第1章
プライド |
「何だ、あの男は!」 高尾の全身は違和感で火を噴きそうだった。商工会議所の経営セミナーでのことである。 高尾が一年前から入部している青年部の部長からの電話でムリヤリ参加させられたセミナーだ。最初から聞く気はない。そこに輪をかけるように人のプライドを逆撫でする講師がいる。 高尾俊一は事務所や家庭の掃除代行をする会社の専務である。創業社長である父雄治の意向によりアメリカの大学で経営学を勉強し、修士号も持っている。正直言うと商工会議所のセミナーなどは内容が素人向けだし大体予想通りで参加する気にはなれない。青年部にも自己研鑚のために入部したのではなく、客をつかめればと思って入部しただけだ。他の部員と知り会うためには仕方なくセミナーにも参加する。今日も本当の目的はこのあとの飲み会だ。
「あいつはいじめてやらなきゃな。」 セミナー慣れしている俊一は講師に反発していた。これまでにもセミナーで講師をやり込めたことがあった。わかったような顔をして、どこかで聞いてきた話をならべるストーリーはインチキ講師の弱点を浮き彫りにする。これまで何度か質問の時間に彼がそこを突いて、返答に困る講師の顔を見て楽しんだことがあった。
「さて、あの講師の弱点は、、、」 講師の話は自分の中の「経営学」とは全く違う話だった。自分が得意な分野の話はなかなか出てこない。それでも少しぐらいはチャンスは見つかる。しかしそれを見透かしたように、講師はこっちを中心に見てニコニコしながら大声でまくしたてている。 ふと気付くと、周りの連中は笑いながら聞いている。
「何だ、あいつは!」 結局予定の時間より10分もはみだして、講師はテキストの半分も話し終えないまま拍手を受けていた。当然、質問の時間はなかった。 「ま、いっか。」 そこで少しほっとした。自分が講師をやり込めなくちゃいけないという変なプレッシャーがあったようだ。
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第2章
今の会社は、 |
その講師は97年の青年部忘年会を兼ねた二次会のスナックにも来ていた。右隣には青年部の部長がいるのだが、全く無視して左隣のスナックの女の子とスケベな顔をして馬鹿話をしている。高尾は講師と話をしてみようかと思っていた。年令も同じ36才、同い年なのに実績があるからクソーとは思うが、少なくとも飲み屋で緊張する相手ではない。
だが、高尾が意を決してビールビンを持って立ち上がろうとした時、大音響と共にカラオケが始まった。 「誰だ、うっせーな、、、げっ、何だあいつか。」 「おーし、いぐどー!」 声を張り上げて叫んでいるインチキ東北なまりの入ったその声は、さっきまでセミナーで聞いていた声である。 「何者なんだ、あいつは!」 だんだん腹が立ってきていた。 「あいつ」の歌はとにかくやかましいだけだった。そして汗を流し息を切らしながら歌い終えると元の席に戻ってきた。 「さて、」 カラオケの機械に次の予約が入っていないことを確認しながら高尾は再びビールを持って立ち上がり講師に勧めた。 「あっ、ありがとうございます。」 高尾の注ぐビールを手に講師はたぶん今日始めての敬語で話をした。 「あのー、ちょっといいですか。」 「おっ、いいですよ、なになに。」 やったら好意的な顔で講師は耳を傾けてきた。 「私は住宅を掃除するサービスをやっている会社の後継者なんですが、、、」 「ほおー、いいですねえ、でっ。」 ちょっと用意していたナンクセの質問はしにくくなっていた。高尾は思うままに話し始めた。 「この景気のせいですかね、どうも最近売上が、、、社員も150人ほどいますし、、、」 「なっるほどお、そうですかあ、でっ。」 「うちのおやじが社長なんですがね、私がいろいろ新しいことや改革をやろうとしても、全然協力してきてはくれないんですよ。」 「はぁー、でっ。」 「私はMBAを持っているんですがね、もっと戦略的な事業展開をしたいんです。ですが、おやじのやり方は理論には合ってないというか方針が無いというか、、、勘と経験と度胸、いわゆるKKDなんですよ。」 「へぇー、でっ、どんなところが。」 「利益を無視してでも好きなお客さんの仕事をやったり、会社に急ぎの問題があってもロータリーに行ったり、、、あと、チラシを出そうと思って原稿を作っても効果があるかわからないモノに金は出せないって言うんですよ。」 「ほおっ。」 「私は後継者として責任を持って会社を良くしていきたいのに、これでは社長に足を引っ張られて、、、」 「へえ、すばらしい。最高の状況ですね。」 「えっ。」 「本物の経営者になるためには。」 「まあそうですね。色々経験できてます。」 俊一は思ってもいない返事をしてしまった。 「じゃ、本物の経営者ってどんな人だと思います?」 講師はいつからか、「焼酎のお湯割り梅干し入り」を飲んでいた。そのグラスを右手に持っているのも忘れたかのように真剣な目で俊一の顔を見ている。
