『あそび』-2 (明治43年8月) 

 併しそれは三面記者の書いた事である。木村は新聞社の事情にはくらいが、新聞社の芸術上の意見が三面にまで行き渡っていないのを怪みはしない。
 今読んだのはそれとは違う。文芸欄に、縦令個人の署名はしてあっても、何のことわりがきもなしに載せてある説は、政治上の社説と同じようなもので、社の芸術観が出ているものと見て好かろう。そこで木村の書くものにも情調がない、木村の選択に与っている雑誌の作品にも情調がないと云うのは、木村に文芸が分からないと云うのである。文芸の分からないものに、なんで脚本を選ばせるのだろう。情調のない脚本が当選したら、どうするだろう。そんな事をして、応募した作者に済むか。作者にも済むまいが、こっちへも済むまいと、木村は思った。
 どこまでもねちこく陰気である。仕事の断りを小説に書くというのが手が込んでいる。
 三面記事での批判にまず反撃して、それは三面記事だから、不愉快で礼儀知らずだとしても、それは分かる、と前置きをすることで、後に続く非難を強調し、「今読んだのはそれとは違う」としてそれは新聞社の芸術観が出ているとして非難を拡大し、「そんな事をして、応募した作者に済むか。作者にも済むまいが、こっちへも済むまいと、木村は思った。」と、被害を応募した作者にまで広げ、あたかも自分の作品が評価されていないことに不満と怒りを持っているのではないかのようである。いかにも体面を重んずる、日本的に中流的な、お高くとまったうるさ型の、しかも背景に官僚としての地位を感じさせる非難である。こうした礼儀を重んずるかのような形式論議は、すべて自分の作品が評価されない、という「自利」から来ている。しかし、体面を重んずる木村は、自分の作品が評価されないことについてだけは不満を表明しない。そんなことをして木村の小説が議論されでもしたら大変なことになる。だから、新聞社の芸術観や、応募した作者に済むか済まないかを問題にする。
 鴎外は、陸軍軍医の最高の地位にあった。だからこそ、たとえくだらない小説を書いていて、それに対する評価が正当であっても、あたかも礼儀だけを問題にするかのような高圧的な叱責を小説に書く事ができる。鴎外は、小説の陰に隠れて、木村という登場人物の陰に隠れて、高級官僚であることを背景にして、新聞社に対する自分の不満を公表している。これは「懇親会」と同じやりかたである。このような私的な不満を小説に書くことが現実的な効果を持つことを意識して小説を書く事ができるのは、鴎外が、虎の衣を借りることができる地位にいたからである。
 鴎外はこうした瑣末で貧相な不満を大げさに、体面を回復せずにはおかない、といった強い調子で意志表示をしている。小説でなければ公表できないような低レベルの不満を書く事で小説のレベルを極端に下げている。鴎外がごく貧相な、無内容な作品を書きつづけることができるのは基本的には彼の官僚的な地位によるのであり、地位の力を背景に持つことによって、作品の内容を繰り返し批判されても深刻な反省をする必要を感じなかった。ただ、作品に対する批判が、高級官僚の体面と自尊心に関わる場合には鴎外にとっては、死活的に重要な意義を持つことになった。高級官僚としての意志を小説に描くとはやっかいな作家であろる。しかし、鴎外が高級官僚の地位の力を表に出し始めたのは、鴎外が書くべき精神を失って、自分の作品が評価されなないことがはっきりしてからである。「普請中」以来の作品で鴎外は官僚の生活の安定や地位の力を誇示している。地位の力を覆うための精神が枯渇してきたからである。
 木村は悪い意味でジレッタントだと云われているだけに、そんな目に逢って、面白くもない物を読まないでも、生活していられる。兎に角この一山を退治ることは当分御免を蒙りたいと思って、用箪笥の上へ移したのである。
 書いたら長くなったが、これは一秒時間の事である。
 隣の間では、本能的掃除の音が歇んで、唐紙が開いた。膳が出た。
 鴎外は、生活に困っているわけではないから、面白くもないものを読む必要はないと、木村を通して表明している。生活に困っているわけではないのに引き受けたのだから、やる気にならないのは、やらなくても生活していけるからではないだろう。理由をあげずに高圧的に仕事を拒否し、強い不満を表明している。木村は、この高圧的でくだらない不満を一秒間にこれだけ頭の中で生み出している。これでは、一日だけでもどれほどの不平不満を創り出しているか想像もできない。高官でありながら、仕事中もこんな不満ばかりを頭で育てていたのでは、官僚としても優秀とは言えないだろう。
