備がなくても手ぶらでも今日から営業ができれば今日から事業は始めることができます。秋以降の僕の起業講座はより現実的なものになってきていると思います。
通信経営塾
通信起業塾の予定していたカリキュラムが終わるのを待って、10月から通信経営塾というコンサルティングを始めました。
これは「いわてセカンド方式」と、かつて零細企業向けコンサルティングとして提供していた「経営会議コンサルサービス」とを組み合わせたものです。
毎日メールで進捗を報告してもらいながら毎週30分の経営会議を電話で行うというものです。今まで自分が工夫しながら編み出してきた方法を組み合わせてきたわけですが、これによって今まで応援できなかった人たちを支援することが可能になりました。3ヶ月で3万円(現在は3ヶ月6万円)ですから出費も不可能な金額ではないようです。
会いに行かないことで支障が出るかとも思いましたが、それよりも会いに行かないことでより多くの人を安い単価で支援することができるわけです。この方法を使うことによって今まで個別になかなかサポートできなかったOBに対しても具体的な支援をすることが可能になりました。
最初の目標は月の粗利益が100万円
起業講座では来る人の目的も目標もさまざまです。中にはたくさんの収入がないと困る人もいますし、扶養家族の範囲内でという人もいます。ですから今まで共通の目標は立てませんでしたし、どの程度の売上を目指すかという話は全くしていませんでした。
それが講座そのものや創業後の会話がぼやけたものになっていました。そこでまずは粗利益100万円という共通の目標となる数字を設定しました。
これによって具体的に自分が相手にすべきお客様の数などが設定しやすくなりました。
小規模事業者の弱み
僕も中小企業診断士を受験する過程では経営学を勉強しましたし、その後も経営に関する本は数多く読んでいます。コンサルタント業界にはトレンドがあり、売れるものがよく店頭に並びます。この売れるものとは多くの場合大企業のコンサルや社内研修に好まれるものです。
僕の個人的な感想ですが、コンサルタント業界の「売りたい」という事情のために、一般の人に対する「経営」のイメージが実態とは違うものになっていると感じています。
世の中には多くの法人や個人事業者がいますがその大多数は10人以下の事業所で、コンサルタント業界の対象とするお客様ではない部分です。それら小規模事業者でのポイントは人にやらせる前に自分がいかに行動するかということです。そういう人たち向けの経営の参考資料は極めて少なく感じています。
100万円という目標にしても会社内で目標を設定すれば試用期間中の新入社員でも8割の人が達成できます。ところが自分で設定して自己管理で達成しようとすると逆に8割の人が達成できません。小規模事業者には自己管理が強く求められ、そこで自分が負けてしまうことが小規模事業者にとっての最大の弱点です。
孤独な試行錯誤
言い古された言葉ですが、経営者は孤独です。
それは実は孤独のほうが良いからなのです。
孤独ではない状態、つまり仲間に全部を知られている状態とは、ほとんどの事業者にとって困った状態になります。知られないほうが信用を損ねなくてすむのです。
自分の悩みを全てつかんでくれている少数の人はいたほうが良いわけですが、なかなかそういう人を作ることはできません。その結果、表面的な部分だけを見てアドバイスをする人だけが存在することになります。
そんなアドバイスはほとんど効果がありません。やったほうが効果のあるアドバイスは多いとしても、自分にできる気がしない、もしくはやろうという気にならないアドバイスは無意味です。そうして小規模事業者や起業希望者たちは孤独な試行錯誤を続けざるを得ないという状況になります。
多くの場合、自分が楽になることを意図して、苦労せずに試行錯誤をします。これは結果的に見ると「浅はかな試行錯誤」ということになります。
我々支援者がすべきこと
自治体や公的機関には経営指導をできる立場の人たちはたくさんいるとは思いますが、個別に誠心誠意支援をしているのかどうかはわかりません。
予算がとか人数がという問題はあるとは思います。制度がという声も耳にします。僕もかつては中小企業診断士でしたから公的診断と称してアドバイスに行ったことがたくさんあります。それも含めての僕の結論ですが、システムが人を育てるのではなく、人が人を育てます。
現在まで、通信経営塾に自腹で入って勉強された公的機関の方が5名います。彼らとの経営会議の中で交わされる話からの結論はただ1つです。「一生懸命相手のためを考えること」。これだけです。決して難しい話ではありません。自己中心的なもっともらしいアドバイスには誰も感動しませんから。
支援者としての生きがい
僕は経営コンサルタントであり、民間企業である経営コンサルタント会社の経営者です。コンサルタントは常に陰の存在ですが、陰であってもそこには仕事の喜びがあります。僕の場合には組織の中での自分の立場という障害が全くありませんから、役に立つことなら何をやってもよいと思ってやっています。
ところが自治体や公的機関の人にはそのあたりでの障害があるようです。越権行為とかやりすぎをとがめられることもあるようです。最近では統合とか吸収合併の恐怖もあるようですから。
