『田楽豆腐』 (大正1年9月) 

 
 新聞で言われている悪口をわざわざ紹介して、小説の中で笑って、悪評を気に留めない、平気な、余裕のある鴎外像を描いている。自分の評判を気にしない事をうまく書いても内容は知れているし、うまく書けていない。それ自体はどうでもいいことに余裕を示しても余裕に見えない。自分で悪評を羅列しているくらいだから心底平気なのかもしれないが、「原本は大そうえらい人の作で、聖書のやうな本ですつてね。あなたの事だから、それを骨を折らずに訳したのだけ悪いわ。」と、いつもの癖で弱点の形式で強がりを書いているから案外平気でないかもしれない。

 鴎外は新聞の悪評に十分な挨拶をしたのち、世間の常識にこだわらない、自分だけの世界に落ち着いている境地を、帽子や草花の話で描いている。鴎外は、流行遅れでも労働者の使うものでも、帽子は陽を避ける道具だという観点からつばの広い麦藁帽子をかぶるし、草花を自然にあるがままの生態で楽しむことができる。鴎外ほどの人物であってもという愚かな自負が見えるが、それは別としても、世間の評判や流行を問題にしないことをこんな話で描くのは鴎外の思い違いである。
 小説の悪評を気にしない事と流行遅れの帽子をかぶる事を同じ頭のすることだと考えるのは間違いだし、悪評を気にしない事と草花を自然のままに育てるのは畑違いの話である。鴎外がどれほど高尚な趣味を持っていようと妙な趣味をもっていようと、非難するにあたらないし、それが人物の立派さを証明するものでもない。趣味は個人に属するが小説は社会に属する。帽子の趣味が悪いと言われても鴎外は一向平気であろうし、議論すべきことでもない。しかし、小説は普遍的価値が問題にされるし、鴎外も俺は悪口を言われても平気だと書かずにいられない。話の焦点がずれているのがごまかしに見えるし、ごまかしでもあるが、これは鴎外らしい無知によるのであって悪意によるのではない。鴎外は自分だけに関心を持っていたから、趣味や個人の形式的な性格に大きな意義を認めていた。個人の形式的特徴の内奥にある社会性についてまるで無知であったために、趣味の精神によって独自の境地を表せると思うのが鴎外の思い違いである。
 帽子にくだらなくこだわる事を大げさに書いて、それを「依怙地に保守的を唱えて」などと書くのは誤魔化しの意志に意地が加わって無知を覆い隠している。鴎外は保守的であり依怙地であるが、高級官僚として作家としての保守性や頑迷さが問題にされているのであって、それは趣味や個性としてすまされる程度のものではなかった。
 お役人の持つてゐる物は蝿打であつた。木村が蝿と問違へられて打たれなかつたのは幸福である。無論蝿打は蝿を打つばかりの物ではない。物には流用と云ふことがある。此場合に於いては、お役人が床から下りて立つてゐて、手を出して札なんぞを受け取るとすると、足も手も草臥れる。若し又「その穴へお入れなさい」と云ふとすると、「そこへ」と云ふより二音ばかり余計に物を言はなくてはならない。どちらにしても蝿打の功たるや偉なりと謂ふべしである。
 こんな冗長な、ねちこい、小理屈の歪んだような冗談を見ると、余裕の境地にある精神のあり方とも思えない。面白くもなんともないのに笑えと命令する書きぶりであるから余計面白くない。
 鴎外は余裕を持つ事のできない人間であったから、余裕を示すことについては長い間努力してきた。その成果ではないが、鴎外が「木村は近ごろ極単に楽天的になってきたようである」と描いているのは、鴎外のこの時期の心情を反映している。鴎外の関心は自分自身で、しかも自信を持てるほどの内容をもたなかったから、評判を気にしない境地に立つ事などできるはずがなかったが、反論しても効果がなく、反論もできない状況にいたればそれ相応の境地を養う必要があった。つまり、外界との対立によって鴎外らしい独特の境地に追い込まれていった。悪評すらなくなれば悪評を気にする事すらできなくなる。悪評はすでに鴎外の作品の具体的な批判ではなくなり、反論や弁解を問題にしないほど鴎外の作品を離れていたし、鴎外の反論は初期の時代から、理解を求め内容を作り上げることを目的とする能力を持たず、愚かな人間には理解できるはずがないという自惚れの表明でしかなかったから、評判を問題にしないし評判もされないという境地に立つことになるのは自然の成り行きであった。この時期の鴎外の精神は社会との距離が大きくなり、それに伴って創作の限界が現れてきたためにそういう境地に近づきつつあった。追い詰められている孤立を、余裕として描写するのは強がりからでもであり、まだ深刻さを認識していないからでもある。

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