 木村は、これだけの厭な気分を並べながらなお、晴々した気分のままで、出掛けた。しかし、不満は納まらない。家にいても外に出ても、仕事中でも一秒ごとに評判が気になり不満が噴出する。
 それに文壇では折々退治られる。
 木村はただ人が構わずに置いてくれれば好いと思う。構わずにというが、著作だけはさせて貰いたい。それを見当違に罵倒したりなんかせずに置いてくれれば好いと思うのである。そして少数の人がどこかで読んで、自分と同じような感じをしてくれるものがあったら、為合せだと、心のずつと奥の方で思つているのである。
 これは意外な言葉である。こんな言い分は通らない。著作するだけではなく、それを公表するのであるから評価されるのは覚悟の上のはずである。たとえ、それが不評であっても受け入れねばならない。褒められるのなら鴎外も「構わずに置いてくれれば好い」とは思わないであろうが、それができないように、刺のある作品を発表し続けたし、この作品も芸術としてではなく、現実的な実質的な意志表示として無視する事のできない作品として公表している。漱石の作品は決して鴎外と同じようには批評されないし、自然主義でも同じであるし、誰も鴎外と同じような反撃をしないしできない。鴎外は官僚的な私的な不満を、官僚的に書きつらねたこの作品のようなものをつぎつぎに発表して評判を落としていったのだから、折々悪口を言われるのも当然である。人を不愉快にするような作品や評論を書きたいだけ書いて、「構わずに置いてくれれば好い」は身勝手な言い分である。しかし、このように権力を誇示するやっかいな小説を書いていれば、そして政府の弾圧が露骨になる時代には、鴎外を批判することは、面白みのない、やる気のしない仕事になるだろう。そうなれば、ここに書いている鴎外の望みどおりになる、というものである。
 こうした、形式だけはおとなしい隠居のような言い分を書いて、その次の行からすぐさま反撃を始める。しかし、大変見当違いの、焦点の定まらない、妙な反撃である。
 停留場までの道を半分程歩いて来たとき、横町から小川という男が出た。同じ役所に勤めているので、三度に一度位は道連になる。
 「けさは少し早いと思って出たら、君に逢った」と、小川は云って、傘を傾けて、並んで歩き出した。
 「そうかね。」
 「いつも君の方が先きへ出ているじゃあないか。何か考え込んで歩いていたね。大作の趣向を立てていたのだろう。」
 木村はこう云う事を聞く度に、くすぐられるような心持がする。それでも例の晴々とした顔をして黙っている。
 「こないだ太陽を見たら、君の役所での秩序的生活と芸術的生活とは矛盾していて、到底調和が出来ないと云ってあったっけ。あれを見たかね。」
 さすがに文豪だけあって無駄がない。「そうかね」はよかった。「けさは少し早いと思って出たら、君に逢った」というから、偶然会ったので、文芸欄に反論するためではない。「大作の趣向をたてていたのだろう」などというおべんちゃらを無駄なく挿入している。しかし、どんなに自然に無頓着に振る舞って、「晴々した顔」を持ち出しても、気になっていることの内容と意図だくだらないので、この同僚が木村を代弁することで自然さはすぐに失われる。「あれを見たかね」も「そうかね」もあまりにわざとらしい。鴎外としては、わざとらしくても何でも書かないわけにいかなかった。効果がどうであろうが、結果がどうあろうが、書いた方がよかったのだろう。
 小川の演説は鴎外の博識の披露が入っているだけでごくつまらない。鴎外がこの作品で言いたいのは自分は反撃しない、ということである。相手にしない、という意志表示ですらなく、相手にしない境地に達していることを表示するという、難しい意志表示である。
 「君。僕の芸術観はどうだね。」
 「僕はそんな事は考えない。」不精々々に木村が答えた。
 「どう思って遣っているのだね。」
 「どうも思わない。作りたいとき作る。まあ、食いたいとき食うようなものだろう。」「本能かね。」
 「本能じゃあない。」
 「なぜ。」
 「意識して遣っている。」
 「ふん」と云って、小川は変な顔をして、なんと思ったか、それきり電車を降りるまで黙っていた。