「えーと、、、。」 高尾は近くから赤いチンチラ張りの丸イスを引っ張って講師の正面に座って考え込んだ。 その様子に講師は身を乗り出した。 「重要なのは、社長を批判することではなくて、自分がどうするのが理想か、どうあるのが理想かを考えて決めることだと思うな、僕は。」 高尾はまだ考え込んでいる。講師にはその表情が反論を準備している顔か、真剣に今後の行動を考え始めているのか、まだ読み取ることはできなかった。 「社長を批判している段階で、自分がホンモノの経営者ではないと証明しているようなもんだろ。何かを諦めているような。変えたかったらまず自分がどうあるのが理想か、それを考える必要があるな。もちろん理想を描く上では、なぜ会社にいるのか、会社は何のためにあるのかをきちんと自分で決めるといいんだよ。」 「それは簡単です。自分たちや社員、得意先の人たちが経済的に安定して幸せに暮らすためですよ。」
やっと高尾は自分の理論を披露する機会を得て口先を尖がらせ得意気の表情で語った。けれどもその表情は長続きしなかった。講師が自分のことを見透かしたのを感じたからである。 「なるほど、たしかにMBAだな。しっかりした考えをお持ちで。はっはっは。」 高尾の顔がまたさっきのように曇り始めた。 「んじゃあね、たぶん大学で教わった経営学には出てこない最高級の理論を教えときますわ。会社はお客様のためだけにある。だ。」 「なになに、かいしゃはおきゃくさまのためだけにある、か。へぇー、誰の言葉ですか。」 「しらなーい。誰が言ったかなんてかんけーねーだろ。重要なのはその中身だし、自分がそう思うかどうかだろ。くだらない試験の穴埋め問題とは違うからな実社会は。」 講師はそういうとニヤッと笑った。
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第3章
コンサル |
セミナーの三日後、高尾のもとに講師から電話が入った。セミナーの翌日高尾がFAXで送った礼状の御礼らしい。 「どうもありがとうございました。ずいぶん心のうちを綴ってくれましたね。」 「はあ、お恥ずかしい。ちょっと考え込んでしまって。」 「そうですか、じゃあ、飲みに行きましょう。今夜どうですか。」 「えっ、こっちの方に来てるんですか。」 「いえ、飲むために今から行くんです。」 「そうですか、じゃぜひ。」 高尾は電話を切ると色々考え始めた。
セミナーから客をつかもうとしているコンサルタントは気持ちが熱い3日目までに営業を仕掛けてくると聞いたことがあった。あいつはうちからコンサルティングの仕事を取りたいと思っているのかな、あるいはこっちのスナックの女が目的か、、、 でもコンサルタントってのはみんなそうだけど先生づらして気にいらねーな。まあ、今日来てみればわかることだけどな。
その日の夕方、講師は新幹線でやってきた。 「おお、しゅんちゃん、げんきだべかあ。」
講師は予想外のふざけた笑みでやってきた。 高尾の名前は確かに俊一だが、前回はそう呼ばれていなかった。セミナー同様の違和感を持って高尾は講師を迎えた。 「先生、せっかくなんでちょっと会社を見てもらえますか。試算表も出しときましたけど。」 「いいけど、あんまり興味ねえなあ。」 「えっ、そうですか、、、じゃ、さっそく飲みに行きましょうか。」 「いいねー。でもワリカンだぜ。俺も裕福じゃねーからな。女の子が相手ならおごるけど。」
二人は駅前のアーケードを歩きながら話した。 「しゅんちゃんは後継者であることを被害者であるかのように言ってたのが気になってね。」 「えっ。」 「いや、仕事が楽しくなさそうだった。」 「それで来てくれたんですか。」 「はっはっは、友達なら当り前だろ。」 「はあ、ともだちですかあ。」
高尾は社会に出てから言われてない言葉に少々戸惑った。コンサルタントの営業戦略なのだろうか。どうも自分の尺度にこの男は当てはまらない。
二人は居酒屋からキャバクラと飲んだ後、新幹線の終電に合わせて駅に向かって話しながら歩いていた。 「先生、うちの会社を見てくれませんか。」 「いーやーだ。」 「いや、冗談ではなくってホンキで。」 高尾は月々増えていく借金のことを思いながら訴えた。 「いーやーだ。会社は見ない。めんどくせえからな」 なんだこいつは、コンサルタントじゃないのか。やっぱりただのエロ酔っ払いだな。 「でも、しゅんちゃんは友達だから来週も来るよ。またキャバクラ行こうな。」 「ええ、待ってますよ。でも交通費ぐらいは出しますから。」 「いらねー。そんなのもらうと仕事っぽくなって女の子口説けねえからな。」 どこまでもインチキな男だ。結局キャバクラ目的だったのか。まあいいか、楽しめば。しかし、新幹線でキャバクラに来るってのも贅沢な話だ。
高尾と講師はその後何度か飲みに行った。講師は別に経営の話をする訳ではない。また、後継者としてどうしろというアドバイスもくれる訳ではない。未だに会社には一回も来ない。だが、どういう話の流れからだったか覚えていないが毎日電子メールでやり取りをするようになっていた。高尾からは日記を送り、講師がくだらない笑い話を送って返す。そんな日課になっていた。
