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アルメニア軍の創設は、90年代初め、事実上、ソビエト連邦崩壊以前に始まっていた。1989〜1990年、非公式軍事活動の規模(各種評価によれば、アゼルバイジャンとの国境とナゴルノ・カラバフ自治州において戦闘行動を行っている
連邦政府の支配下に入らないアルメニア側の武装部隊の総数は、5千人
に達した。)を懸念したその議会議長、後に初代大統領レヴォン・テル-ペトロシャンと首相ワズゲン・マヌキャンに代表されるアルメニア指導部は、状況に対する統制確立に関する一連の措置に着手した。これらの措置の1つとなったのは、1990年の400人のアルメニア内務省特殊連隊の編成
でもあった。連隊が4個大隊に解散された1991年初め、そこには、既に1,000人以上がいた。並行して、アゼルバイジャンとの国境で戦闘行動を行う義勇兵は、6〜8個大隊に達した。
当時、アルメニア政府の下に、特別国防委員会が設置された。これを指揮したのは、議会代議員ワガン・シルハニャンであり、副議長は、後に1999〜2000年にアルメニア国防相となるワガルシャク・アルチュニャン大佐だった。委員会には、国家機構を利用して、国内軍連隊、特別任務民警支隊等、存在する全ての内務省の非正規部隊をソビエトの政治システムの枠内において統一統制下に置き、可能ならば、沿国境地帯とナゴルノ・カラバフでの戦闘行動実施に必要な全資源でこれを保障する任務が付与された。その外、国防委員会の指導部は、社会・政治状況の発展がソ連崩壊をもたらし、その結果、カラバフ紛争地帯における戦闘行動のエスカレーションとなることを排除しなかった。少なくとも中期的軍事計画を遂行し、予想される紛争のエスカレーションに真剣に備える必要があったのは当然である。
■国軍の創設と装備
ソ連崩壊後、独立したアルメニアでは、国防省が編成され、元議会国防・安全保障委員会議長ワズゲン・サルキシャンが指揮した。旧ソ連軍の財産の国有化/奪取に関する野党過激派の要求にも拘らず、同国の指導部は、CISとロシアの軍事及び政治指導部との交渉で、機材及び兵器を受け取ることを選んだ。アルメニア領内に駐屯していた3個自動車化狙撃師団の内、2個(第15及び第164)の機材、武器及び弾薬のモスクワによる譲渡は、1992年夏に行われた。当時、アルメニアには、旧ソビエトのザカフカーズの隣国と同様、欧州通常戦力条約の枠内で制限が課された。地域の各国は、戦車220両以下、戦闘装甲車両220両以下、砲兵システム150門以下、軍用機100機以下及び多目的戦闘ヘリ50機以下の保有が許可された。
1992年夏のナゴルノ・カラバフにおける戦闘での撃破後、特に飛び地のアルツヴァシェン村の喪失後、国防相サルキシャンは、アルメニア・テレビに出演して、上首尾な軍事建設の実施のために、国防相のポストには、訓練された人物が就かなければならない
ことを公然と認めた。1992年秋、野党指導者の1人、元首相ワズゲン・マヌキャンが国防相となった。特に彼の下で、アルメニアでの軍事建設は、大規模なものとなり、より組織的なのものとなった。マヌキャンは、
同志を団結させ、プロに頼って、軍の基礎を築くことができた。軍のドクトリンの基盤を準備したアルメニアの軍事建設の主要理論家と考えられるのは、1992〜1995年、国防第一次官及び参謀総長のポストを断続的に占めた元ソ連軍地上軍参謀次長ノラト・テル-グリゴリャンツ中将である。
軍事建設の第1段階における重要な一歩の1つと考えられるのは、恐らく、軍の部分的な職業制化が得られた事実であろう。1992〜1993年前後、大統領の特別命令により、独立自動車化狙撃旅団が創設され、その召集は、契約制においてのみ実施された。その編成下には、主として、各種領域防衛部隊からの決死隊が入った。当行為は、国内の不法武装部隊の除去をもたらし、国内状況を安定化させ、アフガニスタン及びナゴルノ・カラバフでの戦闘行動実施経験を有する兵士がその骨幹を構成した極めて戦闘能力を有する部隊の創設を可能にした。このようにして、長期間、アゼルバイジャンと隣接する地帯において、職業制部隊が行動し、国境沿いの戦闘において、最小限の損害の下で、敵に著しい損失を与えた。職業制部隊の創設後、アルメニアの軍事及び政治指導部は、原則的に、戦闘行動における未教育の新兵及び編成中の国軍部隊の使用を最小限にした。この全ては、社会状況を変え、軍、国境軍及び内務省軍への召集状況を安定化させた。1993年春から今日まで、召集計画は、定期的に遂行された。
