『あそび』-1 (明治43年8月) 

 
  この作品は、前作「花子」と違って、鴎外の内面からわき出るところの、鴎外の体面にかかわるところの、描かずにいられない衝動によって描いた、実は決して「あそび」でない作品である。背景には、鴎外が上官の石本次官とうまくいっていなかったこと、森田草平や三宅雪嶺の鴎外に対する手厳しい批判などがあり、それらがすべて網羅的に描かれている。小説の背景については竹盛天雄氏の『鴎外 その紋様』(小沢書店 昭和五十九年七月)の 第二部 「『あそび』を読む」に詳しく紹介されており、文学史上の、歴史上の、鴎外の私生活上の事実が密接にからまった背景が分かりやすくまとめられている。私小説家であった鴎外の作品は、こうした背景を知れば滑稽さを一層深く味わう事ができるが、ここではその事情には触れない。研究者でない読者は、事情とかかわりなく、作品の直接的な内容だけを読み取るであろうから。
 そして頗る愉快げな、晴々とした顔をして、陰気な灰色の空を眺めている。木村を知らないものが見たら、何が面白くてあんな顔をしているかと怪むことだろう。
 鴎外のこれまでの作品からすると、また実際にあった事情からすると一層、こうした文章は、鴎外の内面に抑え難い憤懣がいかに根深く巣くっているかを示しており、作品は全体として滑稽の域に達している。鴎外の作品には、晴々とした、愉快げな顔は似合わない。晴々している、と書く事と晴々した人物を描く事は別である。鴎外の屈折した精神は、愉快げな晴々とした人物として、苛立つ精神を描いている。「半日」で強圧的な態度をとりながら、それを堪える人物として描いたのと同じである。
 この晴々した気分と、いつもの几帳面な官吏の朝の日常を描いて、そのいつもと変わらぬ日常の一部分として
 「木村は座布団の側にある日出新聞を取り上げて、空虚にしてある机の上に広げて、七面の処を開ける。文芸欄のある処である。」
 朝日の灰の翻れるのを、机の向うへ吹き落しながら読む。顔はやはり晴々としている。」
 このように描いている。新聞を読む前から「愉快げな、晴々とした顔をして」いることは、この新聞によって気分が動揺しているわけではなくと、そこに自分を苛立たせる元凶があるのではなく、ここで獲物に襲いかかろうとしているのではないことを印象づけたいと思うからである。文芸欄を読んでも、特別な感想はなく、その記事に自尊心を痛めつけられることもなく、日常と変わらす、掃除をする女中についての平静な感想が沸いてくるだけである。つまり、官吏としての木村の平穏を乱すものは何も無い、ということである。苛立たせるものがあり、苛立っており、しかも隠しておかねばならないような、表立って苛立つのは恥であるような苛立ちをもっているのではなく、心底平穏な平静な無頓着な晴々した状態にある、というのが木村の心理状態である。しかし、どのような根拠で、どのような内容のもとに晴々しているのかは分からないし、描写されない。この点で下級官吏を描いているゴーゴリの「外套」を読むときのほほえましい安堵感はどこにもない。むしろ、しつこく余裕を主張するのはなぜであろうか、という疑問をかき立て、何か滑稽な話が隠されているのではないかと期待させる。
 木村は何か読んでしまって、一寸顔を蹙めた。大抵いつも新聞を置くときは、極 apathique な表情をするか、そうでなければ、顔を蹙めるのである。書いてあるのは毒にも薬にもならないような事であるか、そうでなければ、木村が不公平だと感ずるような事であるからである。そんなら読まなくても好さそうなものであるが、やはり読む。読んで気のない顔をしたり、一寸顔を蹙めたりして、すぐにまた晴々とした顔に戻るのである。
 新聞の文芸欄は、毒にも薬にもならないような事か不公平なことしか書いていないことを、それとなく指摘している。晴々しているにしては刺のある感想である。その刺を「一寸顔を顰める」という言葉でくるんで、しかし、それはもう達観しているので、晴々した顔を曇らす程ではない、一過性の、朝新聞を読む時だけの影響であって、体面を掛けて争うほどのことではない、と書いている。この段階ですでに刺が外皮を突き破っている印象を受けるが、まだ特別な獲物には近づかない。文芸欄を読んで「顔を蹙める」のはいつものことで、特別気にかかる記事があるわけではない、と書いている。だから、「顔はやはり晴々としている。」
 木村は文学者である。
 役所では人の手間取のような、精神のないような、附けたりのような為事をしていて、もう頭が禿げ掛かっても、まだ一向幅が利かないのだが、文学者としては多少人に知られている。ろくな物も書いていないのに、人に知られている。啻に知られているばかりではない。一旦人に知られてから、役の方が地方勤めになったり何かして、死んだもののようにせられて、頭が禿げ掛かった後に東京へ戻されて、文学者として復活している。手数の掛かった履歴である。
