「虞美人草」論 平岡敏夫著 (昭和40年5月「日本近代文学」)
         (「日本近代文学史研究」 有精堂出版刊 昭和44年6月、より引用)
 
 平岡氏は、『虞美人草』に批判的な正宗白鳥と唐木順三の批評と、『虞美人草』を高く評価する読者や評家の文章を対照した後、次のように問題提起している。
 
 ■「リアリズム小説のものさし」を荒氏は指摘したが、現在の作品評価の基軸にいまなお自然主義文学史観があり、それは昭和初期の明治文学研究熱のなかでプロレタリア文学の影響と相俟って定着してきたのではないかと予想される。すなわち前掲の白鳥(昭3)・唐木(昭六年執筆、昭七年発表)・小宮(昭和十年)の「虞美人草」評価に、共通するものを認めうるゆえんである。湯地孝氏の漱石戯作者論(昭七年)も同様の基盤に属する。この仮定の当否はさておくとしても、現在ようやく活発となってきた新しい近代文学史のイメージ、文学史の書きかえの問題、なおざりにされていた可能性の発掘の作業は、文学史家の主体にもとづく個々の作品の読みなおし、価値転換による再評価ということをぬきにしては不可能ということがある。そこでは作品評価の「ものさし」としての文学史観それ自体の再検討の作業と併行しつつ、ひとつひとつの作品をいわゆる「定説」から解放することがなされねばならぬのである。
 
 平岡氏の問題提起は、「文学史観それ自体の再検討の作業」の一つとしてこの『虞美人草』を取り上げていることにおいても、それがリアリズムと自然主義の関係の再検討であることを指摘していることにおいても決定的に重要である。1965年にはこうした機運が見られたのであろうか。
 『虞美人草』に対する批判の要点は、通俗的道徳を描いた勧善懲悪である、という点と、それと関連して美文調の文章が目立つことである。平岡氏は、この特徴を認めた上で、その内容を再検討し、肯定的に理解しようとしている。
 
 ■ 「虞美人草」が一種の勧懲小説であることは動かぬところであろう。問題は「勧懲」の意味であり、その基準たる「道義」の内容にある。「徳義心が欠乏した女」藤尾を「仕舞に殺すのが、篇の主意」であり、最後につけた哲学「セオリーを説明する為めに全篇をかいてゐる」という周知の自解(小宮宛書簡明治四十年七月十九日)があるが、「悲劇」すなわち「生死の大問題」を打ち出すことで「人生の第一義は道義にありとの命題」を樹立せんとするのが一篇の主題であることは明白である。★(p297)
 平岡氏は、「一種の」という条件付きで「虞美人草」が勧懲小説であることを認めている。これは古い批評に引きずられているとも言えるが、すでに影響力を持っている批評から出発し、その否定によって作品に接近することは、批評の歴史としての意義を持っている。『野分』・『虞美人草』が古い道義を描いた勧善懲悪小説である、というのは、作品とはかかわりのない批評家の拵え物である。平岡氏は、は作品の内容の理解を直接的な課題にしているのではなく、この時代錯誤の批評の否定を課題にしている。作品を全的に否定する政宗白鳥、唐木順三の批評に対して、その評価を否定して作品を全的に肯定しようとしており、そのために作品に対して無批判的になる傾向をもっている。
 平岡氏がこの作品を勧善懲悪小説であることを認めるのは、漱石の書簡と甲野の言葉を根拠にしている。そして、「生死の大問題」を打ち出し、「人生の第一義は道義にありとの命題」を樹立せんとするのが一篇の主題であるとした上で、この道義の内容を作品の内容に則して規定している。正宗白鳥や唐木順三の批評に対する批判が作品の具体的な理解を必要としており可能にしている。『虞美人草』の理解が文学史観の再検討でもあることが平岡氏の論理の進行からもよくわかる。
 
 ■ それに関して注意すべきは善と悪の対立が「虞美人草」の場合、「過去」と「文明」(当世)の対立と重なっている事実である。ここを見逃すか否かで勧懲の意味が異なる。馬琴と同一視する白鳥の場合にはこの視点が入っていない。「過去」である小夜子、孤堂先生が上京し、「文明の淑女」たる藤尾にひかれる「尤も当世なもの」小野と出会うとき、「小説は是から始まる」(九)。小野は「過去」につながれながら「文明」にひかれている。従来この小夜子・孤堂先生を実体のない影法師的なものに受けとっていたようだが、実はかぎりない同情・共感を漱石はこの「過去」に注いでいるのである。(p298)
 
