「文芸の哲学的基礎」について
 『文芸の哲学的基礎』(明治四十年五月四日〜六月四日、朝日新聞に連載)

 漱石はまず、常識的な現実認識を根本的に考え直す、という視点から、主観的観念論の図式を説明している。要点は、客観的な世界があって、それを我々が認識しているのではない、客観的な世界は存在せず、あるのは意識の連続だけである、意識の連続という限りは意識の分化と統一が含まれている。そして、さまざまに分化する精神がそれぞれの理想を生み出す、ということである。
 「野分」を書いた直後の漱石は、現実に対する理想の優位を確信しており、客観的な現実の存在を考慮する必要はなかった。そのために主観的観念論の目新しい図式は好都合であった。しかし、「虞美人草」書いた後の「創作家の態度」では、客観的世界を問題にせざるをえなくなり、主観的観念論の図式は捨てられている。漱石はここではまず単純な結論をもっていて、その結論が正しいと信じており、それを根拠づける道具として主観的観念論の図式を利用しているにすぎない。文芸の哲学的基礎付けとして面倒で理屈っぼい説明をしている部分には内容はない。単純な意識が多様な価値観に分化し、それが選択の自由を広げるという主張は目新しいものではない。漱石の独自性は、「野分」の道也と同様、文学者の独立性を主張しており、その独立性が主に地位や金の力と対立していることにある。この基本的な態度が多くの内容を生み出す力である。
 
 ▲意識の材料が多ければ多いほど、選択の自由が利いて、ある意識の連続を容易に実行できる――即ち自己の理想を実行しやすい地位に立つ――人と云わなければならぬから、融通の利く人と申すのであります。単に色ばかりではありません。例えば思想の乏しい人の送る内生涯と云うものも色における吾々と同じく、気の毒なほど憐なものです。いくら金銭に不自由がなくても、いくら地位門閥が高くても、意識の連続は単調で、平凡で、豪も理想がなくて、高、下、雅、俗、正、邪、曲、直の区別さえ分らなくて昏々濛々としてアミーバのような生活を送ります。こんな連中は人間さえ見れば誰も彼もみな同じ物だと思って働きかけます。それは頭が不明暸なんだからだと注意してやると、かえって吾々を軽蔑したり、罵倒したりするから厄介です――しかしこれはここで云う事ではない。演説の足が滑って泥溝の中へちょっと落ちたのです。すぐ這い上って真直に進行します。(p41)
 
 これは横道にそれたのではない。漱石の主張の主な内容はこの社会認識を基礎にして展開されている。しかし、漱石はこの基本的な社会認識が理論や作品においてどのような具体性成果をもたらすかをまだ理解していない。それを発見解するための準備的な思想がここにまとめられている。漱石にとって、文学の価値は社会に対して変革的で啓蒙的な意義を持つことにある。漱石の主張する多様性はこの啓蒙的な意識を基礎に構成されている。漱石は、金や地位の価値だけを認める価値観に対して、そうではない人間の生き方、価値観を多様性として対置しており、金や地位のある者はその多様性を持たないとしている。「人間を識別する能力」、「人間と云うものは、こんなものであると云う新事実」を教え、「開化の進路にあたる一叢の荊棘を切り開」くのが文学者の仕事である。漱石はこの使命を哲学的に基礎付けようとしており、そして、「野分」と「虞美人草」と同様、結果としては、この主張の基礎付けができず、この結論自体の意義を問い直さなければならなくなる。それが漱石の現実認識の発展の形式である。
 このあと、我を「知、情、意」に分かち、「知」=「哲学者もしくは科学者」、「情」=「文学者もしくは芸術家」、「意」=「軍人とか、政治家とか、豆腐屋とか、大工とか」、に大きく分類した上で、文学者の理想は何かという精神の分化を導き出している。文学者は、「物の関係を明め」る点では哲学者と同じである。しかし、情の活動を通してそれを行うのが特徴である。しかも、「どこまでも具体的のものに即して、情を働かせる、具体の性質を破壊せぬ範囲内において知、意を働かせる」のが文学の特徴である。
 ここから文芸家の理想も四つに分類される。
 
