幸田露伴 「五重塔」 (明治24年11月) その


   其二十四〜其二十九

 源太、十兵衛の意地を通すように人間関係が組み立てられている。現実世界はこのような関係になく、独特の関係が展開している。その中で損な役回りをしているのは清吉で、清吉が源太や特に十兵衛の価値を高めるために愚かしい役割を果たしており、その代償として、バカで正直で憎めないと評価されている。
 仕事に打ち込む十兵衛を描いて、そこに清吉が釿をもって躍り込んでくるなどというのはあまりにも悪玉と善玉を形式的に並べた低レベルの作り物である。こんな対比によってしか肯定できない所に十兵衛のレベルが現れている。軽薄な行動をする善良で判断力のない人物が必要になることがこの世界の狭さと肯定的人物のレベルの低さを示している。このあと、この事件に対する処理は平凡な人情噺で、芸術とか文学とかいえるものではない。しかし、露伴はこの種の話が得意らしく、細かなことをいろいろと書き込んでいる。こんなものは文学として面白いものではない。

 其三十

 十兵衛は清吉に傷を負わされたがそれを特に問題にしていないことがまず描かれている。それを非常に気にするのは妻の役割で、それを否定する所に十兵衛の男らしさがある。しかし、妻の反対を繰り返し描くことにも現れているが、十兵衛自身が怪我を問題にしないことを決定的に重視していること、ここに彼の意地とか価値観のすべてがあることが十兵衛の意識としても描かれている。
 「汝は少も知るまいがの、此十兵衛はおろかしくて馬鹿と常々云はるゝ身故に職人共が軽う見て、眼の前では我が指揮に従ひ働くやうなれど、陰では勝手に怠惰るやら譏るやら散々に茶にして居て、表面こそ粧へ誰一人真実仕事を好くせうといふ意気組持つて仕てくるゝものは無いは、ゑゝ情無い」
 と現状を嘆いている。このように、十兵衛が当然ぶつかると思われる困難を作者が描いているのは、この困難をも覆すことができると考えているからで、十兵衛の持つこの困難を十分に認識していると言えるものではない。
 「今日休んでは大事の躓き、胸が痛いから早帰りします、頭痛がするで遅くなりましたと皆に怠惰けられるは必定、其時自分が休んで居れば何と一言云ひ様なく、仕事が雨垂れ拍子になつて出来べきものも仕損ふ道理、万が一にも仕損じてはお上人様源太親方に十兵衛の顔が向られうか、これ、生きても塔が成ねばな、此十兵衛は死んだ同然、死んでも業を仕遂げれば汝が夫は生て居るはい、二寸三寸の手斧傷に臥て居られるか居られぬ歟、破傷風が怖しい歟仕事の出来ぬが怖しい歟、よしや片腕奪られたとて一切成就の暁までは駕籠に乗つても行かでは居ぬ、ましてや是しきの蚯蚓膨に、と云ひつゝお浪が手中より奪ひとつたる腹掛に、左の手を通さんとして顰むる顔、見るに女房の争へず、争ひまけて傷をいたはり、遂に半天股引まで着せて出しける心の中、何とも口には云ひがたかるべし。」
 十兵衛は怪我をおしても仕事に出ることを塔を造るための決定的な要因と考えている。彼が意識でき、また対処できる困難はいつもこのような類のものである。このような単純な、瞬間的な、ただ我慢するといった消極的形式の苦悩を引き受ける用意はあるが積極的に対処することはできない。作者がこのような消極的な資質を決定的な価値をもっていると考えていることは、十兵衛のこの心意気の効果の描写に現れている。
 「十兵衛よもや来はせじと思ひ会ふたる職人共、ちらりほらりと辰の刻頃より来て見て吃驚する途端、精出して呉るゝ嬉しいぞ、との一言を十兵衛から受けて皆冷汗をかきけるが、是より一同励み勤め昨日に変る身のこなし、一をきいては三まで働き、二と云はれしには四まで動けば、のっそり片腕の用を欠いて却つて多くの腕を得つ日々工事捗取り、肩疵治る頃には大抵塔も成あがりぬ。」
 ここには、十兵衛が棟梁として塔を建てるための基本的な困難をどう乗り切ったかが描かれている。怪我をものともせずに仕事をしたことで職人が十兵衛を信頼した。そのためには清吉が仕事場に躍り込んで来て十兵衛に怪我をさせておかねばならない。そのまえに、上人の配慮と源太の男気によって、源太が職人の世話をしていなければならない。こうした、十兵衛の予期できない偶然の積み重ねでようやく十兵衛らしい意地を示す機会が得られる。これは十兵衛が塔を建てる決意をした後に生じたことである。しかも、怪我を我慢して仕事をするくらいのことで棟梁としての信頼を得られるのなら簡単であるが、現実にはそのようにならない。長い時間をかけた実績の蓄積と社会的な能力の認知が必要である。無理をして仕事をするくらいのことは、ごく平凡な仕事でも起こる。人間関係を形成し、動かす契機が非常に単純でレベルが低い。無理をして仕事をすることですべてかうまく回転して塔ができるという展開は、十兵衛が示す事のできる能力の質と、信頼を獲得し人間関係を動かしていくことに対する甘い観測が現れている。「生きても塔が成ねばな、此十兵衛死んだ同然」と命をかけた覚悟を語っても、具体的には怪我をおして仕事をするだけのことで、平凡なことを大げさに考えるのが十兵衛の特徴である。長い時間をかけて信頼を得ておれば、怪我をおして仕事をするか、分別して仕事を休むかは状況次第であって、それが塔が建つとか立たないとかの比重を持つことは無い。

