●梅本弘氏誕生秘話
・オリジナル小説のコーナーです。第一回予定の「涙の狂骨」は、州平先生の幼年時代を書いたものなのですが、思い入れが強すぎたので、中々進みません。と、いうわけで、とりあえず梅本氏の誕生を書くことでお茶を濁したいと思います。なお、この文中の会話等は、僕が勝手に想像したもので、事実とはまったく関係ありません。
 

1

・その日は、2月にしては暖かい日だった。時計はもう午後4時前を指している。陽はだいぶ傾いてきた。松本州平は、一人夕焼けを見ながら考えていた。何かこう落ち着かないのだ。
「うーん、なんやったかのう・・・なんかやりのこしたような・・・」
 焦燥感が心の中で澱の様に広がった。何か大事な事を忘れているのだ。思いださんと気持ち悪いのう、と思いながら、州平は机の上のメモをひっくり返し、何か手がかりを探した。
 その時、電話が鳴った。州平は電話に手を伸ばした。面倒なときは電話に出ない事もあるが、今かかってきた電話には、忘れていた事を思い出させてくれるような気がしたのだ。
「はい。松本ですが。」
州平は答えた。
「あっ州平先生ですか。市村です。ホビージャパンの市村です。」
 電話の相手は模型雑誌「ホビージャパン」の編集部員の市村弘だった。市村とは大学時代の知り合いで、市村に頼まれて模型の作例記事を書いている。
「おう市村君か。唐突やが、ワシが今日なんかやろうとして忘れてること知らんかのう?」
市村はまたか、と思った。この人の話はいつも唐突過ぎるのだ。
「そんな事、僕が知るはず無いじゃないですか。そんな訳わかんない話より、僕の話、聞いてくださいよ。」
そんな事、と言われて州平は気色ばんだが、まあワシも大人やし、今日のところはこらえちゃる、と思った。
「う〜っ、何じゃ。」
州平は答えた。  

