●補足説明

・市村氏

 市村弘氏。武蔵野美術大学工業デザイン科を卒業後、ホビージャパン編集員をへて、モデルグラフィックス創刊に大きくかかわった方。州平先生を模型雑誌であるホビージャパンに登場させた。州平先生の製作記事中で、編集部員との対談形式の文章は、全て市村氏が州平先生との会話の中で聞き取ったものを書きとめたもの。本HPを快く承諾してくださった。(市村氏の詳細なプロフィールはMG1999年2月号に詳しい。)この方が、実は日本一の州平先生ファンかもしれない。

・今井氏

 今井邦孝氏。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン科卒業。グラフィックデザイナー。HJやMGなどの雑誌デザインを多く手がけられる傍ら、模型製作ライターとして昔のHJや初期のMGなどで作例を発表されていた。この方のお父さんも模型をつくられる。

・大西氏

 大西伸之氏。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン科卒業。イラストレーター(だと思う)。州平先生の入学時の同級生で、同じサッカー部に所属されていた。旧日本軍に詳しい方。某大手新聞社に勤務されていたらしい。昔MGで「大西学園」といった旧日本軍のコーナーをされていた。ちょっと右翼タッチの文章を描かれる方。(旧日本軍を解説する上での演出があったのでは?)「オネアミスの翼」というアニメーション作品で、オープニングのイラストを描かれていた。旧日本軍をこよなく愛される方。

・梅本氏

 梅本弘氏。州平先生とは対照的に徹底改造をモットーとされていた。実は市村氏のペンネームであり、HJ、MGで模型の作例をされていた時にこのペンネームを使われた。しかし、なぜペンネームを使う必要があったのか?市村氏が梅本弘というペンネームを使ったのはHJが始めてだったが、編集部員が模型の作例をするのは問題があると(HJの)上のほうからクレームがついたのか。それとも市村氏自身の判断なのか。あるいは深い意味など無かったのか。また、梅本という名前は松本州平先生にあやかったのか。HJ、MGで作例を作られたときの原稿料は貰ってたのか。あと、竹井鉄夫という方もHJで作例をされていたが、もしかしてこの名前も市村氏のペンネームかもしれない。梅本氏=徹底改造のイメージがあったため、無改造の作例を市村氏がされるときに使われたペンネームだったのか。あるいは市村氏に対する梅本氏のようにHJのほかの編集部員(例えば岡崎氏)の方のペンネームだったのか。

川俣軍司

 1981.6.17、東京都江東区深川の路上で包丁を凶器に無差別に通行人を襲撃。4人を刺殺し、2人に重軽傷を負わせた。その後、江東区森下の中華料理店『来』に篭城した。(犯行時は覚醒剤を使用していた)
逮捕時は白いソックスにブリーフとシャツ姿で、その模様はテレビで放映された。
 
 
 
 



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