【この手をとって】
 
オビ=ワンは闇の中でベッドに横たわりながら、そっと隣室の気配を伺っていた。
浅い瞑想状態を保ち、こちらの起きている気配を悟られないようにする。熟練したジェダイならそれくらいの配慮では寝ていないことがばれてしまうのだが、相手はまだこの間パダワンになったばかりの少年だ。それでも注意深く静かに息をしながらオビ=ワンは待っていた。

シュンとドアが空気を切る軽い音が聞こえた。その後に小さな足音が続く。
音を立てないように、抜き足差し足でゆっくりと部屋を横切ろうとしているのが気配で分かる。
その必死な様子にうっかり微笑んだら、微かな足音がぴたりと歩みを止めた。ドアの閉まった隣の部屋でも彼は敏感に察知する。
オビ=ワンが知っているどんな子供よりも、彼は気配に対して鋭い感覚を持っている。
もう一度ゆっくりと浅い呼吸を繰り返して瞑想状態へ入る。
1分ほどすると、また動き出す気配がして、彼のパダワンは部屋を抜け出した。

オビ=ワンは目を開け、簡素なベッドから身を起こした。
ベッドサイドのスイッチを探ると、柔らかなオレンジの光が部屋に広がった。
時計を見ると数字は真夜中を過ぎている。
幼いパダワンが外出するには相応しくない時間。
だがオビ=ワンは知っていた。
彼がいつもこの時間に部屋を抜け出すのを。
そして何処に行くのかも。

着替えずにいた普段着のチュニックの上に、いつものくたびれたローブを羽織った。赤茶のローブにはいくつも穴が開いている。これまでの厳しい訓練や任務を思い起こさせる綻びを見て、オビ=ワンは顔を歪めた。
悲しみが胸を締め付ける。
しかし囚われてはいけない。
大きく深呼吸をする。

さあ、追いかけないと。
オビ=ワンはローブを翻すと、パダワンの足取りを追って部屋を後にした。



ジェダイテンプルの高みにある宇宙船のプラットフォームには強い風が吹いていた。
本来なら閉まっているはずのプラットフォームのハッチが開いており、まだ室内にいるオビ=ワンにも容赦なく風が吹きつける。
オビ=ワンは自分の頬をなぶる強い風に少しだけ目をしかめた。
プラットフォームの縁に彼のパダワン、アナキン・スカイウォーカーが座っていた。

アナキンがテンプルへ来て、僅か一ヶ月。
なんと慌しかったことか。
クワイ=ガン・ジンを弔い、アナキンをパダワンに迎える手続きや、ナブーでのセレモニー、パダワンを迎えることの難しさを知り……。
日々が目の回るような忙しさだった。
テンプルで暮らすことが当たり前な自分でさえ、目まぐるしく過ぎる日々に流されそうだったのに、ましてや住み慣れた家を離れるばかりか、生まれて初めてタトゥイーンを出て、ジェダイとなるべく訓練を受けているのだ。アナキンも慌しく過ぎる毎日に、最初は物珍しさにはしゃぎ気味だったのだが、一ヶ月が過ぎて疲れが見え始めた。

アナキンが夜中に部屋を抜け出すようになったのはそんな頃だった。

最初はリフレッシャーを使うのかとも思った。
しかし部屋に戻ってくるのが明らかにゆっくりだ。
それに、毎晩続く。
問いただしてもよかったのだが、何故だかそっとしておきたくて、セキュリティ・ホロで何処へ行くのか確認したのだった。