 『虞美人草』が勧懲小説であるとしても、それは古い封建的道義ではなく、「過去」と「文明」(当世)の対立という明治の社会を内容としている。平岡氏のこの指摘によって初めて『虞美人草』が描写している明治社会の複雑な矛盾の理解が課題になる。「過去」と「文明」の対立によって、漱石は明治社会をどのように認識しているのか、がこの作品を理解するための課題である。
 「過去」と「文明」の対立というのは抽象的な図式である。藤尾や甲野を含めたすべての人間が「過去」を持っている。漱石が問題にしているのは、小野の過去であり、当世風の生活に取り残された、つまり資本主義の発展に取り残された小夜子の生活である。その生活を救うこと、その生活のなかにあった信頼関係を救うことがこの作品の善である。『虞美人草』が封建的な道義を描いているのではないことを明らかにするためには、『虞美人草』が何を善としているかを問題にしなければならず、その善は小夜子を救うことである。だからこそ、封建的な道義を描いているとして作品を否定する批評は、孤堂親子を影法師のように扱い、特に小夜子を否定的に評価する傾向を持っている。
 この否定的評価を批判する平岡氏は、『虞美人草』の善である過去=小夜子を肯定的に評価するために、漱石が小夜子をいかに好意的に、同情的に描いているかを多くの引用によって示している。そして、小夜子に対する同情と藤尾に対する反発が対応していることを指摘し、さらに、この関係が『虞美人草』の大きな特徴である「美文調」に関係していることを読み取っている。
 
 ■ ・・この「美文」は作者の「過去」に向けられたシンパシイの深さが要求したものなのであり、漱石は心をこめてのびのびと書いている。モチーフをそのままに展開させる文章に息苦しさがあろうはずがないのだ。このことを逆にいえば反感の場合も「美文」は成立する。強烈なアンチパシイをそのままに展開させる場合はそれほど多くはないが、藤尾と謎の女(母)の会話を叙して「此作者は趣なき会話を嫌ふ」と作中に述べ、「毫端に泥を含んで双手に筆を運らし難き心地がする」「嬉しからぬ親子の反面を最も簡短に除するは此作者の切なき義務である」(八)といい、「謎の女」の宗近の父への話を写しては「筆は、一歩も前へ進むことが厭だと云ふ」(十)などと記すのはその明瞭なあらわれで、人事・自然を問わず、善悪好悪をはっきり示す主観の露出が「美文」をなしているのである。雅俗折衷体の一変型ともみられるが、漱石の場合、平均的一般的性格の散文をとりえないほどに強烈な主体があるわけで、「勧懲」と「美文」は見合っていることになる。「美文」の有効性とはこのモチーフの強烈さ・真率さが人をひぎつけることをいうのだ。(p299)
 
 非常に正しく、しかも間違った指摘である。漱石の道義的な当為を主観的に吐露する部分が美文である。美文には漱石のこの時点での啓蒙的な意志が込められている。しかし、これは『虞美人草』の弱点である。漱石のこの美文が、たとえ他の作家の文章と比較して、のびのびとした知的な文章としての味わいを持っているとしても、漱石自身の精神においては明らかな弱点をなすものであり、作品の中ではもっとも表面的な、漱石が具体的に対象を認識できない部分であり、その意味で主観的な情緒や知識の世界に流されている部分である。
 漱石は小野の「過去」でもある小夜子の生活に深い同情を感じており、それを描こうとする強い意志を持っている。しかし、他方で漱石は、漱石と甲野のこの同情を藤尾や母親が心底嘲笑していることを知っている。彼女達にとって過去に対するこの同情こそ甲野や宗近の愚かしく不可解な精神である。小夜子に対する同情によって藤尾と対立することはできないことは誰の目にも明らかであり、それどころか、それによって軽蔑されるのであることを漱石はよく知っていた。「美文」において漱石は、この動かしがたい現実を克服する具体的内容を現実の中に見いだせないことの感慨を吐露している。漱石が後に嫌ったのは、後の作品では内容としても文体としても消えていくこの部分であり、この美文にはインテリの甘い感傷が含まれている。
 平岡氏が、『虞美人草』を否定する白鳥や唐木順三と対立して、『虞美人草』を肯定的に評価しようとする場合、非常に複雑な課題に突き当たる。平岡氏が孤堂・小夜子を肯定的に評価するとき、漱石が突き当たったのと同じ矛盾に巻き込まれる。漱石の道義は「野分」以来深刻な矛盾を次々に展開しており、それが道義の内容であり現実認識の内容である。そのために、道義の側面から、あるいは「過去」の側面から漱石の道義を肯定的に捕らえている場合、この矛盾を見逃し、自分自身がこの矛盾の中に巻き込まれてしまうことになる。
 平岡氏は、小夜子との結婚を断るが経済的援助をするという小野の申し出に対する孤堂の怒りを引用し、その怒りに共感して、道義の意味をさらに具体化して次のように説明している。
 