テル-グリゴリャンツは、小さな国土のため、旧ソ連で採用された国境線から領土全縦深への多段階順次展開システム式の軍事機構の創設を否定した。それ故、アルメニアは、機動力と機動性を向上させた部隊を創設した。第1段階において、このための最良の形態となったのは、1,500人から2,500人の3〜4個大隊編成の自動車化狙撃旅団である。現在、どう見ても、連隊が基本組織機構となりつつある。アルメニア側からの戦闘行動実施戦術において次に主要となったのは、戦闘損失を最小限まで低下させることの追及だった。
テル-グリゴリャンツと参謀本部の彼の戦友が起草した防勢軍事ドクトリンの基盤は、あらゆる点から判断して、専ら防勢行動の実施だけではなく、侵略を準備する敵に対する先制打撃の実施も想定している。現在、部隊の前には、戦闘訓練水準を質的により高いレベルに上げる課題が立ちはだかっている。この任務は、アルメニア領内に配置されたロシア軍部隊との協同演習及び射撃の実施によっても遂行される。
軍事建設の第1段階において、アルメニアは、航空隊の創設を意識的に否定した。多くの場合、これは、国土に、準備された軍事飛行場、修理・予備検査機関、良く教育された飛行技術要員が欠如していたことと関連した。その外、燃料・潤滑油の安定供給と関連した問題が少なくなかった。アルメニアは、可能な限り、敵の戦闘及び攻撃航空隊の無力化を指向した効果的な防空部隊
の創設の道を進まざるを得なかった。ソ連崩壊まで存在していた防空システム(高射ミサイル発射機とレーダー)を事実上完全に回復することができた。1994年4月、「エレバン上空は、アルメニア全領空と同様、防空装置により確実に防護された」と初めて公式表明された。防空システムの回復とその戦闘即応性の向上において大きな役割を演じたのは、ロシアの軍事専門家の援助であり、並びにこれらの部隊は、高度の技能を有する民族要員により充足された。
アルメニア空軍部隊の編成開始は、1993年夏に遡る。その後、アルメニアの航空部隊は、一連の演習に参加し、出席した軍事専門家の高い評価を得た。
軍事建設の第1段階における要員訓練問題において、アルメニアは、他の共同体諸国と異なり、国土に1校の高等軍事教育施設もなかったことと関連した一定の問題を経た。当時、旧ソ連軍の隊列では、アルメニア人将校が少なからず勤務していた。ある筋の確認によれば、その数は、ロシア人、ウクライナ人及びベラルーシ人に次いだ。しかしながら、その極一部だけ(総数の5〜7%)が、1992年の共和国に戻り、軍建設に積極的に参加するようにとのアルメニア指導部の呼び掛けに応じた。そのような消極性は、主として、アルメニアの深刻な経済状態と、招聘者の多くの日常生活及び社会問題を迅速に解決する当局の無能力により説明される。第1段階において、将校要員の人事問題は、予備役と5〜10年前(時には、15年前すらも)に予備役に編入された退役者の現役召集により解決された。その後、1993〜1994年の間、国内において、軍事幼年学校、飛行技術学校、年次将校課程(高等教育を有する者に対して)、ワズゲン・サクリシャン名称高等多兵科軍事大学及び教育部隊を含む独自の要員訓練システムが創設された。国軍のための将校要員は、ロシアとギリシアの高等軍事教育施設でも教育を受けている。召集適齢者の軍への召集は、志願・召集の混成で行われている。現役に召集された者は、24ヶ月間(1994年秋まで、勤務期間は、18ヶ月間だった。)、部隊及び教育部隊で勤務を行う。契約締結者は、3年から15年勤務する。
軍が、今日、アルメニア社会の生命力ある組織の1つであることに同意する必要がある。アルメニア国防省側からは、否定的プロセスの最小化と軍の規律及び高い戦闘準備水準の維持のために、厳格かつ時には予期せぬ措置が常に採られている。
現時点までに、重要ではあるが、第1段階に過ぎない軍事建設が首尾良く実施できた。今後は、より重大な第2段階、「21世紀の軍隊」