高尾には講師がどういう人間なのかようやく理解できるようになっていた。「会社はお客様だけのものである。だからもっと考えると自分は他人だけのものである。」 キャバクラでも女の子に「職業は?」と聞かれると、「あなたを楽しませるのが仕事です」なんて真顔で言っている。実際、本気でそう思っているような仕事ぶりだ。交通費や飲み代を払ってわざわざ自分が楽しかった話を聞かせに来てくれるのもそういう事だろう。おかげでこっちにも話し方や挨拶の口調がうつってしまった。会社でやけに雑談するようになったし、バカ講師の話すキャバクラでのネタも社員に話すと笑いが取れる。びっくりした顔で褒めたり喜んだり、すばらしいと賞賛したり、そういう自分の中に無かった言葉や表情がどんどん自分の中に伝染してきた。「おー、すばらしー」なんて言葉も自然に出てくるようになった。その分社員とは話がしやすくなった。社員からも相談に来てくれる事が多くなった。もしかすると、影響を受け過ぎているかもしれない。「専務、昨日お客様に嬉しいこと言われましてね。」なんて笑顔の報告は以前はなかった。
はっと気づいた。 「やばい。コンサルティングされてた。」 たしか講師がセミナーの自己紹介で言っていたことだ。相手に気づかれないようにコンサルティングをする。気づかれると相手に依存されて相手が気楽になってしまうから相手に実力がつかないとか。自分で開発した方法だけど、効果は高い反面金にはならないと笑ってたな。
お釈迦様の手の上を飛びまわった孫悟空のような心境になりながら、高尾はそんな自分の存在を主張しない仕事のやり方について考えていた。 「そういえば、自分の会社は仕事をしたという証明をいかにするかで会議をやったことがあったな。」 高尾は自分が専務として入社し血気盛んだった頃を思い出していた。 たしか自分はアメリカで聞いてきた料金不払いの話を持ち出して、行き先の人にサインをもらう仕組みとかそれを使っての仕事の管理のシステムを作ったな。でもあれ以降、記入漏れで社員を叱ったことはあったけど、特に役に立ったことはなかった。あれっていうのはたぶん、うちの仕事にお客様が満足していないとしてもやるだけのことはやったっていう正当化の証明なのかもな。だとすると作業員もお客様もいい気分になるものではなかったな。自分が入社する前は、そんなものなくっても笑顔でありがとうで終わっていたのに。 「まっまてよ、おい。」 俊一は慌てたように事務所の奥で誰かと楽しそうに電話をしている社長の方を振り返った。 笑顔で終わるってのはもしかすると社長が作り出したお客様との信頼関係づくりのノウハウだったんじゃないだろうか、そうするとその辺を承知の上で自分の提案を受け入れていたのか。 「やべー。」 高尾は自分がいかにあさはかだったのかを背中の鳥肌から実感した。
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第4章
今の先に |
急いで高尾は講師に電話をした。 「先生、あらためてのお願いですが、、、。」 「やーだよ。」 「えっ、まだ何も、、、。」 「いや、なーんかマジメだから面倒な事だと思ってね。へへへ。まあ、一応聞きましょか。」 高尾は自分が今さっき考えたことを話した。その上でこう話した。 「我が社も頑張って行きたいので、って言うか自分のために、色々正式に教えてください。」 「もう一回、やーだよ。」 「お願いですよ、我が社のために。」 「あーあ、言っちゃった。そこがダメだってことにいつになったら気づくんだよ。会社のために働いているからダメなんだよ。」 「えっ。」 「お客様のために努力するなら、俺はいっくらでも協力するけどな。」 「…。」 「まあ、ここまで3ヶ月かかったけど、全部あの時のセミナーで言ってたことなんだぜ。」 「…。」 「まあ、いいや。しゅんちゃん、聞く耳持っていなかったな。セミナーのときから表情でわかってたけど。それが普通だしな。言葉で言ったらほんの数秒だし、ノートにメモしても1行。でも、本当に自分のもの、つまりノウハウにするってのはこのくらい大変なことなんだぜ。」 「はい。」 「まなびておもわざればすなわちくらし、おもいてまなばざればすなわちあやうしだ。意味は自分で調べろよ。俺も良くは知らねーから。」 「ははは。」 「とにかくこれからだ。自分が成長しようと思っていろんな人から学んで、色々考えて、そして作り上げたものをお客様のために表現するんだ。自分が変わると世の中がこんなに反応するものかってビックリするからな。」 「はい。」 「とにかく、会社を良くするのは俺じゃなくってしゅんちゃんだからな。それもイヤイヤやるなよ、イヤイヤだとその気持ちがバレるからな。あと、会社が良い状態とはどういうことかも自分で考えてイメージを固めろよ。会社を見る気はないけどな、しゅんちゃんいつでも相談しろよ、友達ならアタリマエだろ。」 「はい。」 「じゃ、また飲みに行こうぜ。」