 ■ 右の孤堂先生の怒りを正当とできるかどうかが評価のわかれ目である。ここにある対立をあげれば、博士・法律・金・物質的に対して貧乏人・活物・人一人・徳義・好意ということになるが、この「文明」対「過去」において、「過去」の意味をたんに形式としての「封建的」ということで切り捨てることができるかどうか。五年間、命よりも明らかに誠の恋を抱いて生きてきた小夜子なれはこそ、小野一人をたよりとして孤堂先生は上京を決意したのであり、「人一人殺しても博士になる気か」と怒ったのだ。こうした「過去」をふみにじろうとする「文明」はむろん批判されねばならない。「徳義」の実体はここにあり、博士・法律・金・物質的、さてはその象徴たる金時計の皮相な外面は否定されたのである。「虞美人草」の「勧懲」が文明批判のかたちをとっているという事実は、何よりもその「道義」が通俗道徳ではないことを意味する。通俗とは皮相な「文明」にそのままのっかっていることだからである。(p300)
 
 平岡氏は漱石と甲野のセオリーの部分を全面的に肯定している。否定的な評価に対立した肯定的な評価であり、この作品を矛盾の全体によって評価していない。「右の孤堂先生の怒りを正当とできるかどうかが評価のわかれ目である。」というのは、正宗白鳥や唐木順三の評価との分かれ目である、という点では正しい。「封建的」ということで切り捨てているのは、実際は孤堂親子に対する同情であるという指摘も正しい。孤堂の怒りを正面から肯定することは非常に勇気のいることであり、平岡氏のそうしたストレートな道義的価値観が『虞美人草』に多くの内容を発見させている。孤堂親子に対する同情が道義であり、この同情を感じない場合は『虞美人草』の肯定的評価はありえず、理解もあり得ない。しかし、孤堂の怒りを正当と認める場合には、すぐさま、この怒りの現実的な意味を問う必要が生じる。
 漱石の言う「文明」は「過去」をどのよそうに踏みにじっているのか。「文明」を道徳的に批判することは、通俗的でないであろうか。皮相な文明の道義的批判は皮相である。「『虞美人草』の『勧懲』が文明批判のかたちをとっているという事実は、何よりもその『道義』が通俗道徳でないことを意味する」のではなく、この部分は通俗的である。また「通俗とは皮相な『文明』にそのままのっかっていること」である。皮相な「文明」がはびこっている場合にこそ、皮相な『文明』を現実とする皮相な表面的な批判が生ずる。現実がいかに皮相な「文明」に満ちていても、現実は矛盾を含んでいるのであり、現実の全体が皮相ではあり得ない。だから、皮相な「文明」に満ちている場合にこそ、それを否定する現実を見いださすことだけが皮相な「文明」に対する現実的な批判であり、現実を皮相な「文明」として批判することは、その皮相な「文明」の一部分をなすにすぎない。
 平岡氏は漱石の「文明」批判を批判的に理解していないが、『虞美人草』を肯定的に評価することからする論理は自然に伸びており、非常に重要な意味を持つから、続く文章も引用しておこう。
 