 ▲「これで文芸家の理想の種類及びその説明はまず一と通り済みました。概括すると、一が感覚物そのものに対する情緒。(その代表は美的理想)二が感覚物を通じて知、情、意の三作用が働く場合でこれを分って、(い)知の働く場合(代表は真に対する理想)(ろ)情の働く場合(代表は愛に対する理想及び道義に対する理想)(は)意志の働く場合(代表は荘厳に対する理想)となります。(p52)
 
 文学の理想はこのように分化しており、この四つのうちどれを理想とするかは、人によって時代によって違う。それぞれが独立の価値をもっており、等級をつけることはできない。漱石の基本的な立場は理想を分離することである。
 この四種の理想が歴史的に消長する。現代文芸の理想は美ではない、と漱石は認識している。善や愛の理想は幾多の作物中に織り込まれているが、これを現代の理想だと云うには微弱すぎるし、荘厳は現代の世にはない。したがって「現代文芸の理想が美にもあらず、善にもあらずまた荘厳にもあらざる以上は、その理想は真の一字にあるに相違ない」としている。現代の文芸の理想が真を描くことにあることを認めた上で、漱石は次のように主張している。
 
 ▲「・・四種の理想は皆同等の権利を有して人生をあるいている。あるくのは御随意だが、権利が同等であるときまったなら、衝突しそうな場合には御互に示談をして、好い加減に折り合をつけなければならない訳です。・・
 真を重んずるの結果、真に到着すれば何を書いても構わない事となる。真を発揮するの結果、美を構わない、善を構わない、荘厳を構わないまではよいが、一歩を超えて真のために美を傷つける、善をそこなう、荘厳を踏み潰すとなっては、真派の人はそれで万歳をあげる気かも知れぬが美党、善党、荘厳党は指を啣えて、ごもっともと屏息している訳には行くまいと思います。目的が違うんだから仕方がないと云うのは、他に累を及ぼさない範囲内において云う事であります。(p58)
 
 漱石が文芸の哲学的基礎として、文芸の理想を四つに分類し、その同等性を主張しているのは、この四つの理想が対立し、真を重視する結果として善と美が傷つけられていると考えているからである。漱石は真だけが重んじられる現状の中で、時代にあわない荘厳はべつとして、美と善の理想の意義を基礎付けその意義の復権を主張している。漱石は、真を描く自然主義には美と善がないこと、そして、日本の現実にはこの美と善が必要であり、そうした作品を作るのが日本の文芸の、あるいは自分のこれからの課題である、と考えている。文芸の価値についてのこうした位置づけは、漱石の現実認識を基礎にしている。
 
 ▲一般の世の中が腐敗して道義の観念が薄くなればなるほどこの種の理想は低くなります。つまり一般の人間の徳義的感覚が鈍くなるから、作家批評家の理想も他の方面へ走って、こちらは御留守になる。ついに善などはどうでも真さえあらわせばと云う気分になるんではありますまいか。(p61)
 