オビ=ワンは足音も立てず、風の強いプラットフォームへと出て、そっとアナキンに近づいた。
「……星を見てたんだ」
気配を察したのだろう、オビ=ワンの方を振り向かずにアナキンが口を開いた。
「見えるのかい?」
プラットフォームの縁に座るアナキンのすぐ横に腰を下ろす。
「うん」
アナキンが答えた。
オビ=ワンも隣のアナキンに習って、アナキンが見ている方向の空を仰いだが、コルサントの馴染みの風景 ― 煌めく摩天楼やレーンを過ぎる無数のスピーダー ― が邪魔をして、幾らテンプル上空が空いていても星は見えない。見えるものといったら、コルサント上空をひしめくように回っている人工衛星くらい。それでも微かにキラリと光るくらいだ。
明かりの少ない星で見るようには、ここでは見えない。
「どこに見える?」
オビ=ワンがアナキンに問うと、アナキンの指は迷うことなく一点を指した。
「こっちにタトゥイーンがある」
オビ=ワンは銀河の星図を頭の中に描いた。
確かに今の標準月のこの時間だと、このプラットフォームからアナキンの指差す方角にタトゥイーンがあるはずだ。しかし余りにも遠い。
「オビ=ワンには見えなくても、僕には見えるよ」
オビ=ワンがなにかを言う前に、アナキンが答えた。
青い瞳はまっすぐ夜空を見ている。
「ママに僕が元気で頑張ってるって伝えてるんだ」
そう言って、アナキンはオビ=ワンに向かってにこっと笑った。
オビ=ワンの心にちくりと痛みがはしった。
「寂しいのかい?」
ほんの小さな間。
「うん。寂しくないって言えばウソになるかな…」
アナキンが、タトゥイーンがあると言った方向に視線を戻した。
「でもまた会えるから…」
「お母さんに?」
「必ずまた会える」
確信的なアナキンの言葉にはっとして、まっすぐ空を見つめる横顔を見ると、アナキンの周りにフォースが煌めいて見えるようだった。
「でも今すぐママに会いたいよ…」
うつむいたアナキンは急に10歳の子供相応の顔になった。
「いつかきっと会えるさ」
そう言いながらもオビ=ワンの心は胸が痛んだ。
アナキンから母親を思う温かい思慕の感情が流れ込んでくる。
なんと強く温かいものだろう…。

生まれて間もなくジェダイ・テンプルに連れてこられたオビ=ワンは親というものを知らない。オビ=ワンにとって、テンプルで暮す人々みんなが親のようなものだった。
一番身近だったクワイ=ガンが亡くなった時は、悲しみと寂しさに胸が張り裂けそうだった。しかし、アナキンから流れこんでくる感情とはどこか違っているように感じるのだ。
ジェダイは幼い頃からの訓練で、感情を制御する。
アナキンが持つ温かい思慕の感情が珍しく感じるのは、人間らしさが失われているからではないのか。

オビ=ワンの頭の片隅にジェダイ・オーダーへの疑問がちらと浮かんだ。


ふと自分の右手が、右肩の辺りに上がっているのに気がついた。
まだ取れない癖。
幼い頃から伸ばしていたブレイドが風に弄ばれないように押さえる癖。
だが、もうブレイドはないのだ…。
空気をかすかに震わせて小さな息を吐き出した。