 ■ 藤尾を殺すことで「人生の第一義は道義にありとの命題」をうち出す主題それ自体が反通俗であることは、藤尾を救ってくれという読者の願いや、前掲小宮宛書簡で、藤尾をけっしていいと思ってはいけない(つまり、進行途中にせよ、小宮氏さえも藤尾に同情、共感を示した)としている事実からも知れよう。つまり漱石は読者に反してあえて「文明」の淑女たる藤尾を殺し、「文明」批判を成就したのである。しかし、作品構造としては「過去」は「文明」を直接反省せしめる力はなく、宗近らのはたらきで小野は悔悟し、藤尾は死ぬことになるわけだが、その動因は孤堂先生の怒りにあり、宗近らは「過去」に共感しうるもの、むしろ「過去」と一体のものと見うるだろう。この点を唐木氏は、「宗近の義理と人情の封建的正義感の、ブルジョア的軽薄に対する勝利」とし、旧式道徳とみて否定したのだが、この道徳、勝利の意味が唐木氏とは逆になるわけである。
 
 『虞美人草』の肯定的評価が唐木氏に引きずられ、その逆になってていることの限界がここに現れている。唐木氏の評価は作品とかかわりを持たないのであるから、まったく関わりのない評価になることが作品に則した理解である。藤尾を殺すこと、それを第一義の道義とすることは通俗的である。このために、この小説を古い道義を説く勧懲小説であるという批判が影響力を持っている。藤尾を無理に殺すことは通俗的であり、藤尾を救ってくれという読者の願いは通俗的ではない。そしてこのような読者の願いを引き出すことにおいて『虞美人草』は通俗的ではない。
  藤尾は道義によって殺されるべき人物ではなく、道義から独立した生きた個性である。藤尾の個性は日本の資本主義が形成した当世風の新しい個性であり、これを「過去」の名において打ち倒すことなどできないし倒すことに正当性もない。漱石は「「藤尾が一人出ると昨夕のような女を五人殺します」と書いているが、藤尾は小夜子と直接的な関係にはない。藤尾の贅沢と小夜子の貧しい生活を直接結びつけているのは、現実を華やかな世界とつつましい世界が対立し、その中間に小野がいる、という漱石の非常に表面的で単純な現実認識である。現実はこのような関係になっていない。藤尾は日本の資本主義が生み出した成果であり、それをますます多く生み出すことが資本主義の必然であり、それを殺すことが資本主義社会の課題ではありえない。読者は藤尾が生きることを願っており、生きることを願うような個性として描く能力を漱石は持っていた。そして、藤尾の個性をこのように描く能力は、本質的には漱石特有の道義的現実認識の力である。
 平岡氏の指摘の通り「作品構造としては『過去』は『文明』を直接反省せしめる力はなく、宗近らのはたらきで小野は悔悟し、藤尾は死ぬことになるわけ」である。藤尾が死ぬことは作品構造に反した無理な結末である。したがって、その動因である孤堂の怒りは藤尾との関係では非現実的であり、彼らに共感する宗近の心情も実は藤尾に対しては現実的な力を持たない。宗近の勝利は不可能であることが作品の基本的な構造になっており、そのことが甲野の精神に投影されている。それにもかかわらず、というより、そのような構造の基に無理な勝利を付け加えたことが、つまり無理が分かりやすい結末をつけたために、特にその場面が通俗的だという批判の根拠として取り上げられている。
 「宗近の義理と人情の封建的正義感の、ブルジョア的精神軽薄に対する勝利」とする唐木氏の指摘は間違いである。宗近による無理な結末はブルジョア的精神に対するプチブル的、より正確にはインテリ的な正義感の勝利である。そして、作品の基本的構造は、結末の部分とは逆に、インテリ的な正義感に対するブルジョア的精神の勝利になっている。そして、さらに重要なことは、漱石の批判意識は、このインテリ的な批判意識の敗北によってのみ発展する、ということである。漱石がブルジョア的精神を持ち、その強固さを知っており、それに対するインテリ的な批判意識は、発展のたびにブルジョア的な現実だけでなく、ブルジョア的な精神にも敗北することで初めて具体的内容を持つことができる。それは実際の過程としては日本のインテリの精神の法則の具体的で批判的な認識の過程である。
 平岡氏はこの段落の終わりに「『虞美人草』は何よりも『文明』批判小説として読まねばならない」と指摘している。『文明』批判小説として読むことは、唐木氏の批評との関係では作品の内容に一致している、と言える。しかし、この作品を『文明』批判小説として読むことはこの小説を通俗化することであり、唐木氏の批評への接近である。それは作品の弱点を作品の価値として肯定することになり、批判の視点を与えることになるからである。


