| 1、「週刊文春」3月25日号・4月1日号に「『少年A』父と母の手記」なるものが掲載された。「週刊文春」の出版社である株式会社文藝春秋は、「手記」の単行本の発行を企てている。これは明らかに、株式会社文藝春秋が−−かの「文藝春秋」1998年3月号の調書掲載と同様に−−神戸事件を「少年凶悪事件」と描き出しつつ少年法の改悪を急いでいる国家権力の意を体して、その疑惑を広く暴かれてしまった「A少年犯人説」を弥縫し宣伝するために、A少年のご両親を「登場」させようとしたものにほかならない。 2、この「手記」が両親自身の筆になるものでないことは、一目瞭然である。このことは、当事者ではない実に下手なもの書き(ゴーストライター)の文章ならではの、被害者への配慮を欠いた表現が、随所にみられることに明らかである。いや、4月1日号の冒頭に父親の「日記」と称するものの写真を掲げているにもかかわらず、その「抜粋」と称する文章においてはこれは全面的に書き換えられている。つまり「週刊文春」自身が、両親の執筆ではないことを認めているのである。 だが、発表されたこの「手記」なるものは、ゴーストライターの手になるにもかかわらず、出版者の意図とは逆に、A少年が権力によって冤罪にはめられたという真実をむしろ証明するものとなっている。それは以下の諸点に鮮明である。 a) A少年の両親は、なんらかの動かぬ事実そのものによって「息子が犯人」と思ったことは、今日この時まで一度としてない。また少年の口から「犯行」の事実を打ち明けられたこともない。 ただ、家裁の決定から二ヵ月もたってから、医療少年院に収容されている息子が視線を逸らせ自分を見ようとしないのを見て、「(やはり犯人やったんやと)フッと直感めいた考えが頭をよぎった」にすぎない。 これらのことは、もしもA少年が本当の犯人だとすれば、到底考えられないことである。 b) 「Aに会いたい」という両親の度重なる願い出に対し、警察は「報道陣だらけでとても無理」などと言って親子を会わせようとしなかった、という事実が記されている。 これは、警察が少年を代用監獄に長期間閉じこめて肉親との対面を遮断したまま、虚偽の自白を強要し続けていたことを物語ってあまりある。 c) 警察に連行されるその時まで、「Aの様子は普段と何ら変わりがなかった」こと。しかし九月に少年と両親とが逮捕後はじめて面会した時には、「違う、Aじゃない。誰かよその子ではないか?」と思うほどにまるで別人のように変わっていたこと。〔ちなみにこの時、「帰れ……」と怒鳴りながらも少年が涙を流し続けたのは、多くの精神科医の指摘するとおり、警察に騙されて虚偽の自白をしてしまったことへの無念の涙であり、かつ両親が苦しい時に助けにきてくれなかった(警察にそう吹き込まれていた)ことへの悔し涙なのである。事実少年は後に、「(家族は)自分を守る石垣のような存在」とつぶやいたのだ。〕 そして、両親も出席した十月九日の第三回審判では(この時A少年は「全部認めます」と投げやりな態度で「非行事実」を認めてしまった)、少年は、「取り調べ時間が長くて疲れた。僕は疲れました」ともらしたこと。さらに「視線が合ってもボーッと私たちを見たかと思うとすーっと視線を逸らし」「人形みたいで感情がなく」、「早く終わればいいのにと言いたげな態度」であったこと。 これら事件前後の少年の様子についての両親のすべての「証言」は、A少年の変貌が誰によって強制されたかを、如実に示しているのである。 d) この「手記」はまた、A少年の弁護団がいかに弁護活動を放棄し少年を裏切ってきたかをも、突き出している。 両親は審判の全過程をとおし「息子が犯人」と信じていたのではまったくない。にもかかわらず、彼ら弁護団は、両親にA少年の供述調書その他を見せて、その真偽を検討することさえもしなかった。これは本当に驚くべきことではないか。そのくせ「抗告しないのが両親の意向」などと外に向かっては嘘を言って、抗告を検討することさえもせずにさっさと解団してしまったのが 、彼らなのだ。 3、だがわれわれが座視しえないのは、このライターならびに「週刊文春」が、警察・検察等から貰い受けた種々の捜査資料を横において、「手記」と称しながらそのなかにさまざまの事実の歪曲や偽造を故意にちりばめていることである。 ほんの一例を挙げるならば、家宅捜索時に父親が警察から「猫の舌のビン詰め」を見せられたなどという事実はない。またそれが押収されたという事実もない。さらに、5月27日の頭部遺棄事件発覚のニュースに接した時の、「怖いなあ、早く帰ろうよう」という少年の言葉は、母のそれにすり替えられている。 単行本『「A少年」この子を生んで…』が発行されたならば、当会はこれらの偽造の全てを、事実にもとづいて実証的に・全面的に・完膚なきまでに暴露するであろう。 4、われわれは、この悪らつな「週刊文春」の「手記」掲載に全面的に協力した神戸事件弁護団対策協議会内の日本共産党系悪質弁護士を、怒りに満ちて弾劾するものである。 彼らが恐れているのは、神戸事件の真実が暴かれ自らの裏切りが公然化することであり、そのため彼らがなんとしても阻止したいのは、事件に関する諸資料の一切が世に出ることである。 A少年の両親にさえそれを見せなかったこと。民事訴訟においても「真実が知りたい」(土師守氏)という被害者の願いを頑なに拒み続けたこと。そして「(手記などという一方的なものでなく)裁判所で争っていたなら反論もでき真実も見えてきたはず」(淳君側弁護士)というこの怒りの声をもあえて無視し、かつての弁護団内部からの猛烈な反対をも押し切って、「手記」を出すために両親を出版社に引き合わせかつ説き伏せる役を自ら買って出たこと。−−これらの事実にそれは明らかなのである。 5、株式会社文藝春秋が今日この時に、あえて両親を「登場」させて「A少年犯人説」のキャンペーンにのり出しているのは、われわれの真相究明の運動により「A少年犯人説」の虚構性が完膚なきまでに暴かれてしまったからにほかならない。そしてまた、知識人諸氏のすすめている「偽計をもちいてA少年に自白を強要した警察・検察を告発する」たたかいや「A少年の人身保護を求める」たたかいなど、法廷の場で真実の解明をめざすたたかいもまた、いま広い国民的支持を得つつあるからにほかならない。 われわれは、警察権力とグルになって地獄の苦しみのうちにある両親を利用し「手記」の発表におよんだ出版社の悪らつな意図を暴きだし、マスコミによる「両親バッシング」を許すことなく、神戸事件の真相究明をさらに前進させてゆくことをあらためて誓うものである。 1999年3月30日 |