の創設プロセスであり、その目的は、現在及び未来の課題に対応でき、国の軍事的安全を保障する形成されている軍事・政治的現実、十分な国家安全水準を考慮した軍の創設である。このプロセスは、国防省だけではなく、先ず第1に、国家の最高執行及び立法機関、並びに全社会が実施しなければならない政治、経済、社会、法的、軍事その他の複合措置
である。
■アルメニア軍の現状と需要
2002年初め現在、アルメニア軍の総員数は、6万人(その内、5万2千人が地上軍、残りが防空・航空軍)に達する。2002年度軍事予算は、7,500万ドルである。2003年度予算案において、国防費は、8,200万ドル以上の額と規定されている。これは、GDPの4%以上に達し、CIS諸国中で最高の指標である。
1992年にアルメニアに譲渡された2個自動車化狙撃師団の上記装備の外、1994〜1996年、省庁間協定の枠内において、ロシアは、戦略同盟国に以下のものを譲渡した。
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R-17作戦・戦術複合体×8基 | |
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「クルーグ」高射ミサイル複合体×27基 | |
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T-72戦車×84両 | |
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BMP-2×50両 | |
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D-30榴弾砲×36門 | |
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D-20榴弾砲×18門 | |
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多連装ロケット発射システム「グラード」×18門等 |
アルメニア地上軍は、今日現在、その戦闘編成に以下の部隊を有する。
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4個自動車化地上旅団 | |
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10個独立歩兵連隊 | |
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1個砲兵旅団 | |
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2個高射ミサイル旅団 |
各種マスコミによれば、戦車×316両、戦闘装甲車両×324両、122mm以上の火砲×322門(その内、多連装ロケット発射システム×44門)を装備する未承認のナゴルノ・カラバフ共和国の事実上職業制軍隊との
密接な協力へのアルメニア軍の準備を考慮する必要がある。
財政上の制限のため、アルメニア軍のための兵器の近代化及び調達プログラムは、かなり限定されている。それにも拘らず、近い将来、装備している戦闘装甲車両、戦車及び自走砲の近代化に最大の注意が向けられることが創造される。特に、装甲防護の近代化(反応装甲及び電磁装甲)と射撃精度の向上を保障する特殊レーザー設備の設置プログラム
が利益をもたらし得る。
工場・生産者価格によるCIS集団安全保障条約の枠内における武器納入の可能性は、最新のロシア製兵器、何よりも、短射程及び中射程の部隊防空システム
による自軍の保障のために、アルメニアの指導部により必ず利用されるだろう。ロシア製の最新製品(例えば、「トール」複合体
)は、その戦術・技術諸元に関して、西側に全く劣っておらず、特恵価格で、アルメニアのような豊かではない国にも全く「受け入れられる」。
ソ連時代、アルメニアでは、かなり多くの軍産複合体企業が機能していたが、その大部分は、完成品を製造していなかった。それにも拘らず、ある評価によれば、アルメニア企業は、軍用電子機材の全連邦製造総規模の40%までを生産していた。何よりも、防空自動化統制システム(「ラズダンマシュ」)、防空複合体用自家発電システム(「アルメレクトロマシュ」)、各種宇宙システム(「ガラクチカ」)、各種防空複合体の電子システム(「エレクトロン」)等の生産に割り当てられた。
