べテルの体験の必要性

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「神様が存在し、その神様が『愛なる親なる神様』であったとして、私とはどう関係があるのか?」

そのとおりです。たとえ、どんなに神様が存在して、愛をもたれた方だとしても、自分と関係がなければ、自分にとって神様は存在しないも同然といえるでしょう。

そこで、べテルの体験の必要性があります。

では、べテルの体験とは....。

旧約聖書の創世記に、『信仰の祖』とよばれるアブラハムの孫であるヤコブ(アブラハムの子であるイサク(=イサク献祭の信仰で有名)の子)が、神様が『私(ヤコブ自身)の神』であると実感した体験が記されています。

神が私とともにおられ、・・・、主が私の神となってくださるので

このような体験をもつ必要があるのです。そのときはじめて、神様は「私の神様」であると実感することができるのです。

この体験がないとしたら、「神様、神様」といっていたとしても、それは、悲しくむなしいものだといえるかもしれません。

聖書を読む、統一原理を(知的に)知るとしても、それは、神様にいたるための手段とでもいうものではないでしょうか。

(ただ、ヤコブのような決して、劇的な、霊的な、奇跡的な出会いが必要だと言っているわけではありません。心情的な出会いができることが重要だと思います。)

 じゃあ、どうするの?

私は、聖書等を読まれるとともに、神様に対して直接お祈りをされてみるることをおすすめします。

(祈りこそ、人間に与えられた特権[神様との心情交流、対話、信頼の体験]といえると思います。)

イエス様もよくお祈りされたことが聖書に書かれています。私たちが、『真の父母』と慕う文先生もよくお祈りされます。)

 え、どう祈ったらいいのか、わからない?

キリスト教では

統一教会では(10.19一部追加)

 

統一教会だけでなく、キリスト教会等でもお祈りはされていますので、誰か知人がいたらどう祈っているのか、聞いてみたらよいと思います。

私としては、

神様への呼びかけからはじまり、キリストを仲保としてお祈りし、ヘブライ語で「しかり」「まことに」「真実に」という意味の『アーメン』で結ぶ、キリスト教式か、統一教会式でお祈りするのをおすすめします。(「統一教会式?う〜ん」という方は、キリスト教式でどうぞ。)

(「キリストの御名によって」等というのは、メシヤのとりなしにより、神様に祈りがとどくと考えるからです。)

 

ご参考)イエス様の祈り

     聖フランチェスコの祈り

     真の父母の祈り

 

祈りの(初)体験をつうじ、人間が考えた空想の神でなく、本当に存在していらっしゃる神様に出会えることができますように、心よりお祈りいたします。

すばらしい体験ができたら、いいですね。

ご参考)