   其三十一
 「希有ぢや未曾有ぢや再あるまじと為右衛門より門番までも、初手のつそりを軽しめたる事は忘れて賛嘆すれば、円道はじめ一山の僧徒も躍りあがつて歓喜び、・・」
 「江戸にて此塔に勝るものなし、特更塵土に埋もれて光も放たず終るべかりし男を拾ひあげられて、心の宝珠の輝きを世に発出されし師の美徳、困苦に撓まず知己に酬いて遂に仕遂げし十兵衛が頼もしさ、おもしろくまた美はしき奇因縁なり妙因縁なり」
 このように、困苦とか貧乏とか、報われない等々の状態に対して特に主観の形態で執着し、執念深く復讐的な感情にもえ、自分を軽んじたものを、自分を貶めた者を、一般的には自分に冷たい世の中を、見返すことに満足を見いだしている。仕事自体の客観的なまた一般的な意義に対する関心ではなく、ただ彼自身の価値を見せつけることが主たる関心である。貧しさとか困苦をも自分自身の不幸として関心をもつのであって、それが客観的な社会的状況であることにたいする関心は含まれない。個人の不幸を個人の不幸として感じ取り、個人的な形式での解決のみに精神が限定されているために、意地は復讐的となり、満足は排他的で孤立的で暗いものとなる。勧善懲悪の単純な道徳的形式がさらに主観の復讐的心の満足として追求されるのは、いかにも日本人好みの、日本人に特に根深い精神上の弱点である。百年に一度の塔を建ててこの種の悦びしか味わいえないのは非常に貧しい精神である。
 しかも、この種の満足を得るためにこの上に自然の猛威を描き、そこでも同種の意地を張る機会を与えている。

   其三十二

 この文章を名文だと評価する人もある。しかし、これは無内容な、形式的な美文である。それが形式的である所以は、自然現象が諸悪をこらしめるといった単純な勧善懲悪的観念を擬人的な方法で描いているだけで、内容が非現実的且つ単純だからである。それを大げさに手の込んだ文章で書くほど形式的になり、無意味になる。この種の文章を美文と感じるには、勧善懲悪的な感覚とか、自分の不幸とか他人の不幸とかを個別現象としてとらえ、それに恨み、つらみ、見返して遣るといった復讐的な感情を持つ場合のみである。しかし、実は詰まらない感情であり文章である。

