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反対する人々
「この男(=パウロ)は、まるでペストのような存在で、世界中のユダヤ人の間に騒ぎを起こしているものであり、ナザレ人という一派の首領でございます。この男は宮さえもけがそうとしましたので、私たちは彼を捕らえました。」(新約聖書使徒行伝24:5、6)

「そこで、彼らは全員が立ち上がり、イエスをピラトのもとに連れていった。そしてイエスについて訴え始めた。彼らは言った。『この人はわが国民を惑わし、カイザルに税金を納めることを禁じ、自分は王キリストだといっていることがわかりました。』」(ルカ23:1−2)

「ところが、彼らはあくまで主張しつづけ、十字架につけるよう大声で要求した。そしてついにその声が勝った。」

「そのときパリサイ人たちがきて、どうかしてイエスを言葉のわなにかけようと、相談をした」(マタイ22:15)

「彼らは機会をうかがい、義人を装うまわし者ども(スパイ)を送って、イエスを総督の支配と権威とに引き渡すため、その言葉じりを捕らえさせようとした。」(ルカ20:2、マルコ12:13)

「ところが、サウロは家々に押し入って、男や女を引きずり出し、次々に獄に渡して、教会を荒らし回った。」(使徒行伝8:3)

「群衆の中に、イエスについていろいろとうわさが立った。・・・・・・・・他の人々は、『いや、あれは群衆を惑わしているのだ』と言った」(ヨハネ7:12)

「あなた(=イエス)はサマリヤ人で、悪霊にとりつかれていると、わたしたちが言うのは、当然ではないか」(ヨハネ8:48)

「この人(=イエス)が悪霊を追い出しているのは、まったく悪霊のかしらベルゼブルによるのだ」(マタイ12:24)

「このためユダヤ人たちは、ますますイエスを殺そうとするようになった。イエスが安息日を破られたばかりではなく、神を自分の父と呼んで、自分を神と等しいものとされたからである。」(ヨハネ5:7)

「ユダヤ人たちは答えた。『あなた(=イエス)を石で殺そうとするのは、よいわざをしたからではなく、神を汚したからである。また、あなたは人間であるのに、自分を神としているからである。』」(ヨハネ10:33)

「わたしたちは律法によって、キリストはいつまでも生きておいでになるのだ、と聞いていました。それだのに、どうして人の子は上げられねばならないと、言われるのですか。」(ヨハネ12:34)

「彼の両親がこう言ったのは、ユダヤ人たちを恐れたからであった。すでにユダヤ人たちは、イエスをキリストであると告白するものがあれば、そのものを会堂から追放すると決めていたからである。」(ヨハネ9:22)

「役人たちの中にも、イエスを信じたものが多かったが、パリサイ人をはばかって、告白はしなかった。会堂から追い出されることを恐れていたのである。彼らは神のほまれよりも、人のほまれを好んだからである。」(ヨハネ12:42・43)

「人々はあなたがたを会堂から追放するでしょう。事実、あなたがたを殺す者がみな、そうすることで自分は神に奉仕しているのだと思うときが来ます。」(ヨハネ16:2)

「イエスは彼らに言われた。『まことに、まことに、あなた方に告げます。人の子の肉を食べ、またその血を飲まなければあなたがたのうちに、いのちはありません。わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠のいのちをもっています。・・・わたしの肉はまことの食物、わたしの血はまことの飲み物だからです。わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、わたしのうちにとどまり、わたしも彼のうちにとどまります。・・・・・これは、天から下ってきたパンです。あなたがたの先祖が食べて死んだようなものではありません。このパンを食べる者は永遠に生きます。』・・・そこで、弟子たちのうちの多くのものが、これを聞いて言った。『これはひどいことばだ。そんなことを誰が聞いておられようか。』」(ヨハネ6:53−60)

 

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残念ながら、文師がはじめられた統一教会および統一運動は賛同とともに、一方では、激しい反対にあっているのが事実です。