経営塾でそんな立場にいる公的機関の指導員の人とは1つの目標を立てました。「1年間の会員企業の売上合計を今から150億伸ばす」でした。会員企業が150という小さな商工会の経営指導員です。そんな中で事務局長や会長から正当に評価されないとグチを言っていましたが、自分がそこで働く意味を見つけました。今までは無力感が強かったのです。動いていく上ではやはり「くじけるチャンス」はありますが、自分の道は自分で切り開くものです。
本気になる
経営支援者というのは相手を外から、しかも高いところから全体を見ることができるという特権をもっています。相手は「どうしたら売れるのか」を考えていますが、我々は「どうして売れないのか」をつかむことができます。
この部分に対して我々は支援者としての実力を強く発揮することで相手を支援することができます。
数年前、僕はセミナーで出会った「クセのある」経営者から電話をもらいました。衝撃的な電話で、「今の状況では真剣に自殺を考えなくてはいけない」というものでした。それでもその人は教わる気持ちなのではなく、ただ何とかしてくれとすがっているように思え、関わりたくないという気持ちから安易に「自殺はやめなさい」と止めました。半年後、また電話が来ました。「あんたが止めるから生きていた。けれども死ぬより苦しい状況だ」と今度は泣いていました。
相手の経営状況を良くするための支援をするのが僕の仕事です。ですが最も大切なのは相手の命だと気づきました。僕にはそれを救える可能性があるのです。
そこで当時150社あったコンサルティング先にお詫びを入れ、僕はその1社のためにほとんどの時間を使うように動き始めました。僕自身の状況はかなり苦しくなりましたが、そうしてまでも応援している様子から相手の行動には変化があり、経営も改善し始め、今では売上が当時の4倍になり順調に借金を返済しつづけています。
そういう経験が自分をさらに本気にさせます。人間一人を救えただけでも、人間一人が生きていた意味があると思います。かつてはセミナーで笑いを取って盛り上げるように心がけていましたが、最近はシーンと静まり返った教室の中で僕は講義をやっています。
事業とは体育会系だ
通信経営塾やコンサルを通してつかんだ一つの結論は、全人格的な成長のプロセスもお客様に浸透していくプロセスも重要なのはアイデアではなく訓練です。
経営学を学んだ人を必ずしも否定する気はありませんが、知っているだけでは実践できません。具体的には「話す力」「聞く力」「書く力」などは重要な経営者の持つべき要素ですが、経営学には出てきません。
また、事業を成功させた人は人気が高い人たちです。人気はどこから来るのかというと全人格的な魅力であり、そこに至る段階で自分を鍛え上げた「他人を受け入れる力」などが作用します。
業績のことを考えると「売らないと売れません」が、それは行動力によって分母が作れ、そして確率的に結果が出ます。確率の一部は方法論なのでアイデアで何とかなる部分はありますが、分母は行動によって作ることです。他人にやらせれば分母は大きくなりますが、例えば新規客への告知であれば折込チラシ1万分の1、ポスティングチラシ3千分の1、飛び込み営業が6分の1という有効訪問への確率です。その圧倒的なベースとなる確率は自分がいかにしんどいことを行なうかで現れるものです。アイデアでせいぜい10倍になることは可能かもしれませんが、それが継続できないとお客様は来る可能性がないわけです。
支援の上では、相手ができるようになるまで継続的に見守る必要があります。支援とは一時的なものではなく、相手が訓練を重ね、習慣化し、人格が変わるところまで行なう必要があると感じています。
努力は無限、評価は一瞬
事業の業績とは他人の評価です。
お客様は数秒のうちに相手の意図や実力を見抜き、買うかどうかを決定します。売れないのであれば今まで売れるように作ってこなかったことが原因であり、お客様に原因があるわけでも、それ以外の人に原因があるわけでもありません。「売れるに値する事業」を作り上げるまでに、我々支援者は相手の成長のためにあらゆる支援を行なう覚悟をする必要があります。
ただしそれには条件があって、相手が本気に近いほど支援をすることが可能になりますが、ここまで来ると人間と人間のぶつかり合いになります。
相手の中には「さぼりたい」という自我と「さぼってはいけない」という真我とがあり、自我は元々強く、真我は鍛えないと強くはなりません。当初は真我が自我に負けてしまいますから、相手は努力(限界を感じたときのもうひとがんばりが努力)ができないものなのです。そして相手の真我の部分に我々支援者は力を貸すことで相手の自我と闘います。「がんばりたい」という気持ちがないよう、なはなから真我が存在しない人を応援することはできないのです。そうやって「くじけるチャンス」を乗り越え、実力を蓄えながら進んでいくわけです。
もはやセミナーでできるレベルを超えているかと思いますが、新しい人に世に出てもらい、新たな産業を創出し、地域・国家を変革していくことは実は極めて着実に進んでいく必要があるものだと思います。
7.売れる事業作り (平成13年度以降の試行錯誤)