 これはまるきり鴎外の履歴書である。鴎外と違うのは、官吏として「一向幅が利かない」というのと、「ろくな物も書いていないのに」という気分を持っていることである。木村が幅の利かない下級官吏である、と書いていても、鴎外が軍医として最高の地位にあることは事実であるから、この謙遜が地位を傷付けることはないし、「手数の掛かった履歴」も知れていることであるし、現在の地位ですでに回復されている。鴎外は明らかに謙遜である、と分かるところではこうした不必要な、虚偽の謙遜を好んで書いている。こうした厭味な謙遜をするのは、『舞姫』以来の悪癖である。
 しかし、厭味な謙遜で示す余裕は長続きしない。すぐさま自分の作品に対する評判についての本当の厭味に引き継がれている。一度「死んだもののようにせられて」文壇に復帰したものの、復帰後の評判は、鴎外の自負心ほどには膨れ上がらなかった。こんなときには謙遜しない。そこで謙遜すれば、敗北を認めたと誤解されるかもしれない。だから、全力で反撃する。
 木村が文芸欄を読んで不公平を感ずるのが、自利的であって、毀られれば腹を立て、褒められれば喜ぶのだと云ったら、それは冤罪だろう。我が事、人の事と言わず、くだらない物が讃めてあったり、面白い物がけなしてあったりするのを見て、不公平を感ずるのである。勿論自分が引合に出されている時には、一層切実に感ずるには違ない。
 ルウズウェルトは「不公平と見たら、戦え」と世界中を説法して歩いている。木村はなぜ戦わないだろうか。実は木村も前半生では盛んに戦ったのである。しかしその頃から役人をしているので、議論をすれば著作が出来なかった。復活してからは、下手ながらに著作をしているので、議論なんぞは出来ないのである。
 これは事実と違う。虚偽か誤認か、あるいは虚偽と誤認が憤懣やる方ない内奥で煮詰められて、いづれがいづれやら見分けられなくなっているのかも知れない。鴎外は作品に対する批判を「我が事」として不公平を感じてきた。それを木村という人物を使って描いても、こうした形式論議を弁護的に並べているだけだから、これは鴎外自身の不満である。我が事として、自利に基づいて作品を書いてきたことは作品を見ればわかる。この作品も同じ系列に入る。だから、戦わないのではない。作品で戦ったし、この作品でも戦っているし、他の文章でも戦った。しかし、直接には戦わなかった。常に形式論議をして、具体的に何と戦っているかはわからないように描いてきた。それが鴎外らしい戦い方である。自分は不公平な扱いを受けている、しかし、自分は戦わない、戦っても理解されない、だから自分は堪える、不公平を不公平のままに放置して、自分は別の高所に留まるという立場を示すのが鴎外の戦い方である。高所に留まり、余裕を持って対処したのではない。高所に止まり、余裕を持って対処しているとしつこく表明することが鴎外の闘い方であった。この文章も具体的にはどんな記事のどんな不公平を指摘しているのでもなく、何を言っているのかわからない。たとえ鴎外のおかれた背景の事情を知っていても、これだけでは議論にならないような、ただ自分の不満を表明するだけの文章である。
 不公平を感じながら不公平と戦わず不公平に耐えるのは、それが不公平ではなく、具体的に反撃すればますます窮地に追い込まれる事がはっきりしているからである。戦う事ができない書き方をしているのは、戦う意志がなく、戦うことができない内容を書いているからである。戦える限りは戦ってきたが、つねにごまかすための戦いであって、勝利の形式を整えることだけが目的であった。「議論なんぞは出来ないのである」というのが、鴎外の議論のやり方である。自分が高所にあり、余裕をもっており、くだらない議論などできない、書いているが、この「下手ながらに著作をしている」ことが鴎外の議論である。この「あそび」も鴎外らしい必死の議論である。
 その日の文芸欄にはこんな事が書いてあった。
 「文芸には情調というものがある。情調はsituationの上に成り立つ。しかしindefinissable なものである。木村の関係している雑誌に出ている作品には、どれにも情調がない。木村自己のものにも情調がないようである。」
 約めて言えばこれだけである。そして反対に情調のある文芸というものが例で示してあったが、それが一々木村の感服しているものでなかった。中には木村が、立派な作者があんな物を書かなければ好いにと思ったものなんぞが挙げてあった。