 ・・・
 
 小野が自分の「過去」でもある孤堂・小夜子との信頼関係を真面目な人生として選ぶことを道義とするところに、漱石の精神の矛盾がはっきり現れる。この部分についても、平岡氏は漱石の道義の一面を肯定的に評価している。この部分は片岡氏の批評と対立しており、やはり重要な指摘である。
 
 ■ むろん問題は右の概観ではまだかたづかない。宗近にいわれた小野が「真面日な処置は、出来る丈早く、小夜子と結婚するのです。」(十八)と答えて小夜子に帰るのは、「生命の第一義的な燃焼である恋愛を否定して、心にもない義理に生きるのが『道』だといおうと(12)している」と片岡良一氏も説く。これは「虞美人草」批判の眼目をなす一点で唐木説にも重なろう。だが、藤尾と小野はそういう「恋愛」で結ばれているのではない。「藤尾は己れの為にする愛を解する。人の為にする愛の、存在し得るやと考へた事もない。詩趣はある。道義はない。」「成立つものは原則を外れた恋」「変則の愛」(十一、)だと作者は述べている。小野の場合は金であり書斎であり金時計である。それらのあるところに成立した「恋」なのだ。「道義」にはずれた「恋」を漱石は認めていないが、それは「生命の第一義的な燃焼である恋愛」でもなかったのだ。「道義」にはずれた「恋」とは、前記をくり返せば、貧乏人・活物・人一人・徳義・好意等に対立する博士・法律・金・物質的等にもとづく「恋」である。「文明は人の神経を髪剃に削つて、人の精神を榴木と鈍くする」(十一)が、そこに成立しようとする、精神のない皮相な「文明」の「恋」だからこそ否定されるのであり、そういう虚偽より目覚めたとき、小野は藤尾を捨てえたのである。(p302)
 