平成13年6月、「短期集中型通信起業塾」のメルマガの後継として、「売れる事業の始め方」の配信を始めました。成功の条件のうちもっとも大きなものとして「誰がやるか」を伝えていましたが、その上に乗せる「何をやるか」「どうやるか」を具体的に解説しようという意図で、「短期集中型通信起業塾」のようにカリキュラムに沿ったカタチではなく、重要なことをランダムに伝えていこうというものです。
通常、コンサルはリアクション型(現場で起きていることに対応)、セミナーはアクション型(状況に関わらず方向を示す)というものになります。このメルマガではリアクション型に近いアクション型を意識して、通信経営塾やコンサルなどで出てきたテーマに対応して書いて来ました。
「売れる事業の選び方・始め方」
平成14年6月には、メルマガで書いていたことが本になって発売されました。非常にコンパクトに「ウジガワ流の経営」をまとめましたから、他の経営手法との違い、効果の上がるスピードの違いがわかりやすくなりました。
この本に対しては、典型的な例としてこのような評価をいただいています。
「題名に誘われて買ってしまいましたが、内容はまったく違います。売れる事業?どこに書いてあったっけ?と言う感じです。
しかし、この本は為になります。自分自身の生き方を変える一冊になります!!独立開業するしないに関わらず、仕事に対する姿勢がこの本を読んだ時点で変わります!!
題名は「売れる事業」の選び方・始め方より、『仕事に対する考え方』の方がしっくりくるな〜。実に良かった。
(amazon書評より)
これを見た時に自分の中で明らかになりましたが、「売れる事業」というタイトルは、これから事業で売っていこうという人向けの言葉であって、内容は「売れた事業」、もっと正確に言えば「売れつづけた事業」を作るために行動してきた上でのさまざまな事例を中心にまとめてあります。
つまり、僕が創業者支援で目指しているのは、「売れつづける人を作る」ということでした。
ワークブック
平成14年春に、事業構築のためのワークブックを作成し、直接販売のほか、起業講座でも使うようにしました。考えるべきことがたくさんあることを言葉で説明することは困難で、それを質問形式に並べることで頭の中にあることを紙の上に書き出してもらおう、紙に書いておけばあとで違う選択肢も浮かんでくるという気持ちがありました。
実際に講座で使ってみると、事業イメージがどこまでできあがっているか、独立開業に向けた意欲がどのぐらい強いかが明らかにわかります。
WEB起業講座
平成14年11月には、講座テキストとメルマガ、ワークブックの内容を組み合わせてWEB起業講座をホームページ上で公開しました。僕の起業講座を受けられない地域の方のため、講座をやむなき理由で欠席した人のため、ふと迷い込んだ状況から抜け出す手助けのため、そして何よりビジネスのニュアンスをつかんでもらうためという気持ちがあります。
この時点でメルマガは250回を越えていて、基本的な内容ではなくなっていましたが、もはや初回から読み直そうという人はほとんどいませんでした。そこでこのようなカタチにして体系的に学んでもらおうというものです。
経営塾生やセミナーで出会った人に聞くと、かなり多くの方が全ページプリントアウトをされていました。無料ということと、匿名性の高さということで学んでいただける人を増やすことができました。
開業率53%
大阪の堺市では平成14年度までに6年連続で起業講座を担当させていただきました。毎年3月に行なってきていて、定員は15名と小規模なものです。この主催者が13年度までのOBを対象に調査したところ、回収したアンケートのうちなんと53%が開業しているというデータが出ました。
主催者としては「開業して欲しい」という気持ちで支援を行なってきているわけですから、喜ばせることができる開業済みの人が中心となってアンケートを返送してきたと考えることができますが、それにしても驚きました。
そうなると、講座自体の考え方を変える必要があります。啓発中心ではなく、開業段階のレベルを強く意識して行かないと、開業してはいけないレベルの人まで開業してしまうことになります。その結果を受けて、平成14年度の講座からは、厳しい内容とムードの講座を行ないました。
事業構築通信講座。
岩手セカンドのころから、各地でセミナーをやらせてもらっている主催者と一緒に「究極の創業支援のパッケージ」についていろいろと考えて来ました。
事業のカタチや個人個人の段階が異なるために、前半はセミナーでできてもその先は個別支援が中心になります。個別に長期となると、集合形式では困難が多く、当社の通信経営塾の入り口のカタチで通信講座を作りました。講座終了後は通信経営塾がありますから、半永久的な支援を行うことができます。通信経営塾を通して生まれた実績はかなりの数・金額になっていますから、そのパターンに当てはめたことで、かなり理想的なものとなって来ました。
第2部の「講座目的」は「セミナーで目指すもの」、第3部の「講座の内容と組み立て」は「創業研修」のページで紹介します。
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