しかしながら、ソ連崩壊と全連邦国防発注に関する会計の事実上の中断と共に、軍産複合体企業の大多数は、操業停止するか、その稼働率が極めて低い水準にある。これら企業の一部は、一連のロシア企業と密接な協業に入り、新型兵器の開発と個別複合体の組立分野において、彼らと協力する用意がある。
90年代、アルメニアにおいて、各種口径の火器の弾薬及び若干種の砲兵システムの砲弾における軍の需要を保障できる生産力が創出された。分隊用及び軽機関銃、並びにその弾薬の生産が組織された。弾薬製造の組織と同時に、アルメニアの軍産複合体企業において、口径5.45mmと7.62mmの新型火器、並びに標準型の携帯式対戦車ロケット砲が開発された。開発された兵器の全ての試作品は、完全な試験サイクルを経た。
重装備について言えば、アルメニアの軍産複合体企業は、今日、装甲車両、防空機材の主要構成部分、火器等、保有装備の大部分の近代化目的を含む修理を行うことことができる。
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アルメニアの安全の潜在的脅威と課題
軍事建設の新段階の開始のためには、何よりも、その無力化のために軍が要求されるアルメニアの国家安全の現在及び未来の脅威と課題を確認し、並びに地域における政治及び軍事情勢の発展の
現実的予測を有する必要がある。
アルメニアは、その国家安全の主要な全ての脅威が主として対外性を帯びる地域唯一、世界でも数少ない国である。アルメニアの国家安全の主要な脅威と課題は、2つの隣国、アゼルバイジャンとトルコ側からもたらされる。
■アゼルバイジャン
国家安全に対する主要かつ潜在的な脅威が、今日と将来、ナゴルノ・カラバフ共和国及びアルメニアに対するアゼルバイジャン側からの軍事侵略の現実的脅威であることは明らかである。アルメニア国境の総延長(1,254km)の62%(787km)は、アゼルバイジャンとの国境が構成している。アルメニアとの国境及びナゴルノ・カラバフとの沿前線地帯に、アゼルバイジャンは、その軍事的潜在力の80%を集中させ、いつでも、軍事行動を再開することができる。アゼルバイジャン軍の戦闘準備の主要課題は、ナゴルノ・カラバフとアルメニア領土の一部に対する完全支配の確立である。全ての大規模演習において、特にこれらの案が強まっている。
アゼルバイジャンを満足させるナゴルノ・カラバフ問題の唯一の解決案が、「領土保全の回復」、言い換えれば、ナゴルノ・カラバフ共和国に対する完全支配の確立である以上、軍事衝突の可能性は、ますます増大している。ナゴルノ・カラバフ問題の他のいかなる解決案も、アゼルバイジャンにとって、暫定的なものと見られるだろう。アゼルバイジャンの軍事・政治指導部がアルメニアに対する軍事的優位を感じた瞬間、戦争が不可避となる。アゼルバイジャン指導部がアルメニアの軍事的撃破なしでは、カラバフに対する支配確立が不可能という意見を堅持しているため、戦争は、ナゴルノ・カラバフに対してだけではなく、アルメニアに対しても向けらるだろう。
アゼルバイジャンのいかなる体制の下でも、ナゴルノ・カラバフ問題は、内政闘争における主要な切り札であろう。野党勢力は、この問題を解決する無能力で当局を常に非難し、権力掌握のためにこれを常に悪用するだろう。一方、アゼルバイジャンのいかなる権力も、自分の立場を強化するために、ナゴルノ・カラバフ問題を自国に有利に解決しようとするだろう。
エレバンの意見によれば、ナゴルノ・カラバフでの対立の本質が、民族自決権の問題であるにも拘らず、アゼルバイジャンは、紛争に宗教・民族的色彩を加え、宗教要素を利用しつつ、全イスラム世界の支援
を得ようとしている。この際、全イスラム諸国側からのアルメニアの弾劾と、エレバン当局に対する制裁の適用を獲得しようとしている。この政策の結果については、1992〜1994年
のアフガンのムジャヒディン、トルコの組織「ボズ・グルド」(「灰色狼」)
及びムスリム組織の義勇兵部隊のアゼルバイジャン側でのナゴルノ・カラバフにおける戦争への参加、並びに1997年
のアルメニアの行動の非難に関する「イスラム会議」組織のテヘラン・サミット決議が証明している。