 漱石の基本的な立場は理想の立場から堕落した現実を啓蒙し変革することである。漱石は現実を変革と啓蒙を必要とするものとしてとらえており、そのなかで文学の意義と使命を位置づけようとしている。漱石のこの立場からすれば、理想を欠いた、真を重んずるだけの作品はこの現状の追認にすぎず、この現状に欠如している美や善を描写する使命を持っていない。それだけでなく、真のみを描く結果として、必然的に、美や善を傷つける結果に陥っている。真さえ現せば、という理想は、道義的な精神を欠如している。漱石は基本的には、真の描写と善・美の描写が対立関係にあると考えており、さらに善と美の描写の優位を確信しているが、真の描写が優位にある現状に対して、四つの理想を並立させることで善・美の描写の意義を強調している。
 漱石は、文芸の四つの理想がそれぞれ何を意味しているか、したがって、相互にどんな関係にあるかを問題にしていない。この四つの理想が対立しているという現状認識から、その関係を具体的に認識するのではなく、まず、それそれを分離し、独立的な意義を認めるべきである、と考えている。こうした分離は、真を描くことと他の理想を描くことがどのような関係にあるかを理解するための前提として重要な意義を持っている。芸術を表面的に観察した場合にまず目についてくるそれらの理想の意義を認めた上で、それぞれの価値を廃棄することなく、一元的な統一の基に理解することが芸術理論の課題となる。漱石は文芸の理想が四つあり、真だけを理想とする自然主義には美と善がかけており、真の描写の徹底が美と善を傷つける関係にあることを理解していながら、なお、四つの理想の併存を主張するという折衷的な立場に立っている。
 漱石が文芸の四つの理想の相互関係を問題にすることができず、四つに分類し分離するにとどまっているのは、漱石の真・美・善がこの時点では非常に狭い内容に限定されており、相互の関係は偶然的であり、分離することが可能な程度の内容しか持たないからである。特に漱石が重視している善=道義の内容が非常に狭く、漱石の自由な思考を拘束しており、同時にそれが漱石の現実認識を飛躍させる契機となっている。
 漱石が「文芸の哲学的基礎」の直前に書いた「野分」には漱石の道義的な意識が道也の意識として描かれている。しかし、「野分」でも道也の精神は他の精神との対立において描かれており、道義的な意識も多くの矛盾を抱えている。それは漱石がこの「文芸の哲学的基礎」において、四つの理想の並立を主張しながら、主な内容として相互の対立関係について書いているのと同じ矛盾である。そして、この直に持っていた漱石の道義的な意識は「虞美人草」において決定的な矛盾に突き当たり、漱石はこの道義を一度放棄せざるを得なくなった。
 「虞美人草」に見られるこの時期の漱石の道義的な精神の狭さは、モーパッサンの作品の評価にはっきりと書かれている。漱石の真も美も善も、すべてがまだ高級インテリの狭い精神世界の限界を超えていない。

 漱石は、イプセンの描いた女を「何の不足もないのに、人を欺いたり、苦しめたり、馬鹿にしたり、ひどい真似をやる、徹頭徹尾不愉快な女で」と書き、ゾラの作品については、「御爺さん」と結婚した「若い御嫁さん」の不道徳を批判している。漱石は、彼らが描いている中産階級に対する批判意識をまだ理解できない。
 モーパッサンの「首飾り」についての漱石の理解は漱石の道徳的意識の限界をよく示している。まず、「大変に虚栄心に富んだ女房を持った腰弁がありました。」という作品のとらえ方からして、禁欲的な狭い道徳的意識であることがうかがえる。地位や金に対する批判意識がすぐさま、華美や贅沢を嫌い、さらには個人の欲望をも否定する傾向を持つのが漱石の道徳的な意識の特徴である。これは「虞美人草」では藤尾に対する批判意識として描かれている。
 華美や贅沢に対する形式的な批判意識は、貧しい生活を肯定できない、貧しい生活の意義を認識できない、という下層世界との関係における限界を持っている。漱石のこの中間的な道義意識が、特にモーパッサンの作品を不愉快に感じさせている。漱石はこの価値観に基づいて、「虞美人草」では華美や贅沢を好む藤尾を懲らしめ、貧しい生活から小夜子を救いだすことを道義として描いた。しかし、それは結果として藤尾の精神をも小夜子をも否定することを意味し、肯定的な精神を見失う結果となった。

 ▲「よくせきの場合だから細君が虚栄心を折って、田舎育ちの山出し女とまで成り下がって、何年の間か苦心の末、身に釣り合わぬ借金を奇麗に返したのは立派な心がけで立派な行動であるからして、もしモーパッサン氏に一点の道義的同情があるならば、少くともこの細君の心行きを活かしてやらなければすまない訳でありましょう。ところが奥さんのせっかくの丹精がいっこう活きておりません。積極的にと云うと言い過ぎるかも知れぬけれども、暗に人から瞞されて、働かないでもすんだところを、無理に馬鹿気た働きをした事になっているから、奥さんの実着な勤勉は、精神的にも、物質的にも何らの報酬をモーパッサン氏もしくは読者から得る事ができないようになってしまいます。同情を表してやりたくても馬鹿気ているから、表されないのです。それと云うのは最後の一句があって、作者が妙に穿った軽薄な落ちを作ったからであります。この一句のために、モーパッサン氏は徳義心に富める天下の読者をして、適当なる目的物に同情を表する事ができないようにしてしまいました。同情を表すべき善行をかきながら、同情を表してはならぬと禁じたのがこの作であります。いくら真相を穿つにしても、善の理想をこう害しては、私には賛成できません。」
 