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第5章
自分と社長と |
さらに1ヶ月が過ぎた。会社の収支は相変わらずだ。俊一はかつてより2時間早く、朝6時前には出社するようになっていた。いろいろなことを考え、企画し、自分自身も現場に行ってお客様との会話をどんどんしている。周囲の俊一を見る目がかなり変わってきたことにも俊一自身嬉しい気持ちを持っていた。
今日は講師と飲みに行く約束をしていた日だ。講師はちょっと早目に着くと言っていたが、お客様との約束でいつも通りにしか行けないことも夕べ電子メールで伝えてあった。 だが、またも講師は期待を裏切った。夕方ぎりぎりまでお客様の所で仕事をして会社に戻ると、講師が会社にいたのだ。 「どっ、どうしたんですか。」 「いや、確か前に今度かわいい女の子が入社したって言ってただろ、だからな。」 「そんな理由で、、、でも、会社来たの初めてですよね、案内しましょう。」 「いや、いい。社長に案内してもらった。女の子とも挨拶を済ませたし。」 俊一は自分の後ろにいる加藤恵の方を振り返った。 「そうなの。」 「はい。」 恵が満面の笑みでうなずいた。 「口説かれたか。」 「へへへ。」 「ははは、この人はそういう人だからな。気をつけろよ。」
笑いながら俊一は残った仕事を大急ぎでかたずけていた。講師は社内で見つけた自動車雑誌を読みふけっている。
夕方には仕事が集中する。待ち合せ相手とすでに一緒にいるという気安さと講師に仕事ぶりを見せているという意識からか、俊一は1時間半ほどいろいろな仕事をし、そして出発した。 「じゃーねー、めぐみちゃん、こんどのみにいこうねー。」 初対面の人が何十人いる事務所の中であろうと、バカ講師は相変わらずだ。
その夜、俊一は講師にある依頼をした。 「先生、こんどまたセミナーを聞きたいんですよ。最初からもう一度聞きたいし。どこかで近々ありますか。」 「いつでもあるよ。」 「どこか連れてってください。」 「いいよ、大阪へ行こう。来週の土曜日だったかな。来るとびっくりするぜー。」 「はあ。」
その日、朝一番ののぞみで二人は大阪へ出かけた。聞くと、後継者向けで一回6時間の講座の2回目だそうだ。1回目はかなり盛り上がったらしい。「最初から聞きたかったのにな」と思いながら会場へ着いた時、俊一は目を丸くした。プログラムの中に自分が昼から1時間話すと言う内容のことが書かれていたのである。 「何ですかこれ。」 「びっくりすると言っておいたろ。」 「後継者の活動事例とありますが。」 「ああ、やってることを話せばいいんだよ。」 「えーっ、でもいいんですか。」 「いーんでーす。」 講義が始まり、朝一番で俊一は紹介された。一番後ろの席からみんなに会釈をして、そして席に落ち着いた。 俊一は午前中の講義にヒントを探しながら自分の講演の内容を組み立てていた。 「アメリカでのこと、会社に入ってから自分がやった実績、数字のことは言えないな、説得力無いから。あとは自分が入れた若いやつらの仕事ぶり、、、」
昼食がすんで、講師は他の受講生と談笑している。この時間、緊張しているのは自分だけだ。 「先生、何分ぐらい話せばいいんですか。」 「好きなだけ。」 いつもながらアテにはならない。
午後の講義が始まった。 「えーと、皆さん、腹いっぱいで眠いでしょう。僕も眠い。だからチョットの間さぼりたいので代わりに僕の友達が楽しい話をします。高尾君どうぞこっちへ。」 俊一はコチコチになりながら前へ進んだ。前へ出てみると百人という人数は思いのほか多い。 「えーとね、ちょっと紹介しましょう。僕と同い年で、お掃除代行の会社のバカ息子の高尾俊一さん。」 「えっ。」
俊一はびっくりした。まだ経験が少ない後継者の前でがんばって成果を出しているいる先輩として話すつもりでいたのにいきなりけなされた。 「彼が会社に入ってから会社は悪くなる一方。この前も社長とはじめて会ったんですけどね、社長のすごさをこいつはわかってないですね。その時彼と僕とでメールでやってる交換日記を社長に渡して読んでもらったんですよ。」 「えっ。」 やばい、社長の批判をいっぱい書いてあったじゃないか。あれを見せたのか。 「その時、斜め後ろから仕事ぶりを見てたんですけどね、若手に対しては励ますことが出来ている、けど社長に対する口のききかたがダメ。だから、社内は社長と彼の2つの世代に別れているような感じでしたね。社長の世代のグループの人とは他人行儀だったし。会社の業務でも人に指示を出すのが自分の仕事と勘違いをしていて、誰も彼を手本としていない。だから会社は良くならない。」 そうか、自分は講師からそう評価されていたのか。演壇の上で俊一はどうしたらいいのかわからなくなっていた。 「彼には、朝から自分の実績を話すように言っておきました。きっとインチキな話を準備していたんでしょう。 プライドだけは一人前ですからねー。 ははは。 でも今ので彼は自慢話はウソだとばれるからできないと感じている。 ほら、困った顔をしてるでしょ。 たぶん、これから彼は普段思っている不甲斐ない気持ちを話すでしょう。でも、重要なのは現在どうあるかではなくこれからどうしたいのか。だから、そこで皆さんが彼をはげます。そういう時間にしましょう。 いいですか、皆さんは彼を励ますためだけにここにいるんです。そのつもりで聞いてください。」 そう言って講師は横にずれた。