 小野の過去には貧しい生活の中で形成された信頼関係があった。孤堂も小夜子もそれが小野の中にもまだあるものと信じていた。彼らは小野の出世が金時計と藤尾の財産に対する欲望を生み出していることを知らない。金時計の現実的な意味・威力を知らない。小野と藤尾の関係を結ぶものは、金と書斎と金時計の名誉である。そこには孤堂・小夜子との生活にあった信頼関係はない。それを引き裂くのが金時計の力であり、藤尾の贅沢を生み出す資本主義の発展の力である。たとえそれが漱石の目に皮相な「文明」の恋であると見えたとしても、それを虚偽だと感じているとしても、この発展の力を否定することはできない。したがって、小野が虚偽から目覚めることはなく、小野が藤尾を捨て得ないのが現実である。現実には道義の力で小野と藤尾を引き離し、道義の力で倒すことはできない。この力に抵抗する現実的な方法を発見できない場合に、この現象の逆の方向が道徳的当為として立てられる。
 『虞美人草』の結末の不自然さは、藤尾が道義の力によって殺されることであるが、それは、小野を藤尾から引き離すことによるのであり、結末の不自然さは、小野と藤尾を引き離すことの不自然さによる。小野と藤尾の分離を自然にするために漱石は自分の価値観、希望によって小野について不自然な想定をしなければならなかった。小野は藤尾と小夜子の対立の媒介項であり、独立した個性ではありえない。小野は藤尾と切り離されるために藤尾に近づいているのでありながら、自分自身の意志として離れるのでなければ操り人形になる。たとえ宗近に説得されたとしても、説得を受け入れるのは自分の意志であり、受け入れる意志が働くように漱石は描いている。それが不自然になる。
 小野は中間的であり、金時計と藤尾の財産に対する欲望と、孤堂親子との信頼関係の両方を同等の精神として持つように想定されている。基本的には金時計と藤尾の財産に対する欲望が優位にあるが、心の奥で孤堂親子との過去の信頼関係を重視するように想定されている。小野は藤尾と小夜子の両者から肯定され、従って両者から否定され、自分自身も両者を肯定し、同時に両者を否定している。これは、小野と小夜子の分離過程、小野に則して言えば、小野の貧しい過去と、出世した現在の分離過程を漱石が社会的必然として認めようとしないことによる無理な想定である。漱石はここでは、両者の分離を、過去と当世の分離として形式的に理解しており、社会的な威力としての分離であることを理解していない。正確にはこの分離の現実を認めてそれに反対しており、この分離が人間関係の破壊であると考え、それを虚偽と考えている。そして、この分離の発展に抵抗して、過去の人間関係を復権しようとしているのが道義である。しかし、分離への抵抗も中途半端である。もし、分離への反対を徹底するならば、小野は金時計も博士もあきらめて、もとの貧しい生活に戻り、過去の人間関係に戻らねばならない。それは明らかな時代錯誤である。漱石はやはり「過去」を捨てて、小夜子を小野の現在に近づける。だから、漱石の否定は、藤尾の贅沢と我の強さにまでしか届いていない。贅沢と我の強さだけであれば藤尾を殺す必要はない。しかし、漱石は藤尾の贅沢と我の強さが小夜子と対立する、と考えて藤尾を非妥協的に否定することを道義だと思っている。
 漱石が現実に知っているのは藤尾の贅沢であり華美であり、金時計を求める小野である。これが漱石の言う皮相な「文明」である。彼等の欲望は今形成されつつあり、いま発展の途上にある。それが現実を支配しつつあり、ますます力を蓄え、拡大している。資本主義の発展の過程の中で、いままさにこうした欲望を形成しつつある人間に注目し、その欲望を抑えるべきである、と主張することは皮相である。漱石は資本主義の発展の現実の中で、自分の狭い世界の中で特に目立つ存在である藤尾の華美な贅沢な生活に皮相に囚われていることになる。贅沢と財産を好む藤尾や小野に貧しい生活や慎ましさの大切さを教えるのは無理であるとともに余計な仕事である。現実の人間関係の再編は、古い関係をすべて破壊しつつ、新しい信頼関係を形成していく。その過程を認識することを課題にするのではなく、皮相な「文明」を批判することは皮相である。
 そして、この分離が不可能であることを知っているのもまた漱石の道義の内容である。それは、この分離を現実的な力と認め、それを抽象的に否定することが道義であり、したがって、この分離を阻止することができないことの承認という側面を持つからである。漱石の道義的批判意識だけが藤尾を描くことができる。藤尾は漱石の中の漱石らしい精神であり、藤尾は皮相な「文明」批判が皮相であることをよく知っている。漱石が現実社会を批判的に認識する場合、この藤尾に嘲笑されないほどの、藤尾の我に対抗できるほどの内容を得なければならない。この時点での漱石の現実認識の力関係は、あきらかに藤尾の優位にあり、道義は藤尾に通用しない。そのために、漱石としては、藤尾は無理に殺す以外になかった。道義が勝てないことを知っていても、なお勝つべきだと思っていたからである。
 平岡氏は、小夜子を単純に否定する片岡氏の批評を批判するために、漱石がいかに小夜子に同情していたかを重ねて指摘している。しかし、藤尾の否定が矛盾を含んでいるのと同様小夜子の肯定も矛盾を含んでいる。漱石の道義は小夜子と一致できない。孤堂は小野が金時計と藤尾を求めていることを知ると、それが自分と小夜子にとっていかにつらいことであっても、それを受け入れる覚悟ができているし、実際その結果を受け入れねばならない。「野分」を書いた漱石にはその覚悟がよくわかる。しかし、その覚悟は道義に生きる覚悟をしている道也に必要ではあっても、貧しく孤独な孤堂親子にその覚悟を求めることは漱石の道義ではない。漱石の道義は、孤堂と小夜子を銀時計の小野の世界に導くことである。孤堂親子の過去の生活と精神は否定されている。この作品では、藤尾の肯定と否定、小夜子の肯定と否定が相互に関連しながら混在している。貧しい生活の体現者であり、エリートインテリの道義的価値観の持ち主でもある漱石は、まだ自分の経験とそこに形成された複雑な精神の意味をはっきり認識することができなかった。漱石はこの作品を書くことによって、自分の現実認識の限界を見極め、藤尾の世界とも小夜子の世界とも分離した世界を自分の世界として批判的に描くことを課題にすることができた。したがって、この作品を肯定的に理解することは、藤尾に対する批判と小夜子に対する同情を明らかにすることではなく、その当為のもとで、藤尾を否定することも小夜子を肯定することもできていないことが漱石の重要な現実認識であること、そしてその現実認識はこの道徳的当為のもとでのみなされており、道徳的批判意識なしには、藤尾の個性は創造されない、ということである。
 