 鴎外は、自己の自然の赴く儘に、書きたい時に、書こうと思うものを、しかし本能的にではなく、意識して書いている、と書いている。「小川は変な顔をして、なんと思ったか」云々というのは、こうした矛盾したような説明は、芸術家としてはあるものだが、小川には分かるまいし、わからなくても仕方がない、という態度である。不満がたまって自然に書く気になるのだとは言わない。小川という男は横町から出てきて、木村に嫌がられながら木村が言いたくてたまらない言葉を無理やりしゃべらされて、その上で、どうせ理解できる人間ではないとして棄てられてしまう。鴎外らしい、冷たい、無神経な、自分の事にしか神経が廻らない描写である。
 木村は、小川が指摘した官吏と文学者の立場の矛盾について、このように解答しているが、決してこれで十分で、それ以上説明し弁明する必要がない、と考えているのではない。鴎外は小川が登場する前の自分についての悪評よりも、自分の官吏の立場に対する批判をより深刻に気にしている。だから、小川には自分の芸術のことは分からないとした上で、後半は、自分の官吏としての仕事について長々と弁明している。
 木村はゆっくり構えて、絶えずこつこつと為事をしている。その間顔は始終晴々としている。こういう時の木村の心持は一寸説明しにくい。この男は何をするにも子供の遊んでいるような気になってしている。同じ「遊び」にも面白いのもあれば、詰まらないのもある。こんな為事はその詰まらない遊びのように思っている分である。役所の為事は笑談ではない。政府の大機関の一小歯輪となって、自分も廻転しているのだということは、はっきり自覚している。自覚していて、それを遣っている心持が遊びのようなのである。顔の晴々としているのは、この心持が現れているのである。
 為事が一つ片附くと、朝日を一本飲む。こんな時は木村の空想も悪戯をし出す事がある。
 苦しい強弁である。解釈の問題ではないのに解釈で誤魔化そうとしている。
 鴎外は、木村が仕事をこつこつ遣っていることを強調している。そのこつこつやる仕事を「晴々と」した気分で遣っている。それは、自分が「子供の遊んでいるような気になって」仕事をしている、ということの別の表現である。これだけのことなら誰が見ても優秀な、快活な官吏である。解釈が別れるような仕事ぶりではないであろう。しかし、晴々と喜んで仕事をすることが、「あそび」だと見えるのだ、というのは明らかに強弁である。仕事が片づいたあとの空想にも自分に「遊び」の気分があること、また、遊びの気分がイタリア人にも見られることを書いている。「遊び」の気分と言いうるものが世界中にどれほどあっても、それがどれほど矛盾を含んでいて、それがどんな肯定的な意義を持っていても、それは木村=鴎外の「遊び」の気分の説明にならない。木村の「遊び」の気分とはどんなものかだけが問題で、それが、木村が説明しているような晴々と仕事をやっているだけのことだと言えるのかどうかが問題である。鴎外は、木村の無頓着な、こだわらない、純真な、おおらかな、余裕のある、実際には鴎外のどこを探しても見つからないこうした気分が、「あそび」に見えるのだと主張している。しかし、こうした強弁自体にもそうした無頓着やおおらかさがまったく欠けていることを示しているのであって、、こうした「遊び」の気分の説明的な描写も長たらしい虚偽である。
 木村はこつこつと、てきぱきと仕事を遣っている。しかも、課長に対しては卑屈な程に、つまり申し分なく従順である。鴎外にこの卑屈さが素直さにみえる。「絶え間なくごつごつと為事をする」、「ぐんぐんはかが行く。三件も四件も烟草休なしに済ましてしまふことがある」。「同僚の顔を見れば、皆ひどく疲れた容貌をしている。」、しかし木村は、「また、晴々として顔になつて、為事に掛かつた。」と描いている。申し分の無い、さわやかな、気持ちのいい、有能な、模範的な役人に見える。しかし、どういう訳かこのわかりやすい事実が、あるがままに評価されない。しかし、鴎外は、自分のこの独自の解釈だけが間違っているとは思わず、この解釈だけが正しくて、他の評価がまったく誤解である、と説明し続けている。
 「 むしむしすると思ったら、とうとう夕立が来ましたな。」
 「そうですね」と云って、晴々とした不断の顔を右へ向けた。
 山田はその顔を見て、急に思い附いたらしい様子で、小声になって云った。
 「君はぐんぐん為事を捗らせるが、どうもはたで見ていると、笑談にしているようでならない。」