   其三十三

 塔は建ったが、やはり十兵衛は塔をたてるほどの精神を持たないことがここでよくわかる。円道為右衛門は、塔が倒れるのではないかと心配して、掃除人の七蔵という老人に、十兵衛を呼びに遣った。この老人が十兵衛の意地に悩まされることになる。未曾有の嵐で誰もが心配しているのに十兵衛は老人に対して「風が吹いたとて騒ぐには及ばぬ、七蔵殿御苦労でござりましたが塔は大丈夫倒れませぬ、何の此程の暴風雨で倒れたり折れたりするやうな脆いものではござりませねば、十兵衛が出掛けてまゐるにも及びませぬ」といって、ただ大丈夫を繰り返している。「御安心なさつて御帰り、と突撥る」とまで書いている。
 塔が倒れないというのは十兵衛の自信である。其れは他人には解らない。だから、説明するなり、気休めにでも行くなりすればいいと思うがそうはならない。十兵衛の関心は自分にある。自分が解っていること、自分が自信をもっていること、それを示すこと、それを丸ごと信用されたいこと、が肝心である。塔が建ったのだからあとはもっと自由に余裕もって人間関係に対処すればいいようなものの、やはり十兵衛は意地の男であるから、大きな成果をあげてもおおらかな精神を持つことは出来ない。大きな仕事ができないような精神のままである。
 「若も御上人様までが塔危いぞ十兵衛呼べと云はるゝやうにならば、十兵衛一期の大事、死ぬか生きるかの瀬戸に乗かゝる時、天命を覚悟して駈けつけませうなれど、御上人様が一言半句十兵衛の細工を御疑ひなさらぬ以上は何心配の事も無し、余の人たちが何を云はれうと、紙を材にして仕事もせず魔術も手抜もして居ぬ十兵衛、天気の日と同じことに雨の降る日も風の夜も楽々として居りまする、」
 とどこまでも自分が不正もごまかしもせず、誠心誠意塔を建てたことの一点に関心を持つだけで、その他のことには関心を持たない。しかも、その誠意も上人だけに認めてもらいたいのであって、他は眼中にないといった極端に狭い人間関係を示している。彼にとって全世界は自分自身と上人だけかのようである。これもまた上人を中心に世界が廻る構成になっていることの弱点である。
 ここで、「も一度行つて上人様の御言葉ぢやと欺誑り、文句いはせず連れて来い」という円道の策略で最後の意地を示す機会が与えられる。上人にも十兵衛にも責任のない、清吉をつかったのと同じ方法で、円道の嘘を契機にした意地などばからしいという他ない。