2

 州平は市村の話をまともには聞いてなかった。やりのこした「何か」が気になって仕方が無いのだ。
「いまウチの記事、ガンダムばっかりでしょ?まあ人気有るから仕方ないんですけど、僕もエディターとしてガンダム以外のもので雑誌を盛り上げたいと考えているんです。そんな中で、州平先生の作例、結構好評なんですよ。」
「フワ〜ィ」
「ちょっと、先生、聞いているんですか?」
「ん、ウン、聞いとるよ。ワシの作例好評なんじゃろ?まあ作例に関しては全霊を傾けてやっとるけえのう。」
州平は適当に返事をした。
「それで、AFVのページを増やす様に上司に掛け合ってみようと思うんですが、肝心の作例が作れるライターがいないんです。そこで相談なんですが、誰かAFVが作れる人、紹介してもらえませんか?」
市村は問いかけたが、州平の頭の中は相変わらずやりのこしたことを考えていたので、また適当に返事をした。
「ウ〜ンッ、ライターがおらんのやったら、オメーがやればエエんじゃ。オメーもモケーが好きで編集員やっとるんじゃろ?」
「まあ、そりゃそうですが・・・・」
市村は州平の提案を否定しなかった。むしろまんざら悪くないと思っていた。仕事は今よりもきつくなるだろうが、もっと作り手の意思が明確になるような雑誌を作りたいと考えていたのだ。その為には自分自身がライターになったほうが何かと都合が良いかもしれない。
「ただ、編集部員が自らライターをやるのはちょっと・・」
市村は答えた。やっぱり踏ん切りがつかない。
「なんじゃ、なんか問題があるんけ?」
州平はたずねた。付けっぱなしにしているテレビからは「天才バカボン」の再放送が流れていた。
「はあ、なんとなくですけど。」
「それやったらオメー、ペンネームを使えばエエんじゃ。そやのう・・・・・アッ、赤塚不二男が手塚治虫にあやかって赤塚というペンネームを使ったの、知っとる、ン?そやけえオメーもワシの松本にあやかって梅本にせいや。」
州平は耳かきを動かしながら答えた。テレビではバカボンのパパが植木職人になったエピソードを放映していた。今の州平には市村との電話よりもテレビが気になっていた。手塚治虫の話はテレビを見て思い出したのだ。
「ウ〜ンッ、そうですね。松・竹・梅でそろえるのもおもしろいかもしれませんね。完全無改造の州平先生に対し、徹底改造の梅本っていう感じで。いや〜これは中々面白い企画かもしれない。原稿を書く分、仕事が増えるけど。」
「ン?ちょっとまてや、原稿を書くと言う事は、オメー、編集員としての給料と模型ライターの原稿料を両方貰うんけ?」
州平がやおら口をはさんだ。もはや興味はテレビよりも市村の収入に移っていた。
「そりゃ、会社には両方貰う様に交渉しますよ。それだけの仕事をやっているんですから。」
市村はさも当然だといった口ぶりでさらりといった。
「ナニー、なんじゃオメー、そんなにカネ貰うんけ?そんなに儲けてどうすんじゃ?蔵でも建てるんけ、エッエッ?その蔵にオメーの自慢のモーターブーフやらなんやらの資料やら作りもせんキットをしまうんけ?エッ?どうすんじゃ!」
州平は少し興奮して訊ねた。市村の収入が気になったのだ。
「・・・・・・、そんなに儲かりませんよ。第一僕が資料で自慢した事なんか無いじゃないですか。」
市村はさも心外だと言うように答えた。
「なんか納得がいかんのう。他にもオメエ、ワシに内緒の収入があるんじゃなかろうの?」州平はさらに詰め寄った。
「ありません。」
「フ〜ンッ、なんか信用でけんのう。ワシに隠し事する、オメエはそうゆう男じゃ。」州平は決め付けた。
「・・・大体僕の収入を知ってどうするんですか。税務署じゃないんだから。それより先生、何かする事が有ったんじゃないんですか?」
「そうじゃった、なんやったかのう・・・・」州平は真剣に考え込んだ。それほど彼にとっては大事な問題であるらしかった。
「ハハハッ、コロッケでも買い忘れたとか。」市村は冗談のつもりで、軽口を言った。本当に冗談のつもりだったのだ。市川は州平のオメエ、ワシをバカにしとるな、ワシはその程度で悩んだりはせん、といった答えを期待した。しかし、州平の答えは予想とは違っていた。
・・・・それじゃ。
州平の答えた返事は、市村が聞き取れないほどちいさいものだった。ただ、その語感は、間違いなく何かを惜しむものだった。
「えっ、なんですか?センセイなんて言いました?まさか、ホントにコロッケ買い忘れた、なんて言いませんよね。子供じゃないんだから。」
 市村の州平に対する言葉は決して悪気があって言っている訳ではなかった。
むしろ市村の言動は丁寧な方だった。しかし、州平にはトゲのある言い方に感じられた。それはこの二人の価値観の違いによるものだった。

3

 州平は、駅前まで全速力で自転車を走らせていた。
目的地は駅前の肉屋である。もちろんコロッケを買うためだ。州平が目当てにしているコロッケが売っている肉屋は、結構人気があるようで、4時ごろにコロッケが全部無くなることも珍しくなかった。4時ごろにコロッケが無くなれば補充してもよさそうなものだが、肉屋の主人は怠け者なのか、さもなくば売れ残りを嫌うのか、コロッケを補充しようとはしなかった。
 確実にコロッケを入手するには3時ごろ店にいる必要があった。
「くそっ、おえんのう、下らん電話を受けたばっかりに、買い逃がすやもしれん。」
 州平は悪態をつきながら自転車を走らせた。

予想通り、というか、当然というか、コロッケは無かった。すべて売り切れたのだ。肉屋の店主はちょうどコロッケの保温器を片付けているところだった。ある程度予想はついていたが、全身の力が抜けていくようだった。しかし、州平は何食わぬ顔を装った。市村の言う通り、いい大人がコロッケを買えなかったごときで動揺してはいけないのだ。

続く

 

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