 「そんな事はないよ」と、木村は恬然として答えた。
 木村が人にこんな事を言われるのは何遍だか知れない。この男の表情、言語、挙動は人にこういう詞を催促していると云っても好い。役所でも先代の課長は不真面目な男だと云って、ひどく嫌った。文壇では批評家が真剣でないと云って、けなしている。一度妻を持って、不幸にして別れたが、平生何かの機会で衝突する度に、「あなたはわたしを茶かしてばかしいらっしゃる」と云うのが、その細君の非難の主なるものであった。
 木村の心持には真剣も木刀もないのであるが、あらゆる為事に対する「遊び」の心持が、ノラでない細君にも、人形にせられ、おもちゃにせられる不愉快を感じさせたのであろう。
 木村のためには、この遊びの心持は「与えられたる事実」である。木村と往来しているある青年文士は、「どうも先生には現代人の大事な性質が闕けています、それは nervosite と云った。しかし木村は格別それを不幸にも感じていないらしい。
 気味が悪い程「晴々とした」この男は、山田に「急に思い付」かせて、こんなことを言わせる。木村はこれほど多くの事例が自分の「あそび」を非難しているのに、それについて真面目に反省しようとせず、全員の解釈が間違っていると、主張する。わざわざ「恬然として答えた」のは、自分の「遊び」について十分に説明しているとおりであって、「笑談」などといわれるのは、心外ですらない、自分がまじめで邪念のないことはなんら疑問の余地が無く、自分は自分のありかたに安んじて、疑われていることすら疑っていない、という端的な態度を示したいからである。しかし、実情は「恬然として」いられるようなものではない。
 不真面目な、真剣でない、茶化している、というのは木村に対する共通した評価ある。役所でも文壇でも、家庭でも同じ評価を受けている。この評価についても木村は真面目に考えようとしない。この作品の全体が不真面目な、真剣でない、茶化している、という評価の正しさを証明している。木村には自分に対する評価を真摯に受け入れる能力を持たない。しかも、反論しているようでしていないような煮え切らない、外国語や外国の知識や小理屈を使って、妥協しているような居直るような態度で相手を苛立たせる説明をしている。鴎外の態度が不真面目な、問題をつねにはぐらかすという意味で不誠実な、人を馬鹿にした態度であると、指摘しているときに、それはまちがいで実は「遊び」という心持ちなのだと、長々と説明されても誰も納得しない。このやり方が不誠実で腹立たしい。しかし、めげることなく飽くまで誤魔化し通し、自分の与える印象について、自分の態度、自分の思想、自分の感性について僅かでも批判的な目を持たず、どんな弱点についても地位と知識の力ではねつけるのが鴎外の不誠実さ、不真面目さ、無能である。鴎外には実際に自分の弱点が見えない。
 「木村は格別それを不幸にも感じてゐないらしい」というのは鴎外らしい不真面目さであるとともに、最後の反撃でもある。木村には、鴎外には、「現代人の大事な性質が闕けて」いる。それが欠けていることが木村にとって幸福であるかどうかなどだれが問題にするであろうか。不正実を感じているのは周りの人間である。そう感じるのは解釈の間違いであり、間違った解釈をされても私は不幸だとは思わない、というのは、真面目な反省をしない、という宣言である。鴎外は、そのように理解される自分の精神がどのような内容を持つかを真面目に考察する能力を持たなかった。だから、自分はより高度の精神、感情をもっていて、それが理解されていないと主張しながら、その高度の精神を積極的に主張し、自己を示すのではなく、解釈の間違いを指摘する、という不真面目な態度をとる以外になかった。木村に対する批判も実際は木村の個性に対する批判の形式をとりながら、本質的には木村の社会認識に対する批判である。晴々と、気楽に仕事をしても、生真面目に陰気臭く仕事をしても、あるいはどんな形式で仕事をしても、不真面目な、真剣でない、茶化している、という評価を受ける事はない。こうした批判自体が木村の本質に関わる批判であるから、どのように考えてもこれに真面目に答える事、つまりこの批判を真摯に受け入れて自己を変革する事などできることではなく、それが不可能な精神であることにたいして、このような批判が生じているのである。