「正しいことをやっているなら、なんで反対されるのか?」そのような質問があるのは当然です。

ところで、現在、世界一の宗教人口を抱え、もっとも多くの人々の魂の救いをもたらしたキリスト教。その原点は神の子イエス・キリストの神の愛による魂と精神の復興運動でしたが、イエス様が生きておられたときは言うに及ばず、イエス様が極悪人がかかる刑罰である十字架にかけられて亡くなられてからも、迫害と殉教の悲惨な歴史が続きました。

なぜ、宗教界の巨人、イエス様に対しても、なぜそのようなヒステリックなまでの反対、批判、迫害が生じたのでしょうか。

現在、私たちが、キリスト教を信ずるのは、当時と比較すれば容易になっています。それは、現在の私たちは、イエス様が誰かということを知っており、信じるのに障害となる様々な当時の誤解、迫害が除かれているからです。

しかし、ここで、私たちはタイムスリップをしたと仮定してみましょう。

私たちが、当時の正統な信仰・信条を持ち、それなりの地位のある50代の親としましょう。一方、イエス様を見ると、異端(カルト)のリーダーであり、田舎のナザレ出身で、父親が誰かわからず、大工の家に育ち、正規の(神学等)高等教育を受けているわけでもなく、地方なまりのある人生経験も少ない30代の若造である。まわりについてくる人間も、取税人や罪人だったり多くの女性に囲まれ、弟子といっても漁師出身者などで、何かうさんくさく、いかがわしい。

うわさをきいてみても、良い評判よりも、「悪霊にとりつかれ」「群衆を惑わし」「税金を納めることを禁じ」「自分は王キリストだといっている」「人間であるのに、自分を神とし、神を汚した」といった悪評ばかりであり、社会を大いに騒がせていて、(律法)学者や祭司などそれなりの社会的地位にある人からの反対も多い。

また、イエスの語るところを見ると、

「人の子の肉を食べ、またその血を飲まなければあなたがたのうちに、いのちはありません。」と人肉を食うことを奨励しているようであり、

「おおよそ、わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子、もしくは畑を捨てた者は、その幾倍もを受け、また永遠の生命を受けつぐであろう。」(マタイ19:29)とか

「地上に平和をもたらすために、わたしがきたと思うな。平和ではなく、剣を投げ込むためにきたのである。わたしが来たのは、人をその父と、娘をその母と、嫁をそのしゅうとめと仲たがいさせるためである。そして家の者が、その人の敵となるであろう。わたしよりも父または母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりもむすこや娘を愛する者は、わたしにふさわしくない。」(マタイ10:34−37)と家庭を破壊することを言っている。

また、父を葬りに行こうとする弟子に対して「わたしに従ってきなさい。そして、その死人を葬ることは、死人に任せておくがよい」(マタイ8:22)と人としての常識にも反している。

ユダヤ人が生命のように厳守し、神聖視している「安息日」までも、勝手に破っている。

こんな社会問題、家庭問題を起こした異端の男のところに、自分の大切な息子、妻が信じるようになったとします。その時、私たちはどう考えるでしょう。

きっと、家族が信じるようになったのはこの男にだまされたからに違いない。こんな男は、殺人者バラバよりも、社会にとって害悪である。こんな男は、この世から除去しなければならない。

こんなことにならなければ幸いです。

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「火のないところに煙はたたない」といいますが、神の子イエスに対してさえも、悪意を抱いたパリサイ人や律法学者たちが、根も葉もない誹謗中傷をしたのと同じように、悪意さえあれば火のないところにも煙は立ちます。また、イエス様の活動を宗教的に捉えられない人からは、政治的、社会秩序を乱す(犯罪)者として、断罪され、処分されていまいました。

このように、神の子イエス様に対してさえも、尋常でない、悪意ある反対、迫害、殺害があったことについて今一度、ここで考える必要がありそうです。

それは、当時のこと、全く特殊な状況の出来事だったのでしょうか。

私たちが、当時に住んでいたとして、その過ちを回避できていたでしょうか。

その当時と同じ内容が仮に現代起こった場合、同じ過ちを犯すことが全くないでしょうか。

そうであれば幸いです。

 

統一教会、統一運動に対する反対

統一教会(統一運動)が反対される理由

 →第1の理由         反対者の素顔  NEW!!(一部追加 2000.5.9)

 →第2の理由

 →第3の理由

 →第4の理由