 木村は、いつものように新聞を広げて、いつものように、文芸欄を読んで、いつものように「顔を蹙め」て、ようやく今日の文芸欄の話になった。しかもこれが、「議論などできない」と書いているすぐ次の段落に書かれている文章である。内面からわき出る厭味が添えられている上に、中身も鴎外に則していえば嘘であるし、そうでなければ朝から何を言っているのかさっぱりわからない。竹盛氏の著作によれば、森田草平が文芸欄で情調がないとしたのは鴎外についてではなくて、鴎外については思想がない、と指摘しているということである。だから、鴎外は自分の作品に少なくとも情調はあると考えられていると思って、こう反論した。大して効果はないいこんな手管に小知恵を廻さなくてはいられないのが鴎外の頭である。小説に思想がないことと情調がないことは同じであるし、便宜上分けて考えてみたところで鴎外には両方が欠けている。それは、当時としては、つまり鴎外を弁護する批評が大量に積み上げられるまでは、ごく分かりやすい事実であったし、鴎外には具体的に反論する能力はなかったから、正面切っての論争を挑むことはできなかった。だから、非常に不誠実な、余裕を気取った、つまり、反論は可能であるがばかばかしくて、忙しくて、 まともに相手にしないという態度をとって、無力な厭味だけを並べることになったのである。
 このあと、外国語盛り沢山の反論をしているが、これは腹立ちまぎれの目つぶしの類の、鴎外が『舞姫』論争でも多様した方法で特に問題にするに値しない。こうして教養をひけらかした後で、
 木村はさ程自信の強い男でもないが、その分からないのを、自分の頭の悪いせいだとは思わなかった。実は反対に記者のために頗る気の毒な、失敬な事を考えた。情調のある作品として挙げてある例を見て、一層失敬な事を考えた。
 木村の蹙めた顔はすぐに晴々としてしまった。そして一人者のなんでも整頓する癖で、新聞を丁寧に畳んで、居間の縁側の隅に出して置いた。こうして置けば、女中がランプの掃除に使って、余って不用になると、屑屋に売るのである。
 これは長々とは書いたが、実際二三分間の出来事である。朝日を一本飲む間の出来事である。
 木村が何を考えているのかはまったくわからない。ただ、几帳面で、「こうして置けば」日常便利であるといったことには知恵が回るし、そのことに労を惜しまない事が出ているだけである。
 頭が悪くないというのは、洋行しており、その証拠に西洋の知識を持っているからである。鴎外にはそれは「頭がいい」としても大きな限界があることを理解するほどには頭が悪くなくなかった。ここでは、「木村はなぜ戦はないだらうか」というのは、十分に教養をもっているから、そんな低級なことはしないのだ、という意味で、ただ、失敬なことを考えて、一層失敬なことを考えた、と書いて、同じ慎みからか、その失敬なことの内容を書いていない。何を考えたかは書いていないが、ひどく失敬なことを考えたことだけは強調している。私はすべてをわかっているが、それを表明するほど愚かではない、しかし、頭の中ではこのうえなく失敬なことを考えていることだけは、表明しておこう、つまり、自分は大変気分を害されている、という、不真面目で不誠実で傲慢で臆病な意思表示をしている。
 この勝ち目のない戦いを木村がいかに気にしているかは、「すぐに晴々としてしまった」とか、女中の事を無意味に描くとか、「朝日を一本飲む間の出来事である」とわざわざ書くことに表れており、またその不誠実さは、可能な限り反撃をしておきながら、それが何でもないことのように書くことに表れている。しかし、はらわたは煮えるし、煮えるはらわたを抑えて余裕を示さねばならない鴎外は、余裕と厭味を描く事で頭の方も煮え立っていて、自分が余裕のない苛立ちを描いている事に気がつかない。
 鴎外はここで、頭が悪いのは自分ではなく、分かっていないのは朝日の文型蘭で、自分は気の毒に思っているだけで、気分が害されるほどでもない、と書いてる。しかし、そのように説明しているだけで、そのような精神や個性を描いているわけではない。このような描き方こそ、無能と苛立ちを表現している。厭味を書いた後で、晴々した、と書いても、わざとらしい二重性が表れるだけでで、晴々した感情を描いたことにならない。ただ、鴎外としては、厭味を書かずにいられなかったし、晴々とした気分を書かずにいられなかった。厭味に本心を吐露するようでは、晴々するはずがなかったが、晴々した気分を知らなかった鴎外は、ねちねちした厭味でいっぱいになった精神でも晴々する事ができると思っていたのであろう。
 木村は、「新聞を丁寧に畳んで、居間の縁側の隅に出して置いた」。こうして文芸欄についての批判は片づいた。几帳面に役所仕事を片づけるのと同じように、生活上の懸案をつまらない偶然によってつぎはぎして残さず書き込もうとしている。これでは創作的な苦悩はいらない。器用に書き慣れていて、不満が溜まっていさえすれば作品がかける。
