◆ 謎に満ちた 「懲役13年」


 右の「懲役13年」という文章は、A少年の作品であるとされています。しかし、本当にそうなのでしょうか?


(1) 作文は、自己の内なる深淵に住み込んだ虚無を魔物に見たて、この魔物に自分がどのように操られているか、しかもこの自分が周りの人々に対してはどのように振る舞っているかを、実に深く省察し、見事な文学的表現をもって表しています。自己の内面世界をここまで鮮列に対象化できる人物が、「分裂病あるいはその前段階」などではありえないことは、あきらかです。ニイチェの『善悪の彼岸』やダンテの『神曲』の中の言葉を巧みにちりばめつつ、人間実存の深みを哲学し能動的ニヒリズムの構造をかくも見事に表現したこの歴史的名文が、はたして14歳の少年に書けるでしょうか?


(2) この「懲役13年」は、いわゆる「犯行メモ」に出てくる「バモイドオキ神様へ」という手紙形式の文章〔下〕とは―たとえ「犯行メモ」が本当にA少年の書いたものだと仮定してみても一、筆者のメンタリティがまったく異なっています。「バモイドオキ神」の方は偶像崇拝です。しかし、ニヒリズムは決して偶像崇拝したりはしません。精神性の違い、思想の違いは、隠しようがないのではないでしょうか?


(3) 「懲役13年」というタイトルがまた、実に不思議なものです。というのは、少年院に「犯罪少年」を収容できる期間は、神戸事件が発生する前までは、「最長3年間」でした。ところが、昨秋9月8日になって、法務省矯正局はこの期間を延長し、「最長26歳まで収容できる」とする新通達を出したのです。A少年がこの作文を作ったのは、昨年の4月上旬、14歳の時だといわれています。すると、26歳まででちょうど13年間になります。つまり、法務省がまさに神戸事件への対応のために新たに下した決定を、ぴたり予言したことになるのです。これは「偶然の一致」で、はたして済まされるのでしょうか?


(4) この作文はA少年を逮捕する前から警察が入手していたもの、といわれています。しかし、A少年の自筆のものは存在していません。また、『文藝春秋』が褐戦した7通の検事調書の中でも、ひと言も言及されていません。そして昨秋、神戸家裁での審判の再開を目前にした9月26日になって、突然マスコミに流されたものなのです。これらのことは、いったい何を意味するのでしょうか?

                      
        

懲 役 13 年


1、いつの世も・・・、同じ事の繰り返しである。 
 止めようのないものはとめられぬし、殺せよ
 うのないものは殺せない。 
 時にはそれが、自分の中に住んでいることもある・・・ 
 「魔物」である。 
 仮定された「脳内宇宙」の理想郷で、無限
 に暗くそして深い防臭漂う心の独房の中
 死霊の如く立ちつくし、虚空を見つめる魔物
 の目にはいったい、“何”が見えているので
 あろうか。 
 俺には、おおよそ予測することすらままなら
 ない。 
 「理解」に苦しまざるをえないのである。

2、魔物は、俺の心の中から、外部からの攻
 撃を訴え、危機感をあおり、 あたかも熟練
 された人形師が、音楽に合わせて人形に踊
 りをさせているかのように俺を操る。
 それには、かって自分だったモノの鬼神の
 ごとき「絶対零度の狂気」を感じさせるので
 ある。 
 とうてい、反論こそすれ抵抗などできようは
 ずもない。 
 こうして俺は追いつめられてゆく。「自分の
 中」に・・・ 
 しかし、敗北するわけではない。 
 行き詰まりの打開は方策ではなく、心の改
 革が根本である。

3、大多数の人たちは魔物を、心の中と同じよ
 うに外見も怪物的だと思いがちであるが、
 事実は全くそれに反している。
 通常、現実の魔吻は、本当に普通な“彼”の
 兄弟や両親たち以上に普通に見えるし、
 実際、そのように振る舞う。
 彼は、徳そのものが持っている内容以上の
 徳を持っているかの如く人に思わせてしま
 う・・・ 
 ちょうど、蝋で作ったバラのつぼみや、プラス
 チックで出来た桃の方が、実物は不完全な
 形であったのに、俺たちの目にはより完璧
 に見え、バラのつぼみや挑はこういう風でな
 ければならないと俺たちが思いこんでしまう
 ように。

4、今まで生きてきた中で、“敵”とはほぼ当た
 り前の存在のように思える。 
 良き敵、悪い敵、愉快な敵、不愉快な敵、
 破滅させられそうになった敵。 
 しかし最近、このような敵はどれもとるに足り
 ぬちっぽけな存在であることに気づいた。
 そして一つの「答え」が俺の脳裏を駆けめぐ
 った。
 「人生において、最大の敵とは、自分自身な
 のである。」

5、魔物(自分)と闘う者は、その過程で自分
 自身も魔物になることがないよう、気をつけ
 ねばならない。 
 深淵をのぞき込むとき、 その深淵もこちらを
 見つめているのである。

    「人の世の旅路の半ば、ふと気が
     つくと、 俺は真っ直ぐな道を見失
     い、暗い森に迷い込んでいた。」

H9.3.23
愛する「バモイドオキ」神へ


 今日の朝目が覚め、階段をおりて下にいくと、母が「かわいそうに、通り魔におそわれた子がなくなったそうよ」と言いました。新聞を読んでみると、死因は頭部の強打による頭蓋骨の陥没だったそうです。頭をハンマーでなぐった方は死に、お中をさした方は順調に回復していったそうです。人間というのは壊れやすいのか、壊れにくいのか分からなくなってきました。容疑も傷害から殺人と殺人未遂に変わりましたが、以前として捕まる気配はありません。目撃された不審人物もぼくとはかけ離れています。これというのも全てバモイドオキ神様のおかげです。これからどうかぼくをお守り下さい。



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