俊一は思い付くままに話し始めた。講師との出会いからこれまで、会社の数字が思い通りにならないこと、社長を信頼している古参社員たちと口がきけない状況にあること、、、。もはや上手に話そうと言う気持ちは全く無い。だが一生懸命に話した。 ある部分はみんなに問いかけながら。
三十分ほどで話が途切れ、俊一が講師の顔をチラッと見ると講師がニコニコしながら寄ってきた。そしてマイクを取り上げた。 「すばらしい。皆さん高尾君に拍手。どうもありがとう。」 そのままの位置で講師が若干の補足を加えた後、会場に発言を求めた。 会場からはすぐさまたくさんの手が挙がった。ほとんどが質問ではなく応援の言葉や自分の体験を踏まえた教訓など。似たような立場の人ばっかりだったので共感されたようだ。午後の4時間の講義のうち休憩なしで3時間をそれに費やすほどの盛り上がりだった。 講師は自分の仕事もしたかったらしく、最後の1時間を猛スピードで話し、そして講義中にもかかわらずみんなに飲みに行こうぜと誘ってその日の講義は終わった。 その夜は40人ほどが駅前の白木屋に集まっていた。ほとんどがこのセミナーではじめて出会った連中である。だが、俊一を魚にいろいろな場所でいろいろな話が盛り上がっていた。俊一の所には次から次へと人が来る。あえて俊一と離れて座った講師の所も同じ風景だ。
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第6章
課題 |
帰りの新幹線の中、梅サワーで半ばできあがった俊一が口を開いた。 「あーあ、なげーいちんちだった。」 「ははは、楽しかったな。面白かったろ。インチキな話が通じる相手じゃなかったから、あれでよかったな、いじめちゃったけど。」 「良かったですね、みんなのほうが考えていることが深い。」 「役に立てたって言う実感があるだろ。みんな考えさせられたと言う顔をしていたし、しゅんちゃんに相談に来た人も多かったしな。でも、みんな個性がいっぱいだっただろ。 だからこそ、人それぞれ、自分が作ったやり方しか出来ないんだ。 それは、自分で自分自身の姿勢を作り上げるしかない。他人の考えではない自分の考えを。今日、それはつかんでもらえたんじゃないかな。」 「そうでしたね。でも、僕も考えちゃいましたよ。あれだけ沢山いろいろな仲間がいるとわかっても、自分がどうしたらいいのか。」 「ははは。」 「ところで、まだまだダメだと実感しました。何か課題を下さい。依存型といわれようが、何か指示をされた方が動ける。」 「そうだなあ。」 講師はちょっと考えると、何かたくらみを思い付いた時の嬉しそうな顔をしはじめた。 「じゃーねー、本気でやるか。」 「はい。」 「んじゃ、3つ言ってあげる。別にやらなくてもいいけどな。やるって約束されるとこっちもめんどうだし。」 「うっ、ゼッタイ何かたくらんでる。やばい、なんか怖い。」 「やるっていったよな。ははは。」 「はあ。」 俊一はちょっと後悔しながらうなずいた。 「課題って言っても仕事であれをやってみろって言うのは普通のコンサルタントみたいであまり好きじゃないからね。そこで、課題。一つ目は、一輪車で太平洋横断。」 「えっ。」 「二つ目は東名高速をジェットスキー、あの海とかで走ってるやつ、あれで大阪まで走ること。」 「マジですか。陸地なんか走れないでしょう」 「三つ目は毎日10キロマラソンすること。これは死ぬまで毎日だ。」 「じゃあ、出来るのはこれしかないじゃないですか。」 「だから、みんなの前でバカスケって紹介されちゃうんだよ。この学問バカ。」 「はあ。」 「どうやったら出来るか3つとも真剣に考えてみたらどうだ。やる前から出来るか出来ないか、やってどうなるかはわからないだろ。確かに東名高速をジェットスキーでそのまま走れたとしても法律に違反するかもしれないな。でもな、その辺を何とかして、それが出来たとしたら課題はさっさとクリアだ。水の上を一輪車で走る。これなんて誰も思い付きはしないだろう。俺だって、さっき思いついてからおかしくてしょうがないからな。考えてもみろよ、太平洋を一輪車で横断しようとするバカの様子。ロッコツマニアよりすごいぜ。テレビが来るな。新聞にも載るぜ。だからこそ面白いアイデアが山ほど出てくる。むしろ死ぬまで毎日マラソンする方が苦痛だと思うけどね。単調だし。」 「そうですね。」 「それとね、もちろん、何でそれをやるのか。その理由だ。課題という言い方をしたので僕の意図を探るという方向に行きかねないけどね。