「オビ=ワン、寂しいの?」
アナキンが首を傾げて、オビ=ワンの目を下から覗き込んで尋ねた。
「君の寂しさとは比べ物にならないさ」
アナキンは聡い子だ。努めて明るく声を返したものの彼にはわかっているのだ。
「でも寂しいんでしょ、クワイ=ガンが死んじゃって」
「…そうだな。寂しくないといえば嘘になるな」
アナキンの言葉を借りる。
「どうしてわかるんだい?」
「だって…」
声が消えた。
「だって?」
オビ=ワンはできるだけ優しい声で促してやる。
アナキンから戸惑いとオビ=ワンに対する恐れを感じる。
「大丈夫、何を聞いても怒らないよ」
それでもアナキンは言って良いものかどうかためらって、オビ=ワンの顔を見つめては、もじもじと視線を外してうつむいてしまう。
逡巡しているアナキンを奮い起こすように、オビ=ワンがアナキンの肩へ手を置いた。
少年の細い肩はもう冷えていた。
「だって……あなたの部屋から、毎晩泣いてる声が聞こえる…」
オビ=ワンはびっくりして目を見開いた。
「そんなことは…」
クワイ=ガンを想い出して涙を流すことは、アナキンをパダワンに迎えてからは、ない。
クワイ=ガンはきっとそれを望まないから。だから泣き声が聞こえることはあるはずがない。
「私の泣いてる声が聞こえる?」
「ううん、声じゃないのかもしれない。本当に聞こえてるわけじゃないから。でも僕にはわかっちゃうんだ。オビ=ワンが泣いてるって。ごめんなさい…」
プライベートな感情にまで入り込んでしまった自分を責めるように、最後は小声で謝った。
「謝ることはないよ…」
オビ=ワンはアナキンの肩に置いた手に力を込めて、自分の方へ引き寄せた。
「君は正しい」
アナキンがオビ=ワンの顔を見つめている。
「私の心が泣いているのかもしれない」見つめるアナキンに微笑んだ。
「『ジェダイは執着してはならない』。ジェダイ・コードを反復していて、無理をしているつもりはなかったんだ」
自嘲気味なオビ=ワンの言葉にアナキンがううんと首を横に振った。
「泣きたい時はね、声を出して泣いちゃったほうが楽になるんだよ。その後で笑顔に戻ればいいんだから」
オビ=ワンははっとしてアナキンの顔をまじまじと見つめた。
昔、クワイ=ガンから言われた言葉だ。
アナキンとクワイ=ガンが重なってみえる。

フォースは我々を導いている。
失くしたものは何もなかったのだ。

『疑問を持つのは悪いことではないのだ。全てを頭から飲み込むのでは発展がない。たとえそれが、自分が信ずべきオーダーへのものでも。』

クワイ=ガンの言葉が蘇る。
疑問の答えは出ないかも知れないが、それを受け止めよう。
答えを出して肯定したり、否定したりするのはまた別の話ではないか。

アナキンと一緒に答えを見つければいい。
これから一緒に成長していけばいい。

パダワンは師から学び、師もまたパダワンから学ぶのだから。

オビ=ワンはくしゃりとアナキンの髪をかき混ぜた。
アナキンはオビ=ワンの感情の変化を読み取ったようで、少し驚いて目が円くなっている。
「さあ、アナキン、もう部屋に戻ろう。体が冷えきってるよ」
「うん」
差し出したオビ=ワンの手をアナキンの小さな手が握って立ち上がった。
「オビ=ワン」
「うん?」
「時々またここへ来てもいい?」
「君が体を壊さないのならね」
アナキンの顔に笑みが広がった。
「ありがとう、マスター!」
嬉しさにオビ=ワンの手を引っ張るように前を歩いていたアナキンが、くるりと振り返った。
「明日はライトセーバーの訓練でしょ?新しいフォームを教えて欲しいな」
「まだ速度訓練にも入っていないのにかい?」
「だって早く覚えたいんだ」
オビ=ワンを見上げるアナキンの目が生き生きと輝いている。
その表情がオビ=ワンの心を温かく満たしていく。
「マスター・ウィンドゥには内緒だぞ」
オビ=ワンはアナキンに小さなウインクをした。


                                                         Fin
                                                        2005.07.03up
 
  

一年ほど前に書いたお話です。ノートに書いてあったのを引っ張り出してきて、手直ししました。
(今でもお話を書くときはほとんどノートに書いています)
若いオビ=ワンと子供アナキンのお話を書いてみたかったのです。
なので、今回はエロなし!珍しいこともあるでしょ?
でも書いてるうちになんだかよくわかんない話になっちゃったです、面白くないし^^; ま、雰囲気雰囲気(笑)
うちのオビ=ワンはちょっと悩み屋さん。ジェダイだって人間なんだというのが私の頭から離れないためです。
メイスだってあんなに悩んでるんだから、オビ=ワンなら尚更かもと、ね。
いやぁ、やっぱりSWって難しい! ああ、それは私の頭が悪いせいか(笑)

 
 
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