 微笑の影が木村の顔を掠めて過ぎた。そしてあの用箪笥の上から、当分脚本は降りないのだと、心の中で思った。昔の木村なら、「あれはもう見ない事にしました」なんぞと云って、電話で喧嘩を買ったのである。今は大分おとなしくなっているが、彼れの微笑の中には多少の Bosheit がある。しかしこんな、けちな悪意では、ニイチェ主義の現代人にもなられまい。
 鴎外は、木村先生が選者として頼られていることを書いている。これは鴎外にとってどうしても必要な条件である。そして、その頼みが不当で、喧嘩を買うことが当然の権利であるとすでに説明しており、その気になればできるのだ、とここで宣言している。電話で喧嘩を買う(売ると書くべきである)のは昔の話で、今は小説に書いて喧嘩を買う。昔からそうやってきた。「けちな悪意」であっても、それを小説に書かずにおれないくらいに気にしている。今は「大分おとなしくなって」喧嘩をしなくなったが、小説に書くくらいに気を悪くしているから、何をしでかさないでもない、そう小説に書いて発表する。「けちな悪意」をけちな小説に書いて、ケチな勝利を味わって、ますます、不真面目な、真剣でない、人を茶化した男になる、というのが鴎外の精神の発展である。
 鴎外は役人としての仕事も、文学者としての著述にしても、自分ががすべてについて人よりもうまくてきぱきとやり、量もこなしているという自負を持っている。それにもかかわらずすべての分野で真剣でないといわれ、不真面目だといわれている。こうした不誠実さは日本史に巣くった本質的な弱点であり、鴎外は自分の不真面目さの意味を理解しないままその精神を肯定的な形式で詳しく記録した。仕事もでき、出世もし、著述もし、身の回りの細かなことも几帳面に片づけるし、羽目を外して遊ぶわけでもない。これだけみれば、不誠実とか不真面目という言葉がもっとも似つかわしくないように見える。しかし、鴎外の基本的な特徴は不真面目であり不誠実である。
 鴎外が不真面目と言われるのは、社会的な現実、人間関係の認識と対処にかかわる精神の内容においてである。官僚的な自己保身のために、人間関係に対して臆病で、卑怯で、しかも地位に危険がないばあいには、軽蔑的に高圧的に対処して、その同精神を作品に描いた。鴎外が繰り返し描いている、几帳面で自制的な性格は、主観的な形式的な側面である。鴎外は几帳面に、自制的に、卑怯であり傲慢であり不真面目に対処した。だから、ケチな悪意であり、悪人とはいわれず、不真面目で真剣でないといわれたし、実際にそうであった。自分が罪に陥ることを極端に恐れた結果として、こうした個性を得て、そのあるがままに正当に評価されている。
 鴎外は自分が、社会的な現実、人間関係の認識上の無能を批判されていることを理解できず、批判されるいるそのままの方法で反撃し、地位の力に頼って自己を防衛した。ここにはすでに社会的な立場による対立が露骨に表れている。不真面目という批判に対して常に不真面目な対応して、自分が幸福ならそれで構わない、という反論にまで到達している。現在にいたる後の時代には鴎外は、鴎外自身の自己認識を超えて肯定的に解釈されている。それは、鴎外のような官僚的な立場を肯定する精神が歴史的な優位にあることを物語っている。鴎外の作品の理解は、鴎外の個性や、鴎外個の精神の理解としてではなく、日本の歴史認識の入り口としての、日本的精神全体の認識における立場の対象化としての意義を持っている。鴎外の作品が批判的に理解されるにはまだ時間がかかるであろう。小泉首相が靖国神社を参拝するなどという極端な時代錯誤が起こるだけでなく、多くの国民がそれを指示し、残忍な侵略戦争に対して無神経でいる時代には、鴎外が批判的に理解される可能性は少ない。どんな人間にも弱点はあり避けられないものであるし、そうした弱点を克服することも寛容に対処することも多様な人生の彩りである。しかし、鴎外のような不誠実や鴎外を彷彿とさせる小泉首相の不誠実は個人的な弱点ではなく、歴史的な民族的な、精神史上の普遍的な弱点でありそれに寛容であることは精神史上の汚点である。現象的には瑣末に見える鴎外のくだらない精神は、不真面目とか変人といった個人的個性的を形式をとっているが、実際は非常に深刻な、克服の難しい、現実認識の発展のレベルに関わる、日本精神史の一段階を反映している。

 

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