でも、何かをする場合には何に活かすかという理由も自分で作っちゃうんだよ。マラソンだったら体力をつけるのが目的に見えるけど、僕はその時間でものすごくいろいろなことが考えられるからね。だからそれを理由に走る。水の上を一輪車で走ろうと思ったら、いろいろなアイデア出しが出来るだろう。大体、一輪車といわれただけで、頭の中には既存の一輪車が浮かんで離れないだろう。そうじゃない、ジェットエンジンをつけてもいいだろうし、羽根をつけようがウキをつけようが、タイヤが一つなら一輪車だ。僕はそう思うね。うん。 そうやって考えていけばコチンコチンのそのクビの上にあるこれ。役に立つようになるぜ。」 「…。」 俊一は考え込んで、そのまま寝てしまった。
その後およそ一ヶ月、俊一は日々の連絡は取り合うものの講師とは課題については話さなかった。忘れた訳ではないし、ひるんだ訳でもない。講師からも何も言われない。そういうやり方をする人だ。そんなのは読めていた。だから俊一は逆に講師をビックリさせようとたくらんでいた。3つ全部の課題に取組んでいたのだ。今のうちは日記にも書かずに。その方があの人は必ず喜ぶ。俊一にはそれが楽しみになってきた。 あの翌日から朝か晩、日によっては深夜に必ず走っていた。走っている最中に考えた事をメモして、汗でふやけたふにゃふにゃのメモ用紙はダンボール箱の中に溜まってきていた。一輪車については、いろんなくだらない一輪車のアイデアが出てきていた。これを考えるだけで毎日ワクワクする。好奇心というものは自分をどんどん動かしてくれるものなんだな。太平洋のことについてもいろいろと調べた。気候、海流、風向き、、、そして、万が一の動力トラブルのことも考えていた。ジェットスキーをやっている友人からはジェットスキー練習の見学に連れていってもらった。もうじき四級船舶を取りにいく予定だ。もちろん誰にも東名高速を走りたいとは言っていない。この前は、高速道路を走れる車両についても聞いてきた。
俊一は、もはや講師の思うつぼにはまる気はなかった。いつ種明かしをされるかわからないが、恐らく死ぬまでマラソンというのは、日々の努力を怠ったものは衰退するという事だろう。一輪車で太平洋横断っていうのは、不可能を不可能のままにしないという事だ。ジェットスキーで東名高速の話は、ホンキになって働きかけをしろという意味かな。その種明かしをした上で、「事業も一緒でしょ!」なんて笑う顔が目に浮かぶ。 いろんなシートを使って戦略を組みたてるコンサルティングも効果はあるだろう。 でも、なんとなくこっちの方が自発的になれるんだよな。こうなったらする事はカンタンだ。マラソンは一日一時間ちょっとだが、仕事は毎日十五時間ぐらいしている。毎日150キロ走るつもりでお客様のための努力をするんだ。相当な覚悟と緊張感がないとできない。一輪車で太平洋を渡るのと同じくらいお客様の度肝を抜くアイデアも作ってやる。そして、仕事で今まで関係してきた人、あるいは誰でもいいから生活なり仕事なりを見に行ってそして会話し、自分の思っている夢を語ってこよう。
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第7章
挑戦も |
「おっ、しゅんちゃん、頑張ってるね。」 電話の向こうで講師の声が響いた。 「おお、せんせー、ごぶさたでーす。むちゃくちゃ元気でっせー。」 俊一はもはや講師に何かしてもらうだけの関係ではなかった。自分に自信があった。 自分は自分として講師を励ます役割を担っているのである。 「おお、良かった良かった、でね、電話した用事だけどね、メールを見たけど、あのしゅんちゃんが考えた新事業企画、ベンチャープラザ落選したんだって?」 「そーなんですよ。どこがダメだったんですかねえ、完璧に作ったつもりでしたけど、、、何でダメだったのか問い合わせて聞いてもらえますかねえ。あの通産局の担当者の人は先生の知り合いでしょ。」 「聞いてあげてもいいけど、提出した企画書見せてくれるかな。FAXしてくれよ。」 「わかりました。」
俊一が講師にFAXを送ったその翌朝、講師からメールが入っていた。 『頑張っている様子を知っていたので、 電話では言いにくかったんだけどね、、、 ダメなのに理由もクソもあるもんか。 だから理由は問い合わせてあげない。 事業は一ヶ所優れていれば成功する可能性がある。 ということは成功しないのは全部足りないから。 たとえ少しの落ち度で落選したとしても、 その一点を改善すれば充分、ではないだろ。
新しい事業をスタートさせた時のお客様は、 審査員よりぜんぜん厳しいからな。 だからな、受け止め方はカンタン、 総合的に実力不足だったと。 まだまだ努力が足りなかったと。 それだけ。
しゅんちゃんも理由を聞いているようじゃダセーな。 女の子に振られた時もそうなんだろ。 「僕のどこが悪かったんですかー」なんて みっともねーこと聞いてんじゃねーのか。 中学生の告白じゃねーんだからよ。 もてない経験、活かせよ。じゃーな。 埼玉のおっかねー評論家より』