ナゴルノ・カラバフに対する支配確立の外、アゼルバイジャンは、その個別地域を「歴史的なアゼルバイジャン」と宣言しつつ、アルメニアへの領土要求を提示している。この場合、セヴァン湖水域及びザンゲズル(マルズ・シュニク)についての話である。アゼルバイジャン側は、以下のことを目的とするザンゲズルに対するトルコとの共同支配の確立に、特別な戦略的意義を付与している。
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トルコとアゼルバイジャン間の直接連絡の確立 | |
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イランからのアルメニアの分離 |
アゼルバイジャンの発議により、似たような戦略的利益を有する国家の政治同盟が創設されている。これらの同盟は、間接的にアルメニアとナゴルノ・カラバフに対して向けられた軍事・政治同盟に転換する傾向を有している。例えば、GUUAMは、領土保全の擁護問題
における調整された統一政策を行うことを目的としている。創設された組織の枠内では、軍事技術及び経済協力、共同平和維持軍の編成が予想される。アゼルバイジャン-トルコ-イスラエル、アゼルバイジャン-トルコ-グルジア軍事・戦略同盟形成のあらゆる徴候が存在する。
そのような同盟の形成は、CIS諸国の密接な統合問題におけるアルメニアの利益を脅かすだけではなく、国際組織の枠内
におけるエレバンへの追加圧力の組織のために、アゼルバイジャンに追加能力を創出するため危険である。この要素は、疑いなく、地域における軍事・政治情勢の自国に有利な変化のために、ここからもたらされる全ての結果と共に利用されるだろう。
アゼルバイジャンはまた、「石油要素」も積極的に利用している。米国、英国、日本その他の国の石油会社の援助により、アゼルバイジャンは、アルメニア人から一方的譲歩を得るためのアルメニア及びナゴルノ・カラバフ共和国に対する政治及び軍事的圧力の組織のために、これら諸国の圧力を組織しようと試みている。同時に、アゼルバイジャンは、以下のような地域の主要不安定要素として、アルメニアを西側に提示しようとしている。
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地域への西側の浸透を妨げる。 | |
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地域におけるロシアのプレゼンスを保障する。 |
■トルコ
アルメニアの独立回復後、その主権と独立を承認したトルコは、外交関係樹立に対して、受け入れ難い政治的前提条件を置いた。長さ268km(アルメニアの外部国境の総延長の21.4%)のアルメニア-トルコ国境は、人道的貨物も含めて、閉鎖されたままである。
最新版(1998年7月)のトルコの国家軍事概念において、アルメニアは、事実上、トルコの仮想敵であるギリシアに次いで2番目と見られている。トルコ側からは、「その最大限の深化が軍事衝突をもたらし得る」一連の「非難」がアルメニアに提示されている。
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アルメニアで権力を掌握している「極民族主義勢力」は、「根拠のない」領土要求をトルコに提示し、アルメニア人虐殺で非難し、損害の物的賠償を要求しつつ、「反トルコ主義を国家政策の基盤に置いた」。 | |
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ギリシアその他の反トルコ勢力との同盟におけるアルメニア・ロビーは、反トルコ的決定を採択させるために、米下院に圧力を加えている。 | |
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アルメニアは、「トルコ系ムスリムに対するジェノサイド政策を実施しつつ」、トルコの同盟国アゼルバイジャンに対して「侵略的」政策を行っている。 | |
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国際舞台において、アルメニアは、トルコの全潜在敵国との密接な協力を実施し、統一反トルコ戦線を創設しようとしている。 | |