 漱石の徳義は借金を返すための夫婦の努力を「立派な心がけで立派な行動」として高く評価している。しかし、漱石の道義は、この生活をまず、「田舎育ちの山出し女とまで成り下」がることと否定的に評価することを前提としている。そして、そこまで成り下がるほどの立派な心がけに対して褒美を与えることを道義と考えている。「田舎育ちの山出し女とまで成り下」がる立派な心がけと立派な行動そのものに現実的な成果があることを理解できず、それに対して別の褒美を与えることが、その生活から抜け出すこと、つまり中産階級的な利益を与えることが漱石の徳義である。「無理に馬鹿げた働きをした事になっている」というのは苦労をした夫婦の現実的な果実を理解することのできない漱石の解釈であって、モーパッサンが描写している内容ではない。この時の漱石は物質的な報酬を得られなかったマチルドだけが得ることのできる精神的な報酬をどうしても理解することができない。漱石は、虚栄心にとんだ女房としてマチルドを不必要に否定的に評価していながら、マチルドが労苦の末にその虚栄心をもまったく払拭していることにすら気づかず、ましてそれが新しい精神世界を得ていることにはまったく思い至らない。そのために漱石には、モーパッサンが、どんな努力にも関わらず報われない現実を真として、あえてその報われないことだけを強調しているように見えた。それは漱石の現実認識の狭さによる理解である。
 
 「虞美人草」を経験していない漱石の道義は、日本の高級インテリの生活の限界を超えていない。そのために、モーパッサンの描写が、真であり現実ではあっても、徳義を欠いた作品に見え、不愉快を感じる。つまり、漱石には「首飾り」は真であり、徳義は別の現実に、別の生活にある、と考えており、漱石の現実認識において真と善が分離している。しかし、この直後に書いた「虞美人草」で、モーパッサンの現実に対立する徳義の優位を描写しようとした結果、漱石自身の現実感覚の深化と矛盾することになり、作品としての破綻を含むことになった。漱石の狭い道義を描写することは、漱石自身が認識している現実のあり方にも反しており、真に反しており、真が道義を傷つけるのではなく、道義が真を傷つけ、不自然で強引な結末を描写する結果になった。「文芸の哲学的基礎」に書いている善と、「野分」の道也の善の、真に対する優位は「虞美人草」において崩壊する。しかし、それによって漱石は道義的意識を放棄するわけではなく、ここにあげた四つの理想のそれぞれの意味と相互の関係を考察するための重要な契機を得ることなる。ここでの漱石は真を自然主義的な意味での真とだけ考えており、美と善を高級インテリの価値観としてのみ考えており、そのために四つの理想が並列されている。漱石は現実感覚としても芸術理論としても、対立する価値観との分離を意識しており、自分の価値観による現実認識と理論の統一を意図していない。それは現実認識の限界であると同時に、漱石がその限界を直感的に意識していることでもある。漱石の現実認識の限界を超えて、真と美と善の意味がそれぞれより深く広く理解されるてはじめて、これらのすべては一元的に位置づけられることになる。
 
 漱石が「虞美人草」でぶつかる課題はつぎのように意識されている。
 
 ▲「偉大なる人格を発揮するためにある技術を使ってこれを他の頭上に浴せかけた時、始めて文芸の功果は炳焉として末代までも輝き渡るのであります。輝き渡るとは何も作家の名前が伝わるとか、世間からわいわい騒がれると云う意味で云うのではありません。作家の偉大なる人格が、読者、観者もしくは聴者の心に浸み渡って、その血となり肉となって彼らの子々孫々まで伝わると云う意味であります。(p67)
 