俊一は、それをそのまま受けとめる事はできなかった。ベンチャープラザのレベルなんてそんなに高いとは思えない。大体、世の中の経営者のうち何人が事業計画書を書いた事があるって言うんだ。自分はこの半年だけでも数十件の事業計画書を書いてきた。自分なりにノウハウをつかみつつある。その矢先にまだこれだ。レベルで上回っているという自信は未だにある。 俊一は怒りにも似た気持ちを持って、電話の受話器を取ろうと思った。が、思いとどまった。 戦いを挑もうとしているのがわかったからだ。何を言っても講師の答えみたいなものが待っている。それをわかっていて電話するのも悔しい。 だが「あいつ」はなぜそうなんだ、いったいなぜ反論が、いや反論でもないか、なんか吸収されてしまうような、、、なんでだ、何ですぐに受け答えされるんだ。俺が考えそうな事の先を読んでるのか、でもそんな予想通りの事ばっかり言っているとは思えない、、、。
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第8章
感情的な |
その日の夕方、俊一が採用してかなり頑張って仕事をしている若手のリーダー格のケンジから話があると申し出があった。 俊一とケンジは応接室で話をする事になった。 「専務、じつは、、、もう仕事をやる気が失せまして、、、」 「えっ、、、何だ、どうした。」 「ええ、言いにくいんですけど、、、」 「いいよ、言ってくれ。」 「この前、うちのチームのやつらと飲んだんですけど、、、その時みんなの不満が爆発しまして、、、」 「えっ、んで、何だって、、、」 「正直言いますと、前から不満は出ていたんですけど、専務には言いづらくって、、、」 「…。」 「専務が頑張れば頑張るほど仕事が増えて、でもおれたちはプロだから嫌な事でもやるんだって言っていたんですけど、、、もう限界みたいで、、、何人かキレてました。」 「何で言ってくれなかったんだよ、、、」 「言いにくくって、、、」 「くっそー、、、」 「…。」 「で、辞めるのか。」 「今みたいにみんなで仕事をしたいし、でも今の会社にはいたくないし、、、みんなで新しい会社をつくろうかって話も出てました。」 「そうか、、、わかった。みんなを説得したい気持ちもあるけどな、、、ちょっと自分の中を整理してからもう一回話させてもらえるかな。」 「わかりました、でも早めに。」
俊一の頭の中は色々な事が回っていた。経営者の中では実力があるつもりでいたが、、、お客様に喜ばれるようにしたら社員に嫌われた、、、そのチームが集団で辞めたら仕事にもさしつかえるし、社長から何と言われるかわからない、、、他の社員への影響はどうなるだろうか、みんなは自分をどう見るんだろうか、、、頑張ってきたつもりなんだが、、、目立ち過ぎたか、、、自分が辞めるべきなのか、、、辞めて全てが収まるならそうしようか、でも逃げる事になるかもな、、、
その夜、俊一は食事も喉に通らなかった。家族と話しもせず自分の部屋に閉じこもって考え込んでいた。しかし、同じところを回るだけで何の解決策も見えない。 深夜2時を回っていた。俊一は講師に電話をかけた。 「あのー、せんせー、困った事になって、、、」 「おっ、どうした元気ねーなー、浮気でもばれたか。」 「いや、若いやつらに、、、今日ですね、、、」 俊一は一部始終を話し、自分がどうすればいいか悩んでいる事を伝えた。 「そうかあ、まあそんなこともあるわな、とにかく今から車で行くわ。待ってろよ。朝までに姿勢を固めるんだ。寝る暇はないぜ。」 「すみません、、、事務所にいますんで。」 2時間ぐらい経っただろうか、外から物音が聞こえたかと思うと講師がジャージ姿で両手に缶コーヒーを持ってやってきた。 「やっほー、おつかれー。夜中はすいてていいねえ、すんげー早く着いたよ。」
俊一の予想を裏切って講師は心配そうな顔をしていなかった。 「すいません、夜中なのに、、、」 「いいっていいって、で、反乱起こされたって。いい事だねえ、彼らも自分の意志で動けるようになったかあ。産業用ロボットかと思ってたぜ。」 「そんなあ、大問題ですよー。」 「大問題って言ったって、起こったこと自体は変えられないからなあ、相手の気持ちも変えられないし、だいたい誰かが間違ってたか。間違った事をしているつもりは誰もないだろ。じゃあ考えるのはこれからの事だけだ。んで、これから誰を一番に考えていくんだ。」 「だれをいちばんに、、、」 「自分のちっぽけなプライドか、若いやつらの成長か、お客様の幸せか、会社のルールか、、えーっ、何だ。」 「自分の立場についてはこだわってません。でもお客様も若いやつらも両方最優先に。」 「おっけー。んじゃそれで行こう。彼らはお客様がキライになった訳ではないからな、彼らに任せたらどうだ。ロボットじゃなかったってわかった訳だし。」 「お客様がもっとも幸せになるような仕事を自分たちで考えて自発的にやればいいと。」 「だと思うなあ。よっしゃ解決解決」 そう言ってわずか十数分で講師は帰って行った。 それを見送った俊一は一つの事をつかんでいた。 「相手は相手の意志で動く。それだけだな。」