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「トルコに対して向けられた」ロシアとの軍事同盟下にあり、並びにその領内にロシアの軍事基地を配置した。 | |
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その領内に「訓練センターと軍事キャンプ」を組織しつつ、クルド分離主義者に「軍事援助と支援を提供している」。 |
トルコ軍の大集団(第3野戦軍、第2戦術航空司令部)は、アルメニアに対する戦闘行動の実施の可能性、並びにこの行動の戦法及び方法の完全化問題をその訓練基盤に置いた。トルコ国家安全保障会議の決定により、常時航空偵察の実施、必要な場合、アルメニアに対する軍事目的での使用のために、1995〜1997年、アルメニア国境から各々12kmと72kmのイグジル及びアグレ(カラケセ)市の空港において、いかなるクラスの軍用機も受け入れられる滑走路の建設が行われた。
トルコは、アゼルバイジャン軍の再編問題、その戦闘能力の向上、軍事要員の訓練及び再訓練を引き受け、事実上、アルメニア・アゼルバイジャン紛争に係わった。トルコ側からは、近い将来、ナヒチェヴァン近隣へのトルコの軍事基地創設の一貫した軍事プログラムが行われている。トルコ側は、ナヒチェバンに配備されたアゼルバイジャンの増強自動車化狙撃師団の武器、弾薬による保障の大部分を引き受けた。ナヒチェバン共和国領内において、数回のアゼルバイジャン・トルコの共同演習が行われ、両国の軍事協力を新しい、より質的な水準に上げた。
その矛先がアルメニアに対して向けられたトルコとアゼルバイジャン特務機関の協力が深まり、質的に新しい水準を得た。
アルメニアの国家安全に対する一定の危険は、ムスリム世界のリーダーシップに対するトルコの真剣な要求、並びに地域超大国となるその意図である。今日、トルコ艦隊は、黒海で活発に活動しており、トルコ陸軍は、カフカーズでの「平和創設」作戦への参加を求めている。
それにも拘らず、アゼルバイジャン及びトルコ側からの軍事的脅威の危険について言えば、エレバンでは、これらの脅威は細分化される。アゼルバイジャン側からもたらされる軍事的脅威は、
直接かつ現実的性格を帯び、バクーにとって都合の良い瞬間に、侵略の形態で、アルメニア及びナゴルノ・カラバフ共和国に対して実現され得る。
トルコ側からもたらされる軍事的危険も現実的だが、アンカラは、その今日の地政学的地位に立脚して、対外政策分野において最大限に警戒せざるを得ない。トルコの支配層は、国が多数の国内外問題(政治危機、社会の分裂、クルド人の民族解放運動、イスラム原理主義者の急激な活発化、キプロス問題、欧州機構との複雑な相互関係、事実上全ての隣国との深い対立等
)に直面していることを自覚している。この状況下において、アルメニアに対する軍事侵略の開始は、トルコにとって全く予期せぬ問題を創出し得る。それ故、現段階において、トルコは、軍事的方法ではなく、アゼルバイジャンへの全面的軍事援助によって、アルメニアに対する政策を実施することを選んでいる。
■グルジア
アルメニア・グルジア関係は、伝統的に友好的である。グルジアは、アルメニアにとって何らかの脅威又は危険ではないが、両国間関係には、一連の問題が存在する。
アルメニアと隣接するグルジア領土は、アゼルバイジャン人により分断され、その人数は、増加し続けている。アゼルバイジャン当局と特務機関は、エレバンとの対峙時、挑発、テロ及び破壊行為の組織、並びに交通その他の封鎖の組織
のために、アルメニアに対してこの要素を疑いなく利用するだろう。
トルコとアゼルバイジャンは、
トルコ系メスヘチン人のグルジア帰還とサムツフ・ジャヴァヘト/ジャヴァヘク(アルメニア人住民が優勢な地域)へのその移住のために真剣な努力を傾けている。グルジアとトルコの最高指導部間のこの問題に関する交渉において、グルジア側がトルコ系メスヘチン人の帰還に原則的同意を与えたが、「世論の研究」のための時間をパートナーに要請したことが知られている。グルジアの若干の政治勢力は、トルコとの関係強化のために、これらの要求に応じている。
グルジアには、マルズ・ロリをアルメニアに「一時的に併合された」グルジア領土と、ジャヴァフクをグルジアににおける火薬庫と考えている少数だが、かなり活発な民族主義過激派が存在することが特に指摘される。