 漱石は自分の道義的理想自体の限界を意識しておらず、それを貫くことだけを困難なが課題だと思っている。漱石のこの時期の道義、人格は、末代まで輝きわたることはない。この直後に書いた「虞美人草」によって、自分の道義と現実との関係が意識され、道義自身が批判的な検討の対象になる。漱石の道義は、華美や虚栄を嫌うことであり、金や地位拒否して貧しい生活に耐えることである。それは実践的な課題であり、その実践の社会的な意味の認識は課題になっていない。作品によって有名になるのではないとか、後世に名前を残すためではない、というの作品内容ではなく、作品を書くにあたっての作家の心構えである。この心構えが生み出す社会的な矛盾を漱石は「野分」と「虞美人草」に描写しているが、まだそれを思想的な形式ではとらえていない。
 漱石は、文学は理想を描き、そのことによって社会を啓蒙すべきである、と考えている。それは漱石の当為である。その限界はその当為を実践する過程で現実化する。漱石は「野分」では、道義的な理想を持つことは、世間に排除され孤立することになる、と書いている。そして、そうした覚悟によって人格を形成し、その成果として啓蒙が可能になる、と考えている。その場合、その道義の理想はどのように描くことができるだろうか、という疑問ないし課題が生ずる。
 
 ▲だからして技巧の力を藉りて理想を実現するのは人格の一部を実現するのである。人格にない事を、ただ句を綴り章を繋いで、上滑りのするようにかきこなしたって、閑人に過ぎません。・・ただ新しい理想か、深い理想か、広い理想があって、これを世の中に実現しようと思っても、世の中が馬鹿でこれを実現させない時に、技巧は始めてこの人のため至大な用をなすのであります。一般の世が自分が実世界における発展を妨げる時、自分の理想は技巧を通じて文芸上の作物としてあらわるるほかに路がないのであります。そうして百人に一人でも、千人に一人でも、この作物に対して、ある程度以上に意識の連続において一致するならば、一歩進んで全然その作物の奥より閃めき出ずる真と善と美と壮に合して、未来の生活上に消えがたき痕跡を残すならば、なお進んで還元的感化の妙境に達し得るならば、文芸家の精神気魄は無形の伝染により、社会の大意識に影響するが故に、永久の生命を人類内面の歴史中に得て、ここに自己の使命を完うしたるものであります。
 
 漱石はこの文章に含まれている重大を矛盾を意識していない。
 漱石の道義は現実と対立している。作家の理想が新しく、深く、広く、世の中が馬鹿でこれを実現させないときに、それを理解させる技巧がありうるだろうか。芸術の技巧は、ある理想を馬鹿な世の中にあうように加工する技術であろうか。馬鹿な世の中が理解できるように巧く描かれた理想が啓蒙の力を持つであろうか。馬鹿な世の中が理解できるように描くとは理想を馬鹿な世の中に合わせることであろう。啓蒙のためには、結局「ある程度以上に意識の連続において一致」しなければならない。しかし、漱石の理想は、馬鹿な世の中と全般的に非妥協的に対立することに意義を求めていたのであり、それが現実との一致を目指すところにはじめから深刻な矛盾を孕んでおり、それがさまざまな矛盾を引き起し、そのもっとも分かりやすい成果が、「虞美人草」の破綻した結末である。漱石は現実と分離した理想を現実と一致させる技巧がありうると考えているが、分離した内容を一致させる技巧はありえない。それは技巧によって内容を破壊することであり、技巧が破綻することでもある。
 漱石はありのままの、みたままの現実を「真」と考えており、自分の価値観による道義を、現実を変革するための理想と考え、その一致を課題にしている。漱石が見ている現実は漱石の価値観による現実であり、漱石の目はモーパッサンが見る現実を見ることができない。そこには道義がないように見える。したがって漱石の考える道義は下層の世界にはない道義である。漱石が真と善の対立を意識しながら並立を主張しているのは、漱石の見ることのできる現実と道義が分離しているからである。漱石は自分の立場の反映である現実と道義の分離を認識しており、その分離的意識の上で、道義の優位を主張し、この道義の優位の意識に基づいて自分の現実認識を変革していく。漱石が「真」としている現実世界とは何かを考える上で、道義的な批判意識は重要な意味を持っている。漱石は、インテリ的な現実認識の限界をインテリ的な道義的意識の矛盾の展開によって克服し、現実の「真」の新しい規定を発見する。それが漱石の精神の発展形式である。

  漱石目次へ    home