 漱石は、小野と小夜子が引き裂かれる資本主義的な現実を、派手な華やかな世界と貧しく慎ましい世界の対立と見ているが、現実はそのような関係にあるのではない。そのことはこの作品からも見て取れる。藤尾は独立した個性として派手に華やかに生きている。孤堂と小夜子も自分の慎ましい生活に充実を感じている。その中間にいる甲野と小野は自分の居場所を見いだせず、確定できない。小野はその立場を反映してふらついており、甲野はそのはっきりしない立場を自覚している。しかし、それははっきりしないことの自覚であるから、藤尾や母親には、ますますはっきりしない精神として認識され、それは甲野と漱石の自覚でもある。これが作品の基本構造であり、その相互のかかわりはインテリ世界の縮図としての意義を持っている。そのことを漱石はこの作品を描くことで認識することができた。その作品を封建的な道義に収束させようとするのは明らかな歪曲であるが、それを文明批判として明治社会に則した道義に読み変えても、漱石の具体的な現実感覚と、それを一般化した認識との矛盾を見逃すことになる。この矛盾は漱石の現実認識の発展の原動力であり、この矛盾こそが漱石の現実認識の全体である。平岡氏は、正宗白鳥や唐木順三、片岡良一氏の批評を批判する結果として、作品を全的に肯定しようとしており、その矛盾を認識していない。平岡氏の問題提起を一歩進めるためには、この全的肯定を、その肯定において批判しなければならない。
 
 最後に平岡氏は、漱石の「文芸の哲学的基礎」から、「いかに生きてしかるべきかの解釈を与えて、平民に生存の意義を教える事」を文学者の使命である、という言葉を引用して、政治小説以来の明治文学の骨格としての意義を認めている。しかし、この意識は漱石の幻想であり、士族の商法と同様に資本主義の発展と共に崩壊する運命にある。平民に生存の意義を教える事などできるはずがなく、藤尾に生存の意義を教えることもできないし必要がない。漱石はこのことをこの作品で理解したのであり、それが「三四郎」への移行の契機となっている。この意味で、漱石の作品系列における『虞美人草』の意義についての平岡氏の次の指摘は修正されねばならない。
 
 ■ つまり「虞美人草」は漱石が作品として「文明」にアクティブに立ち向かった最後の作品とみられるのだ。「勧懲」と「美文」の、以後の諸作に消えるという事実をもってそれを証すこともできよう。漱石が「道義」の存在を信じえなくなったとはけっしてみないが、個人的・内面的傾向を見せていることは事実である。
 
 「文明」にアクティブに立ち向かうことは、社会にアクティブに立ち向かうことではなく、対立を回避することである。主観的には人生をかけるほど真剣であっても無意識的に正面からの対立を避けており、度胸が足りない。だから、現実社会との批判意識の対立という意味では、漱石はこの作品を超えることで初めてアクティブに対立することができるようになる。それが個人的・内面的傾向を持つことになるのは、社会におけるインテリの地位を、社会的発展の中での孤立化の過程として認識し、その法則を明らかにすることを課題にし得たからである。しかし、それは社会全体に対する批判意識を基礎にしてのみ可能である。社会全体との関係では、藤尾とも小夜子とも分離された特殊な立場に位置するものとしてインテリの特質を捕らえることができるからである。社会全体を、そして「文明」を真剣に批判した結果としてのみ漱石は自分の精神を社会全体のなかの一部分として規定することができた。だから、漱石は常にアクティブであり、『虞美人草』は、その跳躍点となっている作品である。


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