   其三十四

 上人様が呼んでいると聞いての十兵衛の述懐は彼の特徴を余さず示しているので少し長めに引用しておこう。
 「なにあの、上人様の御召なさるとか、七蔵殿それは真実でござりまするか、嗚呼なさけ無い、何程風の強ければとて頼みきつたる上人様までが、此十兵衛の一心かけて建てたものを脆くも破壊るゝ歟のやうに思し召されたか口惜しい、世界に我を慈悲の眼で見て下さるゝ唯一の神とも仏ともおもふて居た上人様にも、真底からは我が手腕たしかと思はれざりし歟、つくづく頼母しげ無き世間、もう十兵衛の生き甲斐無し、たまたま当時に双なき尊き智識に知られしを、是一生の面目とおもふて空に悦びしも真に果敢なき少時の夢、嵐の風のそよと吹けば丹誠凝らせし彼塔も倒れやせむと疑はるゝとは、ゑゝ腹の立つ、泣きたいやうな、それほど我は腑のない奴か、恥をも知らぬ奴と見ゆる歟、自己が為たる仕事が恥辱を受けてものめのめ面押拭ふて自己は生きて居るやうな男と我は見らるゝ歟、……我が身体にも愛想の尽きた、此世の中から見放された十兵衛は生きて居るだけ恥辱をかく苦悩を受ける、ゑゝいつその事塔も倒れよ暴風雨も此上烈しくなれ、……味気無き世に未練はもたねば物の見事に死んで退けて、十兵衛といふ愚魯漢は自己が業の粗漏より恥辱を受けても、生命惜しさに生存へて居るやうな鄙劣な奴では無かりしか、如是心を有つて居しかと責めては後にて吊はれむ……」
 十兵衛らしく、単純に、純粋に丸ごとの信頼を求めている。上人は雛型を作るのがうまいのと、惨めな生活をしているのと、熱心であることだけを根拠に100年に一度の塔の仕事を、源太を差し置いて十兵衛に与えた。十兵衛にとってこれはまだ十分な信頼ではない。嵐のときにもしや塔が倒れはせぬかと心配するともう、自分を信頼していない、疑われていると見なし、腹が立つとか、愛想がつきたとか、死ぬとか、塔も倒れよとか、自分は鄙劣な奴ではないとか、極端を言う。不信感の塊のような男である。もともと上人だけを信頼し、その上人が塔が倒れぬかと心配していると思っただけで信頼関係が崩壊したと嘆くようでは、根虚のない絶対的信頼以外を信頼と認めないようでは、現実的な人間関係は一切形成できない。信頼は労苦を払って現実的実践的過程で築くものであるが、過程抜きの無条件の信頼でないと気に入らない。でないとやけになる。これが本気であれば命がいくつあっても足りない。十兵衛はこうした疑いとか恨みとかを主な精神としている。どんな人間でも十兵衛と時間のかかる大仕事はできない。多くの人間関係とのかかわりや長い時間の間には、わけのわからない意地の衝突を引き起こして、死ぬとか生きるとか、やめるとかやめないとかいいだすに違いない。世の中にこうした未熟な精神はそうそうあるものではない。いやでもおうでも経験的に世の中に揉まれ、自分を現実に合わせる方法を身につけるものである。
 しかも、あれだけ自信をもっていたのに、上人に疑われていると思うと、塔に登って「一期の大事死生の岐路と八万四千の身の毛竪たせ牙咬定めて眼をみはり、いざ其時はと手にして来し六分鑿の柄忘るゝばかり引握むでぞ、天命を静かに待つ」とは、いかにも大げさである。十兵衛は意地とか覚悟とかをする場所とか時をいつも間違えている。何かというと覚悟をするのではなく、もうすこし大人らしく冷静になり、意地をはるにも覚悟をするにももっと効果的な時期とか状況を選ぶべきである。

   其三十五
 
 嵐があちこちに大被害をもたらしたと書かれている。それは、十兵衛の塔は倒れなかったというためである。十兵衛の塔が倒れなかったことに関心が集中しており、他の世界に冷静な眼が開かれていない。十兵衛の業を肯定するために、他の災害をこれ見よがしに強調するなどというのは狭い了見である。こうした所にも十兵衛の精神、意地の排他的で偏狭な性格が現れている。しかも十兵衛はそんな、なんの役にも立たない覚悟において褒めたたえられている。
 「いや彼塔を作つた十兵衛といふは何とえらいものではござらぬ歟、彼塔の倒れたら生きては居ぬ覚悟であつたさうな、すでの事に鑿啣んで十六間真逆しまに飛ぶところ、欄干を斯う踏み、風雨を睨んで彼程の大揉の中に泰然と構へて居たといふが、其の一念でも破壊るまい、風の神も大方血眼で睨まれては遠慮が出たであらう歟、甚五郎このかたの名人ぢや真の棟梁ぢや」
 この種の意地と棟梁の資質は違う。この種の意地は現実的な意味を持たない。現実的な堅固な仕事をする場合には邪魔になるだけの精神である。行動の意義を理解しない、単発的な、実質的な意味のない、大げさなだけの感情の投入で、自己満足である。瞬間的、短期間に受けて立つような消極的覚悟をするのにそれほど大きな能力はいらない。現実的で具体的な高度の集中を長期間やる自己管理こそが能力を生み、また能力の証となる。これが日本人には一般に苦手である。十兵衛のような主観の殻に閉じこもった、現実社会、人間関係と否定的にのみ対立する主観的で陰気な精神の限界を越えることは容易でないにしても、少なくともまず理解し、社会に目を開いて、より自由で実質的な精神を獲得する努力をすべきであろう。

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