 朝日の吸殻を、灰皿に代用している石決明貝に棄てると同時に、木村は何やら思い附いたという風で、独笑をして、側の机に十冊ばかり積み上げてある manuscrits らしいものを一抱きに抱いて、それを用箪笥の上に運んだ。
 それは日出新聞社から頼まれている応募脚本であった。
 新聞を片づけたらすぐに次の獲物である。「何やら思い附いたという風で、独笑をして」と書いてあるから、大変気になっていない、ということであろう。これを書きたいがために、これを直接書くわけにいかなかったがために、常日頃にたまった厭味を長々と書き並べてきたのではない、ということであろう。この文章だけでも、鴎外が、不満の多い、しかもどんな不満も作品に書かずにおれない、どんな小さなことでも自己弁護せずにおれないほどに執念深い官僚作家であることがわかる。
 木村は忙しい、新聞社から頼まれた仕事は不愉快である、しかし、「頼まれて不請々々に受け合ったのである。」と前置きをして、それにも関わらず、「木村は日出新聞の三面で、度々悪口を書かれている」ことが大変不満である。それをこと細かに書いた後、「併し、それは三面記者の書いた事である」と書いている。まず問題にした上で、それは構わない、と但し書きを入れている。作品の審査を頼まれて、その新聞から悪口を書かれるのは面白いことではないだろう。しかし、それを主要な内容として作品を書くとは、なんと書くべき内容を持たない作家であることか。芸術家であろうと思想家であろうと、日常的な生活的な、人間関係上の不満はいくらでもある。それが芸術家として思想家として堪え難い苦痛であることも珍しくはない。しかし、それを芸術や思想の内容として書くのは、それ以外の内容、課題を持たず、またその不満を加工して本質化する能力がなく、その不満が精神の主な内容をなしており、その不満に直接支配されているということであり、作品自体が精神の貧困証明書になっている。しかし、鴎外としてはこれが自己のすべてであるから、腹の奥底から、全力を尽くして、この不満において余裕を示そうとしている。鴎外には、不満のくだらなさが余裕のなさを示している事が理解できない。
 自分が思うほどに評価されないことに対する絶え間ない不満、苛立ち、怒りと、それを抑えて自分の優位と余裕を示そうとする努力と、それもまた認められない事による一層の不満と苛立ちと怒りが創り出すなんともやりきれない余裕がこの作品に描かれている。鴎外は私生活上の瑣末な不満の多い、その不満に精神を支配された、その不満を作品として描く私小説作家であった。その不満、怒りを直接的な情熱として発散することのない屈折した精神を持つ作家であった。官僚的保身のために細部にまで用心深く、直接的な感情によって動くことなく、常に周囲を見回して計算をし、自制する精神を持ち合わせていた。こうした生き方の中で生まれる不満は、表に出すに値しない、表に出せば体面を汚す程度のつまらない不満にならざるを得なかった。しかし、出世を唯一の価値とし、用心深い保身を最高の手段とする鴎外にとって、この種の瑣末な不満しか生み出す事ができず、この不満がもっとも強い情熱であったから、それが情熱という名に値しないにしても、これだけが、作品として吐露できる内的な衝動であった。
 瑣末な不満を吐露しただけの作品は当然評判がよくなかったために、再び鴎外の不満を刺激して作品を描かせるという悪循環がこの晴々した顔と余裕を生み出し余裕の内容をなしている。不満の多い人生への対処として、鴎外は不満に煩わされない特有の境地を必要としていた。この不満を克服することはできなかったから、この不満を抑え、この不満をもっていない態度をとる形式的余裕を必要としており、それを表明して他に認められることを必要としており、この作品でそれを試みた。この作品も外に向かっては、反撃であり、弁解であり、余裕の誇示であったが、自己自身においては、際限の無い不満を飼い馴らす努力でもあった。しかし、こうした不満を精神の一部分としてしまう程の大きな課題を持つことはなかったから、こうした不満を飼い馴らすことはできなかった。結局、この不満を内的な魂として、この不満にどのように対処するかが年齢と共に切実な課題となっていった。
 体面を気にして、他人の評価に敏感で、負けず嫌いであった鴎外は、闘いと弁解を止めることはできなかったものの、年齢とともに、一歩身を引いた、むしろ自己自身に関心を向けた、外への主張の無力を感じて、自制的な内的な闘いという側面を持ちはじめていた。それは鴎外らしい、鴎外として止むを得ない不満の克服であったが、不満の解消ではなく、鴎外らしい不満の鴎外らしい成長であった。この精神が、今後の鴎外の、新たな、独特の印象を与えることになる。

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