俊一は自分が安易に描いていた「後継者」とか「経営者」の管理するイメージ通りになろうといまだに縛られていたのだ。社長の息子だからとか、アメリカで勉強したからとか、結局それに周りの人も縛っていた。ちっぽけなプライドが周りの人から自分を孤立させていた。もうそんな段階は通り越したつもりでいたのに。 「でもどうしたらいいかな。」 もう外は明るい。その時は近い。ケンジとあった時の事を考えると胃のあたりが痛んだ。 「まあいいや、自分が悪いんだからな。そう、すべて自分が悪かった。自分が変わる。感情的にはゼッタイにならない。ニコニコして、、、」
いろいろ考えた上で、俊一はケンジ達が出社をしてくる現場に向かっていた。とにかく謝って、どんな結論になろうと彼らに任せるだけだ。 ケンジが現場に出てきた時、俊一のほうから近づいて話しかけた。 「昨日はありがとう、目が覚めたよ。いろいろ考えたら、全ての原因は俺にあった。だから好きなようにしてくれ。」 ケンジはその下げた頭に向かって答えた。 「いや専務、俺達まだまだガキですいません。夕べみんなと連絡を取り合ったんですけど、やっぱし言ってはいけない事を言った。」 「そんなことはないよ。」 「違うんです、本気で辞める覚悟なんかは無かったんですよ。でもああ言えば専務が困って変わってくれるかなって思って、、、」
ケンジは暴走族の頃にも同じような事があったと話し始めた。リーダーに反発して戦いを仕掛けた話、でも今考えればリーダーの気持ちがよくわかると、責任感のある人と無い人の違いとか、、、話には聞いていたが人間のかなり深い所で結ばれた社会だ。俊一はケンジがそこまで考えながら仕事に取り組んでいた事に驚き、そして後悔した。立場が上の者は下の者をどうしても安易に見て動かそうとしてしまうキライがある。組織の事情とか目先の仕事ってやつがあるからだ。 「人間はみんな深いな。テクニックで考えてしまいがちだけど、それでは相手は心の底からは動かない。身にしみたな。」 「専務、でも俺達も正直言って、またいつキレるかわからない。だからそのあたりを、、、」 「いや、夕べ一晩考えたんだけど、やりたい事以外はやらないようにしたい。ルールとかじゃなくってね。」 「はあ、、、」 「僕らは、自分たちの都合とかで仕事をつまらなくしている。だからそれ以上の仕事が出来なくなっているんじゃないかと。ぜんぶ自発的にやる。こんな感じに持っていきたい。」 「誰でもですか。」 「そう、みんな。」 「何をやってもいいと。」 「お客様の役に立つ事なら。」 「なんか面白そうですね。」 「でもね、ひとりひとりがお客様のそばにいる必要がある。そしてそこで出来る事は今の業種に縛られることなく何をやってもいい。そうしたらどうかなと思って。」 「まず、うちのチームでやってみていいですか。そういうのを求めてるやつらだし。」 「やってくれるか、ありがとう。でも、隠し事せずに今度からは何でも言ってきてくれるとうれしいな。」 「わかりました。」 「よかった。」
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第9章
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1998年も暮れのある日、俊一は商工会議所青年部の忘年会に参加していた。一年前と同じスナックで。しかし一年前とは違い、講師はもちろん呼ばれてはいなかった。 俊一は、そこで経営企画委員長で住宅設備会社の後継者、山野と話をしていた。 「あーあ、やんなっちゃうよなあ、この景気、何とかならねーかなー、このまま一年が終わりかよー。」 「でも、僕は充実した一年でしたよ。」 「高尾はいいよ、会社も良くなってきたからなあ。事務所に活気があるし。快進撃って感じだよなー。また新たに人を採用しただろ。でもうちはダメだよ。社長は勘と経験と度胸でやってるし、いいかげんに仕事取ってきて不渡り食らったしなあ。新しいメンテナンスサービスを考えてシステムつくって広告を出そうとしてもそんなの売れないって一言で片づけられるし、若いやつはやれ給料が何だの、やれ先輩が何だの、文句や愚痴ばっかり言ってくるしなあ。よくもまあ、俺ばっかしいじめてくれるよって感じだな。」 「いいことだと思いますよ、みんなが色々教えてくれてるんですよ。大体まわりの文句言っても変わらないし。」 「そうかなあ。今でも俺はやってんだぜ。」 「ええ、でも、山野さんなら僕らから見ても人間のうつわがでかそうだから、考え方を変えればすぐですよ。変えられますよ。」 「そうかあ、相談に乗ってくれるか。」 「友達だから当り前ですよ。」 「友達かあ。」 「へへっ、そう友達でしょ、僕たちは。」 そう言って俊一は何かを感じて目が輝いた。
完 |