二国間関係の発展にも拘らず、アルメニアとグルジアの地政学的利益は、常に互いに遠ざかっている。グルジアは、20億ドルまでの年間収入を保障するその領土を通したアゼルバイジャンとカザフスタンの石油のトルコ及びそれ以遠の市場への中継を保障しようとしている。トルコは、今日、グルジアの主要貿易相手である。トルコ-グルジア間の軍事協力は、特に急速に発展している。特に、トルコ・グルジア協同軍事演習が行われ、トルコ側は、軍事要員の訓練においてグルジアに協力し、軍事機材を納入している。
アゼルバイジャン及びトルコとグルジアの軍事、政治及び経済協力の今後の発展と深化は、事実上、グルジアの意思に反して、アルメニアに対して狙いをつけた三国軍事・政治同盟の創設をもたらし得る。
■イラン
イラン側からは、アルメニアに対して、今も、近い将来も、いかなる重大な脅威もない。アルメニア-イラン国境(35km、アルメニア国境の総延長の2.7%を構成する。)は、アルメニアにとって中近東への唯一の門であり。同国にとって死活的に重要な意義を有する。
しかしながら、イラン全住民の約16%は、イランの西及び東アゼルバイジャン州に居住するアゼルバイジャン人が構成する。後者は、トルコ、アルメニア及びアゼルバイジャンと国境を有している。これらの事情、並びにトルコの物的及び精神的支援を利用しつつ、アゼルバイジャンの多くの政治勢力は、「統一アゼルバイジャン」創設のスローガンを掲げている。前大統領アブリファズ・エリチベイの統治時、この課題は、アゼルバイジャンの主要課題の1つだった。今日も、野党(「人民戦線」、「ムサヴァート」等)も、与党(「祖国」、「統一アゼルバイジャン」)も、アゼルバイジャンの政治生活に一定の影響力を有する一連の政治勢力は、イラン北部州のアゼルバイジャン人住民による「統一アゼルバイジャン」の創設を
その綱領課題の1つと考えている。
今日、余りあり得ないが、理論的に、イランの国内生活の若干の自由化と再編が分離又は統一アゼルバイジャン国家の創設を目的とした北部の在イラン・アゼルバイジャン人側からの分離主義の強化をもたらし得ることが排除できない。事態がそのように発展した場合、上記の状況は、アルメニア南方国境の安全に対して重大な脅威を創出し、封鎖を脅かし得る。
安全保障分野において、アルメニアは、今日、集団安全保障条約機構とNATOの2つの地域機構と協力している。アルメニアは、集団安全保障条約の最も積極的な加盟国の1つであり、「平和のためのパートナーシップ」プログラムの枠内において、NATOと協力している。
「平和のためのパートナーシップ」プログラムの枠内におけるNATOとの協力の上首尾な発展にも拘らず、アルメニア指導部は、CIS集団安全保障条約機構の枠内での軍事、軍事・政治及び軍事・技術協力に優先度を与え、同機構の標準への移行を計画していない。
アルメニアの安全保障にとって、重要な意義を有するのは、アルメニア-ロシア間の二国間戦略協力である。1997年8月29日に締結されたロシア-アルメニア間の「友好、協力及び相互援助に関する」条約の枠内において、両国間の軍事、政治及び経済協力が発展している。
しかしながら、この条約は、アルメニアにおいて、全ての危険からの「無敵の楯」とは見られていない。何よりも、ロシアがアゼルバイジャンともほぼ同じ「友好、協力及び相互援助に関する」条約に署名したためである。エレバンでは、ロシアがアゼルバイジャンに重要な政治、経済及び軍事的利益を有していると言われている。ナゴルノ・カラバフ問題におけるロシア政治指導部の立場も知られている。解決は、アゼルバイジャンの領土保全の枠内で見出されなければならない。
アルメニアの全ての政治的課題、現実的かつ可能性のある脅威、地域及びその周辺で進行中のプロセス、軍事・政治情勢の飛躍的な変化及び発生した事態の評価の困難さ、同国の地政学的位置の特性は、今日も、近い将来も、活発な国内外政策の立案及び実現の結果となり得る地域における戦略バランスを保障でき、並びにその軍事力のしかるべき水準への維持(現実の人的及び物的資源を考慮して)によってのみ、アルメニアの安全が保障され得ることを示唆している。
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最終更新日:2004/10/07