統一教会、統一運動が反対される理由(1) つづき |
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「共産主義からの解放」運動を強力に推進するということは、たやすいことだったでしょうか?それは人々から歓迎される道だったでしょうか。 1989年以降、東欧諸国が民主化され、1991年のクリスマスの日にソ連が消滅するなど共産主義体制が崩壊していく現象を目にした現在においては、「共産主義は間違っている!」と叫んだとしても、歴史が証明している事実であり、よほどの教条主義者でなければ、その意見に敵対的な反応をすることはないでしょう。 しかし、文師が勝共活動を提唱し、具体的な活動を開始したのは、社会主義・共産主義が進歩主義と考えられ、夢を託す人々が多かった時代であり、国際共産主義の拡張・攻勢期、日本でも革命前夜を思わせるような世情の1968年です。 たとえば、日本では戦後55年体制における野党第一党は社会党でしたが、 その社会党は、1966年にマルクス・レーニン主義に基づきソ連型革命の実行を目指すという綱領的文書「日本における社会主義への道(通称『道』:)」を採択し、自らを「階級的大衆政党」と位置づけて「反米親ソ路線」(後に「反米中立路線」)をとって階級闘争路線を強めていました。 そして、そのような時代錯誤的な『道』を廃棄して、西欧型社会民主主義の路線に立って自らを「国民の党」とする「新宣言」を採択できたのは、1986年に入ってからでした。 (残念ながら、その後、実態がそのとおりになれたのかどうかは、結果が示しているとおりです。)1967年の統一地方選挙において、社会党・共産党両党推薦の美濃部亮吉氏(労農派マルクス主義者)が東京都知事に当選し、日本における「革新自治体の時代」が始まり、1971年の統一地方選挙では東京・大阪・京都など主要都府県・革新自治体で共産党が与党となるなど、国政選挙でも共産党が「70年代の遅くない時期に民主連合政府を」とうたい躍進していた時期です。 また、学生・労働運動が「反戦平和!」「反安保!」を唱えながら全共闘の街頭ゲバ闘争等に見るように活動が先鋭化し、反対を唱えようものなら、反動・敵対勢力(分子)として、様々なレッテルや悪罵を浴びせかけられ、甚だしくは体制派と目された教授のように大学構内では吊るし上げなどの暴力行為をうけるなど、そのようなことを言うことさえ憚れるような時代でした。 (たとえば当時は警察や自衛隊というだけで権力の手先として、その家族(子供)に対しても様々な差別待遇が平然と行われるような状況でした。 (cf.あさま山荘事件当時の社会状況) 【参考年表(日本)】【騒然としていた社会状況】【あるマスコミ例】【知識人(国内)】【進歩派知識人(海外)】【参考年表(国際共産主義関連内外情勢・事件)】 1985年に文師は共産主義の終焉宣言を行い、「ソ連は5年以内に崩壊する」と語りましたが、その当時ですら、それをまともにとらえることができた人は極々少数でした。(というより、何をバカなことをいっているのかと思う人のほうが圧倒的多数でした。) まして、それ以前の社会状況を考えれば、当時、「反共」よりも強烈なイメージのある「勝共」を唱えることは、どれほど苦痛・様々なレッテル・悪罵を受けうるものだったか、たぶん想像することすら難しいことだと思います。
共産主義(科学的社会主義)には2つの側面があるといわれます。 一つは解放思想・運動としての(一見)正義とみられる側面です。この部分が人々を熱狂的に引きつけました。 もう一つの側面は、空想的社会主義の失敗をもとに道徳・良心に訴えることを愚かなものと考え、歴史の必然としての革命成就を冷徹に実行するため、自らの敵と規定した存在・勢力に対し、無慈悲なまでの仕打ち(批判・告発・レッテルをはじめとして嘘をつかってでも相手の存在自体の否定・抹殺までを図る)を行うという負の側面です。 (これが進行し共産化されてしまうと今度は一党独裁のもと秘密警察と密告、強制労働、思想教育、食糧配給制等により縛られ、まるでアリ地獄のように自由社会へ戻る事は非常に困難で、塗炭の苦しみを味わうことになるのは歴史が示しています。→しかも、実態を隠すため対外的には労働者の楽園、言論・思想・宗教の自由があるような虚偽宣伝をしている例が数多く見られます。) ここでは、共産主義者が、 @自らにとって脅威となる存在(個人・団体等)を陥れたり、 A自らの勢力拡大のため、 「 何の証拠もない、根も葉もないほとんどデマに近い情報をまことしやかに流し、その情報で断罪・追求したり」(cf.「査問」)「虚偽情報をセンセーショナルに宣伝し、人の理性を晦ませ、人の判断を晦ませるような情報を一方的に供給する戦術」(矢内原忠雄氏)を行う事例を見てみたいと思います。
彼らの対応・言論・議論の特徴を整理してみると、彼らは自らの障害・脅威となる人物、団体に対して @「何の証拠もない、根も葉もないほとんどデマに近い情報をまことしやかに流し、その情報を既成事実として断罪・追求したり」(まことしやかに嘘を言う。) →それを聞いた人は最初は「まさか」と思い、 しかし、次第に「そうかもしれない」という気になり、 最後は「やっぱりそうだったのか」「自分は騙されていた」と思ってしまうほどのもの。 A「薄汚れたイメージのレッテルを相手に貼り付け、ひたすら、罵詈讒謗(ばりざんぼう)、誹謗中傷のたぐいをウンザリするほど浴びせかけてきたり」 B「意図的曲解を行い、ありとあらゆる中傷をならべたて、敵対者とその主張をおとしめるためのキャンペーンを行い、」 (cf.前述の「日 本共産党の歴史」一論文に対してすら75万部発行など、(嘘も百篇言えば本当になる式の)過剰反応ともいえる批判キャンペーンを展開する)C「虚偽情報をまことしやかにセンセーショナルに宣伝し、人の理性を晦ませ、人の判断を晦ませるような情報を一方的に供給する戦術をとることがわかります。 Dしかも、ダブルスタンダード (=2重の基準:自分達に当てはめる基準は緩く、敵と規定した存在には、極めて厳しい基準をもとに不公平に裁くというように、彼らは敵を憎むあまり公平な基準・ルールで判断することをしない、それができない、あくまでも自分たちだけが正義だと思っている) E更には、自らの正体を隠して、あたかも一般の市民のようにして告発をすることが多いということがわかります。
統一教会、統一運動に反対する人々の中心人物達の内容を書籍等で調べて本当に驚いたことは、共産党、社会党(左派)関係者、あるいは関係・ゆかりが深い人々が実際にあまりにも多いということです。 彼らの批判キャンペーンの分量、意図的曲解、中傷、罵詈讒謗の程度と量は、前述論文著者への批判の分量等とは、とても比較できないくらいのひどいものです。(しかも、自らの正体を隠して、あたかも一般の市民のようにして告発をする場合が多く、実に巧妙かつ卑怯です。)
今後、そのことを指摘していきたいと思います。
反対者の素顔 NEW!!(一部追加 2000.4.8) |