西武新宿線・花小金井駅からグリーンロードへ

 昭和の始め、人気のスポット玉川上水の小金井桜への連絡駅は、花見客のための臨時駅から昇格したJR中央線の
武藏小金井駅。この花見客目当てに小金井桜の北側にその名も「花小金井」駅が昭和2年に開業した。
 そして「花小金井」という地名もこの駅名から付けられた。今では新しい桜の名所、小金井公園の玄関口。多くのバス
路線もあり、利用者も多い。
 南口ロータリーを出ると、そこは「狭山・境緑道」です。散策の出発点、終点でもよいたいへん便利な駅です。
駅北口も再開発され、ショッピング、お食事にどうぞ!


 (みどころ)  ガイドブック「グリーンロードのまちこだいら」より抜粋


◆狭山・境緑道

   駅を出るとすぐに緑の回廊です。この付近は桜の名所で
  桜の時期にはたくさんの人出があります。

◆都立小金井公園
   小金井市、小平市、西東京市にまたがる広大な
    公園です。芝生広場、雑木林、サイクリングコース、
    子供の遊び場、野球場、各種体育施設もあり、家
  族で一日中楽しめます。
     さくらの名所で、お花見の時期は大変な賑わいです
  


◆江戸・東京たてもの園

   都立小金井公園内にある野外博物館「江戸・
  東京たてもの園」には江戸と東京の歴史的、文化
  的に価値がある建物で現地での保存が難しいもの
  を文化遺産として残すために復元・展示している野
     外博物館です。        (小金井市桜町3丁目)
 

◆多摩六都科学館、スカイタワー西東京

   スカイタワー西東京の隣に球形ドームが特徴の多摩
  六都科学館、子供達に科学への興味と夢をはぐくむこ
  とを目的に平成6年に開館した。
  開館時間 9:30-17:00 休館日 月曜日(休日の場
  合は翌日)年末年始 問合せ TEL 0424-69-6100
   料金 大人500円、小人200円 展示室・プラネタリ
  ウム券 大人1000円、小人400円 展示室・全天周
       映画券 1000円  セット券(展示室・プラネタリウム・全
  天周映画券) 大人1400円、小人500円
                     (西東京市芝久保町 5丁目)


◆行幸の松と碑

   明治16年明治天皇はご乗馬でこの地に行幸した、その際、
  五日市街道北の海岸寺にお召馬をつなぎ止めて堤の桜をご
  鑑賞された。それを記念して植樹した松と、自然石に「行幸松碑」
  を浮き彫りにした碑がある。
                     (小平市御幸町)


◆海岸寺山門(瑞雪山海岸寺・臨済宗、妙心寺派、済松寺末)

   海岸寺の山門は見応えがあります、総けやき造りの四脚門、本
  柱上の妻飾戸や、大きな破風のある茅葺き屋根を持っている建
  物で、小平市の有形文化財に指定されている。建築様式は鎌
  倉式、天明年間に造られたと思われる。
                        (小平市御幸町)


◆小金井桜樹碑

    海岸寺境内には、文化7年に建立された「小金井桜樹碑」
   があり、有形文化財に指定されている。
   この碑は小金井桜の由来と、堤に桜を植えた川崎平右衛門
   の功績を伝えてています。
                          (小平市御幸町)


◆宝寿院(鈴木山宝寿院、真義真言宗、豊山派)

     鈴木街道沿いにある宝寿院は、享保11(1726)年、鈴木新田の開発者の
    鈴木利左衛門春昌が武州多摩郡中宿(現府中市)妙光院の塔頭にあった寺
    院をここに引寺して、宥滝上人を勧請し開山、父重広を開祖とした。
                                   (小平市 鈴木町 1丁目)


◆鈴木稲荷神社の黒松

     宝寿院と鈴木街道と向かい合って鎮座しているのが鈴木稲荷神社。
    享保9年(1724)鈴木新田名主鈴木利左衛門が新田の鎮守として
    、本村の武州多摩郡貫井村(現小金井市貫井町)に鎮座していた
    稲荷神社を勧請した。
     境内にそびえる黒松の大木は、深谷から入植した深谷勘兵衛が出
    身地から3本の松を持ってきて自分の屋敷と稲荷神社、海岸寺に植え
    た物。現在はここだけ残っている。  (小平市鈴木町 1丁目)


◆たけのこ公園

     狭山・境緑道沿いのこの公園はバーベキュー(許可制)
        も出来る原っぱ公園、遊具もあり子供連れでにぎわってい
        ます。        (小平市天神町 1丁目)



◆小金井カントリー倶楽部

     昭和10年、小平の石神井川沿いにゴルフ場の建設が計画されました。
    この土地は明治の末ごろまで小平では珍しい田んぼがありました。飲料水
    確保のために水利権を東京市に売却した後は耕作権が放棄され荒れ地
    になっていた、そして、昭和12(1937)年10月に小金井カントリー倶楽部
    が誕生しました。
     戦時中はコースの一部が畑にされたり、戦後8年間にわたり駐留軍のゴ
    ルフ場として接収されたこともあります。  (小平市御幸町)


◆子守地蔵

     東部公園北側の青梅街道沿いに、今でも慕われている御地蔵様が立
    っている。子守地蔵または秀五郎地蔵といわれるこの地蔵には、次のよう
    な言い伝えがあります。 文化13(1816)年に生まれた浅田秀五郎は、
    小平の良寛といわれた。秀五郎は無類の子供好きで、結婚もせず近所の
    子供を集めては面白く遊ばせていた。「死んだら地蔵にしてくれ、小供を数
    多くの災難から救いたい」それが遺言だったという。文久3(1863)年、その
    とおり甥にあたる勘兵衛がこの地蔵を建立したのである。以来この地蔵の前
    では、今まで子供が犠牲になる事故が不思議と起こっていないそうだ。   
                              (小平市花小金井 5丁目)

◆武蔵野神社

   昭和病院の近くにある武蔵野神社という社号は、明治時代の神仏分離
  のときに付けられたもので、それまでは毘沙門天王社と称していました。享保
  9(1724)年、野中新田開発の中心人物、円成院住職大堅和尚が、開
  発のお告げを受けたという毘沙門天を上谷保村(現国立市谷保)からこの新
  田に遷宮したのが起源。     (小平市花小金井 5丁目)


◆円成院(野中山円成院・黄檗宗、大本山、万福寺末)

   珍しい黄檗宗の寺院、享保7(1722)年、矢沢藤八とともに野中
  新田を開拓した大堅は、すでに宝永2(1705)年、武州多摩郡上
  谷保村(現国立市)に黄檗宗(当時中国から渡来して間もない臨済
  宗の分派で新しい明朝文化の影響を持っていた)円成院を開いていた。
  やがて享保12(1727)年、正式に野中新田に引寺して開山し、野中
  山円成院と称した。     (小平市花小金井 1丁目)


◆柳新田通り

   多摩六都科学館から新青梅街道を挟んで、北側にこんもりとしたケヤキ
  並木が見える。これは、西東京市南町のケヤキ並木で、柳新田通りに沿っ
  て、屋敷林として植えられたケヤキの大木が続いている。


◆八小遺跡

     昭和44(1969)年1月、約1200年前の奈良から
       平安時代の竪穴式住居跡が小平第8小学校の校庭か
       ら発見された遺跡は復元され、資料として保存されている。
       フェンスの外から見学できる。
                      (小平市鈴木町 1丁目)